10月29日(土)、30(日)の2日間、シクロパビリオン主催によるシクロ軽井沢、シクロ八ヶ岳に続く「シクロ」シリーズの第三弾イベントとして、新たに企画された「シクロ奥秩父」の第一回が開催された。このイベントにlongridefan.comを主宰するtattsさんと4126さんが挑戦した様子を、彼らのレポートでお届けしよう。

復路出発前に全員で記念撮影復路出発前に全員で記念撮影 過去2回開催されたシクロ軽井沢やシクロ八ヶ岳は、これでもかと坂道をふんだんに配した厳しいコース設定で参加者を唸らせてきた。

今回、シクロパビリオンが立ち上げた「シクロ奥秩父」は、2日間合計310kmにして獲得標高7000m(超級組)と、とにかく数字だけみればとんでもない日本一ハードなイベントなのだ。

元より“坂は超苦手”の自分ではあるが、今回も性懲りも無く、しかしその反面エキップアサダの素晴らしさをお伝えするべく参加することになったのだ。

今回は、相方のtattsと私(4126)、そして若い510の3人での参戦。果たしてシクロシリーズ最難関のライドは如何なものだろうか・・・。

■シクロシリーズ最強の山岳ロングライドイベント、シクロ奥秩父

シクロ奥秩父は、前回までの2つのシクロとは少し味付けの違うライドイベントになっている。というのは、今までのそれらイベントでは早い人も遅い人もクラス(斑)が違ってもほぼ同じコースを走っていたが、今回は優雅組、山岳組、超級組と3つの組みに別れてエントリー。それぞれが違うコースで東松山のシクロパビリオンから初日ゴール&宿泊先となる奥秩父の中津川こまどり荘を目指すというもの。優雅組は比較的素直にこの間を走り、山岳組や超級組は随所に迂回してわざわざ峠越えをいれたりして距離や獲得標高を増やしている。

各組の走行距離と獲得標高はこんな感じである。
優雅組 往路  85.2km 獲得標高 1909m 復路  93.0km 獲得標高  863m
山岳組 往路 121.8km 獲得標高 3454m 復路 134.2km 獲得標高 2724m
超級組 往路 186.3km 獲得標高 4856m 復路 137.3km 獲得標高 2740m

出発前のブリーフィングとバイク点検出発前のブリーフィングとバイク点検 改めてスペックを眺めただけでも超級組は何とモンスター級のコースか!ということが計り知れる。しかも参加条件がかなり厳しく「こんなのは常人ではまず無理」というようなものなので、ヘタレの我々としてはこれをパス。(というか、こんなのホントに出る人いるの?と思うくらいだったのだが、結果としてなんと超人は4人もいたのである!)

そして次の、おそらくはメインと思われる山岳組にエントリーすることにした。超級組よりは楽だと言っても、2日間合計250kmで獲得標高6200m以上もあるので、これだってめちゃくちゃハード。

コースが各組で違うこともあって、今までのイベントのように峠の上でのチェックポイント兼休憩ポイントは設けられていないため、タイムのチェックはゴールのみ、補給は各自で調達補給になる。各組みにサポートライダーが1名つき、参加人数が多い山岳組だけは2名ついて先導やサポートをしていく形式で、コースが変態的なことを除けば普通のグループライドスタイルのイベントに近い味付けになっている。

29日の朝は6時にシクロパビリオン入り。受付を済ませて7時の出発を待つ。6時半過ぎに、まずは一番距離の長くてハードな超級組がスタート。続いてスタート前のブリーフィングとバイクチェックを行って我々山岳組がスタートした。

■獲得標高なんと3400m強! 山岳組往路レポート(by tatts)

往路 121.8km 獲得標高 3454m
山岳組 往路コース(ルートラボより転載)山岳組 往路コース(ルートラボより転載)
実際のコースマップはコチラ(ルートラボページ)

山岳組の参加者は13名。安全を考えて“ゆっくり走る”と“ガンガン走る”の2班に分ける。tatts&4126は当然この前者。各々の班にエキップアサダのスタッフがサポートで走ってくれる。実はこのサポートが素晴らしいのだがそれは後ほど。

当日、まだ暗い朝5時半あたりからスタート地点の東松山シクロパビリオンにはポツポツと人が集まりはじめた。“今日はここのところで一番寒いなぁ。”そう、この日はこの秋最低気温の一日という予報なのだ。う~ん、膝が痛まなければいいけど。一抹の不安を抱えながらも、浅田隊長から出発前の挨拶と注意事項の説明が終わるといよいよスタート。

超級組からシクロパビリオンを出発していく超級組からシクロパビリオンを出発していく 朝日で暖かくなってきた中を西に向かう”のんびり班”朝日で暖かくなってきた中を西に向かう”のんびり班”


走り始めてしばらくはフラットが続く。17~8kmのあたりで小休止を入れるといよいよ山が始まる。そのあたりになるとウォーミングアップも終わりカラダもいい感じで暖まってきた。今日は意外といい調子かもしれない。山岳組往路の難関は2つの大きな峠。もちろん途中にもアップダウンはあるのだが、とにかく今のところ冷えによる膝痛が出てこないので良しとしよう。

アプローチは国道だったので多少の車はいたものの、峠に入るとウソのように減る。はじめの飯盛峠~刈場坂峠~大野峠は標高図からも察しがつく通りイキナリの12%越えで出迎えてくれる。とにかく険しい。…が、なんて気持ちのいい景色なんだろう!紅葉真っ盛りというにはまだちょっと早いがそれでも見応え十分の絶景なのだ。苦しいけど、気持ちがいい!

気持ちのいい林道だが激坂が続く気持ちのいい林道だが激坂が続く 秩父の絶景が広がる秩父の絶景が広がる


余談だが、自分はいわゆる“坂バカ”ではない。相棒の4126に至っては、たった今この一つ目の始まったばかりの坂で遥か後ろをエッチラオッチラなのだ。彼ももちろん坂は大の苦手。かといって、二人とも平地が得意というわけでもないが。いわゆるヘタレ。いつもレポートをご覧の皆さんには周知の事実なのだ。

峠のトップは県民の森。いやぁ~昇ってきました。本日、一つ目の難関突破。一緒に走ってくれた人たちとサポートライダーのお陰です。ここで、我が山岳組“ゆっくり”チームのリーダーをちょっと紹介。

香立さん35歳、独身。まっ、個人情報はそのくらいに。かつて、実業団に所属の経験もあり、後日その実力を周りの人たちからうかがい、やはりただ者では無いことを知る。
単に走れるというのではなく、集団走行(レースではないサイクリング)の知識やサポート力のみならず、カラダのコンディションやバイクの知識にもたけている。何より、人間力が優れていると感じた。とにかく、今回初めて一緒に走って頂いて心から感謝です。余計な話だが、これだけちゃんとしたサポートができるのだから、早くいい伴侶を見つけて幸せになって欲しいものです(余計か・笑)。

飯盛峠を上って小休止。ここからは尾根伝いに県民の森に向かう飯盛峠を上って小休止。ここからは尾根伝いに県民の森に向かう 登坂中の510と私(tatts)登坂中の510と私(tatts)


さて、山頂で遅れた4126を待てど暮らせど現れない。それにしても遅い。もしや、事故?いやいや、如何にへぼな私らと言えどもこれだけ強力なサポート陣がいればそんなはずは…では、またしてもメカトラブルか?!

やっぱりである。何とペダルがクランクから外れて、結合部のネジがバカになっているのだ。う~ん、またしても信じられないような故障というか破壊をするものだ。(彼は、以前にもチェーンリングのフィキフィングボルトが5本中1本しか無かったり、前後のディレイラーを破壊したり、ハンドルをへし折ってしまったりとおおよそ常人では考えつかない破壊をする人だから、この程度のことでは、自分も今更驚きもしなかった。)
とにかく、その後の走行は不可能なので彼はこの時点で回収。つまりリタイアなのだ。

せっかく暖まったカラダも必要以上の休息ですっかり冷えてしまってからのダウンヒルだ。さ、寒い!ヤバっ、膝が冷えてきたなぁ。まっ、ニーウォーマもしてるし大丈夫でしょ。何とか下りきって、そこからはダラダラと小さいアップダウン。

県民の森に到着県民の森に到着 みちの駅あらかわでランチ中の浅田監督率いる優雅組みちの駅あらかわでランチ中の浅田監督率いる優雅組


秩父市街を通り越して西側に回りこみ、昼食ポイントとなる道の駅あらかわに到着。そのころには、気温も上がってどちらかというと暑いという感じに。食事をとったせいもあって、上は半袖で大丈夫、従ってニーウオーマも今や邪魔な感じ。
「どうしますかぁ?ここからまた上りが始まるから、余計な荷物は伴走車に積んでいきますよ~!」
おっ、ありがたい!とばかりに、ウインドブレーカーを残して全ての荷物(サドルバッグやアームウオーマなど)を預けて身軽になって走ることにしたのだ。やがて、失敗に気がつくのだがこの時点では楽になったことで何もわかっていなかったのだ。

昼食後、本日二つ目にして多分今回のライドにおける最強の難関三峰越えである。例によって、“ゆっくり組”の人たちにはやや遅れを取りながらのヒルクライムなのだが、先に行ったはずのサポートライダー香立さんが下ってくるではないか。遅めの自分を心配してもどってきてくれたのだ。
※実は、マイペースで行きたかったんで自分的には大丈夫だったのだが、そこはやはりこの後の進行を考えてのことだったと思うので、素直に一緒に走ることにした。

往路最大の難所 三峰越え 眼下には奥秩父の絶景が広がる往路最大の難所 三峰越え 眼下には奥秩父の絶景が広がる 薄暗くなってきた中を二見ダムに到着した“ゆっくり班”のメンバー薄暗くなってきた中を二見ダムに到着した“ゆっくり班”のメンバー


ところで、この三峰越え、おいおいちょっと待ってくれよ?!頂上までの距離はそこそこ経験値内だが、その角度たるや、過去Deathrideで経験した“ウォール(壁)”といわれる3rdパスにも匹敵する…いや、それ以上ではないだろうか。普通、どんな峠でもある程度で“棚(やや平らな箇所)”が現れるのが常がだ、この峠にはその兆しが一向に無いのだ。それどころか、その仰角は上るに比例して益々キツくなっていくのだ。

香立さんと世間話をしながら淡々と上っていくのだが、さすがにここまでの超ド級の山は久しぶりなので、段々膝が痛くなってきた。膝が痛いからかなりの低速走行、従って心拍は全く上がっていないので息が苦しいわけではない。ただただ、膝がかなり痛くなってきた。そのあたりで、あまりにも私が遅すぎるので、例によって進行のことを考えてであろう、何と香立さんがそっと私の背中を指二本で押してくれるではないか。

ゲッ?!ここにきて人の背中を押す余裕があるのか、この人は。それどころか、私の背中を押しながら尚も世間話をしているその余裕。どこからそんなパワーが出てくるのだろうか?!とにかくスゴい!の一言に尽きる。こういうのを“サポートのプロ”と言っても過言ではないと思う。

16時頃に到着した優雅組の皆さん16時頃に到着した優雅組の皆さん 16時半すぎにゴールした驚異の超級組の皆さん16時半すぎにゴールした驚異の超級組の皆さん


ということで、すっかりお世話になって頂上に到着すると、先に到着している山岳組と合流。あ~よかった。と思ったのも束の間、気温が何やらかなり下がっているではないか。そう、この時点で自分の失敗に気がついたのだ。この時期、夏場と違って日が異常に短いのだ。そこでウインドブレーカー着用なのだが…しまった、ニーウオーマが無い。伴走車は既に下山した後。つまり“後の祭り”なのだ。

もちろん、最大の難関は終わったのでもう大した上りはないのだが、問題は下りの冷えによる膝の痛み。そんなことを言っても仕方が無いので下り始める。できるだけ冷えないようにペダリングしながらのダウンヒル。しかし、それも10km以上走るとやはり冷えてくる。下りきった二瀬ダムに到着するあたりには、完全に膝がシビレに変わっていた。う~ん、万事休す。自分の場合、一度こうなるとその日はもう平地でも膝が動かなくなるのだ。

“ゆっくり班”のメンバーがみんな心配してくれた。中にはやはり自分と同じ膝に爆弾を抱えている人も。「よかったら、自分のウオーマー使ってください。」なんて人も。本日のゴールまであと20kmだから無理すれば走れないこともないのだが、これ以上皆さんの足を引っ張ると、宿までの道が真っ暗になってしまうので、自分は手配してくれた伴走車にお世話になることにした。

日没後の17時半頃に到着した山岳組”ガンガン班”の皆さん日没後の17時半頃に到着した山岳組”ガンガン班”の皆さん とは言え、あたりはあっという間に暗くなってしまったので、他の自走メンバーを後方からライトアップしながら宿を目指すことにした。何しろ街頭ひとつ無く、月明かりだけが頼りなのだ。

途中、何度か浅田隊長から連絡が入る。10kmくらい行ったあたりでとうとう隊長から“全員回収”の命が下ってしまったのだ。残念だが、ここはみんなの安全を第一に考えての決断。ここでも、エキップアサダのスゴさを感じてしまった。自分だったら、どうしていただろうか。

それにしても、“ゆっくり班”組のメンバーも浅田隊長のことを人間的に理解しているのか、誰一人ブーイングもなく、淡々とバイクを車に乗せる作業にとりかかっているではないか。それだけいつものツーリングでも浅田さんを信用しているということが感じられた。参加されている人たちの人間力の高さも感じた。

程なく宿に到着すると、浅田さんがまずはじめに出迎えて待っていてくれた。そして我がlongridefanの4126。元はと言えば、4126がはじめに躓いてくれたお陰でこの時間になったようなものである。
膝の痛さも相まって「お~い、明日はもしかしたら膝が治らなくて走れないかもよ…」と言うと「了解しました!」そうそう、当たり前だろう、4126君!

夕食のあとは恒例のミーティング&スペシャルジャージの贈呈式夕食のあとは恒例のミーティング&スペシャルジャージの贈呈式 今回のスペシャルジャージ受賞者の皆さん(真ん中の3人)と監督やスタッフ今回のスペシャルジャージ受賞者の皆さん(真ん中の3人)と監督やスタッフ


宿泊した“おおたきこまどり荘”は、メインが鉄筋の円形2階建て建造物があり、その他山小屋風ロッジが並んでいる。鉄筋の2階レストランにてみんなで夕食。そこで、先ほどまで伴走車を運転してくれていた山崎さんが司会MCを務める。いつもその担当らしく、軽妙なお話で食事会場がいい感じに和んできたあたりで、我らがエキップアサダ隊長の浅田さんからお話。

ミーティングの締めくくりは浅田監督タイム。今回は昔と今のロードレースの機材についての興味深い話だミーティングの締めくくりは浅田監督タイム。今回は昔と今のロードレースの機材についての興味深い話だ 印象的だったのが、一つのアンケート。
「今日参加されている中で自転車歴10年以上の人?5年以上の人?3年未満の人?」という問い。
10年以上はなんと私だけ、5年以上が数名、残る全員が3年未満ということらしい。もちろん、比較的お気楽な“優雅組”の人も4~5人はいたものの、他は自分が付いていけなかった人たちなのだ。その人たちの自転車歴が長い人でも3年未満なのだ。恐ろしきエキップアサダ。

多分、あの非常に温厚な浅田さん他スタッフの方達の究極の指導によって、短期間であれだけ“強い人たち”となっていったのだろう。今回はいろいろな意味で、非常に実りあるライドに参加させていただいたことを心から感謝します。

それぞれの部屋に帰って今日初めて合った人たちと暫しお話を。4126と私以外は“優雅組”だった。自転車を始めてまだ2~3年の人たち。中には、昨日エキップアサダHPを見て「まだ、大丈夫そうだから用意して早起きして行こう!」というノリで参加されたらしい人も。その人は以前にもエキップアサダサイクリングに参加経験があるそうだ。と言っても、これだけのサイクリングに如何に“優雅組”といえども、いきなり参加するだろうか?!そのへんも浅田さん他サポートの皆さんのコミュニケーションの素晴らしさなのだろう。

もちろん全行程走行の予定で参加させて頂いたのだが、自分の不注意から持病の膝痛が出てしまったので、翌日の復路は4126にバトンタッチすることにします。


text&photo:tatts/longridefan.com



longridefan.comレポータープロフィール

tatts
今でこそロングライドにハマっているものの、かつてはMTBのダウンヒルを愛し、ピーク時には年間20回ほど富士見や岩岳DHに行っていたという、スピード狂の元DH系オヤジ。?現在はロードバイクにも食指を伸ばし、広くロングライドを楽しんでいる。?愛車はロードがサーヴェロ RS、MTBがサンタクルズ Blurに乗る。?理論派かつ武闘派。ダウンヒルバイクの頃を含めると、キャリアはメンバーの中で随一。
4126
中学時代にフレームを購入し、パーツ組みでランドナーを作り、ユースホステルを利用して関東から信州にかけて休みを使ってのツーリングにのめり込む。その後30年のブランクを超えてロードバイクで復活。90kgオーバーというヘビー級重量のために上り坂がなによりも苦手な51才。愛車は激安中古フレーム&パーツを買い集めて組んだBMC SL-01とTREK5200
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ロングライドが大好きな方のための情報交換の場とすべく2010年にスタートした非営利のロングライドコミュニティサイト。tattsと4126の2人が国内外の様々なロングライドイベントに参戦し、各イベントをレビューしています。
さらにハワイではオアフ島一周のライドイベント「ラウンドライド・オアフ」を主催したり、「マイキャラ」という一人づつのサイクリストのキャラクターイラストとニックネーム入りのオーダーサイクルウェアの製作販売を開始するなど活動のフィールドを広げています。