9月に行われた世界選手権ジュニア男女ロード。過去最強メンバーの4人が先頭を見ることのできる位置で走り、今までにない大きな手ごたえを感じ取った。日本自転車競技連盟ジュニア強化育成部・柿木孝之コーチによるインサイドレポートをお届けする。

ジュニア女子ロードレース

今回のジュニア選手は宮島マッサー、西メカニック、高橋監督、浅田コーチ、橋川コーチに助けられストレスなくレースに集中して臨むことが出来た今回のジュニア選手は宮島マッサー、西メカニック、高橋監督、浅田コーチ、橋川コーチに助けられストレスなくレースに集中して臨むことが出来た photo:Takayuki KAKINOKIジュニア女子ロードレースはフィレンツェ市街周辺の16.57kmの周回コースを5周する82.85kmのコースに81名が参加して争われた。コース前半の4kmのフィエーゾレの登りと600mと距離は短いが最大勾配16%、平均勾配10%の非常に厳しいサルビアーティの登りが選手をふるいにかける。
2013年度のジュニアロード強化指定選手 この中の6名は2014年もジュニアカテゴリーで走る2013年度のジュニアロード強化指定選手 この中の6名は2014年もジュニアカテゴリーで走る photo:Takayuki KAKINOKI
フィエゾーレの登り前半は勾配も緩く集団が有利であるが、ラスト1.5kmほどは7%以上の勾配となる。そしてこの登りの後は狭い長い下りとなり、下りの技術の差により中切れが多く起こることが予想された。この下りの後にサルビアーティの登りに入り、そこから5kmの平坦を経てゴールする。
スタート前に紹介される坂口スタート前に紹介される坂口 photo:Takayuki KAKINOKI
日本からは坂口聖香(パナソニックレディース)がTTから中3日で参加した。レースは最初の登りでは大きな動きはなく、その後の下り坂でロシア、ウクライナ、ドイツの3選手が抜け出す。さらにその3名を追ってデンマーク、コロンビアの2名が抜け出していく。このアタックに対して集団は動きが止まり、特にサルビアーティの頂上からフィエゾーレの登り口までの7km弱の平坦区間で一気に差が広がる。

20番手以内で走る坂口

坂口を含むメイン集団はフィエゾーレの登り、サルビアーティの登りでペースが上がるもののその後の平坦区間で一気にペースが落ちるのを繰り返し、5名になった先頭グループとのタイムが縮まらない。登り坂で集団が小さくなる中で坂口は20番手以内の良い位置でこなす。サルビアーティの登りでは追撃の動きもあり、それに対して力で応じて10番手以内でクリアし、追撃グループが形成された場合にしっかり入れる位置でこなす。
スタート前の坂口スタート前の坂口 photo:Takayuki KAKINOKI最後脚を攣りながらゴールする坂口最後脚を攣りながらゴールする坂口 photo:Takayuki KAKINOKI
先頭5名からはドイツの選手が遅れ4名になるが勢いは変わらず、集団とのタイム差を2分近く保ったまま進む。4周目のフィエゾーレの登りも25名に減った中で坂口は集団で前から10番手以内をキープする。ただこの周回の山頂付近でイタリアのアタックがかかり、被される形で一瞬反応が遅れ集団後方に回った状態で下りに入る。この下りはテクニックの差が出るところであり、中切れがおこり集団も縦に長く伸びる。
ゴール後のインタビューに答える坂口ゴール後のインタビューに答える坂口 photo:Takayuki KAKINOKI
下りのテクニックのある坂口ではあるが、この下りとその後の下り基調の平坦で前に上がるために脚を使うことになる。そして勝負となる4周目のサルビアーティの登りに入るとメイン集団ではオランダ、イタリア、ポーランドの選手が入り口から一気に攻撃をしかけ、それに有力選手も反応し集団は大きくばらける。ここで坂口は22名に絞られたメイン集団にあとわずかのところで入ることが出来ず遅れてしまう。
レース後 日本のファンの方から贈られた応援の旗と一緒にレース後 日本のファンの方から贈られた応援の旗と一緒に photo:Takayuki KAKINOKI
その後の平坦でフランス、スペイン、ドイツの選手と4名で集団復帰を目指すが、勝負のかかった集団はペースを落とすことなく進んだため追いつくことはなかった。ラスト周回では遅れていた選手にも抜かれ、トップとは3分48秒差の36位でゴール。前半から逃げ続け、登りでは先頭グループの選手の中で一番厳しい状況のようにみえたデンマークのAmalie Dideriksenが3名のスプリントを制し優勝した。

世界との力勝負に挑んだ坂口

もし坂口が今の力に見合った順位だけを考えて賢く走り、1周目から3周目のサルビアーティの登りで力を使わず集団前方から下がりながら登れば今回20位以内に入る力はあったであろう。そのような走りをせずメイングループに残った有力選手らとの登りでの力勝負に前半から進んで対応して大きく力を使い、4周目のサルビアーティの激坂の最後で遅れ、ラスト周回では後ろから来た選手にも抜かれながらゴールすることとなった。

今回の厳しいコースで世界のトップジュニアを相手に力勝負を挑み、10位以内に入るにはまだ力が足りないことも十分認識することが出来たと思う。順位でみれば36位と良い結果とは言えないが、今回勝負する走りをしなければ感じることが出来なかった世界のレベルをはっきりと感じとることが出来たことは大きな経験になった。ジュニア2年目となる来年の世界選手権が坂口のゴールではないが、選手としての重要な通過点の一つになるであろう。

ジュニア女子ロード結果
1位 Amalie Dideriksen デンマーク  2時間32分23秒
2位 Anastasiia Iakovenko ロシア
3位 Olena Demydova ウクライナ         3秒差

36位 坂口聖香 3分48秒差


ジュニア男子ロード

1周目のメイン集団の横山(左端)。この直後に落車に巻き込まれてしまう1周目のメイン集団の横山(左端)。この直後に落車に巻き込まれてしまう photo:Takayuki KAKINOKIフィレンツェ周回に入る黒枝フィレンツェ周回に入る黒枝 photo:Takayuki KAKINOKIジュニア男子はモンティカッティーニテルメをスタートして、フィレンツェの周回まで60kmほど走ったのちに女子ジュニアと同じくフィレンツェの周回コースを5周する140.05kmで争われた。周回に入るまでは一つ丘があるのみでほぼフラットなコース。選手の力、経験のレベルの差も激しいジュニアカテゴリーでは198名出走ということもあり集団内では安全な場所というのは集団の一番前以外にはなく、常に落車の危険が付きまとう。
2周目に入る岡を含む追撃グループ11名2周目に入る岡を含む追撃グループ11名 photo:Takayuki KAKINOKI
ジュニア男子とエリート女子は宿泊ホテルからスタート地点まで1kmもなく、朝8時半と早いジュニア男子のスタートの中で選手はホテルでリラックスして過ごすことが出来た。この世界選手権の優勝候補筆頭は現シクロクロスのジュニア世界チャンピオンであり、ロードのネイションズカップでも活躍しているMathieu van der Poel。

4日前のTTでは50位と予想外に悪かったがロードの優勝候補としての評価が下がることはない。強力なライバルとして5月のチェコ、ドイツのネイションズカップのステージレースで他を圧倒して総合優勝し、ジュニアのパリルーベも獲っているデンマークのMads Pedersen、ネイションズカップでも活躍し、直近のイタリアで行なわれたステージレースで総合優勝しているイギリスのGeoghegan Hart Taoが挙げられた。

調子を上げた黒枝、横山そしてエースの岡

日本からは今年のヨーロッパでのネイションズカップ、強化合宿等での走りから選ばれた岡篤志(キャノンデール・チャンピオンシステム)、黒枝咲哉(日出暘谷高校)、横山航太(篠ノ井高校)の3名をエントリーした。今回の世界選手権に向けてジュニア男子は八戸で直前合宿を行なった。この合宿では3選手とも非常に良い状態であり、その中でも岡が特に素晴らしい仕上がりをみせた。
完走を目指してアイルランドの選手と走る横山完走を目指してアイルランドの選手と走る横山 photo:Takayuki KAKINOKI4周回目に入るメイン集団の岡。この直後に悲劇に見舞われる4周回目に入るメイン集団の岡。この直後に悲劇に見舞われる photo:Takayuki KAKINOKI
今回は岡をエースとして代車も彼のポジションに合わせて準備した。横山もドイツのネイションズカップの最難関ステージで区間7位に入った頃より登りの強さが増し期待が出来る。黒枝も春先まではスプリンターとしてのイメージが強かったが、日々の練習の中で登坂力を向上させており良い状態で世界選手権に臨むことが出来る。3名とも日本の若い選手の多くが苦手とするヨーロッパの密度の高い集団走行を苦にせず、登坂力もスピードも持ち合わせている。
ゴール直後の黒枝ゴール直後の黒枝 photo:Takayuki KAKINOKI
クロアチア、ドイツのネイションズカップでもステージ6位以内に手の届く位置で走っており、厳しい今回のコースでも何の不安もなく、ミーティングではどの選手も10位以内を目標にする。10位以内というのは彼らにとってはただ漠然とした目標ではなく、世界のレベルというのをネイションズカップで経験しながらも、現実的な目標としてこの順位以内でゴールすることを目指した。
大きく遅れてゴールした岡大きく遅れてゴールした岡 photo:Takayuki KAKINOKI
日本チームとしては周回に入るまでの平坦区間では大人数の逃げ以外は見送り、フィレンツェ市街に入る前の狭くなる区間までには必ず前に上がること、周回に入ってからのフィエゾーレの登りではその後の下りでの中切れもあるので前でこなすこと、サルビアーティの激坂では3周目までは動きがあってもその後の平坦で追いつくので力を使わず、本当の勝負のかかる4周目、5周目に向けて力を蓄える事を伝える。
ゴール後の岡 レースでのショックからしばらく放心状態にゴール後の岡 レースでのショックからしばらく放心状態に photo:Takayuki KAKINOKI
集団ゴールになった場合に黒枝がそこに残っていた場合のみ、他の選手が黒枝のスプリントのサポートをすることとした。最終的に10名から20名、多くても30名ほどに絞られると予想された先頭グループに少なくとも好調の岡が、横山、黒枝もその中に入ることが期待された。

黒枝、横山が相次ぎトラブルに巻き込まれる

レースはフィレンツェの周回に入る前に15名の逃げグループが出来る。かなりの大人数がタイム差をつける危険な逃げであったが日本からはスタート位置が後方であったこともあり誰も入ることが出来なかった。イタリアが2名この逃げに入ったが、有力選手の名前はこの先頭グループにはない。周回に向かうまでのメイン集団内では落車が頻発して黒枝が巻き込まれる。前輪が大破し大きく遅れたが、ニュートラルの車輪で走り何とか集団復帰する。

先頭グループは集団に5分弱の差をつけてフィレンツェ周回に入る。フィレンツェ周回に入る前に市街地を抜けるのだが、道が狭くコーナーも多いため集団は縦に長く伸びた状態で進む。5分のタイム差というのはチームで組織して動けるチームが多くないジュニア男子のレースでは想定外であったが、この展開により前半の周回からメイン集団でも大きな動きがあると予想される。

先頭集団はタイム差もあるので2つの登りともに一定ペースで走る。一方メイングループはフィエゾーレの登りを1周目から速いリズムで進む。この登り口で落車が発生し、横山が巻き込まれる。他の選手と自転車が絡まってしまい再走までに時間がかかってしまう。頂上までにはメイン集団後方にまで自力で復帰することが出来たが、その後の下りでの中切れにあい集団から遅れてしまう。横山はその後も走り続けたがラスト周回に入る前にリタイアとなる。

黒枝は前半の落車の影響でアウターギアしか使えない状況に陥っており、その後インナーローだけは使えるようになったが、高速の登り区間と激坂区間をこの状態で走るのは厳しい。レース後に分かったが落車の影響でこの時後輪もすでに割れていた。この影響もありなかなか集団の前に上がることが出来ずに苦しむ。

前方で動く岡に期待が

1周目後半の平坦区間で岡が追撃の11名のグループに入る。有力国がほぼ入った追撃グループであったがうまくまとまらずにフィエゾーレの登り頂上付近でメイン集団に飲み込まれる。3周回目には先頭集団からチェコの選手が1名飛び出すが、集団とのタイム差は大きく縮まり始めてきた。3周目のサルビアーティの登りで黒枝はメイン集団から脱落する。

岡はこの激坂登りでは予定通りに登り入り口を集団の前で入り、ジワジワ下がって大きな力を使うことなく登ることでレースの最終局面に向けて力を蓄えている。サルビアーティの登りでは早くもMathieu van der Poelをはじめとした優勝候補数名が前で動き始めたことで集団は長く引き伸ばされるが集団にもまだ余力がある。集団は長くつながったまま下りに入り、その後の平坦でペースが落ちるということを繰り返す。

優勝候補の1人、イギリスのGeoghegan Hart Taoがサルビアーティの登りでチェーンが切れてストップ。ここでニュートラルカーの代車に乗ることになり優勝争いから脱落する。先頭グループとメイングループとのタイム差は縮まり続け、4周目に入るころには50秒までに迫ってきており、いよいよ本格的な勝負が始まる。

好調の岡を襲ったアクシデント

集団がホームストレートを通過して10分ほど経ち、集団がフィエゾーレの登り頂上付近に近づくころ、補給所から岡が代車に乗り換えて大幅に遅れているとの連絡が入る。補給所通過時に他の選手が投げたサコッシュが岡のホイールに絡まってしまい動けなくなっていた。しばらく自力で解決しようとしたようだが自転車は動かず、コース外の歩道を通って補給所の日本チームのピットに戻り代車に乗り換える。すでに取り戻せない時間が過ぎており、岡の世界選手権はここで終わってしまった。

メイン集団では先頭グループを飲み込み振出しに戻ったところからフランスとコロンビアの選手が抜け出すが、優勝候補筆頭のMathieu van der Poelは最終回のフィエゾーレの登りで抜け出し、サルビアーティの激坂区間の麓からライバル選手に力を見せつけるように一気に駆け登り、後続を突き放し独走して優勝。2位争いは集団スプリントでMads Pedersenが制した。

岡は力を貯めた状態で勝負のかかる4周目にトラブルに巻き込まれ力をみせられずにレースを終えることとなり、レース後はしばし放心状態であった。横山も落車の影響を受けてネイションズカップでの力をみせることが出来ずにリタイアとなった。黒枝はギアの状態が悪いまま粘って走り続けて完走した。

収穫と課題、見えている世界の先頭

ジュニアの場合は世界選手権が初めての国際レースという選手も多く、他のカテゴリー以上に集団走行が危険な状態となる。優勝したMathieu van der Poelのようにチームに頼らず自力でほぼ集団の先頭をキープするか、デンマークチームのようにエースのMads Pedersenを守るために先頭を常にチームで固めて走る力は今の日本の選手、チームにはなかったのも事実であった。

今回上位に入った選手のほとんどが日本選手より多くのネイションズカップ、そしてUCIレースを経験して世界選手権に臨んでいる。運動能力は日本でも練習によりあげることは出来るが、その能力を生かすには集団走行技術、経験が欠かせない。現段階ではこの技術を磨くには走る選手のレベルが高く、レースコースの環境が厳しいヨーロッパのレースをより多く走ることが重要になるであろう。

最高のスタッフ陣

世界選手権の期間はいつものジュニアの遠征とは異なり、通常は関わりのないスタッフとの接点を持てる機会でもあり、ジュニア選手にとって重要な時間となる。今回もUCIプロチームで世界各国の選手、スタッフと仕事をする宮島正典マッサー、機材面に関して選手に安心してスタートさせるための努力を惜しまない西勉メカニック、代表監督は経験豊富な高橋松吉監督。

世界のレース動向に精通しており、現場での実績の豊富な浅田顕コーチ、橋川健両コーチからレース期間中に様々な場面で学んだことは選手を続けていくうえでの大きな財産になるであろう。そして世界選手権という大舞台において、ジュニア選手がレースにのみ集中できる最高の環境を作ってくれたスタッフにジュニアチームを代表して感謝したい。

今年の世界選手権ではジュニアロードは結果を残すことは出来なかったが、選手にとっては世界選手権を真剣に狙えるレースとして準備して集中して臨んだという過程は重要な経験となる。今年のジュニア強化選手には今回世界選手権に参加した3名のほかにもほぼ同じレベルに達している補欠の橋詰丈(昭和第一学園高校)、山本大喜(榛生昇陽高校)をはじめ素晴らしい才能を持った選手が多くいる。

今回の世界選手権に参加した男子メンバーはジュニアを卒業して来年からU23の舞台で戦うことになるが、各々の進路の中で常に世界の中での自分の位置というのを認識しながら競技を続けていってもらいたい。

ジュニア男子ロード 結果
1位 Mathieu van der Poel オランダ 3時間33分14秒
2位 Mads Pedersen デンマーク        3秒差
3位 Iitjan Nika アルバニア

106位 黒枝咲哉               12分25秒差
121位 岡篤志                14分46秒差
リタイア 横山航太

photo&text:柿木孝之(日本自転車競技連盟ジュニア強化育成部)