ツールにいつか勝てる日が来ると信じ続け、確信したのが昨年のこと。グランデパールのホストを務めた母国の期待に応えデンマークにマイヨジョーヌを持ち帰ることになったヴィンゲゴー。信念の強さと「2人のガールフレンド」のサポートで精神面の脆さも克服。新たなツール覇者の横顔と生い立ちとは。



最強チームに支えられ、ポガチャル陥落に成功した最強クライマー

超級グラノン峠で独走するヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ)超級グラノン峠で独走するヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ) photo:CorVos
タデイ・ポガチャルとヨナス・ヴィンゲゴー。2人のずば抜けた強者の闘いだった2022年ツールの個人総合優勝争い。加えて言えば、それを支えたチームの強さもそれを大きく左右した。

序盤、圧倒的な力を発揮した過去2大会のディフェンディングチャンピオンのポガチャル。しかしヴィンゲゴーとユンボ・ヴィスマは第11ステージでフィニッシュまで約60kmを残したガリヴィエ峠で波状的なアタックを仕掛け、最後のグラノン峠でその強者を振り落とすことに成功した。そのときついた2分以上の差は、その後のポガチャルの執拗に繰り返す攻撃をもってしても返せないものだった。

山岳に強いヴィンゲゴーと、それを支えるチームの盤石の体制と常識を覆すような攻撃。あの日は絶対強者の失敗、「JOUR SANS(=バッドデー)」を呼び寄せたと言われた。しかしそれどころか、ユンボ・ヴィスマのチーム力に支えられ、その後のステージでも2人の差は開くことに。グラノン峠で最強だっただけでなく、オタカムでもポガチャルを引き離すことに成功。もっとも、チームが4人きりになったポガチャルの、一発逆転を掛けたリスク承知の無茶なバトルの末の結果ではあるが、ヴィンゲゴーは自身の卓越した登坂力への評価「最強クライマー」の名を確実なものにした。

ガリビエでアタックするヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ)と、追従するタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)ガリビエでアタックするヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ)と、追従するタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ) photo:CorVos
最終日前日の勝利者記者会見で「あんなにも強かったポガチャルに最終的に勝てたのは、サプライズだったか?」と聞かれたヴィンゲゴーは、少し考えてから「サプライズかといえば、イエスであり、ノーだ。なぜなら勝てると信じてきたから」と応えた。

昨年、モンバントゥーへの登りでポガチャルを唯一苦しめ、引き離すことができたヴィンゲゴー。そして総合2位に。それが今まで信じてきた根拠となるツール制覇への希望のサインだった。

「昨年、僕にはツールに勝つ力があることが分かった。それだけを信じてやってきた。今年、チームはイエローとグリーンのジャージを獲ることを目標にこのツールに来た。それがポルカドット(マイヨアポア)とステージ6勝までできて、これ以上の結果はない」とヴィンゲゴーは言う。

「すべては周到な準備の結果。チームは高所キャンプを行い、マテリアル、フード、すべてをブラッシュアップするべく準備してきた。それらが実を結んだ」。

TT能力の向上

登りでの強さはもちろん、TTの強さにも磨きをかけたヴィンゲゴー。もともと昨年のツールで見せた通り最終TTは得意だが、今年はさらに速さを増した。もっとも最後に力を緩めなければファンアールトの勝利を奪ってしまうところだった。

3つの中間計測でトップタイムをマークしたヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ)3つの中間計測でトップタイムをマークしたヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ) photo:Makoto AYANO
近年TTが強くなった理由を「エアロダイナミクス」だと話すヴィンゲゴー。「もちろん前よりも多いワットが出せる身体になったというのはあるけど、より空気抵抗の少ないポジションになるようライディングフォーム改善を行ってきた。それと同時にバイクのハンドル周りやウェアなどマテリアルもチームとともに追求し、風洞実験などのテストを何度も行い、タイム削減のための研究を行ったんだ」。ヴィンゲゴーのライディングポジションはより低く、空気抵抗の少ない攻撃的なものへと進化している。

■リーダーシップのシェア

第15ステージの最終山岳でマイヨヴェールを着たワウト・ファンアールトが前を牽く。その後ろでポガチャルが遅れ始めた第15ステージの最終山岳でマイヨヴェールを着たワウト・ファンアールトが前を牽く。その後ろでポガチャルが遅れ始めた photo:CorVos
目下のところ、この先チームには2人の総合狙いの選手が居ることが贅沢な悩みにもなる。不運がまたしても続いたプリモシュ・ログリッチ、そして何でもこなす万能のワウト・ファンアールトがもしマイヨジョーヌを狙うというなら、2人以上のリーダーになる。

「そのことは今は考えないけど、2人のリーダーが居ればリーダーシップはシェアできる。だからいい。もしワウトがイエローも取りたいと思ってクライマーになるなら、彼ともリーダーシップをシェアするまで。1人より2人はいいこと」。

■過去から支えとなった母国デンマークと出身チームへの感謝

コペンハーゲンでのチームプレゼンテーションでは感情的になって涙ぐんだヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ)コペンハーゲンでのチームプレゼンテーションでは感情的になって涙ぐんだヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ) photo:Makoto AYANO
開幕のホスト国となったデンマークがマイヨジョーヌまで持ち帰った。なんとできすぎた結果だろうか。開幕前日、チボリ公園でのプレゼンテーションでは沸き起こるヴィンゲゴーコールに涙し、MCの女性に「最終的なリーダーは誰?」と聞かれたログリッチが「ヴィンゲゴー」とおどけて答えたことも、今となっては暗示的すぎる。

ヴィンゲゴーはデンマークでの開幕と自国からの大きな声援と成功、その母国とのつながりについて、次のように語った。

「本当に多くの人が声援を送ってくれたデンマークでのスタートは信じられないものだった。終わってみて素晴らしい3週間だったが、とくに最初の1週間は本当に忘れがたいものになった。たくさんのデンマーク人選手が居て、こんなにも活躍するなんて本当に素晴らしい」。

デンマークでの第3ステージ。小高い4級山岳の丘はアルプスのような人だかりデンマークでの第3ステージ。小高い4級山岳の丘はアルプスのような人だかり photo:Pauline Ballet
ヴィンゲゴーは自国の小さなチームがワールドツアーチームとよく繋がれていることが今の良い状況を生み出したことを話す。

「デンマークのコンチネンタルチームに感謝している。彼らが今の基礎を築いてくれた。チーム「コロクイック」(2018年まで所属したチーム)が無かったら僕はプロになっていなかったし、コンチネンタルチームが若い選手に成長するチャンスとワールドツアーチームへの橋渡し役を果たしてくれている。

ユンボ・ヴィスマに加入してからも多くのデンマーク人選手と一緒になったし、今までに彼らと話し、多くの助言をもらってきた。でも、なかでも僕にとってはコロクイックのクリスティアン・アナスン監督(現在はウノX監督)に感謝したい。そしてプロ入りしてからはガールフレンドのトリンが僕の進化に重要な役割を果たした。彼女の存在無しにはすべてのことができなかった」。

「もっとも危機を感じた」とした第5ステージ。石畳でチェーンを落としたヴィンゲゴーを引き上げるべくファンアールトが牽引する「もっとも危機を感じた」とした第5ステージ。石畳でチェーンを落としたヴィンゲゴーを引き上げるべくファンアールトが牽引する photo:CorVos
■魚市場での仕事からワールドツアー選手へ

ヴィンゲゴーのエピソードとしてよく出てくるのが、4年前までデンマークの地元の魚工場で働いていたこと。ヴィンゲゴーは2016年に学校を卒業した後、自転車競技を続けるために水産加工場で働き始める。1年目は競りをする魚市場で働いた。そして怪我をしたことでしばらくの間は他の仕事ができず、その後回復してからは魚の加工場でプロ入り前の1年間ほどを働いた。

その水産会社でのパート仕事は2018年夏まで続け、2019年にユンボ・ヴィスマと契約。つまりワールドツアーチームに加入する半年前まで魚加工場で働いていた。それは当時所属したコンチネンタルチームの勧めでもあったという。その水産工場は今までに何人もプロを目指すサイクリストの収入を得る場となっていたため、同様の仕事を経験した選手がデンマーク出身選手には何人か居るという。ヴィンゲゴーの場合は家が近い同郷のミケル・ヴァルグレンの紹介だったという。

ヴィンゲゴーが自転車に興味を持ったきっかけは10歳の頃にツアー・オブ・デンマークを観に行ったことだという。15、6年前の2007年か2008年、住んでいる町のすぐそばがそのレースのスタート地点になったことで、両親に連れられて観に行ったという。

その頃のヨナス少年はサッカーをしていたが、あまり上手くはなく、ヤル気も持てなかった。そして何か他にいいスポーツがないか探していたとき、両親がそのレースの後に地元の自転車クラブに連れて行く。そのクラブにはトレーニングプランがあり、それを試したという。

「プランを試したら、それが”素晴らしい結果だ”と言われた。もっとも彼らはメンバーを増やしたかったはずから、たぶん誰にでもそう言っていたんだと思うけど、それが僕にははまった。それからサイクリングを始めたんだ」「北デンマークの15〜20人ほどの本当に小さな自転車クラブ。でも本当に楽しかったし、クラブはよく面倒を見てくれた」とヴィンゲゴー。

アタックするタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)に遅れないマイヨジョーヌのヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ)アタックするタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)に遅れないマイヨジョーヌのヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ) photo:Makoto AYANO
■4年前にはツールを制覇する夢を見る根拠があった

自転車レースが好きになった少年は順調に成長し、2018年まではデンマークのコンチネンタルチーム、コロクイックに所属して走った。そしてチームは2018年にはすでに当時21歳のヴィンゲゴーの持つ大きな可能性に気づいていた。当時すでにデンマークのTV放送局もヴィンゲゴーを追った短い特集番組を制作している。

チームデンマークによる身体テストによれば、当時のヴィンゲゴーはすでに世界トップレベルのプロ選手と同等の数値を叩き出していたという。

「データを見れば明らかに他の選手よりも15%あまりも強い心臓のポンプ機能をもっており、それだけでも大きなマージンだ」と、チーム関係者は番組で話す。

そしてデンマークの平坦地に住んでいたことで、将来的には山岳のあるヨーロッパへの移住を勧められるヴィンゲゴーは「もちろん僕向きの登りのある地形が好き。僕の最初の夢はプロ選手になること。それから心の奥底ではいつかツール・ド・フランスに勝ちたいという想いがある。その夢は到底叶わないものではないと思っている」と、すでに2018年に応えている。

チームコロクイックのクリスティアン・アナスン監督は、そのデータがヴィンゲゴーを信じる根拠になっていると話す。「彼の進化をこのまま続けることができれば、その夢の実現はあり得るかもしれない」「彼の強みは小さな身体でありながらどんな地形も苦にしないこと。しかしも58kgにまで体重を絞れば、登りでの能力はもの凄いものになる。それほどまでに彼の体重比出力(パワーウェイトレシオ)は非常に高い」と応えている。

登りの強さは自転車選手誰もが欲するもので、最大の武器になるもの。ヴィンゲゴーはすでに天性のものを身に着けている、と。身体能力的にみてすでにいい位置につけており、その夢を叶えるべきだと、当時からチームはヴィンゲゴーに言い聞かせてきた。

坂のほとんど無いデンマーク北部の出身のヴィンゲゴーは「プロになったらスペインに移住して山岳でトレーニングするんだ」と話し、番組は締めくくられている。

登りで絶対に遅れないヴィンゲゴーに、ポガチャルも自身のレーススタイルの変更を強いられた 登りで絶対に遅れないヴィンゲゴーに、ポガチャルも自身のレーススタイルの変更を強いられた photo:Makoto AYANO
■精神的な脆さの克服を支えた2人の「ガールフレンド」

先天的に恵まれた身体をもっていたことがヴィンゲゴーの大きな強みだったが、弱みは精神面の脆さがあることだった。

デンマークナショナルチームにも関わり、現在はチームウノXの監督をつとめるアナスン氏によれば、2018年のインスブルックでの世界選手権ロードU23代表に選ばれたヴィンゲゴーは、スタート前に全身の震えが止まらず、プレッシャーをコントロールできない状態に陥っていたという。レース結果は10分遅れの64位だった。

2019年のツール・ド・ポローニュ第6ステージでプロ初勝利を掴んだヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィズマ)同時に総合リーダーに2019年のツール・ド・ポローニュ第6ステージでプロ初勝利を掴んだヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィズマ)同時に総合リーダーに (c)CorVos
翌年の2019年にヴィンゲゴーはユンボ・ヴィスマでプロデビュー。8月に迎えたツール・ド・ポローニュでは、ネオプロながら早くもチームのエースに抜擢された。そして難関の第6ステージを制してプロ初勝利を挙げ、同時に総合首位にも立ったが、その夜に一睡もできない状態となり、翌朝にはレース前の食事が何も喉を通らなかった。

最終第7ステージでイネオスの総攻撃を受け、その結果ヴィンゲゴーは当然のように遅れて総合首位の座を失った。優勝はパヴェル・シヴァコフ(当時イネオス)の手に。

「結果が出せるはず」と考えると、決まってそうしたメンタルの弱さに起因したことが起こる。不安だけでなく、期待と責任感が心のなかで大きく膨らみすぎてしまうことが弱みだった。

それからチームはヴィンゲゴーをメンタル面の安定・改善のためのアカデミーに通うことを勧める。それと同時に、大きな精神的な支えとなったのが11歳上のガールフレンド、トリン・ハンセンさんの存在だった。

家族に総合優勝を報告したヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ)家族に総合優勝を報告したヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ) photo:Makoto AYANO
かつてヴィンゲゴーが所属したチームのスポンサーであるコロクイックの広報担当だったトリンさんは、普段からの何気ない心の持ちようからアドバイスし、ヴィンゲゴーのサポートを行ってきたという。

「ヨナスは考えすぎて、その考えに圧倒されてしまうの。私のアドバイスはいつも些細なこと。レースのとき朝早く目が醒めてしまうのをどうしたらいいと聞かれれば、気にせず9時でも10時でもいつまでも寝ていなさい、と。何かあったり緊張していたら”これが世界の終わりじゃないのよ”って厳しく言うだけ」とトリンさんは当時レキップの取材に応えている。トリンさんによれば、ヴィンゲゴーは周囲の人を喜ばせることを第一に考える人柄だという。

それらがヴィンゲゴーがいつもインタビューで繰り返し話す、「僕にとって支えてくれる2人のガールフレンド(トリンさんと娘)の存在がすべて」という感謝の言葉に現れているのだろう。

優勝者インタビューの席で「自身の人柄やキャラクターが分かるような、自転車選手以外の趣味や好きなことを挙げてほしい」と聞かれたヴィンゲゴーは、次のように応えている。

「僕は基本的にただのファミリーマン(家庭の人)。レースのとき以外は2人のガールフレンドと時間を過ごすことが好きで、そうしているだけ」。

text&photo:Makoto AYANO in France

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