まるで人間の極限を試しているかのような、気温0度の雪と雨の中を、136名の選手たちは走りきった。雪によってコースは210kmから155kmに短縮。メイン集団に8分差をつけてゴールしたヤネス・ブライコヴィッチ(スロベニア、アスタナ)がステージ優勝に輝いたが、コミッセールはこの日の成績を総合成績に反映しないことを決めた。

3月21日(水)第3ステージ ラ・バル・デン・バス〜ポルト・アイネ 210.9km3月21日(水)第3ステージ ラ・バル・デン・バス〜ポルト・アイネ 210.9km image:www.voltacatalunya.cat第92回ボルタ・シクリスタ・ア・カタルーニャの目玉ステージが、3月21日、ジローナ西部の山間の街ラ・バル・デン・バスをスタートした。

土井雪広(プロジェクト1t4i)がバスを出るなり「寒い!」土井雪広(プロジェクト1t4i)がバスを出るなり「寒い!」 photo:Kei Tsuji210.9kmという大会最長コースには、1級山岳コウベト峠(標高1031m)、1級山岳トセス峠(標高1800m)、超級山岳カント峠(標高1730m)、超級山岳ポルトアイネ(標高1947m)の頂上ゴールという4つの難関山岳が詰め込まれている。

一日の獲得標高は5000m弱で、“超”が付くほど難易度の高い山岳ステージ。開幕前から、この第3ステージで総合争いが決すると目されていた。

ようやく宮島正典マッサー(チームサクソバンク)の存在に気付いた別府史之(グリーンエッジ)ようやく宮島正典マッサー(チームサクソバンク)の存在に気付いた別府史之(グリーンエッジ) photo:Kei Tsujiしかしフランス国境に近い山岳地帯には雨雲が立ちこめ、スタート地点ラ・バル・デン・バスも朝から雨模様。当然気温は上がらず、標高400mのスタート地点は気温7度前後。多くの選手が厚手のレインジャケットを着込み、可能な限りスタート直前までチームバスの中で待機する。

前日の第2ステージで落車したアレハンドロ・バルベルデ(スペイン、モビスター)は、大事を取ってDNS。ダニエル・ナバーロ(スペイン、チームサクソバンク)を含め、この日は6名がスタートしなかった。

レインジャケットを着込む総合リーダーのミハエル・アルバジーニ(スイス、グリーンエッジ)レインジャケットを着込む総合リーダーのミハエル・アルバジーニ(スイス、グリーンエッジ) photo:Kei Tsuji普段通りのショーツでチームバスから出てきた土井雪広(プロジェクト1t4i)と別府史之(グリーンエッジ)は、2人とも「寒い寒い」と言ってチームバスの中に戻り、ニーウォーマーを装着してスタートに向かう。

結局、冷たい雨は一日中降り続けた。最初の1級山岳コウベト峠でアタックが決まり、クリスティアン・ヴァンデヴェルデ(アメリカ、ガーミン・バラクーダ)やクリスアンケル・セレンセン(デンマーク、チームサクソバンク)、ヤネス・ブライコヴィッチ(スロベニア、アスタナ)ら12名が先行。タイム差を広げながら、続く1級山岳トセス峠を目指す。

アタックが決まらないまま最初の1級山岳コウベト峠に向かうプトロンアタックが決まらないまま最初の1級山岳コウベト峠に向かうプトロン photo:Kei Tsujiメイン集団は、「今日も集団コントロールに加わった」と話す別府史之をはじめ、グリーンエッジが牽引する。標高1800mのトセス峠頂上が近づくと、雨が雪に変わり、気温はマイナスにまで落ち込む。

雪が舞うトセス峠で、先頭12名のリードは11分にまで拡大した。「路面がシャーベット状になっていた(土井)」トセス峠を越え、長いダウンヒル区間へ。

逃げグループに入ったトーマス・ローレッガー(オーストリア、レディオシャック・ニッサン)やヤネス・ブライコヴィッチ(スロベニア、アスタナ)逃げグループに入ったトーマス・ローレッガー(オーストリア、レディオシャック・ニッサン)やヤネス・ブライコヴィッチ(スロベニア、アスタナ) photo:Kei Tsuji横殴りの雪と雨が選手を襲う。自転車選手の限界ではなく、生物の限界に挑戦するような過酷な環境。この日だけで、アンディ・シュレク(ルクセンブルク、レディオシャック・ニッサン)やブラドレー・ウィギンズ(イギリス、チームスカイ)、リッチー・ポルト(オーストラリア、チームスカイ)、そして前半に落車したイヴァン・バッソ(イタリア、リクイガス・キャノンデール)ら、合計33名がリタイアしている。

レース中盤まで、安全が確保されているとして超級山岳ポルトアイネまでのコースが予定されていた。しかし実際のゴール地点ポルトアイネは、前日からの雪によって真っ白。頂上6km手前から車両の走行が困難なほど雪に覆われ、先行したチームバスが立ち往生するような状態。

メイン集団内で2つ目の1級山岳トセス峠を目指す土井雪広(プロジェクト1t4i)メイン集団内で2つ目の1級山岳トセス峠を目指す土井雪広(プロジェクト1t4i) photo:Kei TsujiUCIコミッセールと大会主催者は、ポルトアイネの頂上ゴールをキャンセルし、予定より55km短い155kmで行なうことを急遽決定した。雪に覆われた超級山岳カント峠の頂上10km手前にゴールが置かれることとなった。

その決断が選手たちの耳に入ったとき、レースは“新しいゴール”まで残り10kmという状況。残り70kmが突然残り10kmに変更。すでに逃げグループはカント峠に差し掛かっていた。

メイン集団内で2つ目の1級山岳トセス峠を目指す別府史之(グリーンエッジ)メイン集団内で2つ目の1級山岳トセス峠を目指す別府史之(グリーンエッジ) photo:Kei Tsujiメイン集団はすぐさまペースを上げて逃げを追ったが、11分のタイム差を8分まで縮めるのがやっと。12名による逃げ切りが決まり、ガムテープが貼られた簡易フィニッシュラインでブライコヴィッチが先着した。

メイン集団は結局8分遅れでゴール。しかしコースの短縮と悪天候を考慮し、コミッセールはステージ成績を総合成績に反映させないことを決めた。

仮のフィニッシュラインで先着したヤネス・ブライコヴィッチ(スロベニア、アスタナ)仮のフィニッシュラインで先着したヤネス・ブライコヴィッチ(スロベニア、アスタナ) photo:www.voltacatalunya.cat総合タイム差を広げようと果敢に逃げた12名の努力は水の泡となる決定は物議を醸したが、仮にタイム差が反映されたとしても、210kmコースを想定してレースを組み立てていたメイン集団に不利となる。なお、リタイアした33名の翌日の出走については、まだ判断が下されていない。

結果、鬼門の難関山岳ステージを終えて、ミハエル・アルバジーニ(スイス、グリーンエッジ)がリーダージャージを守った。

雪に覆われた超級山岳カント峠雪に覆われた超級山岳カント峠 photo:Kei Tsujiメイン集団内でゴールした別府と土井は「これまでのキャリアの中で一番寒かった」と口を揃える。ホテルに戻った2人に、一日を振り返ってもらう。

土井雪広「本当に寒かった。冷蔵庫の中で水を浴びている感じ。着られるだけ着ても、身体の全てが凍えきった。脚の筋肉の感覚が無くなって、骨でペダルを踏んでいるような。冬用の手袋をしていても手の感覚が無くなって、そんな状態で70〜80km/hで(トセス峠を)ダウンヒル。みんな凍えて震えていた」。

別府史之「完走者が15人という2010年のクールネ〜ブリュッセル〜クールネも氷点下でかなり寒かったけど、今日は格別に寒かった。走っているうちに胸の筋肉が痙攣して呼吸が不規則になったり、手脚の感覚が無くなって、『本当に手と脚は付いているのか?』と思ったほど。ここまで寒さにダメージを受けたのは人生で初めて。でも、ワンデーレースと違って、ステージレースでは止まるわけにはいかない。チームメイトが持ってきてくれた暖かい紅茶に涙が出そうだった。でも涙も出ないぐらい余裕が無かった」。

山場を越えたカタルーニャは、残り4ステージ。土井は「明日からまだレースは続く。チームはこの大会まだ一回も逃げていない。またアタックする」と言いながら、第4ステージ以降のコースマップに目を通す。

一方、別府はリーダージャージを守る立場。「チームメイトが2人(ディーンとテクレハイマノ)がリタイアしたけど、チームは弱いわけじゃないし、もう高い山があるわけじゃない。明日から4日間、またリーダージャージを守るために走ります。実は2005年に出場したときもチームメイト(ポポヴィッチ)がこのカタルーニャで総合優勝していて、当時も全日本チャンピオンジャージを着ていた。だから験を担いで頑張りますよ」。

2人はそれぞれの使命をもって残りの4ステージを闘う。

ボルタ・シクリスタ・ア・カタルーニャ2012第3ステージ
1位 ヤネス・ブライコヴィッチ(スロベニア、アスタナ)
2位 ミカル・ゴラス(ポーランド、オメガファーマ・クイックステップ)
3位 ミカエル・シュレル(フランス、アージェードゥーゼル)
4位 マッテーオ・カラーラ(イタリア、ヴァカンソレイユ・DCM)
5位 トーマス・ローレッガー(オーストリア、レディオシャック・ニッサン)
6位 クリスティアン・ヴァンデヴェルデ(アメリカ、ガーミン・バラクーダ)
7位 ヨハン・チョップ(スイス、BMCレーシングチーム)
8位 ステフェン・クルイスウィック(オランダ、ラボバンク)
9位 クリスアンケル・セレンセン(デンマーク、チームサクソバンク)
10位 ロメン・バルデ(フランス、アージェードゥーゼル)
11位 ティモフェイ・クリスキー(ロシア、カチューシャ)
12位 ペトル・イグナテンコ(ロシア、カチューシャ)

個人総合成績
1位 ミハエル・アルバジーニ(スイス、グリーンエッジ)          7h12'11"
2位 ライダー・ヘジダル(カナダ、ガーミン・バラクーダ)          +1'32"
3位 ミカエル・シュレル(フランス、アージェードゥーゼル)
4位 スティーブ・モラビート(スイス、BMCレーシングチーム)
5位 アルノー・ジャネソン(フランス、FDJ・ビッグマット)
6位 ダニエル・マーティン(アイルランド、ガーミン・バラクーダ)
7位 ユルゲン・ファンデンブロック(ベルギー、ロット・ベリソル)
8位 ヤコブ・フグルサング(デンマーク、レディオシャック・ニッサン)
9位 ダミアーノ・クネゴ(イタリア、ランプレ・ISD)
10位 トム・ダニエルソン(アメリカ、ガーミン・バラクーダ)
60位 別府史之(日本、グリーンエッジ)                  +3'41"
84位 土井雪広(日本、プロジェクト1t4i)

山岳賞
クリスアンケル・セレンセン(デンマーク、チームサクソバンク)

スプリント賞
ミハエル・アルバジーニ(スイス、グリーンエッジ)

チーム総合成績
チームスカイ

text&photo:Kei Tsuji in Sort, Spain

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