イギリスで最も成功したサイクリストとして大英帝国勲章を得たブラドレー・ウィギンズ(イギリス、チームウィギンズ)が2016年シーズンをもって正式に引退することを発表した。



念願のツール制覇を成し遂げたブラドレー・ウィギンズ(イギリス、チームスカイ)念願のツール制覇を成し遂げたブラドレー・ウィギンズ(イギリス、チームスカイ) photo:Makoto Ayano


2007年ツール・ド・フランス第6ステージ ソロエスケープを敢行したブラドレー・ウィギンズ(イギリス、コフィディス)2007年ツール・ド・フランス第6ステージ ソロエスケープを敢行したブラドレー・ウィギンズ(イギリス、コフィディス) photo:Tim de Waele2012年にツール・ド・フランス総合優勝を果たしたイングランド出身の36歳が現役を退くことを発表した。ウィギンズは11月の現役最終戦ヘント6日間レースを優勝で終えた際「まだ脚に力が残っている。自分にとってこれが最後のレースではないかもしれない」とコメントして現役続行を匂わせていたが、最終的に2016年シーズン限りでの引退を決めた。

2009年ツール・ド・フランス 総合4位(リザルトは総合3位)に入ったブラドレー・ウィギンズ(イギリス、ガーミン)2009年ツール・ド・フランス 総合4位(リザルトは総合3位)に入ったブラドレー・ウィギンズ(イギリス、ガーミン) photo:Cor Vos以下はウィギンズが自身のFacebookページに掲載した引退メッセージ。

2012年ツール・ド・フランス 1級山岳ペイルスルド峠を駆けるブラドレー・ウィギンズ(イギリス、チームスカイ)ら2012年ツール・ド・フランス 1級山岳ペイルスルド峠を駆けるブラドレー・ウィギンズ(イギリス、チームスカイ)ら photo:Cor Vos「12歳の時に恋に落ちたスポーツでキャリアを重ね、子供の頃の憧れを職業にするとともに、夢の中に生き続けることができた自分は幸運だった。憧れのアイドル選手に出会い、20年間にわたって世界のトップライダーと肩を突き合わせて戦った。そして世界最高のコーチやマネージャーにも恵まれた。彼らの素晴らしい働きや、観客たちのサポートと愛情を忘れることはないだろう。(中略)『現実を見ろ、キルバーン生まれのお前が五輪で金メダルなんて取れないし、ツール・ド・フランスで総合優勝なんて到底無理だ』と言われたが、それを達成した人間がいた。2016年をもって選手としてのチャプターは終わりを迎えるが、人生は進み続ける」。

2012年ロンドン五輪タイムトライアル 金メダルを獲得したブラドレー・ウィギンズ(イギリス)2012年ロンドン五輪タイムトライアル 金メダルを獲得したブラドレー・ウィギンズ(イギリス) photo:Cor Vosトラック6日間レースの選手だったオーストラリア人の父ガリー・ウィギンズとイギリス人の母リンダの間にベルギー・ヘントで生を受けたウィギンズは、ジュニア時代からトラック選手として台頭。2001年のプロ入り以降、FDJやクレディアグリコル、コフィディスなどフランスチームを渡り歩き、2008年にチームハイロード、2009年にチームガーミン、そして2010年から5年間チームスカイに所属した。

2015年パリ〜ルーべ セクター7「タンプルーヴ」で動いたブラドレー・ウィギンズ(イギリス、チームスカイ)2015年パリ〜ルーべ セクター7「タンプルーヴ」で動いたブラドレー・ウィギンズ(イギリス、チームスカイ) photo:Tim de Waeleウィギンズは2004年のアテネ五輪と2008年の北京五輪のトラック個人追い抜きで金メダル、2008年の北京五輪と2016年のリオ五輪団体追い抜きで金メダル、そして2012年ロンドン五輪個人タイムトライアルで金メダルを獲得。世界選手権では個人追い抜きで3度、団体追い抜きで2度、マディソンで1度優勝している。

2015年6月 54.526kmのアワーレコードを樹立したブラドレー・ウィギンズ(イギリス)2015年6月 54.526kmのアワーレコードを樹立したブラドレー・ウィギンズ(イギリス) photo:UCIキャリア後半はロードレースにフォーカスし、山岳で戦うために徹底的な肉体改造を施した。TT系オールラウンダーとして2009年のツール・ド・フランスで総合4位(アームストロングの失格によって総合3位に昇格)に入って周囲を驚かせると、2011年ブエルタ・ア・エスパーニャで総合3位に。2012年はパリ〜ニース、ツール・ド・ロマンディ、クリテリウム・ドゥ・ドーフィネ(2連覇)で立て続けに総合優勝し、クリス・フルーム(イギリス)との確執が取り沙汰されながらもツールでイギリス人選手初の総合優勝を果たした。五輪トラック金メダリストのツール制覇は史上初めて。

2016年リオ五輪トラック団体追い抜き 自身5つ目となる金メダルを獲得したブラドレー・ウィギンズ(イギリス)2016年リオ五輪トラック団体追い抜き 自身5つ目となる金メダルを獲得したブラドレー・ウィギンズ(イギリス) photo:Bettiniウィギンズは悲願の優勝を狙って走った2015年のパリ〜ルーべ(18位フィニッシュ)でロードキャリアに一旦ピリオドを打ち、UCIコンチネンタルチームのチームウィギンズを立ち上げてリオ五輪トラックレースに集中。同年6月に打ち立てた54.526kmのアワーレコード世界新記録は今も破られていない。

2016年ヘント6日間レース 現役引退を表明しているブラドレー・ウィギンズ(イギリス)がマーク・カヴェンディッシュ(イギリス)とタッグを組んで優勝2016年ヘント6日間レース 現役引退を表明しているブラドレー・ウィギンズ(イギリス)がマーク・カヴェンディッシュ(イギリス)とタッグを組んで優勝 photo:Kei Tsuji / TDWsport2009年に大英帝国勲章を授与し、ロンドン五輪の開会式で開幕を告げる鐘をついたウィギンズは、その輝かしいキャリアの締めくくりとして挑んだ2016年リオ五輪団体追い抜きで3分50秒265の世界新記録をマーク。同年11月のヘント6日間レースで勝利し、有終の美を飾った。

しかしトップライダーには疑念や批判の声がつきまとうのが世の中の常。2016年9月のロシアのハッカー集団「ファンシーベアーズ」によるWADA(世界アンチドーピング機構)へのハッキングによって多くのスポーツ選手の医療情報が公開。その中でウィギンズはキャリアの中でTUE(治療目的使用に係る除外措置)を合計6回申請していたことが明らかになった。

ウィギンズはステロイドの一種であるトリアムシノロンや気管支拡張剤のサルブタモールなどをTUEの範囲内で使用したものの、その使用頻度や薬物の強さについて疑問視する声が続出。さらに、2011年クリテリウム・ドゥ・ドーフィネ期間中にイギリスの自転車連盟からチームスカイに医薬品入りの「不可思議な小包」が送られていたことがイギリスメディアの報道により判明し、チームスカイのデイヴ・ブレイルスフォード代表は釈明に追われた。

ブレイルスフォード代表は小包がウィギンズ宛で、その内容物はWADAの禁止薬物ではない呼吸器疾患の治療薬フルイムシルだったことを認めている。アンチドーピング規則に反していない行為だが、一連のドーピング関連報道が、イギリス史上最高のスポーツ選手として称えられる「サー」のキャリアの幕引きに影を落としている。ウィギンズは今後の去就については言及していないが、2017年以降もチームウィギンズは活動を続ける予定だ。

text:Kei Tsuji
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