観客の自転車を借りてのゴール。ツアー・ダウンアンダー第3ステージの落車事故でバイクを破損したタイラー・ファラーに、沿道の観客から一台のバイクとシューズが差し出された。心温まるエピソードを紹介したい。



ビーチタウンのグレネルグをスタートしたツアー・ダウンアンダー第3ステージビーチタウンのグレネルグをスタートしたツアー・ダウンアンダー第3ステージ photo:Kei Tsuji
内陸部の丘陵地帯を進むメイン集団内陸部の丘陵地帯を進むメイン集団 photo:Kei Tsuji観客から差し出されたバイクとシューズでゴールするタイラー・ファラー(アメリカ、ディメンションデータ)観客から差し出されたバイクとシューズでゴールするタイラー・ファラー(アメリカ、ディメンションデータ) ツアーダウンアンダー第3ステージ。グルネルグの美しいビーチからスタートしたこの日も、アデレードには真夏の太陽が照りつける。順調にレースが進んでいったものの、残り20km地点、山岳ポイントが置かれた「コークスクリュー」と呼ばれる登り口の前の下りで落車が発生した。

選手は時速100kmものスピードで下っていく。そんな中で発生した落車には、タイラー・ファラー(アメリカ、ディメンションデータ)も巻き込まれた。

ファラーは擦過傷を負ったが、幸い大事には至らず、すぐにバイクにまたがり、再スタートを切った。しかしそこから5kmを過ぎたところでリアディレーラーが壊れていることが発覚。もうこの自転車に乗ることは不可能、ということも分かったという。だが、この時すでにチームカーやニュートラルサポートは「タイラーは大丈夫」と判断し、先に行ってしまった後だった。

サポートは無い、自転車は乗れない。しかも「コークスクリュー」の山がまだ待っている。このままでは棄権となってしまう。そんなタイラーに、道路をはさんで逆方向にいた観客の二人が声をかけた。「ホイールが要るか!?」タイラーは「No」と答えた。ホイールは壊れていなかった。観客から次に出てきた言葉が「ペダルは何を使っている? サイズは? もう、この自転車を持っていって!」

「彼のペダルはスピードプレイ、自分はシマノ。靴のサイズもぴったり合ったわけではなかったけど、スワップが可能な範囲。似たようなサイズだったからよかった。だから、自転車ごと差し出した。自分のバイクを使えるならゴールして欲しかった」とは、ファラーにバイクを差し出したアンソニーさん。隣国のニュージーランドからレースを観戦しに来たなかでのできごとだった。

フィニッシュまではまだ20kmほどあったため、水も渡し、ファラーは「フィニッシュ地点で必ず落ち合おう」と言い、フィニッシュへと向かった。結果的にこの日優勝したサイモン・ゲランス(オーストラリア、オリカ・グリーンエッジ)から13分7秒遅れでゴールし、棄権は避けられた。

フィニッシュ直後のタイラー・ファラー(アメリカ、ディメンションデータ)フィニッシュ直後のタイラー・ファラー(アメリカ、ディメンションデータ) コミッセールがレース続行の許可を伝えるコミッセールがレース続行の許可を伝える


落車で破損したタイラー・ファラー(アメリカ、ディメンションデータ)のバイク落車で破損したタイラー・ファラー(アメリカ、ディメンションデータ)のバイク タイラー・ファラー(アメリカ、ディメンションデータ)と、バイクとシューズを差し出したアンソニーさんタイラー・ファラー(アメリカ、ディメンションデータ)と、バイクとシューズを差し出したアンソニーさん photo:Teamdimensiondata過去にも似たような事例があった。昨年のジロ・デ・イタリア第10ステージでは、パンクしたリッチー・ポート(オーストラリア・当時チームスカイ)は、チームカーのサポートを受けられず、同じオーストラリア人のサイモン・クラーク(オリカ・グリーンエッジ)のアシストを受けホイールを交換したが、ペナルティとして2分が与えられた。2002年のツアー・ダウンアンダーでは、マイケル・ロジャースがモトの事故に巻き込まれ、今回と同じように観客の自転車でゴールをしている。

通常であれば、自チームやニュートラル以外からサポートを受けた場合は失格となる。UCIのレギュレーションには、「タイヤ、自転車の提供、交換、負傷しあるいは集団から遅れた競技者を待つことは、同じチームの競技者間においてのみ許される。他の競技者を押すことは、あらゆる場合に禁止し、違反の場合は失格とする」とあり、このルールと、「特別な不運に見舞われた選手の救済の条項」の拡大解釈がされ、コミッセールは状況を考慮。スポーツ精神と善意が認められ、タイラーのゴールが許された。コミッセール陣は後に「状況を見てフレキシブルに対応するべきである」とコメントしている。

タイラーは、「あの時、二人の観客が声をかけてきて、自転車やシューズのサイズの交換が不可能ではなかったから自転車に飛び乗った。14年のプロ生活の中でこのような経験は初めてだ。ドラマチックで感動的な経験だった」と道路脇にいたアンソニーさんに心からの感謝を示している。そして「(僕が走った)コークスクリューでのSTRAVA(サイクリングアプリ)セグメントデータを楽しんで!」とも。

タイラーに自転車を差し出したアンソニーさんは言う。「あのような状況でも彼(タイラー)は慌てたりする様子もなく、とても冷静、話しかけやすく謙虚で、そしてとてもオープンマインドだった。」と感激した様子だった。

このようなことが成り立つのも、ロードレースというスポーツが、観客と選手の垣根がなく、観客もロードレースの一部である、ということを物語っている。



オーストラリアで活動中の目黒誠子さんオーストラリアで活動中の目黒誠子さん プロフィール
目黒誠子(めぐろせいこ)


ツアー・オブ・ジャパンでは海外チームの招待・連絡を担当。2006年ジャパンカップサイクルロードレースに業務で携わってからロードレースの世界に魅了される。ロードバイクでのサイクリングを楽しむ。趣味はバラ栽培と鑑賞。航空会社の広報系の仕事にも携わり、折り紙飛行機の指導員という変わりダネ資格を持つ。3月までオーストラリアで語学留学をしながら現地の自転車事情を取材。各プロチームとの親交を深めるべく活動している。

text:Seiko Meguro in Adelaide, Australia

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