日本人として世界で戦う別府史之(トレックファクトリーレーシング)がヨーロッパで11年目のシーズンを迎えようとしている。常に世界最高峰のレースを走り、今はチームに欠かせない存在の選手として若手の面倒を見るまでになった。

2014シーズンを終え、地元茅ヶ崎でファンとのライド、そして「ちがさきVELO FESTIVAL」のために帰国したフミに、チームの組織論、アシスト選手論、そして2015シーズンの展望を聞いた。



2014シーズンを終えて帰国し日本のファンとライドを楽しむフミ2014シーズンを終えて帰国し日本のファンとライドを楽しむフミ photo:Shojiro Nakabayashi
激坂を登るファンを見守る激坂を登るファンを見守る photo:Yufta.Omataライドに参加したファンと交流するライドに参加したファンと交流する photo:Shojiro Nakabayashi――2014年はトレックファクトリーレーシングチームに移籍しての初年でした。チームの特徴を教えてください。

トレックファクトリーレーシングは総監督がイタリア人のルカ(グエルチレーナ)なんですが、彼はもともとトレーナー上がり。ほかのチームを見てみてもジェネラルマネージャー(GM)が元トレーナーというのは珍しいですね。元選手と言うわけでもない。その意味ではビャルネ・リースとかヨハン・ブリュイネールとは違う、トレーニングを最も重要視することとと、監督自身が選手のトレーニングをケアするのがうまいと感じます。全体的に、選手とひとりずつコミュニケーションをとりつつサポートをしている印象を強く受けています。

――オリカ・グリーンエッジで走った昨シーズンと、具体的に何がどう変わりましたか?

チームカラーが大きく違っていて、オリカ・グリーンエッジはオーストラリア色が強かった。「グローバルサイクリング」「ニューサイクリング」をスローガンに掲げて、ヨーロピアンテイストというよりも、どちらかというとオージーテイストが強い。トレックファクトリーレーシングはアメリカのチームではあるけれど、インターナショナル色の方が強い。その意味でヨーロッパらしい、クラシカルというとまた意味が違うけれど、例えばチームスカイやオリカの「新しいサイクリング」と比べると、新しいチームながら西欧の伝統を引き継いでいるチームだと感じています。

すごいベテランが選手にもスタッフにも多く、そういった部分で学ぶところが多いんです。例えば、フィジオ(理学療法士)も、オリカだとエアロダイナミクスに精通した最先端のスタッフがいる。だけどこうしたアプローチは時として古い選手には、——僕も古い選手なのかもしれないですけど(笑)、わかりづらい部分もある。ベッティーニ(注:引退したワンデイレースの名選手。06、07年世界チャンピオン)とかカンチェラーラ……ファビアンはそうは言っても若い方ですが、が好むやり方というのは必ずしもそうではない。トレックファクトリーレーシングではそのことをを踏まえてスタッフが選ばれている。「ニューサイクリング」という感じではない。

――フミとしてはそれがフィットしている?

2014年シーズンにトレックファクトリーレーシングに移籍した別府史之2014年シーズンにトレックファクトリーレーシングに移籍した別府史之 (c)CorVos2014シーズンはじめの記者会見はリラックスした雰囲気の中行われた2014シーズンはじめの記者会見はリラックスした雰囲気の中行われた (c)CorVosそうですね……どちらかというとオールドスクールというか、昔ながらの自転車チームやレースの方法論が順応しやすいという感覚はあります。「新しいサイクリング」はその理論からライドポジションまで割り出してくれるけど、そこに自分を合わせていくことにある種の難しさも感じていて。若い選手はスポンジのように吸収して順応していますね。

――そういった立ち位置の差はチームの歴史が影響しているのでしょうか。首脳陣のキャリアなど。

GMのルカはマペイ出身で、CSC、レオパードと渡り歩いてきていることは関係しているでしょうね。ただ、狭い意味での「ヨーロッパ」で捉えれば、トレックファクトリーレーシングも充分新しいチームの部類だと思います。チームスカイはやっぱり特別ですね。トガっている。まさに最先端。ロードレースを熱心に見ているファンなら、それはもう充分感じているはずです。

――そのあたり、ユーラシア大陸から離れたイギリスというお国柄も関係していると思います。それを踏まえての「狭い意味」ということなのでしょうが。ただ、トレックファクトリーレーシングに関して言えば、世界規模で話題をさらうバイクメーカーがメインスポンサーということで、バイクは最先端。チームの内実はクラシカルなアプローチをとるという「最先端と伝統の共存」が面白いと感じます。ただ、クラシカルという言葉には『どんなに寒くても外で練習するんだぞ』というような根性論すれすれのニュアンスも入ってくるような気がしますが……。

それは違います!どっちかというと、オリカ・グリーンエッジの方が根性論に近いアプローチでした。「そんなこともできねぇのか!」みたいな。オリカのキャンプでは、精神面を鍛えるためにアーミーキャンプ、コマンドーのミーティングを受けて「チームっていうのはなぁ」というチーム論などを聞いたりして面白かったです。クラシカルという言葉とは違う気もするけど、違いを挙げるならトレックの方が和気あいあいとしていますね。インターナショナル過ぎてメンバーの国同士のわだかまりも無いし、楽しくやれています。

4度目のカタルーニャ一周出場となる別府史之(トレックファクトリーレーシング)4度目のカタルーニャ一周出場となる別府史之(トレックファクトリーレーシング) photo:Kei Tsuji
――ここまでチームのトレーニングや組織づくりに関しての違いを聞いてきましたが、実際に2014シーズンを走って、レースでの変化は感じましたか?

プログラミングは大きく向上したと思います。僕のコーチはレディオシャック時代(2010〜11)にも一緒だったフランス人のアラン・ガロパン(2014ツールでマイヨ・ジョーヌを着たトニーの叔父)で、意思疎通もOK。シーズン前半の最大の目標にしていたジロ・デ・イタリアまでのレースとトレーニングのプログラムを設定してもらいました。それはあまり早すぎるシーズンインを避けて、じっくりと時間をかけて目標レースを目指すというやり方。

グランツールは強度の高い山岳レースになるから、シーズン前半の疲れがパフォーマンスを妨げることを彼は知っているんです。それを踏まえたプログラムで徐々にコンディションを上げていったジロでの走りは、チームからも高い評価をもらいました。個人での活躍はできなかったですが、アシストとしてチームのサポートをきちんとこなし、うまくできたという自負もあります。こういう調整の仕方は、ヨーロッパ的だなと感じました。グランツールに対する臨み方ですね。

2012年のリエージュ〜バストーニュ〜リエージュを走る別府史之(グリーンエッジ)2012年のリエージュ〜バストーニュ〜リエージュを走る別府史之(グリーンエッジ) photo:Kei Tsuji――グランツールというと、ここ数年のフミはジロ・デ・イタリアにフォーカスしている印象があります。ひと昔前は、平坦に強さを見せてクラシックレースを走っている姿が特徴的でしたが、最近は山岳基調のレースにシフトしています。

自分個人としては、クラシックも走りたい。ただ今のチームに関して言えば、ファビアンという絶対的リーダーがいるからそのための布陣をチームも敷いている。自分にとって強みを出せて、チャンスが見出せるのは山があるレースなのは間違いないんです。チームの仕事をしながら、山で逃げるという形が最も勝利に近い。チームからも必然的に、山のレースで頑張ってほしいと言われるわけです。でもやっぱり、クラシックを走りたい気持ちは強いです。来シーズンは何レースか走らせてくれと頼んでいるんです。

――クラシックレースの走り方と、山岳主体のグランツールでは当然走り方も、調整も変わってくると思いますが、どうやって山岳を走れる選手になっていったのでしょうか。

オリカの時は、山岳のことはほとんど考えなくてよかったんです。むしろ自分の強みが出せる場面が多々あった。パワーで集団先頭に飛び出してスプリンターのために全開で引いたり、クラシックレースでエースのサポートをしたり。今シーズンは最初こそ苦しんだものの、さっき言ったプログラミングもあってジロには間に合いました。ただ自分ではクライマーになったとかそういう感覚は無くて、パワーとテクニックでねじ伏せていくのが自分のスタイルだと思っています。

――2011年に全日本選手権を制した時はまさに、パワーとテクニックが噛み合った瞬間でしたね。クライマーではないとの自己分析ですが、ジロ・デ・イタリアで辻啓氏が撮影した写真(※下参照)は印象的で、レース後半の厳しい山岳でピースと満面の笑みを見せています。ヒルクライム能力の高さは証明されている気もしますが。

笑顔でモンテゾンコランを登る別府史之(トレックファクトリーレーシング)笑顔でモンテゾンコランを登る別府史之(トレックファクトリーレーシング) photo:Kei Tsuji
これはモンテ・ゾンコランでのシーンですね。ジロって本当にコースが過酷で。ゾンコランは最終日前日だったので、その過酷なレースに対して「やったぜ!やってやったぜ!」っていう気持ちがああいう形で出てきました。もちろん完走が目的ではないけれど、ジロの最後に世界でも有数の激坂で知られるゾンコランを走っていてもまだ脚に余裕があって、チームは成功の3週間を終えつつあって、その喜びが表情に出たんじゃないかと思います。

――今年のジロを全体的に振り返ってください

チームの狙いは、ロバート・キセロフスキー(クロアチア)を中心に彼の総合10位入りとジャコモ・ニッツォーロ(イタリア)のスプリント優勝。僕個人は同時にステージ優勝を目標に走りました。本来アシストの選手は、平坦なら平坦、上りなら上りと役割が別れているのですが、僕はどっちもこなす役回りです。全体的に脚を使ってしまったのは仕方ないですが、ロバートには「ずっと付きっきりのサポートをしてくれてありがとう」と何度も言われました。

ジャコモはステージ2位を4回という結果で、勝利には届かなかったもののチームが一丸となって戦う形が示せました。最終的にはアレドンドがステージ優勝と山岳賞獲得ということで、監督からは「こんなによくできたジロはない」と高い評価が出ました。確かに総合優勝はしていない。だけど3週間を通じてまんべんなく活躍できたことは大きかったんです。ジロは過酷なレースですが、うちのチームは誰もリタイヤせず全員が最後まで機能しながら走り切れたことも評価が高かったですね。

監督には「自分の成績を求めたい気持ちもある中で、アシストに徹した仕事ぶりに関しては素晴らしかった。感謝している」と後で言われました。山頂ゴールとスプリントゴールが多い中で、自分が狙えるチャンスが少なかったのは残念でした。もう一回リベンジしたいという気持ちは強いですね。

キセロフスキーを集団まで引き上げる別府史之(トレックファクトリーレーシング)キセロフスキーを集団まで引き上げる別府史之(トレックファクトリーレーシング) photo:Kei Tsujiブアニやマシューズらと競り合うジャコモ・ニッツォロ(イタリア、トレックファクトリーレーシング)ブアニやマシューズらと競り合うジャコモ・ニッツォロ(イタリア、トレックファクトリーレーシング) (c)CorVos

第18ステージを先頭でフィニッシュするジュリアン・アレドンド(コロンビア、トレックファクトリーレーシング)第18ステージを先頭でフィニッシュするジュリアン・アレドンド(コロンビア、トレックファクトリーレーシング) photo:Kei Tsujiジロ・デ・イタリア2014 第1ステージに臨むトレックファクトリーレーシングジロ・デ・イタリア2014 第1ステージに臨むトレックファクトリーレーシング photo:Kei Tsuji


――先日見たアルゴス・シマノのツール・ド・フランスのドキュメンタリーである『Clean Spirit』という映画では、グランツールの3週目の辛さを選手が語っていました。3週目の難しさというのはやはりあるのでしょうか。

今年のジロはアイルランドをスタートして、3週間の長丁場。最初はどの選手たちもフレッシュだから、レースは高速でナーバス、ストレスフルになる。そういう中で走っているから落車も多かったし、おまけに天候もすごく悪かった。だから逆に、徐々に週を重ねていくごとに走り方も見えてきて、精神的にはリラックスできていきました。グランツールは何度も経験しているし、心に余裕があって、ネオプロのチームメイトがナーバスになっているのをサポートする立場でもありました。そこで言うのは、「今日だけじゃない。明日もあって、明後日もある。次の週もあるからナーバスになるな」って。

こういう風に若手の選手を育てていくというのもチームから任されている仕事。もうベテランの域に入っているから……っていうとすごい歳をとってるみたいだけど(笑)、しっかり若手を見てほしいと言われています。自分だけじゃなくて、周りをみながら走る余裕がこのジロにはありましたね。そもそも、アシストの仕事も周りを見ながらじゃないとできないことなので。

トレックファクトリーレーシングの選手たち(左がポポヴィッチ)トレックファクトリーレーシングの選手たち(左がポポヴィッチ) photo:Makoto.AYANO
――今の話で思ったのは、プロトンで尊敬されている選手にはアシストの選手が多いということです。バーニー(ベルンハルト)・アイゼルしかり、イェンス・フォイクトしかり。個人的に今のプロトンで尊敬できる選手というのはいますか?

かつてアマチュアで最強と言われた男、ヤロスラフ・ポポヴィッチ。面倒見がよくて周りをしっかり見ている。僕が尊敬する選手はアシストの選手が多いんですが、みんな共通してこういう特徴がありますね。そして狙う時は狙う。そのハングリー精神には素晴らしいものがある。ダニーロ・ホンドとか、ブレット・ランカスター、ミハエル・アルバジーニ。みんな同じチームだった仲なので良く知っているというのがありますけど、彼らも。仕事ぶりで言えば、ヴァシル・キリエンカでしょうか。

『イン・ザ・ヒーロー』っていう唐沢寿明さん主演の映画では戦隊ヒーロー物の「中の人」の奮闘が描かれていた。表に出てこないけど、スキルとプライドを持って仕事をしている人々。この映画じゃないけど、ロードレースのアシスト選手という立場もそれに近いんじゃないかなと思います。

ジロ・デ・イタリア2014第3ステージのチーム総合成績1位の表彰を受けるトレックファクトリーレーシングジロ・デ・イタリア2014第3ステージのチーム総合成績1位の表彰を受けるトレックファクトリーレーシング photo:Kei Tsuji
チームバスの前で記念撮影するオリカ・グリーンエッジチームバスの前で記念撮影するオリカ・グリーンエッジ photo:Kei Tsujiフミがアシストしたマシュー・ゴス(オーストラリア、オリカ・グリーンエッジ)がジロ・デ・イタリア2012第3ステージを制するフミがアシストしたマシュー・ゴス(オーストラリア、オリカ・グリーンエッジ)がジロ・デ・イタリア2012第3ステージを制する (c)Kei.Tsuji


――定期的にフミの話を聞く中で、最近は特に「チームのために」という発言が多くなってきた印象があるのですが、そのプロ意識が明確になってきたきっかけはありますか。

チームづくりに関するチームの方針をいくつか経験したことですね。そういう自覚が生じたのはオリカ・グリーンエッジの時だったと思います。例えば、選手であれば誰もが勝ちたいけれど、チームの力を合わせないと勝てない状況というのがたくさんある。チームか、個人か。自分もスプリントすればトップ10に入れる力はある。でもチームが望むのは勝利であって、そのためにその力を使うべきだと。チームミーティングでも、「トップ10は要らない、ただ勝つことだけが目標だ」とはっきり共有される。これはオリカの時代から、今のトレックまで徹底していることですね。それは僕も充分理解しています。勝利が至上命題なんです。

――それは裏を返せば、チームの勝利をアシストできればそれがしっかり評価されるということでもありますね。

そうですね。これはやっぱりオリカでもトレックでもはっきりしています。チームミーティングでは必ず、「みんなで勝つんだ」と言いますから。だから勝てない時が続くと、監督も選手もスタッフもみんな沈むことがある。ロードレースは個人競技じゃないとつくづく思います。

全日本選手権タイムトライアルで表彰台の中央に登った別府史之(トレックファクトリーレーシング)全日本選手権タイムトライアルで表彰台の中央に登った別府史之(トレックファクトリーレーシング) (c)Makoto.AYANO別府史之がアタックすれば他の選手が必ずチェックに入った全日本選手権ロード別府史之がアタックすれば他の選手が必ずチェックに入った全日本選手権ロード (c)Makoto.AYANO


――ここまでチームや組織の話を中心に聞いてきましたが、2014年に目標に据えていた2つのレース、全日本選手権とアジア大会は通常のチームが無い状態での参戦でした。

この2つのレースはシーズンインから目標としていて、結果を求めて出場しました。全日本はTTは優勝しましたが、ロードでは負けました。アジア大会も4位。チームが無いことよりは、自分のために走れるチャンスをモノに出来なかったのが敗因だと思います。ただ、これらのレースを走ってよかったと思います。

――それはどういう意味で?

しばらく自分のために走るレースをしていなかったこと、そして負けて悔しいと感じているからです。望む展開に持っていけなかったのは、レースの組み立て方が甘かったということ。同じ失敗はもうしたくない。この2つのレースは、オリンピックと世界選手権という次の目標につながるものになったとポジティブに捉えています。

2015シーズンのジャージを着る別府史之2015シーズンのジャージを着る別府史之 ――オリンピックは過去2度走られていますが、リオ五輪も目標に入っていると。

リオオリンピックは出たいと思っています。そのためには今年(2015年)はワールドツアーレースでのポイント獲得が最低条件になってきます。今シーズンはポイントを狙っていきたいとチームに伝えています。チームの仕事はもちろんあるけれど、獲れるところではきっちりと自分のレースをしたい。このあいだの全日本とアジア大会を経て、この思いが強くなりました。

――2015シーズンをどう走りますか。

まずはもっとパワーをつけて、パンチの効いた走りができる体作りをしていきます。ただコンディショニングは積み重ねなので、ベースから地道にやっていくことになりますね。ダウンアンダーが開催されるようになってきて全体的にロードシーズンが早まってコンディショニングが難しくなってきている最近ですが、昨年に続きあえて12月はじっくりと腰を据えて、周りに流されず春のシーズンインにきっちり合わせていきます。原点回帰です。

――ヨーロッパ式の調整リズムへの回帰ですね。期せずして、最初の話につながりました。2015シーズンの活躍を楽しみにしています。

interview:Yufta.Omata
photo:Shojiro Nakabayashi, Kei.Tsuji,Makoto.AYANO

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