若きオリンピアン、與那嶺恵理に聞くロングインタビュー後編。スタウトビールの力を少しだけ拝借して、前編よりも少しだけ強く、思いの丈を語ってもらった。ビザについて、セカンドキャリアについて、女子選手として、そして後進に対して。



「ビールは好きですね。特にスタウト系が好きですがフランスに美味しいのは少なくて」「ビールは好きですね。特にスタウト系が好きですがフランスに美味しいのは少なくて」 ビール、好きですよね。今も飲んでますけど(笑)

好きですね(笑)。美味しいです。好きな種類ですか?えっと、スタウト系が好きなんですけれど、フランスのスタウト系ってあんまり美味しくないんですよね。だから向こうにいる時はベルギー系ビールを飲んでますよ。私、食事にも全然こだわりがなくって、美味しければなんでも良いし、お米よりパンが好き。だから海外生活に合っているのもあるかもしれませんね。

ところで、2017年は5名の日本人女子選手がヨーロッパで走ることになりますが、どうでしょう?楽しみな気持ちはありますか?

そうですね。私はあまり周りのことを気にしないタイプなのですが、挑戦できるチャンスを上手くモノにして欲しいなとは思いますね。けれどさっきも話しましたが、変なプレッシャーは自分にかける必要ないですよ、とも感じます。最終的な目標を落とさなければ、そこへの過程ではいくら失敗しても良いんですから。ある意味気楽に、そして楽しむことができればと。

2017年はシクロクロス世界選手権からスタートさせた2017年はシクロクロス世界選手権からスタートさせた (c)Nobuhiko.Tanabe
私に関しては、今年は就労ビザをもらえたことがすごく大きいんですね。今までは3ヶ月で切れちゃうビジタービザだったので、すごく、すごく就労ビザを持っている選手になりたかった。ビザ関連で失敗してしまうと本業のレース以外のところでものすごくストレスがかかりますし、結果的に日本人なのでチャンスが少なくなってしまう。だからずっとヨーロッパに身を置けるビザを得たことは大きな変化ですね。

8月からはフランスチームと移籍し、活動の場をヨーロッパに移した8月からはフランスチームと移籍し、活動の場をヨーロッパに移した (c)POITOU-CHARENTES.FUTUROSCOPE.86他のチームがどうなっているか分かりませんが、他の日本人選手にはそういう意味で待遇の良いチームと出会って欲しいと思うんです。お給料はゼロだって構いませんが、どこかに不安を抱えている状態ではメンタルが崩れて、レースも私生活も崩れちゃう。私の場合はそういった待遇で迎えてくれるチームが現れるまで待とうと武井コーチと決めていたので、自分を売り込むタイミングが正しかったとも言えます。

私のようにヨーロッパチームから認められる日本人選手が増えれば、日本人も強いな、というイメージができる。ヨーロッパのチーム関係者はヨーロッパレースでのアジア選手の走りをしっかり観察していますし、だからこそ今結果が大事。結果を出して、お給料をもっと上げる。これってシンプルだけど、すごいモチベーションになりますよね。

武井コーチが、チーム加入にはモータースポーツと同じように持参金が必要な場合もある、とSNSに投稿していましたが、そういう場面を実際に見聞きしたりしましたか?

はい。ありますね。実際に私のチームマネージャーから直接聞いた話だと、イタリアのチームは選手が
お金を払ってレース出ているようです。やっぱり運営スタッフのお給料やチームカーのガソリン代、移動費も、お金が掛かりますよね。シーズン序盤は資金があるけれど、後半になるといくら集めないとレースに出れなくなる、って。学校の遠足のように徴収されて、払った選手がレースに連れて行ってもらえる。これって隠すことじゃなく普通に行われていることなのですが、私のチームにはそれがない。そういうことをしないという首脳陣の方針で、最初からシーズンを通した予算組みがされているんです。

それにフランス唯一の女子UCIチームだから、イタリアのように複数チームがある国よりもフランス自転車連盟だったり、国の強化費が回ってきやすいんです。チームの寮もナショナルスポーツ施設ですし、自転車だけじゃなく、テニスや柔道やバスケットボールなど、いろいろな種目の選手たちが合宿を組んでいます。詳しいお金の流れは分かりませんが、そういう部分で運営資金を抑えることができるのは良いですよね。女子チームの選手は最低賃金も決まっていませんし、エフデジでも半分の選手が持ち出しこそないものの、お給料は出ていません。私は移籍のタイミングで日本とヨーロッパの旅費の回数も取り決めて契約できました。

エフデジヌーヴェル・アキテーヌフチュロスコープのメンバーと練習を重ねる與那嶺恵理エフデジヌーヴェル・アキテーヌフチュロスコープのメンバーと練習を重ねる與那嶺恵理 (c)FDJ Nouvelle-Aquitaine Futuroscope
海外に出て印象的だったのは、すごく選手自身に様々なことが任されていることです。日本だったら全てが全体行動ですけど、こっちはレースから逆算して全てのスケジュールを自分で決めていかなきゃいけない。和はないけれど、でもレースや、皆で練習する時のチームワークは物凄いですよ。日本の感覚だと一人だけ言葉話せなければ孤立しそうですが、フランスは実力を認めてくれるからこそ私も気楽でいられるんです。

他に日本と違うところは感じますか?

うーん、やっぱりこっちはきちっとしているか、決め事を決め事として尊重していますよね。私は日本の自転車レース界はもっと全員に、そう、選手はもちろん連盟にとってもチームにとっても平等に物事を進めたり決めれば良いと思っています。平等っていうのはつまり、ちゃんと決まった時に選考の基準を出して、その基準通りに選手は頑張って、それを満たせた選手がビッグレースに呼ばれるというシンプルな流れ。引っかからなければ成績を出せなかった選手が悪いけれど、でも基準を満たしているのに声が掛からなかったりするのは、選手として気が滅入っちゃう。私の意見として気に入らないことは本当にいっぱいあるけれど、そういうことをいちいち気にしていると、レースを楽しむことができなくなって、成績も出ない。

結局は、楽しくやってる人が一番強いんですよ。強くても苦しそうにしていたら、なんだか自分が負けてる感がして、自分で嫌。だから上手くいっても、上手く行かなくても、楽しくやってれば、楽しくちゃんと結果出してれば、自分に結果が付いてくる。全日本選手権だけは落とせないプレッシャーから緊張しましたが、それ以外では今年は失敗するのが怖くありませんでした。

そういえば、リオオリンピックでは中国の競泳選手が、今まであまり触れられてこなかった生理とスポーツに関してコメントしたことでも話題になりました。與那嶺選手も発信の中で多く触れていることが目立ち、ます

「若い世代には育ってもらい、同じ舞台でレースしたい」(撮影はインタビュー時にて)「若い世代には育ってもらい、同じ舞台でレースしたい」(撮影はインタビュー時にて) 私にとっては女子として普通なことなので、発信しづらいことではないんですよね。私は一人の女性として自転車競技だけが全てではないと思っていて、だからこそ全日本王者としての発信力を借りてその点をアピールしたい。やっぱり自転車競技は身体を酷使するので、実際私も生理の波も崩したし、実際今年の世界選も全然パワーが出なかった。

だから日本で専門のお医者さんにも掛かってベストな対処を考えました。エフデジのチームメイトがどう向き合っているかまでは聞かなかったので、ヨーロッパで合流したら積極的に聞いていきたいですし、日本の女子選手に是非聞いて欲しいことなんです。

なるほど。今のような発言は、全日本チャンピオンだからこそ、と感じる部分もあるのですが。

うーん、というよりは、全日本を獲ったからこそ今の私があるというか。そうでなければオリンピックも行けませんでしたし、オリンピックに行ったからフランスチームと契約できた部分も大きいと思っています。今が発言するタイミングでしょうし、もっと若い世代にいろいろな経験を伝えたいという思いはいつもあるんです。そういう人達にはどんどん育ってもらって、私がビビるような存在になってもらって、一緒の舞台でレースしたいと感じますよね。

さっき言ったことと通じるんですが、自転車だけが人生じゃないと思っているので、もし失敗しても全然いいと思いますし、そもそもどうなるか分からないことなので、チャレンジすることが大事かと。私みたいにタイミングや運が良かったりして、結果、良いタイミングで結果出して、ステップバイステップでいけるかもしれないし。でも別に上手く行かなかったら日本に帰ってきてもいいわけですしね。私も競技を終えた後は何しようかな、とか考えますよ。

実際にセカンドキャリアについても考えているんですか?

「タイミングを冷静に読むこと、もしくは読んでくれるブレインが必要」「タイミングを冷静に読むこと、もしくは読んでくれるブレインが必要」 photo:Hideaki TAKAGIそうですね。引退後を悠々自適に暮らせるお給料なんてありませんし、だから常にチーム以外の部分でインセンティブを頂けるかを考えていますね。それに今のチームも、実は2年前からお誘いはあったのですが、その時の条件はお給料ゼロ。

ヨーロッパには行きたかったけれど、それじゃ身を削るだけ。でも2016年の8月の話では一応最低限ではあるものの、お給料がもらえる条件になっていた。だから選手の売り時って大切で、そのタイミングを冷静に読むこと、もしくは読んでくれるブレインが必要です。やっぱり日本からすればヨーロッパって憧れるし、選手を続けられる時期は短いので、どうしても焦ってしまいがちで本当に難しいのですが。

2017シーズンの具体的な目標はありますか?

ワールドツアーレースで表彰台に登ること、です。

「目標がすごく難しいのは分かりきったこと。でもチャンスと環境、そして良い機材は頂いているので、あとは自分次第です」「目標がすごく難しいのは分かりきったこと。でもチャンスと環境、そして良い機材は頂いているので、あとは自分次第です」 (c)FDJ Nouvelle-Aquitaine Futuroscope
すごくシンプルですね。

それも逃げ勝ちじゃなくて、トップ選手と競った上で上位に食い込みたいですね。本当に難しくて、厳しいことだとは分かっています。でも、それを達成するチャンスと環境、そして良い機材は頂いているので、あとは自分次第ですよ。これから結果を出して、何回かオリンピックにも出て、すごいことができたらその先の人生はもっと楽しいことは待っているんじゃないかな、って、すごく楽しみです。



インタビューの最中、25歳の全日本王者が発する言葉には終始、気負いのようなものは一切感じなかった。柔らかく丁寧で、けれど言葉の端々から感じる芯の強さには、厳しい舞台で戦う勝負師としての顔を垣間見た気がした。

「レースが心底楽しいんですよね」と言う與那嶺のシーズンインはもうすぐそこ。明日、2月26日にベルギーで開催されるスパー・オンループ・ファン・ヘットハーゲルラントが、新しい全日本チャンピオンジャージのデビュー戦だ。

interview:So.Isobe