今大会2番目に長い234.5kmのレースは、最終的に写真判定でしかわからないほどの僅差で決した。カヴの離脱以来別の形での勝利にトライし続けてきたオメガファーマ・クイックステップの走りが報われた。



34km地点のレピンヌ街の聖堂前を走り抜けるプロトン34km地点のレピンヌ街の聖堂前を走り抜けるプロトン (c)Makoto.Ayano
シャンパンの街エペルネーを発ったプロトンは230kmオーバーの長い旅に出る。スタート地点は名産のシャンパンにかこつけた賑わいがあったが、この日キャラバン隊に出されたお達しは「騒音禁止」令だった。第一次世界大戦から100年、ツールはこのステージで激戦地だったヴェルダン一帯を通過するからだ。キャラバン隊の派手なお祭り行為は控えめに、静かに走るようにという主催者からのお願いだ。

第一次世界大戦の戦没者を追悼する第一次世界大戦の戦没者を追悼する photo:A.S.O.700,000人以上の死傷者が出た「ヴェルダンの戦い」の戦場だった場所を通過するプロトン。今は美しい丘の風景が続くが、ところどころに広大な墓地が目立つ。すぐれない天候とツール一行の静けさは、一日の長さをより一層長く感じせる。雨は上がるも、天気が回復したのはゴールも間近になった頃だ。

40km地点で落車してリタイアしたスタフ・クレメント(オランダ、ベルキン)40km地点で落車してリタイアしたスタフ・クレメント(オランダ、ベルキン) (c)Makoto.Ayano40km地点ではスタフ・クレメント(オランダ、ベルキン)の落車・リタイアシーンにでくわす。出走前からすでに腕や脚に包帯だらけだったクレメントは、ふたたび路面に身体を打ち付けた痛みに耐えながら、医師の「ここでやめるか? それとも続けたいか?」の問に答えが出せないまま、しばらく自問自答を続けた。だが、10分ほどの時間が経っても、どうしても走りだすことができなかった。諦めて救急車に乗り込むとき、大粒の涙を路面に落とした。ここもまた戦場だ。

4級山岳ブッフレールでライバルたちの動きをチェックするマイヨジョーヌのヴィンチェンツォ・ニーバリ(イタリア、アスタナ)4級山岳ブッフレールでライバルたちの動きをチェックするマイヨジョーヌのヴィンチェンツォ・ニーバリ(イタリア、アスタナ) photo:Tim de Waele6人の逃げが続く中、集団にはキャノンデールの一団が集結してコントロールを始めていた。サガンの勝利に最適なコースで、昨年のツール第7ステージで見せたような、緑の軍団による完璧なチームプレイでのサガンの勝利を予感させた。

長い一日の勝負どころは最終盤に集約されていた。2つの4級山岳が残り20kmを切ってから登場。残り17km地点のマロン(3.2km/5%)と、残り5.5km地点の4級山岳ブッフレール(1.3km/7.9%)。最後の登りブッフレールをこなしたら、ナンシーの街の中心部、凱旋門に向かって下るのみ。1.3kmで7.9%の登り勾配はスプリンターを脱落させて集団を絞るには十分だが、クライマーがアタックするには少し物足りない。下ってからゴールまでの距離も逃げ切るには微妙だ。しかし動けば確実に何かができるし、チャンスに賭けたい選手は山ほどいる。

このフィニッシュは2005年のツールでも同じコースが取られたことがあり、イタリア人のロレンツォ・ベルヌッチ(当時ファッサボルトロ)が逃げ切り勝利している。その当時ファッサのチームメイトだったファビアン・カンチェラーラもマイヨジョーヌを着てこのフィニッシュへのコースを走っている。「ベルヌッチを逃げて勝たせたことをよく覚えている」とカンチェラーラ。プロフィール的にはむしろスパルタクスにぴったりのフィニッシュだ。長い平坦を走った締めに2つの登りという点でも「ミニ・ミラノ〜サンレモ」?

サガンの勝利に向けてメイン集団をコントロールしたキャノンデールサガンの勝利に向けてメイン集団をコントロールしたキャノンデール photo:Makoto Ayano
ブブゼラを鳴らして大騒ぎのサガンの応援団。このあと主催者につまみ出されたブブゼラを鳴らして大騒ぎのサガンの応援団。このあと主催者につまみ出された photo:Makoto Ayano「SAGAN is No.1」の横断幕をもつ故郷からのサガン応援団「SAGAN is No.1」の横断幕をもつ故郷からのサガン応援団 photo:Makoto Ayano


ブッフレールではシリル・ゴティエ(ユーロップカー)がアタックして抜けだしたが、ここは総合争いの有力候補にとっても闘いどころ。アルベルト・コンタドールはマイヨジョーヌのヴィンチェンツォ・ニーバリとのタイム差を縮める可能性が少しでもあるだろうと、ニコラス・ロッシュを使ってペースアップ。ニーバリもそれを逃さず着いていく。得意のコースに勝利を意気込んでいたカンチェラーラはずるずると後退。脚がなかったわけではなく、もっとも大事なタイミングでのパンクだった。

頂上を前に抜けだしたペーター・サガン(キャノンデール)とフレフ・ファンアフェルマート(BMCレーシング)の2人は、後ろとの差がそれほど大きくないことを確認しながらも、ダウンヒルで差を開くことにトライ。脚を使わないように、空気抵抗を削減するサガンお得意のダウンヒルスタイルで。ともにここまで「勝利まであと一歩」の結果が続いた、勝利を渇望する二人。

キャンピングカーで追っかけのコフィディス応援一家キャンピングカーで追っかけのコフィディス応援一家 photo:Makoto Ayano勾配が緩くなってより努力が必要になると、サガンがファンアフェルマートに前を引くように促す。しかしファンアフェルマートも率先して引く気配は見せなかった。全面的な協調態勢ができていないことに躊躇しながら逃げ続けた2人。サガンは全力で行くのは止め、集団に戻ってのスプリント勝負に切り替えた。

ペーター・サガンと握手を交わすマッテオ・トレンティン(イタリア、オメガファーマ・クイックステップ)ペーター・サガンと握手を交わすマッテオ・トレンティン(イタリア、オメガファーマ・クイックステップ) photo:Makoto Ayano30名弱とはいえ有力選手ひしめくなかでのゴールスプリント。ミカル・クヴィアトコウスキーのリードアウトで、マッテオ・トレンティンが飛び出した。オメガファーマ・クイックステップの連携に、サガンは後方からの加速で追い込む。写真判定の僅差で勝利はトレンティンのものに。サガンの追い込みに勢いがあったこと、ゴール後すぐにトレンティンがサガンを祝福するようなポーズをとったことで、写真判定の発表があるまでどちらの勝利か誰も判らなかった。

昨年に続いてステージ優勝を挙げたマッテオ・トレンティン(イタリア、オメガファーマ・クイックステップ)昨年に続いてステージ優勝を挙げたマッテオ・トレンティン(イタリア、オメガファーマ・クイックステップ) photo:Makoto Ayanoトレンティンは言う「ゴールラインの周りに広告文字などが書かれているのでどれがラインなのか見分けにくかった。無線で誰かが僕の勝ちを告げるのを聞いて、それからスタッフのサンドロに教えられたんだ。それまでは自分が勝ったとは思っていなかったんだ。正直、最後はサガンに追い抜かれたと思っていたよ。

「この勝利はカヴに、そしてチームに。僕たちは勝利を持ち帰るために毎日闘ってきた。カヴがクラッシュしてからも、僕たちは勝利を目指して前に進みつづけようと話していたんだ。それが今まで僕達がしてきたこと。石畳ステージでもチームは最前線で闘った。スプリントステージでも最前線で闘った。今、それが報われたんだ」。

昨年のツールでもステージ1勝を挙げたトレンティンは、2年連続のステージ勝利。ツールデビューを果たした昨年は第14ステージで18人の逃げ集団に入り、スプリントを制している。

「スーパー・ドメスティック(アシスト)」と呼ばれるトレンティン。カヴのスプリントをお膳立てするに十分なスプリント力があり、列車の牽引からリーダーのサポートまで全般のアシストを広くこなす。今季好調の原因は、春のクラシック後にアメリカに渡り、2ヶ月のトレーニングを積んだこと。天候の安定したカリフォルニアで高地トレーニングを含む2ヶ月の合宿を行い、スペシャライズド社の風洞実験施設でより効率的なポジションも見なおしたという。ツアー・オブ・カリフォルニアを走り、ツール・ド・スイス第6ステージではトニ・マルティンのリードアウトによりゴールスプリントを制している。その集団にはサガン、 ダニエーレ・ベンナーティらが居て、そのときの勝利が今日の自信にもつながった。「今日僕は監督からリーダーを任されていた」。



サガン 最初の7ステージすべてでトップ5入り しかしステージ優勝は無し

サガンは開幕以降、今までのステージで2位、4位、2位、4位、4位、5位と続け、今日はまた2位に。この「最初の7ステージすべてでトップ5入り」というのは、ツールの歴史では1930年のシャルル・ペリシェ選手以来の記録となる。名誉があって、しかし少しほろ苦い記録の人となる。

中間+ゴール順位のポイント積算で争われるマイヨヴェールは、もっともコンスタントに上位にくる選手に与えられる性格のもの。サガンはポイント2位のブライアン・コカールにはすでに113ポイントも差をつけている。コンスタントに上位に来るという面ではふさわしいが、しかしステージ優勝が一歩手前で叶わないもどかしさは、表彰台でのサガンの表情にも伺うことができる。そして、サガンは勝つことの難しさを話す。

マイヨヴェールをより強固なものにしたペーター・サガン(スロバキア、キャノンデール)マイヨヴェールをより強固なものにしたペーター・サガン(スロバキア、キャノンデール) photo:Makoto Ayano
1分03秒遅れたティージェイ・ヴァンガーデレン(アメリカ、BMCレーシング)ら1分03秒遅れたティージェイ・ヴァンガーデレン(アメリカ、BMCレーシング)ら photo:Makoto Ayano「まず何よりも最初に、すべてのチームメイトたちが僕の勝利のお膳立てのために一日中素晴らしい働きをしてくれたことにお礼を言いたい。こまでずっと、どのステージでも僕は優勝候補だった。自分が勝つと、いつも簡単に勝ったなんて言われる。でも今は勝てていない。みんな不思議に思っているかもしれないけど、勝つのは簡単なことじゃないんだ。マイヨヴェールをいいアドバンテージで着ていることはいいけど、何か物足りない。パリまでまだチャンスが残っている。自分の日がやってくることを願っている」。

スプリントで落車したアンドリュー・タランスキー(アメリカ、ガーミン・シャープ)スプリントで落車したアンドリュー・タランスキー(アメリカ、ガーミン・シャープ) photo:Makoto Ayano総合11位につけていたティージェイ・ヴァンガーデレン(アメリカ、BMCレーシング)は、ラスト16km地点で後方からぶつかってきた選手と絡み落車した。チームメイトのペーター・ベリトスのバイクを借りて追走したものの先頭集団には追いつかず、1分以上の貴重なタイムを失った。

落車したIAMサイクリングのエース マティアス・フランク(スイス、IAMサイクリング)。骨折の疑いがありすぐに病院に直行した落車したIAMサイクリングのエース マティアス・フランク(スイス、IAMサイクリング)。骨折の疑いがありすぐに病院に直行した photo:Makoto Ayanoそしてそれ以上に大きなショックがチームメイトのダーウィン・アタプマのリタイアだ。コロンビア人クライマーのアタプマは落車によって大腿骨を骨折。ヴァンガーデレンにとっての山岳ステージで最後まで助けてくれるアシストという存在だった。ヴァンガーデレンは言う「僕らはここまで彼に風も受けさせず、極力消耗しないように走らせてきた。来るべき山で活躍してもらうために、フレッシュな状態でいて欲しかったから。彼の損失は大きいね」。BMCレーシングにとって良くない一日になった。

落車したユルゲン・ファンデンブロック(ベルギー、ロット・ベリソル)。幸い軽傷のようだ落車したユルゲン・ファンデンブロック(ベルギー、ロット・ベリソル)。幸い軽傷のようだ photo:Makoto Ayanoスプリントで派手に落車したアンドリュー・タランスキー(ガーミン・シャープ)。スプリントに備えて左右や後方を振り返っていて(前を見ていなかった?)他の選手と交錯してしまったようだ。喧嘩っ早いことで「ピット・ブル」のアダ名をもつタランスキー。ゴール後には「サイモン・ゲランスにぶつけられた」、と文句を言い、一悶着起こりかけた。しかしビデオリプレイを見れば避難されるのはタランスキー本人だった。

IAMサイクリングのエース、マティアス・フランクはラストコーナーでの落車から何とか起き上がり、バイクに跨ったが、ペダリングすることができずに同郷のグレゴリー・ラスト(トレックファクトリーレーシング)に背中を押されてフィニッシュラインを越えた。ゴール地点の移動診療車での検査で大腿骨骨折が判明し、リタイアが決定的に。念願のツール初出場が叶ったIAMサイクリングは、好調のスイス人リーダーを山岳を迎える前に失ってしまった。

リタイアした今大会最年少ライダーのダニー・ファンポッペル(オランダ、トレックファクトリーレーシング)リタイアした今大会最年少ライダーのダニー・ファンポッペル(オランダ、トレックファクトリーレーシング) photo:Makoto Ayano同じく最終コーナーで落車すれど、同タイムフィニッシュ扱いで総合5位に上げたのがロット・ベリソルのエース、ユルゲン・ファンデンブロック。近年ツールでは落車即リタイアが習慣のようになっていたベルギー人唯一の総合への期待の星は、今年も落車が続くが、運に大きくは見放されず、着実に駒を進めている。

ファンデンブロックは言う。「3日連続の落車だけど、大した怪我がないのが何よりのいいニュース。前の落車で負った傷がまた開いただけ。悪くないね。ストレスはあるけど、脚の調子はいい。失ったモノがない以上文句は言えない。昨夜、チームメイトに言ったんだ。戦場だったら兵士は弾丸の傷を負って戦い続けねきゃいけないんだからって(笑)」。

「ツールは今のところプラン通り。総合を2つ上げたのはヴォスゲス山地や、その後の山岳連戦を前にいいこと。山岳での闘いのほうが今日みたいなステージよりストレスが少ないだろうね。今日みたいなレースでは、タイム差が着いてしまうから少しでも離されるわけに行かないんだ。明日はパンチャーのためのステージになるだろうね。本当の闘いは月曜日だと思う」。

3分39秒遅れでフィニッシュラインを切る新城幸也(日本、ユーロップカー)3分39秒遅れでフィニッシュラインを切る新城幸也(日本、ユーロップカー) photo:Makoto Ayano
新城幸也(ユーロップカー)は落車などの影響は受けず、3分39秒遅れの93位でゴール。

「今日は逃げる事を許され、チャレンジしたがピピッシュ(アレクサンドル・ピショ)が逃げに入ったので、ピエールの援護に徹した。序盤は雨がチラついたり、路面が濡れてたけど、終盤になるにつれて太陽も顔を出し、やっと暖かくなった。このまま晴れが続いてくれたら良いのだけど…。この後休養日までの3日間は大事なステージばかり、調子も悪く無いのでしっかり仕事をしたいと思う。せっかくシャンパーニュ地方に来たのにシャンパンを味わえなかったのは残念だったね(笑)」とコメントしている。


photo&text:Makoto.AYANO in FRANCE
photo:CorVos,TimDeWale,A.S.O,
※新城幸也のコメントはユキヤ通信より