ピレネー2日目の山岳を、果たしてフミ&ユキヤはこなせるか。ヒルクライムとダウンヒル、登坂力と逃げ能力に長けた選手のステージだ。ステージ途中に山が登場するコースプロフィールの場合、集団は分裂し、大きなタイム差がつく。

キャラバン隊が山岳を行くキャラバン隊が山岳を行く photo:Cor Vos早めにドロップした選手にはタイムアウトとの闘いが待っている。かえって昨ステージのような山頂ゴールで終わるステージのほうが、先頭と後続との差はつきにくい。

スキーリゾートに免税店のビルとホテルが林立する不思議な小国アンドラを発つ。昨ステージでゴールしてからスタートの時間まで買い物は楽しめた? 物欲を煽るようにブランドモノのセールストークが街中を彩る。

エヴァンスのギャンブル

アスタナがコントロールするメイン集団がアンバリラ峠を上るアスタナがコントロールするメイン集団がアンバリラ峠を上る photo:Makoto Ayano1級山岳アンバリラ峠の上りに先行して集団を待つ。単独飛び出たカザールの「先は長いのに、1つ目の峠からそんなに飛ばして大丈夫か?」と思わず口にしたくなる激しい表情のアタック。

繰り返すアタックにまぎれ、なんと後方からエヴァンスがアタックをかけて前の逃げに合流。早めに差を返そうという動きだ。しかしエヴァンスが入るとその逃げ集団は嫌がる。なぜって? もちろんアスタナや他の総合争いのライバルたちが放ってはおかないからだ。

一緒に逃げた選手は「お願いだから一緒のグループに入らないで」と、懇願にもに似たゼスチャーだ。カザールは、だからそこまで追い込んでいたのだろう。

カザールが行き、エヴァンス集団が通過、アームストロングとアスタナが引くメイン集団が通過。その後、選手たちは数グループに分裂しながら長く伸びる。

日本人2人はグルペットへ

最初のカテゴリー山岳アンバリラ峠で集団から遅れる新城幸也(Bboxブイグテレコム)最初のカテゴリー山岳アンバリラ峠で集団から遅れる新城幸也(Bboxブイグテレコム) photo:Makoto Ayanoまずはユキヤを発見。このときメイン集団の3つほど後の小グループからドロップしようとしていた。苦しそうな表情で、必死に前の集団に追いつこうとしていた。

その後のグルペットにフミの姿を確認。淡々とテンポ(一定ペース)で走っている。声をかけると「ハイッ」と返事をする余裕。

グルペットとは、スプリンターや山岳の苦手の選手たちが協定を結んで完走を目指す最後尾集団のこと。集団内では一定ペースで行こうという協定が結ばれ、ここから遅れないように淡々と走る。

グルペットは途中で落ちてきた選手を回収しながら大きくなっていく。前にいる小人数のユキヤ集団も、いずれはこれに飲み込まれるだろう。

テキストライブ用にレース状況を携帯で編集部に伝える。後で聞いた話では、それを読んだTVの実況がもとで(?)「フミが(ユキヤも)遅れている、大丈夫か?」という心配が日本じゅうを駆け巡り(?)、チームカーに乗る今西さん(スキル・シマノ)の元に状況問い合わせの国際電話が数本あったとか。

グルペットに入ることは「遅れる」というよりは「自分の居場所を見つける」に近い。常にがむしゃらに前を目指すのでなく、セーブしながら完走を目指す走りだ。どうか安心して欲しい。

むしろ心配なのは、このグルペットからもずいぶん後方に離れて走っていたファンヒュンメル(スキル・シマノ)やナポリターノ(カチューシャ)らだ。グルペットからこぼれたら、タイムアウトが待っている。

フースホフトのグリーンダッシュ

道幅の広いアンバリラ峠を下る道幅の広いアンバリラ峠を下る photo:Cor Vos長い長い下りをチームカーに連なって下る。道幅は広く、アンドラのスキー場が左右に広がる道で、恐ろしいほどスピードが出る。

集団からフースホフトやカンチェラーラがアタックし、前に合流したという情報をラジオが伝える。カヴェンディッシュがマイヨヴェールを狙わないことを公言した今、中間スプリントを取って後方にいる他のスプリンターたちに差をつければ、早くもマイヨは確定しそうな勢いだ。2つの中間ポイントを取れば、フースホフトは後を流すだけ。6×2=12ポイント加算で117ポイント。2位カヴは106P、3位チオレックは66Pと、大きく差を開いた。

それにしてもフースホフトにカンチェラーラ。大型なのに山も登れる選手になっている。自転車選手は進化するのか。

ペレイロのリタイアに遭遇

90km地点でバイクを降りたオスカル・ペレイロ(スペイン、ケースデパーニュ)90km地点でバイクを降りたオスカル・ペレイロ(スペイン、ケースデパーニュ) photo:Makoto Ayano道端に立ち止まったオスカル・ペレイロのリタイアに遭遇した。チームバンに乗り込むと、空虚な表情でいるペレイロ。涙や悔しさといった表情は見せない。ランディスと入れ替えの2006年ツール覇者、ケースデパーニュのリーダーの早すぎるリタイアだ。

チーム広報のパスカルさんにゴール後取材したところによれば、ペレイロはモナコのスタート時からずっとセンセーション(体調)が来ず、力が入らない状態で悩んでいたという。昨ステージで遅れ、今日も特別に何があったわけじゃなく、遅れてしまい、ここでツールを諦めることになったのだろう、と。

ペレイロは2008年ツールではコースアウトして崖から転落してリタイアした。一命を取りとめ、生きていること、自転車選手を続けていることへの感謝を表明していた。そしてツール直前には親友バルベルデの出場が認められなかったことにフラストレーションを露にしていた。自分がリーダーになったが、友人思いのペレイロには精神的な負荷が掛かりすぎていたようにも思える。

LLサンチェス、兄に捧げる勝利再び

4人でのスプリント勝負を制したルイスレオン・サンチェス(スペイン、ケースデパーニュ)4人でのスプリント勝負を制したルイスレオン・サンチェス(スペイン、ケースデパーニュ) photo:Makoto Ayano地元バスクが近いエウスカルテル。総合争いに関係の無いこのチームはアスタルロサが勝利を狙う。しかしアタックが早すぎた。

そして逃げグループのなかにあってずっと先頭を引かずにいたエフィムキン(アージェードゥーゼル)がラスト4kmでアタック。脚をためていた分、大きく差が開いた。これにはブーイングも少し出たが、後続で歯を食いしばるノチェンティーニのために先頭を引かない理由はあった。エフムキンにはスプリントが無いが、脚をためたぶん正攻法スプリントなら勝てたはず。でもそれをせずアタックし、正々堂々の勝負を選んだ。

ガッツポーズでゴールに飛び込むルイスレオン・サンチェス(スペイン、ケースデパーニュ)ガッツポーズでゴールに飛び込むルイスレオン・サンチェス(スペイン、ケースデパーニュ) photo:Makoto Ayano残された3人はお見合い体制を引きずりながらエフィムキンを残り400mでようやく追いつめ、アスタルロサがエフィムキンをかわすと、そのスリップストリームに入ったカザールが前へ、そしてカザールのスリップに入ったLLサンチェスがカザールをかわした。天を指差すゴールシーンは、昨年の早送りバージョンを観ているようだった。

ムルシア出身のルーラー、LLサンチェスは3人兄弟で、2006年にオートバイに乗っていて交通事故で死んだレオン・サンチェスという兄がいた。彼もまた自転車選手で、99年のスペインジュニアチャンピオンだった。兄の死以来、ミドルネームに「レオン」を加えている。天国を指差すお決まりのポーズは、兄へのメッセージだ。昨年のツールの勝利のときにはこう語った「僕はいつだって勝利を兄に捧げる」。

そして、今年は捧げる人が増えた。「この勝利をチーム、家族、恋人に捧げたい。7月11日は幸運の日。去年も同じ日にツールで優勝したんだから」

LLサンチェスはムルシア出身のバルベルデと大の親友で、彼の勧めでケースデパーニュ入りしている。
マイヨジョーヌ集団のスプリントもロハスが制し、一転ケースデパーニュDayに。しかしペレイロの落車と、安定したトップ10フィニッシャーのアロヨが遅れてグルペットでゴールしている。家にいるバルベルデは、どういう思いでこの日を過ごしたのだろう?

フミ&ユキヤ、グルペットで乗り切れ

グルペットでゴールする別府史之(スキル・シマノ)グルペットでゴールする別府史之(スキル・シマノ) photo:Makoto Ayanoグルペットが23分遅れで返ってきた。フミもユキヤもこの中だ。

この一帯の山岳はフミにとってツール直前のルート・ドゥ・スッドで走り、山岳賞を獲得した幸運のエリアだ。しかし今日はグルペットゴール。無理せず集団を利用してテンポで走ったというコメント。表情からも余裕が感じられる。

グルペットでゴールする新城幸也(Bboxブイグテレコム)グルペットでゴールする新城幸也(Bboxブイグテレコム) photo:Makoto Ayano消化器系の不調があると心配されていることについては、第2,3ステージの酷暑でボトルの水分を8リットルも飲んだことからくる不調だったとのことだが、それも回復しているという。

一方のユキヤにとってもフランスでの活動中の練習コースエリアだった。昨日「ヤマを越えた」と話していたが、今日もつらかったようだ。「脚から上に(痛みが)来ました」と言い残してバスに消える。しかし昨日よりは晴れた顔をしていたのが安心材料だ。昨ステージに臨む前夜は、落車の傷みからか睡眠がとれずにかなりマズイ状況に置かれていたと伝え聞いた。

2人とも、翌日の超級山岳を含むステージは厳しいが、これを乗り切れば完走にはひとつ近づく。そして、また得意なコースプロフィールの輝けるステージを探せばいい。まずは温存しながら山岳を越えることだ。ピレネーやアルプスで活躍することを期待するのはまだ早い。

エヴァンスたちのチャレンジは続く

サイレンス・ロットのヘンドリック・ルダン監督サイレンス・ロットのヘンドリック・ルダン監督 photo:Makoto Ayanoエヴァンスのレースについて、ヘンドリック・ルダン監督に話を聞く。

「カデルは今とてもいい状態にいて、落ち着き、リラックスしてレースをしている。今日はダメだったが、何度でもチャレンジしていく。チャンスがあるときには、いつでも可能性にかけてみる。アスタナは確かに強いが、レースは何があるか分からない。彼らの後輪に付いているだけでは勝てない。だからチャレンジする。それも、一般的な戦術では逆転は不可能だ。挑戦的な走りが必要。今日のカデルの走りを笑うメディアがいるかもしれない。でもギャンブリングな走りが、何かを生むことがあるんだ。誰もが勝負はアルプス(翌週)に賭けると言う。それは確かだが、アルプスを待ってはいられない」。

日本語なら「ダメもと」。エヴァンスは鉄壁にも思えるアスタナの壁に立ち向かうドンキホーテのようだ。

明日のステージも超級山岳を越えて下ってのゴール。同じタイプの選手に向いたステージだ。