6人の選手が落車でリタイアを強いられた第9ステージ。それ以上にショッキングな事故が、メディア関係車両がフレチャに衝突してフーガランドとともに落車させてしまったこと。主要選手が次々に負傷する落車続きのツールは、どこかおかしい。

谷へ落ちたアレクサンドル・ヴィノクロフ(カザフスタン)を助けあげるアスタナの選手とスタッフ谷へ落ちたアレクサンドル・ヴィノクロフ(カザフスタン)を助けあげるアスタナの選手とスタッフ (c)CorVosマシフ・サントラル=中央山塊へと突入するツール。このフランス全土の約6分の1を占めるという高原地帯。標高500~1000mのこぶりな山が連なる。最高峰が第8ステージで登ったピュイ・ド・サンシー(1886m)。オーベルニュ地方では山のことをPuy(ピュイ)と呼ぶが、古代の火山、死火山で形成された原野だ。近年この地方にひんぱんにツールが立ち寄るようになったが、他の地域と違って辺境といえるほど不便な土地だ。

マシフサントラルの山、そして道路の特徴は、アルプスやピレネーの広く・ダイナミックな山道と違い、細く・曲がりくねっていて、路面も荒れている傾向がある。ツール序盤に通った似た傾向の<落車が多かった>ブルターニュ地方でのステージから、数ステージをおいてイメージが共通している。

落車して担架に乗せられるユルゲン・ファンデンブロック(ベルギー、オメガファーマ・ロット)落車して担架に乗せられるユルゲン・ファンデンブロック(ベルギー、オメガファーマ・ロット) (c)CorVos勾配の緩やかな丘が続くが、最難関のペイロル峠(ピュイ・マリ)のダウンヒルは急勾配のコーナーが連続して、ところどころ荒れて・濡れていた。この日も早朝からレース序盤にかけて雨が降り、路面が濡れていたことも落車の多発した原因になったようだ。

この日レースを去ったのは8人の選手。そして次の6人が落車でリタイアに追い込まれた。アレクサンドル・ヴィノクロフ(アスタナ)、ユルゲン・ファンデンブロック(オメガファーマ・ロット)、デーヴィッド・ザブリスキー(ガーミン・サーヴェロ)、フレデリック・ヴィレムス(オメガファーマ・ロッット)、アメツ・チュルカ(スペイン、エウスカルテル)、パヴェル・ブラット(ロシア、カチューシャ)。落車の多さが異常とも言えるこのツールで、さらに異常な事態になった。


ヴィノ、ファンデンブロック、ザブリスキーが犠牲になったペイロル峠の落車

手首骨折の疑いがあるデーヴィッド・ザブリスキー(アメリカ、ガーミン・サーヴェロ)手首骨折の疑いがあるデーヴィッド・ザブリスキー(アメリカ、ガーミン・サーヴェロ) (c)Makoto.AYANOヴィノクロフ、ファンデンブロック、ザブリスキーらが落車・リタイアすることになったペイロル峠の落車は、ダウンヒルでのプロトン全体のオーバースピードが主な原因になったようだ。ちょうどプレスカーでプロトンに随行しているときにその事故が起こった。

メイン集団をコントロールしていたガーミン・サーベロとオメガファーマ・ロットが下りを利用して逃げグループとの差を詰めようとしてスピードを上げていたが、落車が発生した現場は細い道の見通しの効かない左急コーナー。陽の当たらない路面にはところどころ濡れた箇所があり、路面も良い状態とはいえなかった。

落車してリタイアしたフレデリック・ヴィレムス(オメガファーマ・ロット、ベルギー)落車してリタイアしたフレデリック・ヴィレムス(オメガファーマ・ロット、ベルギー) (c)CorVos落車したクレーデンや、ヴィノの救助にあたったアスタナのフォフォノフらのコメントによれば、集団全体がオーバースピード気味にコーナーに進入し、オメガファーマの選手(ファンデンブルックまたはウィレムス)がコーナリング中にスリップしたことをきっかけに連鎖的に転倒が起こったようだ。
フースホフトがペダルから足を外してバランスをとるなか、ヴィノクロフとアスタナのチームメイト数人が膨らんでコースアウト、路肩のコンクリートブロックにぶつかるのを避けて右側の谷へと落ちた。
落ちた谷は草に覆われた斜面だったことが、最悪の事態は避けられたように思えた。

落車したトニ・マルティン(ドイツ、HTCハイロード)落車したトニ・マルティン(ドイツ、HTCハイロード) (c)CorVosヴィノはアスタナの選手とスタッフに抱き抱えられてコースまで戻ったが、意識は確かだが歩くこともできない状態だった。ヴィノは担架の上に固定され、救急車で搬送された。

一度は走ろうとしたものの諦めたというファンデンブロックは、路上に佇んで胸を押さえて苦しがっていた。
ザブリスキーは手首を抑えながら、寒気を訴えて震えだしていた。
落車で負傷した選手が多すぎ、ふたりが乗れる救助車両がすでに足りなくなったため、麓から呼ばれた救急車が到着するのを待たざるを得なかった。

骨盤を骨折し救急車に搬送されるアレクサンドル・ヴィノクロフ(カザフスタン、アスタナ)骨盤を骨折し救急車に搬送されるアレクサンドル・ヴィノクロフ(カザフスタン、アスタナ) photo:Makoto Ayanoヴィノクロフを載せた救急車はしばらくレースについて走り、近郊では大きな街のオリヤックの病院へ搬送されて、その日のうちにオステオパシストの手術を受けてからパリの大病院へと移送された。手術は無事に終わり、ベッドの上で笑顔をみせる写真が公表されている。大腿骨頭の骨折という、自転車選手にとってはペダリングに影響の大きい骨折だ。

キャリア最後のツールを落車で終えることになったヴィノ。最後にステージ優勝とマイヨジョーヌを着たいという希望は叶えることができなかった。ビッグレースとしては今ツールが最後。そしてツール中に「もしカザフスタン政府が要望すれば2012年ロンドンオリンピックのロードレースを走る可能性がある」ということを表明していたが、復帰に時間のかかる骨折だけにその可能性はかなり小さくなりそうだ。

ヴィノはレースを去ってもツールでのアスタナの選手を応援することを表明している。
「このケガは僕に長いストップを掛けるだろう。でもアスタナのチームを応援するためにツールはテレビで追いかけるよ。チームの仲間が僕のことを忘れずにいてくれ、全力を尽くして少なくともステージ一勝を挙げてくれると思っているよ」。

ファンデンブルックは肩の骨折と、肺、脾臓、肝臓の損傷などが疑われている。チーム発表によれば2,3日間の集中治療が必要だという。

同じ場所で落車に巻き込まれたアンドレアス・クレーデン(レディオシャック)は走りっきたレース後にX線検査を受けたが幸い骨折は見つからなかった。


フランステレビジョンのメディアカーがフレチャとフーガランドをはねる

フランステレビジョンのクルマに吹き飛ばされ、有刺鉄線に突っ込んだフランステレビジョンのクルマに吹き飛ばされ、有刺鉄線に突っ込んだ (c)CorVosこの日の落車でもっとも悲劇的だったのがフランステレビジョンのメディアカーによる、フレチャとフーガーランドの落車事故だ。

フレチャ、フーガーランド、ボクレール、カザールの4人の逃げ集団を追い越そうとしたプレスカーが、路肩に現れた木を避けようとして選手側にハンドルを切り、フレチャを引っ掛けてしまう。すぐ横にいたフーガーランドも巻き込まれ、ふたりはフルスピードで落車。フレチャはアスファルトに叩きつけられ、フーガランドはコース脇に吹っ飛び、草地に張られていた有刺鉄線に身体ごと投げ出される形となってしまった。

有刺鉄線に傷ついたジョニー・フーガーランド(ヴァカンソレイユ)の脚有刺鉄線に傷ついたジョニー・フーガーランド(ヴァカンソレイユ)の脚 (c)CorVos二人は再び走りだしてゴールすることができたが、ステージ勝利のチャンスは奪われた。ゴールはトップのヴォクレールから17分の遅れ。

フレチャは膝と肘に裂傷を負って血を流しながらゴール。ソワニエが付き添ってすぐさまチームカーに乗り込み、一切の取材を受け付けなかった。

フーガーランドは山岳賞の表彰を受けるとき、感情を抑えきれず涙を浮かべて顔を歪めていた。
フーガランドはインタビューに応えて「ぼくとフレチャがいま生きていることだけで満足だ。恐ろしかった。誰かを責めて負傷しても走り続けるフアンアントニオ・フレチャ(スペイン、チームスカイ)負傷しても走り続けるフアンアントニオ・フレチャ(スペイン、チームスカイ) (c)CorVosもいいけど、こんな事故を故意に起こそうとする人もいないだろう。あの車に乗っていた人たちは、大きな罪の意識を感じているだろうし、ぼくとフレチャにきっと謝ってくれるだろう」とコメント。誰も責めないという態度をとった。

フレチャとフーガーランドの二人に敢闘賞が贈られるという前例のない対応。しかしフレチャはすでに治療に向かって表彰には現われなかった。
チームスカイはこの事故について、「今は皆が感情的になっている」としてコメントすることを避けた。

事故を起こしたドライバーはレース除外

危険な運転で事故を起こした事故を起こしてしまったのは、No.800番の緑のプレスステッカーを貼った随行車両で、ツール・ド・フランスの公式映像を撮る国営放送フランステレビジョンのステッカーを貼ったクルマだ。
緑のプレスステッカーはツールのコンボイ内部に随行することが許されており、逃げグループの前後に入ったり、ディレクターの指示によってプロトンを追い越すことができる。

事故について詰問されるツール総合ディレクターのクリスチャン・プリュドム氏事故について詰問されるツール総合ディレクターのクリスチャン・プリュドム氏 (c)Makoto.AYANO総合ディレクターのクリスチャン・プリュドム氏はレース後、速やかにこのプレスカーとドライバーをExclu(除外)処分にした。

事故が起きたとき、ヴォクレールからはチームカーからボトルを受け取りたいというリクエストがでており、プリュドム氏からはこのプレスカーを含む随行車両に対し、無線で「集団を追い越さず、ユーロップカーのチームカーを先に行かせること」という指示が出ていた。しかしドライバーはそれを無視して逃げグループを抜こうとし、フレチャをはねてしまった。

レース後、プリュドム氏は詰め寄るメディアに対して困惑した表情で説明する。

「私はすべての随行車が聞かなくてはならないレディオツール(レース無線)で"すべての車両は脇に寄ってチームカーが優先的に上がれるように"と指示していた。そのクルマにも、ボトルを要求しているヴォクレールにチームのマネージャーが乗るチームカーがボトルを渡しに逃げグループのところまで上がれるように指示を出していた。彼らはそれに従わず、しかも速過ぎるスピードで2人を巻き込む事故を起こしてしまった。その振る舞いは許しがたい。主催者としてもふたりに謝罪する。これはスキャンダルだ。ここまでのツール・ド・フランスで、コースを走るメディアの車両が関係する事故が2件も起きてしまった。2つの事故は、多すぎる」。

2つの事故のひとつとは、先のステージで起きた通信社GettyImageのフォトグラファーを乗せたオートバイが集団の脇を走っていてニキ・セレンセンのバイクを引っ掛けてセレンセンが落車、自転車を数百メートル引きずったまま走り去った事故を指す。そのときも運転手とカメラマンはレースから除外処分になっている。

フランステレビジョンは当初なかなか事態についての謝罪を発表せず、最初の謝罪がフェイスブック上のみでされたことが批判を呼んだ。事故を起こしたのがフランステレビジョンの収録チームのアシスタントを担当する関係業者「ユーロ・メディア」の車両だったことも、事態の把握と公表が遅れた原因になったようだ。しかしフランステレビジョンはその後、公式に謝罪を表明している。


落車から復帰したアルベルト・コンタドール(スペイン、サクソバンク)落車から復帰したアルベルト・コンタドール(スペイン、サクソバンク) photo:Makoto Ayano故意が疑われたコンタドールの落車 

事態の深刻さに比べて大きな物議を醸したのがコンタドールの落車だ。ウラディミール・カルペツ(ロシア、カチューシャ)のサドル付近がコンタドールのハンドルに絡みつき、バランスを崩したコンタドールがコーナー脇のバリケードにぶつかってしまった。コンタドールはもともと痛めていた膝を地面に打ち付けてしまった。カルペツはコンタドールに故意でないことを説明して謝罪し、和解している。

コンタドールは言う「以前のステージの落車で痛めていたのと同じほうの膝から落ちてしまった。膝が痛むのを心配している。早く回復しないと。まったくいい気分じゃないね。最初はたいしたことないと思っていたのに、レースが進むに連れて痛くなった。リラックス出来る休息日が僕には本当に必要だった」。
コンタドールは休息日に痛めた膝を氷で冷やし続けているとコメントしている。


LLサンチェス サンジャンドモリエンヌのリベンジ

5人に絞られた逃げ集団からフレチャとフーガランドを欠き、サンフルールへのゴールはLLサンチェス、ヴォクレール、カザールの3人マッチとなった。ステージかマイヨジョーヌかの2者択一でマイヨジョーヌを選んだヴォクレールが後半の逃げの牽引のほとんどを引き受ける一方、サンチェスはカザールに対してリベンジのステージ優勝をかけて走っていた。

残り200mで先頭に立ったルイスレオン・サンチェス(スペイン、ラボバンク)残り200mで先頭に立ったルイスレオン・サンチェス(スペイン、ラボバンク) photo:Makoto Ayano

2010年のツール第9ステージで、ゴールのサンジャンドモリエンヌまで逃げ切ったたのはLLサンチェス、クネゴ、シャルトー、そしてカザールの4人だった。ゴールラインは複合コーナーを抜けたところにあったが、コースを熟知していたカザールがそのコーナーを巧みに利用するスプリントでステージ優勝を上げ、コースを知らなかったLLサンチェスは2位に沈んでいる。

LLサンチェスにとって、そのときに負けたカザールに対してのリベンジマッチという意識があったという。そして、メイン集団で起こった落車によって集団のペースが落ちたことが逃げ切りを助けた。
「あのとき、ぼくはゴール地点をあまり知らなかった。今日はコースを研究して、ゴールに登りとカーブがひとつずつあることを知っていた。ともかく、ぼくには大きな自信があった。気力も充実していた」


マイヨジョーヌ目指して逃げるトマ・ヴォクレール(フランス、ユーロップカー)マイヨジョーヌ目指して逃げるトマ・ヴォクレール(フランス、ユーロップカー) (c)CorVos波乱の一日を救うヴォクレールのマイヨジョーヌ

途中からはマイヨジョーヌをとることに集中し、ステージ優勝の可能性を捨てて逃げグループのペースをキープしたヴォクレール。タイム差を知ったファンは歓喜し、サンフルールは今年一番の大歓声に包まれた。

「残り60kmで、スポーツディレクターに相談したんだ。『どうしたらいい? ステージを狙うべき? それともマイヨジョーヌだけを視野に入れるべき? でも、どっちも保証できないよ』そうしたら彼はこう答えたんだ。『じゃあ、総合を目指して走ってくれ』。
だから、走って走って走り続けた。最後の数キロとゴールを越えたときは幸せな気分だったよ。マイヨジョーヌを獲得できるってわかっていたんだ」。

マイヨ・ジョーヌにキスするトマ・ヴォクレール(フランス、ユーロップカー)マイヨ・ジョーヌにキスするトマ・ヴォクレール(フランス、ユーロップカー) photo:Makoto Ayano7年前、2004年のツールで初めてのマイヨジョーヌを獲得したヴォクレール。今回のマイヨジョーヌはそのときのマイヨとどう違う?と訊かれて応える。
「あのとき僕は若くて、マイヨジョーヌを着ることを楽しめなかった。集団の駆け引きで逃げが許されて"カドー(贈り物)"として手に入れたマイヨジョーヌだった。でも今回は違う。ステージ優勝を狙って飛び出したけど、途中からはマイヨジョーヌを手に入れるために全力を尽くしたんだ。だからそのときのマイヨジョーヌとはまったく違う」。

開幕までに8勝を挙げ、最高の体調で臨んだツール。地元ヴァンデ県での序盤のステージからゴール前アタックを繰り返すが、逃げはいずれも成功しなかった。総合上位が狙えると期待されていたクリストフ・ケルヌが膝を壊してリタイアするなど、チーム全体の成績不振がこれまでヴォクレールを苛立たせてきた。

チームキャプテンであり、強いリーダーシップを発揮することでチームメイトからは「社長」と呼ばれる存在のヴォクレール。ここまでのステージでチームの走りに不満を募らせ、チームミーティングや食事のときに不満をとくとくと述べる日が続いたという。しかしそれも今日限り。表彰式、そして記者会見でみせる最高の笑顔が光った。

フレチャとフーガーランドが落車したとき、ヴォクレールも転ぶフレチャが自転車に当たるのを感じたという。もしヴォクレールも転んでいたら? 
フランスじゅうの怒りを買って、収拾のつかない事態になっていただろう。


photo&text:Makoto.AYANO

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