今回のインプレッションで取り上げるのは、エディ・メルクスの新型エントリーモデル「Sallanches(サランシュ)64」。創業者のエディ・メルクスが19歳の時に制した世界選手権の開催地をモデル名に冠した、ブランド復権の象徴ともいうべきカーボンバイクにフォーカスする。



エディ・メルクス Sallanches64エディ・メルクス Sallanches64 photo:Makoto.AYANO
生涯通算525勝。100年以上に渡る自転車競技史の中でも、圧倒的な勝利数を誇るベルギーの巨人エディ・メルクス氏。大会規模やライバルとなるライダー達に関わらず、出場するレース全てで貪欲に勝利を狙う姿勢から「カニバル(人喰い鬼)」と呼ばれ、70歳となった今もなおロードレース界に多大な影響を与えている。

その類まれな身体能力や努力に加え、メルクス氏が525勝を成し得た背景には、異様なまでの機材へのこだわりがあった。デローザの創業者である名匠ウーゴ・デローザ氏自らが造るフレームを1年間に50本もオーダーし、さらにはカンパニョーロに特注チタン製パーツを造らせたという、今では考えられないような逸話が残されている。そして、引退したメルクス氏がデローザ社での修行を経て立ち上げたのが、エディ・メルクス社だ。

MERCKXのレターが記された逆三角形断面のダウンチューブMERCKXのレターが記された逆三角形断面のダウンチューブ 下側1.5インチのテーパードヘッド下側1.5インチのテーパードヘッド ベンド形状により振動吸収性を高めたフロントフォークベンド形状により振動吸収性を高めたフロントフォーク


常勝ブランドとしてクイックステップなどと共に数々のビッグレースで勝利に貢献しながらも、ここ最近は元気の無かったエディ・メルクス社。しかし、2年ほど前よりベルギービールのPALM社が経営に参画したことで息を吹き返し、2016年モデルでは5つの新型ロードモデルを発表し、ラインアップを拡充した。

エディ・メルクスの現行モデルは、ハイエンドモデルのEMX-525を除き、全てメルクス氏の膨大な優勝リストの中でもキーとなるレースが開催された場所と年号をその車名に冠している。今回インプレッションする「Sallanches64」は、メルクス氏が19歳にして制した1964年のアマチュア世界選手権の開催地であり、その後プロへ転向するきっかけになったフランスの街サランシュの名を冠した1台だ。つまり、サランシュはメルクス氏にとって始まりと同義であり、初めての1台やレースデビューに最適だという想いが込められている。

リアブレーキ取り付け部を薄くするなど、振動吸収性を高めるための設計が多く見てとれるリアブレーキ取り付け部を薄くするなど、振動吸収性を高めるための設計が多く見てとれる 後方にフィンを設けたような形状とすることで剛性を高めたヘッドチューブ後方にフィンを設けたような形状とすることで剛性を高めたヘッドチューブ

ダウンチューブには、メルクス氏が制した1964年のアマチュア世界選手権の開催地や開催日時、優勝タイムが記されているダウンチューブには、メルクス氏が制した1964年のアマチュア世界選手権の開催地や開催日時、優勝タイムが記されている 優れた駆動効率の実現に貢献する左右非対称設計のチェーンステー優れた駆動効率の実現に貢献する左右非対称設計のチェーンステー


2016ラインアップの中ではエントリーグレードという位置づけで、その設計コンセプトは「高剛性と柔軟性の両立」。角の立った多角形断面のチューブ形状をプロユースのハイエンドモデル「EMX-525」から踏襲しつつ、癖のないコントローラブルなバイクを目指したという。

逆三角形断面のダウンチューブから、BB86規格のワイドなBBシェル、アシンメトリックデサインを採用するチェーンステーによって剛性を高め、駆動効率を向上させている。

一方でトップチューブの中央部分を屈折させることで、横剛性を確保しつつ、縦の方向への柔軟性を向上。加えて、剛性を確保しつつシートステーのブレーキ取付部周辺を薄くし、シートチューブのBB側半分を細くすることで、優れた振動吸収性とトラクション性能を実現した。

ケーブルは全て内蔵とされているケーブルは全て内蔵とされている シートポストのしなり量を高めるセミインテグレーテッドシートクランプシートポストのしなり量を高めるセミインテグレーテッドシートクランプ


また、トップチューブと面一となるよう設計されたセミインテグレーテッドシートクランプも大きな特徴の1つ。オーソドックスな締め付け機構で固定力を確保しつつ、シートポストの突き出しを大きくすることで、その変形量を高めている。

下側1.5インチのテーパードヘッドは後方にフィンを設けたような形状とすることで、ベルギーの石畳の上においても意のままに操ることのできるコントローラブルかつ安定感高いハンドリング性能を実現。フロントフォークは三角形断面のブレードとベンド形状により、安定感と振動吸収性を両立した。

素材には高品質カーボンを採用し、これをEPS(発泡ポリスチレン)法で成型。バルーンよりも高い圧力を掛けることでフレーム内面のシワの発生を抑え、強度を高めている。フレーム重量は990gと軽量で、フロントフォークは360gをマーク。また、出荷前には全てCTスキャンによる品質チェックが行われるというこだわりようだ。

BB側半分を細くした独自設計のシートチューブBB側半分を細くした独自設計のシートチューブ ハイエンドモデルEMX-525のデザインを踏襲したリア三角ハイエンドモデルEMX-525のデザインを踏襲したリア三角 BB86規格を採用し、シェル幅を最大限に拡幅したBB86規格を採用し、シェル幅を最大限に拡幅した


ジオメトリーはトップチューブに対してヘッドチューブがやや長めとされており、アップライト過ぎずともややリラックスしたライディングポジションを可能としている。サイズはXS、S、M、L、XLの5種類展開で、サイズごとに乗り味が変化しないように形状や剛性が細かく変えられているという。タイヤクリアランスは25cまでに対応する。

今回インプレッションしたのはシマノ105完成車で、「パーツにも妥協を許さない」という方針からコンポーネントはシマノ105をフルセットで採用する。ホイールも同じくシマノで、WH-RS010をアッセンブル。ハンドル、ステム、シートポストはデダ・エレメンティで統一され、サドルはチタンレール仕様のプロロゴ K3とされている。カラーは淡くピンクがかったシルバーをメインとした、マットシルバー/ブラック/オレンジの1色展開となる。早速インプレッションに移ろう。



ーインプレッション

「エントリーグレードの枠に留まらない高性能な1台 はじめてのロードバイクに是非」
山崎敏正(シルベストサイクル)


良い意味で驚かされました。単刀直入に「乗っていて気持良いバイク」です。値段が値段なだけに、ハイグレードのカーボンは使用できないでしょうから、レイアップや形状の工夫で高性能を実現した「エンジニアの勝利」の1台といえるでしょう。特に独特な形状のシートステーやシートチューブが大きな役割を果たしていそうですね。エントリーグレードの枠に留まらない、優れた性能を持っています。

「エントリーグレードの枠に留まらない高性能な1台 はじめてのロードバイクに是非」 山崎敏正(シルベストサイクル)「エントリーグレードの枠に留まらない高性能な1台 はじめてのロードバイクに是非」 山崎敏正(シルベストサイクル) 最初の1台にこのバイクを選んだビギナーさんは、必ずやスポーツサイクルの魅力に取り憑かれることでしょう。ひと踏みした瞬間から軽快さを感じることができます。エントリーグレードとあって重量的にはそこそこですが、乗った印象ではクライミングバイクとは言わないまでも、軽快に登坂を楽しむことができます。平地の巡航性能も良いですね。

それでいてエンデュランスモデルと互角の振動吸収性を持っています。あまりに快適なので、インプレッション中に一度バイクから降りてパンクやらクラックやらがないかチェックしてしまいました(笑)。

一見すれば独特のデザインが目につきますが、実際には昨今のトレンドに沿って振動吸収性を高めていると言えるでしょう。フォークはブレードを細くし、エンドに向かって外側に湾曲させることで、剛性と振動吸収性を両立させているようです。細身のシートポストも効いているのではないでしょうか。

剛性レベルはガチガチと言われるか否かの絶妙な塩梅に仕立てられています。エントリーグレードだからといって、柔らかくて力が逃げたり、鈍重な印象だったりということも無ければ、硬すぎて踏み負けるということもありません。BB周りの横剛性も充分に高いことからロスしている感覚は無く、フレーム前後の剛性バランスも実に良く整っています。

従って、ペダリングフィールもスムーズでした。疲労が溜まってきて、他のバイクなら踏むのをやめたくなるところでも、このバイクは加速を求めてきますし、それに応えてライダーも踏みたくなってしまいますね。乱暴なペダリングになってしまうと少し進みが悪くなってしまうこともありますが、綺麗に回すことを心掛ければ解決できる程度ですし、ビギナーの方であれば、その感覚を掴むことでペダリングスキルが向上していくはずです。

競技者目線で見るとややヘッドチューブが長く、ダウンヒル中のコーナリングで僅かな遅れを感じました。ただ、ステムの高さを調整すれば解消できる程度であり、安定感が増して攻撃的に攻めることができるでしょう。ヘッドチューブの高さ以外で特に指摘するべき点はなく、ダンシングの挙動はニュートラルでした。

完成車販売ということで、最初にアップグレードするならホイールという方が多いでしょう。標準仕様でも充分な戦闘力を感じましたが、私がホイールを変えるとするならエアロ系ですね。総じて、購入を決定する理由は色々ありますが、間違いなしにSallanches64をはじめての1台に選んだビギナーは幸せになれると思いますし、実業団レーサーでも満足できる、そんな1台ですね。

「質実剛健なレーシングバイク ブランド復活を印象づける高コストパフォーマンスな1台」
鈴木卓史(スポーツバイクファクトリー北浦和スズキ)


独特な形状とあり、どんなバイクなのかが試乗前に想像できなかったのですが、全体的に硬めで、質実剛健という印象を受けました。同価格帯のバイクでは珍しくレーサー然としたバイクで、路面からの振動は伝わりやすいですが、その分だけインフォメーションも多く、速く走ろうという気分にさせてくれます。快適性よりもレース性能を第一に考えていますし、リーズナブルで高剛性なバイクを探しているホビーレーサーにとっては有力な候補になるはずです。

巨人エディ、そしてツール・ド・フランスで走ってきたブランドなので、個人的にエディ・メルクスには強い憧れがあります。そして、高剛性なバイクを送り出してきたレーシングブランドで、ライダーに求める脚力レベルが高いという印象があり、それは今回のインプレッションでも感じられました。従来からのブランドの良さを引き継いでいますね。

「質実剛健なレーシングバイク ブランド復活を印象づける高コストパフォーマンスな1台」 鈴木卓史(スポーツバイクファクトリー北浦和スズキ)「質実剛健なレーシングバイク ブランド復活を印象づける高コストパフォーマンスな1台」 鈴木卓史(スポーツバイクファクトリー北浦和スズキ)
ベルギーのハイパワーなアマチュアライダーが乗っても踏み負けない様になっているのでしょうし、ブランドならではの個性と言えるでしょう。ただ、サランシュは日本人にとって過剛性ということもなく、試乗してみて掛かりの良さを感じることができました。

バイクから前に進んでくれる印象があり、得意とするスピード域は高め。バイクから「もう少しスピード上げて」と問いかけられるような感覚があります。登りでの反応性が高く、アルミフレームの感覚と近く、踏み込んだ瞬間からタメなく推進力へと変わってくれます。どちらかといえば、重いギアでグイグイとペダリングすると良く進んでくれると感じました。ですから、得意なのは短い激坂。まさにベルギーのバイクといったところでしょう。

しかし剛性と他の性能がトレードオフになっているという印象はありません。レース性能をスポイルしない程度の必要な振動吸収性は備わっています。踏み心地と同じく振動の収束挙動もアルミに近い印象でした。トラクションも良く、路面の荒れた下りでも着実に路面を捉えてくれます。

ハンドリングはニュートラルで、ダンシングの挙動にも、これといった癖はありません。フォーク~ヘッド周りとシート周りの造りも質実剛健な印象で、ブレーキを強めにかけてもフレームが何の問題もなく受け止めてくれます。

価格とフレームの内容を考えると、このパーツアッセンブルは良い意味で驚きですね。他ブランドでしたらグループ外であったり、サードパーティーのパーツを使用するのが常ですが、このバイクはコンポーネントをシマノ105で統一し、ホイールもシマノとしています。そしてハンドル周りがデダ・エレメンティで統一され、プロロゴのサドルはチタンレール仕様。ここ最近元気のなかったエディ・メルクスの復活を印象づける1台と言えるでしょう。昨今のバイクのなかでは独特とも言える綺麗なカラーリングも良いですね。

唯一、完成車状態からパーツを変更するならばホイールですね。ホイールを変えるだけでハイカテゴリーのレースにも対応してくれるでしょう。反応性の良さを活かす方向で考えると、リムハイトが50mmほどのエアロホイールが良さそうですね。メーカーで言えばシマノとの相性が良いかもしれません。

総じて、本格的なレース参戦を考えていて、20万円台前半で完成車を探しているという方にオススメです。レースもサーキットエンデューロやヒルクライムではなく、「ロードレース」でこそ真価を発揮してくれる1台です。学生レーサーにも良いでしょう。エントリーグレードですが、安かろう悪かろうということは決してありません。通好みなイメージのブランドですが、エディ・メルクスを知らないという方にもぜひ乗ってみてもらいたいですね。

エディ・メルクス Sallanches64(完成車)エディ・メルクス Sallanches64(完成車) photo:Makoto.AYANO
エディ・メルクス Sallanches64(完成車)
コンポーネント:シマノ 105(F50x34、R11-28)
ハンドル/ステム/シートポスト:デダ・エレメンティ ZERO
サドル:プロロゴ K3
ホイール:シマノ WH-RS010
タイヤ:コンチネンタル ULTRASPORT II 700x25C
サイズ:XS、S、M、L、XL
カラー:MATTSILVER BLACK ORANGE
価 格:236,000円(税別)



インプレライダーのプロフィール

鈴木卓史(スポーツバイクファクトリー北浦和スズキ)鈴木卓史(スポーツバイクファクトリー北浦和スズキ) 鈴木卓史(スポーツバイクファクトリー北浦和スズキ)
スポーツバイクファクトリー北浦和スズキの店長兼代表取締役を務める。過去には大手自転車ショップで修行を積んだ後、独立し現在の北浦和に店を構える。週末はショップのお客さんとのライドやトライアスロンに力を入れている。ショップでは個人のポジションやフィッティングを追求すると同時に、ツーリングなどのイベントを開催することで走る場を提供し、ユーザーに満足してもらうことを第一に考えている。「買ってもらった方に自転車を続けてもらう」ことをモットーに魅力あるバイクライフを提案する日々を送っている。

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山崎敏正(シルベストサイクル)山崎敏正(シルベストサイクル) 山崎敏正(シルベストサイクル)
「てnち」のニックネームで親しまれているシルベストサイクル総括店長。選手としてはモスクワオリンピックの日本代表に選出された経験を持つ一方で、サンツアーの開発部に在籍していたことから機材への造詣も深い。現在も現役でロードレースを走る。シルベストサイクルは梅田、箕面、京都と関西に3箇所に店舗を構え「頑張るアスリートのためのショップ」として信頼の技術力や確かなフィッティングサービスなどを提供する。加えて、ロードレースやロングライド、トライアスロン、トレイルランなど様々なジャンルのソフトサービスを展開している。

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ウエア協力:reric

photo:Makoto.AYANO
text:Yuya.Yamamoto
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