アメリカのレジェンダリー・シクロクロッサーであるティム・ジョンソンに聞くインタビューの後編。今回は彼のプロとしてのライフスタイル、自転車啓蒙活動のことについて紹介します。



前編はこちらから。

― ところでシーズン中は毎週のようにレースが続きますよね。どのくらい家に帰れるのですか?

「シクロクロスは敷居が低くて誰でも参加しやすい競技だよ。そうだろう?」「シクロクロスは敷居が低くて誰でも参加しやすい競技だよ。そうだろう?」 photo:Yuya.Yamamoto今年は怪我をしていたから家にいることが多かったけれど、これまでの10年間はシーズン中ずっと家を空けていたね。4回はヨーロッパに移動しているし、アメリカでも毎週末各地を転戦するから、帰宅する暇すら無いんだ。帰宅すると犬が喜んでくれるよ(笑)。

シーズン中はとても過酷だけど、それでも続けるのは僕が自転車を大好きだから。加えてシクロクロスは自転車競技の中で一番敷居が低いと思う。純粋に楽しいし、ロードレースのようにスピードも出ないし、集団の中でナーバスになることも無いし、転んでも大怪我に繋がりにくいだろう?運営もしやすいし、シクロクロスがベースにあると、ロードレースに出場したときもすぐに対応できると思う。そいうこともあってアメリカでは人気が出たんだ。

日本でも野辺山シクロクロスは雰囲気が良くって、僕自身も走っていて本当に楽しかった。そこらじゅうで笑いがあって、みんなもエンジョイしていたよね。東京のコースは…少しタフすぎるかもね。とてもショーアップされていて面白いけれど、ちょっと砂場が長過ぎてプロライダー向け。僕も走りながら「もうたくさんだ〜」と思わず漏れてしまったよ。共感してくれる人も多いんじゃないかな(笑)。

― しかしそれでも今なおトップクラスの力を保っていますよね。モチベーションの源はどこからくるのですか?

ジュニア時代からずっと競技をして、自分のことをずっと若いと思っていたけれどそれも今は昔。個人的には昔と比べてかなり落ちたと感じている。特に今年は以前コントロールできていた腰痛が抑えきれなくなって手術をしたんだ。だからポジティブでいることも難しかった。

でもアクティブであり続けることが好きだし、将来的にもずっと自転車に乗り続けたいと思っている。以前チームメイトだったフランス人は競技に没頭して、引退した途端に乗らなくなってすごく太った。ヨーロッパプロの多くは人生における自転車競技の重要度が低いけれど、僕は違うよ。競技生活をとても大事にしているし、練習することでモチベーションがキープできるし、健康的でいられるんだ。

公式戦引退レースとなった山本公式戦引退レースとなった山本"カズ"和弘選手とともにパチリ photo:Yuya.Yamamoto
そうだ。昨年のCX東京の後は4日間京都を散策したんだ。野辺山はとても静かな村だったけれど、京都はとても活気があって別の意味で楽しかった。アメリカでは自転車を使った観光が盛んで、僕らも京都は自転車で巡ったんだ。

日本ではまだサイクルツーリズムというアイディアはとても新しいものだろう?京都は道が狭いからクルマだと大変だし、小さい範囲にたくさんの仏閣や神社など名所が点在している。だから自転車で回るのは凄く適していると思ったし、これからどんどんそうなっていくんじゃないかな。

アメリカの各都市はもともとクルマを使うことを前提としているから、インフラそのものが自転車に対して優しくない。優先順位で見ると、1番がクルマ、2番が歩き、そして最後に自転車。何を考えるにしても自転車は常に最後。日本はどうなんだい?

― 改善はされてきているけど、似たようなものであることは変わりませんね。

「アメリカでの自転車優先順位は常に低い。それを改善していきたいんだ」「アメリカでの自転車優先順位は常に低い。それを改善していきたいんだ」 photo:Yuya.Yamamotoアメリカではそうした自転車環境を変えようとするいくつかの団体が生まれてきた。各州の各都市に自転車や歩行者、トレイルのあり方を考えるグループが生まれていて、実際に僕も国主導の自転車環境を改善するグループで働いているんだ。僕はプロ選手として毎日乗るから発見も多い。法整備や警察、行政といった部分に働きかける活動をしているよ。

― 失礼ながら初耳でした

僕らが意識を変えさせようとしているのは主にドライバーだけど、でも同時にサイクリストに対してでもある。一方的に自転車を優遇させるのではなく、クルマと自転車がお互いに思いやり合うことが必要不可欠なんだ。自転車のマナーが悪ければドライバーは怒るし、ドライバーのマナーが悪ければその逆の事態が起こる。

僕は小さな頃からずっと自転車に乗って育ってきたけれど、今アメリカの都市部では"危ないから自転車に乗るな"という親もいるほどなんだ。そう言われ続ければあんなにも楽しい自転車に触れることが無いまま大人になってしまう。それからジムでエアロバイクに乗る「スピニング」が大ブームだけど、週に3〜5回くらいジム通いする人だってリアルなサイクリングはしないというおかしな現象も起こっている。それもこれも危ないから、という理由のためなんだ。こんな変な話は無いだろう?外には無限にフィールドが広がっているのに。

でも例えばニューヨークではここ3〜4年で素晴しいバイクレーンが整備され、とても走りやすくなったね。シェアバイクもできた。クルマを持っているニューヨーカーがほとんどいないもの整備が進んだ理由の一つだけれど、僕はこうした事例を他の都市に持ち込みたいと思っている。他にはボストン、ポートランドも自転車先進都市の一つだね。例えば東京にはバイクシェアのシステムはあるのかい?

― パリやニューヨークのような大規模のものは無いですね。

「クールだろう?スポンサーが作ってくれたお気に入りだよ」「クールだろう?スポンサーが作ってくれたお気に入りだよ」 photo:Yuya.Yamamoto「全米選手権の時のドッキリはマジでビックリしたよ。面白かった」「全米選手権の時のドッキリはマジでビックリしたよ。面白かった」 photo:Yuya.Yamamotoそうか。もし東京で2万台のレンタサイクルを用意できれば凄いことになるよ。今まで自転車に乗ったことのない人達が使ってみようという気持ちになるし、その中にはドライバーとして自転車を嫌っていた人も含まれると思う。実際に自転車の楽しさや、クルマに対してヒヤッとした経験をすれば、次に運転した時の意識も変わるはずなんだ。

安心して自転車の乗り始めることができるようになれば自転車に乗る人も増え、自転車文化も発展する。ゆくゆくはツール・ド・フランスに出るような選手が増えるだろうし、メーカーも消費者も上手くいくはずなんだ。とても難しい取り組みだけど僕自身その仕事をとても楽しんでできているし、プロとして活動してきた20年の経験もある。だからこれからもその活動は続けていくつもりさ。

― そう言えば可愛いワーゲンバスのTシャツを着ていますね。

これ、とってもクールだろう?お気に入りの一枚だよ。僕をスポンサードしてくれてるフォルクスワーゲンとキャノンデールが作ってくれたんだ。ワーゲンバスタイプⅡにキャノンデールが3台乗っていて遠征仕様だね(笑)ナンバーにもなっている数字の9は僕のレースナンバーなんだ。

― フォルクスワーゲンと言えば、全米シクロクロス選手権の時にコースをSUVで走るプロモーションムービー(現在は非公開になっていて、以下に紹介する別のプロモーションムービーがアップされている)を作っていましたよね。罰金が課されたというドッキリもあったとかで...



(爆笑)。フォルクスワーゲンUSAは全米選手権をスポンサード(注、ティムをはじめ他にも多くの選手やチームをサポートしている)していて、そのコースを新しいトゥアレグで走るプロモーションムービーを作ろうと提案されたんだ。そうしたらUCI役員が飛んできた。

「ティム、深刻な事態が起こったぞ」とって渡された紙を読むと、「1ヶ月から半年のレース出場停止の可能性、レース中の車両行動に関する規則違反 $200」

って書いてあって。Oh F○○k!OMG!と思ったさ。だってコースオープン前で許可もとってあるはずだったのに。「そんな、ジョークだろ?」ってこぼしたら、「そう。ジョークだよ」って。僕のキャリアに大きなダメージがつくかと思ってヒヤヒヤしたよ(笑)。その後Instagramに「罰金を払わされた」と投稿したらコメントがめちゃくちゃついたんだ。それで翌日の選手権は事情があって翌日に延期になったんだけど、「あれはティムの仕業に違いない」って噂が立ちまくって大変だったよ。僕がInstagramにジョークって書かなかったからなんだけど、あれはここ最近で一番おかしかったね(笑)。

― OK、残念ながら時間がいっぱいになってしまったのでインタビューは終わりです。タイトなスケジュールの中ありがとうございました。

こちらこそアリガトウ。またオファーがあれば是非日本のレースを走ったり、観光したいと思っているよ。日本のファンの皆、また会おう。



トップアスリートであるにも関わらず、近寄りがたい雰囲気のかけらすら無い和やかな雰囲気でインタビューに応えてくれたティム・ジョンソン。筆者自身じっくり話したのは初めてのことだったが、彼の完璧なプロフェッショナリズムと、その親しみやすい人柄には驚かされた。若干怪しげな当方の英語もキチンと聞き取ってくれ、質問以上のことをジョークを交えながら答えてくれるなど、正真正銘のジェントルマンがそこにはいた。

インタビューを通して、彼になぜあれだけのファンがいて、あれだけのSNSフォロワーがいて、超一流企業が個人スポンサーとなっているのかが分かった気がした。これからのオフシーズンはしっかりと休養を取りつつ、来る2015-16年シーズンに向けてコンディションを整えていくと言う。来期の活躍と、次の来日の機会を楽しみに待ちたいと思う。

text:So.Isobe