愛媛県松野町にて開催された「松野四万十バイクレース(MSBR)」。日本最長距離となるクロスカントリーマラソンレースに挑戦した編集部員たちによるレポートの後編をお届けしよう。前編はこちら



もうどれだけ押して歩いただろう。永遠とも思える急坂は永遠と思えるほどに長く、のろのろと地面を這う脚はこの世のものとは思えないほどに重い。この急勾配は、あのカーブを曲がってもきっと続いている。それは山の稜線がまだ遥かに高いことからも分かりきったことだ。果たして、左カーブの先にあったのは、無慈悲な直登。やれやれ、また押し歩きだ。

もとはと言えば、ジャイアント・ジャパンに勤める同い歳の友人、中谷メカの誘いでもってエントリーしたこの松野四万十バイクレース。しかし当の本人はサイクルスポーツ誌の新人編集部員、江里口くんと遥か彼方先に行ってしまったし、熱中症になった私のチームメイト(安岡)は、強力な助っ人湯浅さん(ジャイアントストア大阪)の介抱むなしく先ほど山中で脱落。これまでリズムを共にしてきた5人だったが、その終わりはあっけなかった。

登りになる度に傾斜も上がっていく。20%は超えているだろうか?パースがおかしい登りになる度に傾斜も上がっていく。20%は超えているだろうか?パースがおかしい (c)松野四万十バイクレース実行委員会


全身痙攣で棒になった身体を無理やり引き上げられる安岡全身痙攣で棒になった身体を無理やり引き上げられる安岡 全員に介抱されもうダメ感がものすごい安岡全員に介抱されもうダメ感がものすごい安岡 レーススタートから遡ること3日前、チームメイトにして同僚の安岡はドロッパーシートポストを購入した。2人で補給食を買い出しに出かけたはずだったのだが、なぜか彼は売り場にあった4万8千円のそれに手をつけた。これ以上ないまでに清々しい衝動買いである。「やー、長い下りがあるからあったら便利かなと思ってサ。」そうのたまう彼と、ケラケラ笑っている私、磯部は紛れもなく松野四万十バイクレースを甘く見ていた。

改めて説明をしておきたいのだが、「日本最長のMTBレース」と銘打った松野四万十バイクレースの距離は130kmで、獲得標高は3000mで。これがいつも通りロードバイクだったらそこまで苦労しない(とは言ってもキツい)難易度だが、問題は乗るのがMTBであり、走る場所が未舗装路だということ。一度でもMTBに乗ったことのある方ならお分かりだろうが、ロードバイクと比べると明らかに平均速度は落ち、消耗度合いはあからさまに上がる。俗に言う「MTBの100kmはロードの200km」は、リアルだ。

筆者は4年前に春の王滝100kmを走ったことがあるが、今まさに私が格闘している登坂は王滝のそれよりも圧倒的にハードだ。安岡がまだ健在だった頃は彼を気にかけていて気が付かなかったが、いざ自分が隊列の最後尾になると、既にレッドゾーンに踏み入れていることが分かり、ゾッとした。

安岡を置き去りにした直後の直登で、ストップがペースを狂わせたか、突然に脚が重く進まなくなった。まるで一人だけ砂浜を走っているかのようだ。暫くして余裕があるサイスポの江里口くんと中谷メカコンビには先に行ってもらい、湯浅さんが私をケアしてくれる形に。足元の斜度は20%を超えているだろうか?最初こそ何とか乗車にこだわっていたが、もはやそんなプライドは、あっという間に無くなった。「連れリタイアって言葉は存在しうる」と漠然と思いつくくらいにダメージを食らいつつ頂上を越え、およそ4kmの下りへと入る。

美しい清水が流れる沢を渡っていく。が、レース中に一度も眺めた記憶が無い美しい清水が流れる沢を渡っていく。が、レース中に一度も眺めた記憶が無い (c)松野四万十バイクレース実行委員会
第3エイドステーションでメダリストの補給とバイクへの注油を受け、少し安心して林道に入った私の前に現れたのは、再びの急登坂。エイドで付けたはずの勢いは登坂開始から僅か500mくらいで立ち消え、早々に押し歩きに切り替えてのろのろと路面を這いつくばっていく。10歩進んでは止まり、9歩進んでは止まる。次は8歩…。ただでさえナメクジのような歩きだが、そこから更にスピードが落ちていく。あれ?おかしい…。これはハンガーノック。キツいがあまり気が回っていなかった。しかし、止まって補給している時間は、無い。

エネルギージェルと梅丹のゴールドを歩きながら注入する。お願いだから早く身体に回ってくれ。ああくそ、さっきの舗装路区間であんなに踏むんじゃなかったな。さっきから足元しか見えていないし、湯浅さんも気遣ってくれるけれど、その歩きにも付いていけない。こんなんで本当に自分は(シクロクロスの)カテ1なんだっけ。あ、そうかクロスは60分だもんな...。もうすぐにでも止まってリタイアしたい。

なんとかなるだろうと考えていたが、実際なんとかならなかった。本当にキツい。涙が出そうだ。というか、出た。

でも、各社メディアが取材参加してるのに、ウチだけリタイアできるわけがないのである。何より湯浅さんの励ましをフイにできないし、「ごめん、これ持ってって」と安岡から渡されたガーミンがポケットの中でやたらと存在感を訴えてくる。このバトンは繋げなきゃいけない。

途中の沢では時間を気にしつつ、オーバーヒート寸前(この時は季節外れの暑さだった)の身体を冷やすことを優先して水の中に腰を下ろした。すぐに立ち上がるはずだったけれど、もう行かなきゃ、いや、まだ休んでようぜ。と、どんどんと時計が進んでいく。動き続けるリズムを崩すのが良くないのはわかってるけれど、腰が上がらないし、ため息も止まらない。弱気と負けん気のシーソーゲームが長く続いた。

弱気と負けん気のシーソーゲーム。弱気優勢の時間が長く続いた弱気と負けん気のシーソーゲーム。弱気優勢の時間が長く続いた (c)松野四万十バイクレース実行委員会
鎧武者が出迎えてくれたエイドステーション。しかし余裕はこの時すでにゼロ以下だった鎧武者が出迎えてくれたエイドステーション。しかし余裕はこの時すでにゼロ以下だった (c)松野四万十バイクレース実行委員会分かります。その気持ち。分かります。その気持ち。 (c)松野四万十バイクレース実行委員会ジャイアント・ジャパンの中谷メカと新人サイクルスポーツ誌編集部の江里口くん。速かったジャイアント・ジャパンの中谷メカと新人サイクルスポーツ誌編集部の江里口くん。速かった (c)松野四万十バイクレース実行委員会峠の頂上から松野の街並みが見えた。完走できるかもしれない...!峠の頂上から松野の街並みが見えた。完走できるかもしれない...! (c)松野四万十バイクレース実行委員会…ここからの出来事をあまり思い出せないのは、レースから時間を空けて原稿を書いているからではなく、その時たぶん頭がぼんやりしていたからだ。記憶にあるのは得意の下りでプッツンダウンヒルをメイクしたことくらい。「CXじゃなくてエンデューロに転向しよう」と本気で考えていたのは覚えている。

気づけば、最終関門へと至る平坦の舗装路で、私は自転車歴の中でほぼ初めての「背中押され」を経験していた。「この舗装路で飛ばせば(最終関門には)多分間に合うから!」と、アドレナリンで笑いが止まらない湯浅さん。この人、さっき落車したんじゃなかったっけか…。こちらも楽はできないので、無い脚を必死に回し、そして20分後、絶対に間に合わないと思っていた最終関門を3分前に通過した。

本当にいっぱいいっぱい。もはや自分のライフゲージは、クルマに例えれば給油ランプが点いて消えて、更にそこから30kmくらい走ったくらいゼロだった。

「…あれ? でも待てよ。ここからあと30kmで、獲得600mの山が一つ…???いやぁーーーーー…、無理だろ…。湯浅さんは行く気満々か…。ここまで来てもうお腹いっぱいだなんて言えないし、とりあえず林道の入り口まで行ってみよう…」。

と、よぼよぼのお婆ちゃん以下のスピードでノロノロ走り出した自分を襲ったのは、湯浅さんのペースアップでもなく、勾配でもなく、さっきカロリーを入れておこうと無理矢理補給したバームクーヘンだった。胃が油脂を全く受け付けない。まさか自分の内側から攻撃されるとは、思わぬ自傷行為である。甘いものが三度の飯より好きだが、二度と運動中にバームクーヘンは食べまい。

そして、無い持ち時間をたっぷりを使って林道入口に到着。これまでのような急勾配だったら絶対に止めてやる、と思っていたのに、果たせるかな、視界に入ってきたのは緩い角度で山へ吸い込まれていくダートだった。そうして「この時間から行くんですか!?」という視線を立哨のお兄様から受けながら、最初からインナーローにして登り始めた。

もう正直、野となれ山となれ。そんな心境だったことをここに告白しておきたい。けれど人間不思議なもので、「この先ずっと緩い勾配」と聞くと、なんとなく気分が上向きになって、結果身体もついてくる。歩みこそのろいけれど、この勾配だったら最後までいけなくはない。やたらテンションも高くなって、「攻めの休憩」だとか、「攻めの押し」だとか、意味不明なことをつぶやきながら標高を増していく。

土砂降りの雨に見舞われたが、ずっと登ってきた身体には都合いい。
雲の切れ目からは薄ぼんやりと、松野の集落を見下ろせた。
残りは時間はわずかだが、ゴールは近い。下りでパンクしなければ完走できそうだ。
頂上で待っていてくれた補給部隊の存在は、これ以上無いほど力になった。

心強い最後尾バイクのバックアップを受けながら、もう薄暗くなりかけた8kmのダウンヒルを飛ばしていく。登りではやや重たく感じた120mmストロークの恩恵を受けながら。傍の沢の流れが落ち着いたころ、ぽんっと森の中から飛び出したすぐそこに、2時間50分前には絶対にたどり着けないと思っていたフィニッシュがあった。時間は17時50分。制限時間の12時間をめいっぱい、11時間50分を使って飛び込んだフィニッシュ地点には、ちゃっかりマッサージで復活した安岡が満面の笑顔で待ってくれていた。

11時間50分を使ってゴールに滑り込む。左にいるのはちゃっかり自分だけマッサージで復活した安岡11時間50分を使ってゴールに滑り込む。左にいるのはちゃっかり自分だけマッサージで復活した安岡 (c)松野四万十バイクレース実行委員会
落車し傷を作っているにも関わらず、献身的なサポートをしてくれた湯浅さんと落車し傷を作っているにも関わらず、献身的なサポートをしてくれた湯浅さんと (c)松野四万十バイクレース実行委員会ここまでの道のりは、文字通り平坦では無かった。落車、熱中症、ハンガーノック、土砂降りなど、トラブル全部盛りの様相を呈したCWチーム。成績的には完走チームのビリ2だったが、そんなのはもうあまり関係無かった。願わくば3人一緒にゴールしたかったが、これは来年にとっておきたい(練習しろ安岡!)。

誰もが気軽に参加できるコースでは決して無いが、その道は険しくとも、完走後の喜びはひとしおだ。チームで走ることがその難しさ、楽しさを何倍にも増やしてくれる。2日間はそれっぽい道の写真すら見たくなかいほどにボロボロになったが、来年以降も継続して開催することが決まっているそうで、さらなる発展に期待したい。そして、その折にはぜひまた参加したいと思う。

「来年?意外と完走率が高かったもんで、150kmに延ばしてもう一つ山入れたったわ!」。
このイベントから時間を置いて、主催者である門田選手はそう語った。磯部は震撼した。

text:So.Isobe
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