フランスの南部で最終日前日のステージを終えて、昨夜はアヴィニョンに宿を取る。朝選手たちと同じようにTGVでパリへ向け移動。プレスセンターに立ち寄ってから直接シャンゼリゼに入った。スタート地点に行けなかったのは経験した12回のツールでも初めてのこと。

シャンゼリゼではのんびりペースで走る集団のパレードの様子を、コンコルド広場に設置された大型モニターで観戦。カメラマンエリアはシャンゼリゼ通りの中央、凱旋門を真正面に臨む広場で、往路・復路の分岐点。ここを集団が往復で何度も通る。

2人のジャポネ これでもか、の紹介

晴れのシャンゼリゼ周回コース晴れのシャンゼリゼ周回コース photo:Makoto Ayanoシャンゼリゼにはマンジャスさんのアナウンスが響き渡る。TVカメラはのんびり走る集団の前に後ろに移動しながら選手たちの姿を追う。今日の主役コンタドールが恒例のシャンパングラスをかざすシーン。ツール中に活躍したいろいろな選手を訪ねるように追う。フミとユキヤ、ふたりの日本人にもしっかりフォーカス。

映像にマンジャスさんの実況が日本人の紹介をたたみかける。「フミユキ・ベップとユキヤ・アラシロの2人の日本人が初のツール・ド・フランス完走へ!」

シャンゼリゼ周回コースをハイスピードで駆け抜ける選手たちシャンゼリゼ周回コースをハイスピードで駆け抜ける選手たち photo:Makoto Ayanoこのツールで本当に人気者なった2人の日本人は、おそらく日本が盛り上がった以上にフランス&欧州メディアの注目を浴びたと思う。2人の活躍もあってこの小さなニュースは膨らみ、連日たくさんのメディアが取材に訪れた。

このツールでもっともメディアが殺到したのはコンタドールでも前年覇者サストレでもなく、アームストロングだった。その次は? 「コンタドールよりフミとユキヤのほうが多く取材されているかもね」とは日本人ジャーナリストたちの感想。我々も執拗に追っかけたが、各国のメディアも東洋人選手の珍しさをネタに連日十分追っかけてくれた。メディアにストーリーを作られるのを嫌がったコンタドールより、2人は面白い取材対象だったようだ。

選手たちがシャンゼリゼに入ってきて、最初の周回へ。マンジャスさんが2人の日本人の話題から次の話題に移ろうとしたそのとき、またしても日本人の話題に戻らなければならない事態が発生。ドゥムランを追ってフミがアタック! その差をみるみる開きだしたからだ。

"エンターテイナー"フミ、パヴェで真価発揮!

先頭グループを形成して逃げる別府史之(日本、スキル・シマノ)ら7名先頭グループを形成して逃げる別府史之(日本、スキル・シマノ)ら7名 photo:Makoto Ayanoすでに完走は決定しているようなものなので、2人には何事も無くこのステージを終えてくれれば良いと思っていた。フミのコメント「シャンゼリゼを狙うのはスプリンターでないから無理。でも魅せる走りをしたい」は本当だった。

この日、フミはパレード中から、いったいいつになればレースを始めてもいいものか、周囲の選手に訊いて回っていたという。ドゥムランが行ったことでそれに続いたら、逃げが決まった!

別府史之(日本、スキル・シマノ)が積極的に逃げグループを牽引別府史之(日本、スキル・シマノ)が積極的に逃げグループを牽引 photo:Makoto Ayano例年なら逃げは長く続かず、逃げては捕まりを何度も繰りかえす。世界で最も美しいこの大通りで、目立ちたい選手はたくさんいる。しかしこの逃げは強力だった。

4人があきらめ、ウェーグマン(チームミルラム)、ヴェッカネン(フランセーズデジュ)とフミの3人になってからも、フミはこの逃げの先頭を引き倒した。3週間の最後の最後にきて発揮されるその強さに驚かされた。

シャンゼリゼ周回コースで熱い走りを披露した別府史之(日本、スキル・シマノ)シャンゼリゼ周回コースで熱い走りを披露した別府史之(日本、スキル・シマノ) photo:Makoto Ayanoフミがサングラスを外し、表情あらわに最後の粘りを見せているとき、マンジャスさんのアナウンスが「今日の敢闘賞はジャポネのフミユキ・ベップに決まりそうです! ものすごい頑張り! なんと印象的な走りでしょう!!」と叫んだ。その努力に最高位の褒め言葉、「エクストラオーディネール(信じられない)!」も飛び出した。

実は激しいパヴェ(石畳)路面のシャンゼリゼ通り。選手たちには大きな負荷がかかる。うまく走れるかどうかは、パヴェ走行に対する慣れ、走行技術も左右する。パリ〜ルーベが好きなフミにとって、シャンゼリゼはおあつらえ向きのコースだ。でもそれ以上に驚かされるのは3週間のレースを経て蓄積した疲労に打ち克つタフさと精神力だ。ツール終盤にますます調子が向上しているというフミの回復力はホンモノだった! そしてなんというエンターテイナーぶり!


完璧なチームコロンビアとカヴのスプリント

メイン集団を牽き倒すチームコロンビア・HTC、先頭はキム・キルシェン(ルクセンブルク)メイン集団を牽き倒すチームコロンビア・HTC、先頭はキム・キルシェン(ルクセンブルク) photo:Makoto Ayano空気抵抗を少しでも減らし、牽引スピードを上げようとスキンスーツを着てタイラー・ファラーのためのアシストに全開で臨んだガーミン・スリップストリーム。ラスト1kmまではチームコロンビアに対抗するが、ルーブル美術館、そしてチュイリー庭園の直線からコンコルド広場への最終局面で、もはや誰も前へ出れない高速で牽引を魅せたのはチームコロンビア列車の先頭に出たジョージ・ヒンカピーだった。

チームコロンビア・HTCが人数を揃えてメイン集団を牽引チームコロンビア・HTCが人数を揃えてメイン集団を牽引 photo:Makoto Ayanoこの見慣れた風景は、ついにツール最終日になっても変わることが無かった。マーク・レンショーにバトンタッチ。コンコルドのオベリスクを背景にすぐさまカヴが発射される。伸び続けるカヴの後ろでは、早々に手を挙げるレンショーの姿。まさにカヴの楽勝だ。

そしてカヴのスプリントが火花を散らしたあと、集団後方ではリスクを避けたコンタドールが両手を挙げた。

勢いよくゴールに飛び込むマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、チームコロンビア・HTC)勢いよくゴールに飛び込むマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、チームコロンビア・HTC) photo:Makoto Ayano記録に興味を示さないカヴだが、このツールで6勝目。2度のツールで通算10勝目を挙げた。24歳、ツール参戦3年目にしての快挙。

Tモバイルからツール初参戦の2007年は、母国イギリスのロンドンがグランデパールだった。その年は期待されながら1勝もできなかった。落車にも泣かされた。

集団内で笑顔でゴールするアルベルト・コンタドール(スペイン、アスタナ)集団内で笑顔でゴールするアルベルト・コンタドール(スペイン、アスタナ) photo:Makoto Ayano2008年はチームコロンビア(ハイロード)に移籍し、ジロで2勝、ツールで4勝を挙げる。ジロは後に控えるツールのために、ツールはオリンピックのためにそれぞれ途中リタイア。難関山岳が登れないことは懸念材料だったが、昨年引退したエリック・ツァベルのアドバイスを受けながら山岳の苦手意識克服に取り組んできた。

2009年はミラノ〜サンレモを制し、ジロでも3勝。このツールではアルプスも無事に越え、完走とシャンゼリゼでの勝利という2つの勲章も得た。山も越えることができるスタイルを身に着けた今、往年の偉大なスプリンターたちと比べても死角がなくなったといっていい。

しかし6勝してもなおマイヨヴェールには手が届かず。ツールのポイント賞はスプリント賞とはちょっと違うようだ。加えてラフなスプリントで受けた降格処分が大きく響いた。

トラック競技よりもロードに自分の将来をみるカヴ。来年のツールの目標は、ステージ優勝量産に加えてマイヨヴェール同時獲得になる。


狙ったユキヤ 20位にも不満

集団内でシャンゼリゼ周回コースをこなす新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム)集団内でシャンゼリゼ周回コースをこなす新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム) photo:Makoto Ayano2006年の「ヴィノクロフ逃げ」を再現するのが夢だと語っていたユキヤ。この日、チームの目標はスプリントメンバーが上位に食い込むこと。ユキヤはスプリント力に秀でたフランス人のウィリアム・ボネを最終局面でアシストすることだった。

ユキヤは逃げたい気持ちを抑え、レース終盤まで後方待機で集団の奥深くに潜んだ。そして終盤の大詰めで集団の前に上がるが、チームコロンビアの強力な走りの前になすすべはなく、20位でレースを終えた。十分な上位フィニッシュの前に、「何もできなかった」と悔しさをかみ締めた。スプリントに絡めなかったことがまず今日の走りへの不満なのだ。

「やっちゃったよ! これはツールなんだ、ここはシャンゼリゼなんだ! 最高っ!」

敢闘賞獲得を決めた別府史之(日本、スキル・シマノ)敢闘賞獲得を決めた別府史之(日本、スキル・シマノ) photo:Makoto Ayano一緒に逃げたヴェッカネン(フランセーズデジュ)までもが「フミの走りは本当に良かった。彼はまるでディーゼルエンジンを積んでいるみたいだ」と形容したフミと逃げ3人。しかしラスト5kmで吸収。力を使い果たした後もスピードの上がる集団に喰らいついたフミ。ちぎれることなくゴールへ。

息遣い荒いままのフミに「敢闘賞だよ!」と声をかけると、そこで感情を爆発させた。「やっちゃったよ! これはツールなんだ、ここはシャンゼリゼなんだ! 最高っ!」

敢闘賞のトロフィーを受け取った別府史之(日本、スキル・シマノ)敢闘賞のトロフィーを受け取った別府史之(日本、スキル・シマノ) photo:Makoto Ayano敢闘賞の表彰は連日3勝の表彰後に行われてきたが、最終日だけは総合敢闘賞の表彰だけに限られている。だからフミはポディウムに登ることは出来ず、表彰の準備が行われている脇のテントでドサル・ルージュ(赤ゼッケン)を象徴する盾を受け取った。

この賞は、レースディレクターとベルナールイノー、そして著名ジャーナリストの意見を総合して決められる。結果でなく、走りの内容こそで評価される賞だ。翌日はもうないからフミが赤ゼッケンをつけて走ることはできないが、ドサル・ルージュはツールを盛り上げる選手の象徴的な賞だ。

駆けつけた日本人のファンとタッチする別府史之(日本、スキル・シマノ)駆けつけた日本人のファンとタッチする別府史之(日本、スキル・シマノ) photo:Makoto Ayano日本人初のツール・ド・フランス完走という快挙に、敢闘賞受賞という大きなオマケがついた。2人の可能性を半信半疑、完走さえ心配してきた我々の心配は、ちょっと杞憂だったばかりか、今にして思えば2人にはちょっと失礼な心配だったようだ。

前夜からパリにはフミの両親と、兄・始さん(サイクルジャーナリスト)一家が応援に来ていた。チームバスに戻り、両親に迎えられたフミ。しかしあまりにも落ち着きはらった両親と家族の様子に「ここはシャンゼリゼなんだよ!もっと驚いてよ!」と訴えたとか。

笑顔でシャンゼリゼ通りをパレード走行する新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム)笑顔でシャンゼリゼ通りをパレード走行する新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム) photo:Makoto Ayanoツール出場、上位フィニッシュ、そして完走、さらに敢闘賞獲得。遠すぎるはずだった夢をあれよあれよという間に叶えてしまったフミ。この淡々とした調子の別府家だからこそ支えてこれたのだろうか。

日本人初のツール完走。それが二人の最大の目標ではなかったが、危なげなく成し遂げてしまった。完走以上の結果とインパクトを残して。フミとユキヤは自分たちの成し遂げたことについて話し合い、こう表現したそうだ。

「月に一歩降りたような、小さな一歩なんだけど、本当は大きな一歩、そんな感じです」(ユキヤ)。


レ・コンキスタドール 再征服!

パリで2度目のマイヨジョーヌを受け取るアルベルト・コンタドール(スペイン、アスタナ)パリで2度目のマイヨジョーヌを受け取るアルベルト・コンタドール(スペイン、アスタナ) photo:Makoto Ayanoコンタドールの1年越しのツール2勝目。ピレネー、アルプス、そしてタイムトライアルを制覇し、シュレク兄弟らの数え切れない攻撃に耐え抜いた。

圧倒的な勝利の影で、悩まされ続けたのは同じチームにいる過去の偉大なチャンピオン、アームストロングの存在だった。「コンタドールをサポートする」という当初の約束から一転、勝利を欲しがったチームメイトに戸惑った。しかしやっかいな問題は走りで解決した。

ブリュイネール監督らとパレード走行するアルベルト・コンタドール(スペイン、アスタナ)ブリュイネール監督らとパレード走行するアルベルト・コンタドール(スペイン、アスタナ) photo:Makoto Ayano表彰台にのぼるコンタドールはシンプルに指2本のVサイン。そして"イル・ピストリーノ"(ピストル男)は「バキューン」と、シャンゼリゼの観客たちのハートを射抜いた。

不満とも満足ともとれる無表情のアームストロングが脇に立つ。偉大なチャンピオンを表彰台に迎えたことで、この勝利はなお大きな価値となる。最強のチームメイト、しかし同時に危険なライバル同士でもあったこの2人は、これから別々の道を歩むことになる。

コンタドールの成し遂げた"レコンキスタ"(スペイン語で「再征服」。キリスト教国によるイベリア半島の再征服活動の総称)。「レ・コンキスタドール」がレキップ紙の見出しだ。


パリに最初に到着した日本人はユキヤ?

ステージ20位に入った新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム)ステージ20位に入った新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム) photo:Makoto Ayano記録や数字にとことん拘るレキップ紙の報道によれば、ベップ、アラシロ2人の日本人の完走を「日本人選手の歴史上初の出来事」と讃えつつも、「日本人初完走の栄冠はアラシロの手に」と書いた。なぜなら「彼の友達ベップより早くフィニッシュラインを通過してパリのゴールに到達したから」とか。

同時にこうも書く。「しかし総合はベップのほうが上」「ベップは敢闘賞を獲得した初の日本人になった」。

フランス人ジャーナリストが言うには、細かいようでも到着順などの数字で記録を語るのは大事なことなんだそうだ。ツールは偉大であると同時に意外に細かいことに拘る(笑)。

レキップの紙面にはフミが凱旋門前でバニーホップをしている写真が掲載されていた。

取材後記
3週間連日の現地レポートにお付き合いくださりありがとうございました。また最終ステージの現地レポートの更新が遅れて申し訳ありませんでした。いつもは打ち上げなどとは無縁ですが、ジャーナリスト仲間総勢と完走の祝杯を挙げてしまったためです。お許しください。ともかく、フミ&ユキヤ、そして関係者の皆さんおめでとうございます。2人の活躍を心より祝福します。(綾野 真)

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