2021/07/07(水) - 16:10
ついにエディ・メルクスのもつツール最多勝記録まであと1つ。完璧なウルフパックトレインに牽引されたカヴェンディッシュのツール33勝目は教科書どおりの勝利。歴史的な記録更新が見えてきたが「魔の山」モン・ヴァントゥーも立ちはだかる。
冬季五輪の開催都市アルヴェールビルでスタートを迎える休息日明けの第10ステージ。ティーニュから小一時間の移動でやってきた選手たちはリラックスした表情で出走準備をすすめる。
恋人にくっついて離れないのはダヴィド ・ゴデュ(グルパマFDJ)。グルパマFDJはバイクスポンサーのラピエール社が創業75周年を迎えたそうで、全バイクが特別カラーになった。昨日の休息日はそのカラーとお揃いの記念ジャージを着て軽いライドも行ったそうだ。
セルヒオルイス・エナオ(クベカ・ネクストハッシュ)は古巣のイネオスのチームバスに立ち寄って、旧知のスタッフたちと話し込む。
主催者から渡された「13」のチームカー番号を貼るのはバイクエクスチェンジ。欧州チームでは定番の縁起担ぎ(上下逆さまに貼る)をしないのはオーストラリアチームならでは。
スタッフと打ち合わせる宮島正典マッサーの姿も。「セルヒオルイスより日焼けしているかも」と言う”マサさん”は、このツールではマッサージだけでなく路上に立つ補給要員もこなしている。「ツールは大きなレースすぎて動くのが難しく、逆にできることが減ってしまうので他のレースより楽かもしれません」と話していたが、今日はバイクエクスチェンジが攻撃を仕掛ける日だ。
チームプレゼンテーションに登場したペテル・サガンはボーラ・ハンスグローエとの契約が今年いっぱいで切れるため、移籍先がどこになるかが話題の的。スーパースターのサガンがアシストのチームメイトと兄弟のユライ、スタッフらとともにバイクスポンサーのスペシャライズドと一緒に契約するスタイルなので、チームの形態までまったく変えてしまう。「トタルエネルジーに決まった」とオランダのメディアが飛ばし報道して話題だが、どうやら信憑性は低いようだ。
今までのツールでステージ優勝を上げたことがある選手たちのバイクのゼッケンプレートにはその勝利数を示す小さなステッカーが貼られる。カヴェンディッシュのプレートには「32」が示される。
ジュリアン・アラフィリップはステージ6勝、ラファウ・マイカは3勝、サイモン・イェーツは2勝。そして11勝もしているイスラエル・スタートアップネイションの選手は誰でしょう?(引っ掛け問題です)
休息日に実施された選手・レース関係者たちの新型コロナウィルのPCR検査は全員陰性だったことが発表された。このツールには昨年同様にモバイル検査ラボが帯同しており、いつでも検査を受けることができ、頻繁に実施されている。
また消防隊のワクチントラックも帯同しており、こちらは観戦に来た一般客にさえワクチン接種を行うという充実の体制が敷かれている。写真は誰でも入れる「ファンパーク(アトラクションブース)」に駐在するワクチントラックだ。
今回はアンドラに入国するステージもあり、その際の帯同関係者全員に対する検査の詳細な案内も主催者から届くようになった。帯同していて非常に安心感がある。
主催者ASOと関係団体には昨年、そして春からの他の小さな規模の主催レースでも同夜に対策をとりながら開催してきた実績があり、ツールはその集大成。メディア関係者向けにも細かな取材プロトコル(規制要項)が明文化して示されるなど、抜け目がないように感じる。
近づく東京五輪への興味が増すなか、日本人である筆者は「日本はなぜワクチン無しでオリンピックをやろうとしてるのか?」「選手・関係者たちのバブルが機能していないのはなぜ?」「選手に陽性者も出てるようだけど、対策ができてないのでは」といった疑問・質問、不安の声を含む取材をよく受けるようになった。残念ながら自分にはその声に前向きに答えられる情報がない。
アルベールヴィルをスタートし、向かうのは広大なローヌ渓谷の街ヴァランス。山肌を右手に見ながら平坦基調の真っ直ぐな幹線道路を進みだした。
「レース後半に強風のミストラルが吹くかどうか」がこの日の関心事。集団の分断を生むような風が吹けばレースは荒れるが、スタート早々の天気は晴れているのに雨が降っているという天気雨状態。晴れ間が覗くが、黒い雲が周りに立ち込める、暑くて肌寒い変わりやすくて気まぐれな天候。
ユーゴ・ウルとトッシュ・ファンデルサンドの2人の逃げがすんなりと決まったあとは集団はクルージングに入る。今日も安定の「トラクター」ティム・デクレルクが先頭を引き続ける集団内ではおしゃべりを楽しむ選手たちの姿も。カヴェンディッシュもチームに守られて流す。
過酷だった第1週のツール。2勝を挙げるもスプリンターたちにとってティーニュへフィニッシュする第9ステージはタイムアウト失格との戦いだった。カヴェンディッシュは昨日の休息日にインタビューに応え、「もしここで止めても、今まででもっとも素敵なツールのひとつだったと言えるよ。第1休息日がまるで第2休息日みたいに感じる」と話していた。
中間スプリント争いはソンニ・コルブレッリとマイケル・マシューズの争いに。カヴェンディッシュは参加せず、フィニッシュでの大量ポイント獲得と勝利数の更新にフォーカスする姿勢だ。
第3ステージの落車でカレブ・ユアンが居なくなり、ティーニュでのタイムカット失格でアルノー・デマール、ティム・メルリール、ブライアン・コカールらが居なくなったことで集団内の強力なスプリンターが減ってしまった。そのことはもちろんカヴェンディッシュには有利に働くが、同時にチームには負担が増えるとも。
カヴは言う「(ライバル)スプリンターが減ったのは事実だけど、逃げを捕まえるのには影響するんだ。なぜだか分からないけど(皮肉を込めて)、逃げを捕まえようとするのは2チームしかいないからね」。
茶色いレンガ屋根の家、ラベンダー畑が見られるようになったことで南仏に入ったことがわかる。しかしヴァランスが近づくにつれて空模様は一層怪しさを増し、遠くには今にも大雨が降り始めそうな黒い雲が垂れ込める。しかし強い風は強くは吹かず、雨もフィニッシュまでは持ちこたえた。
フランスの日中のラジオの話題は「カヴェンディッシュの34勝なるか」が3割、「ワクチン接種について」が7割を占めるような感じだった。
ペースアップによる集団の分断、斜めの隊列エシュロンができるも、心配したようなレースを変えてしまうほどの大波乱は生まれなかった。
スプリンターを減らしたことがカオスも減らしたのか。しかしそれ以上にこの日のドゥクーニンク・クイックステップのリードアウトトレインは非の打ち所がなかった。アラフィリップ、アスグリーン、バッレリーニ、モルコフとつなげ、カヴェンディッシュを発射。カヴは余裕さえあるスプリントで33勝を挙げ、エディ・メルクスの最多勝利記録34にあと1つと迫った。
表彰台ではマイヨヴェールの緑の狼のマスコットに頬ずりして写真に収まったカヴ。
「オールドスクールな、サイクリング雑誌に書いてあるような教科書どおりのリードアウトだったよ。以前ここでフィニッシュした時はグライペルが勝利して、僕は集団からも遅れた。だからそこから学び、最終コーナーで速度を緩めず駆け抜けることを意識していたんだ。
ロンド・ファン・フラーンデレン覇者、世界チャンピオン、マディソンで五輪に出場するモルコフに、オムループ・ヘットニュースブラッドの優勝者まで揃っているんだよ。それほどの選手たちが僕のために力を尽くしてくれたら、勝たないわけにはいかないだろ? 僕は最後の150m以外は何もしていない。全てはチームの力だ」。
これまでの第3・第6ステージでの優勝時に、フィニッシュラインを切った直後にカヴェンディッシュのバイクのチェーンが2回とも外れていたことが小さな心配事になっていた。路面の凸凹に弾んだのか、激しく回転させていた脚を急に止めたことでそれが発生したのかは謎だが、この日はトラブル無く余裕さえ感じるフィニッシュ。
ついにエディ・メルクスの記録まであと1つ。今ツールの残りステージでゴールスプリントが予想されるのは、第12・13・19・21ステージで、4回のチャンスがある。この調子なら歴史的な大記録更新の可能性は高そうだが、その前に立ちはだかるのが翌11ステージの「魔の山」「プロヴァンスの巨人」モンヴァントゥーを2回登る難関山岳ステージ。再びタイムカットとの戦いが待っている。
表彰式が終わってすぐ、持ちこたえていた空が急に崩れて土砂降りの雷雨になった。2017年には強風で頂上に登るのを諦めることになったモンヴァントゥーステージが、もし雨になったらどんな戦いになるのか想像がつかないが、晴れても雨でもカヴにとっては試練のステージだ。もし今年タイムアウト失格で記録更新できなかったら、来年はもう無いだろう。
text&photo:Makoto.AYANO in FRANCE
冬季五輪の開催都市アルヴェールビルでスタートを迎える休息日明けの第10ステージ。ティーニュから小一時間の移動でやってきた選手たちはリラックスした表情で出走準備をすすめる。
恋人にくっついて離れないのはダヴィド ・ゴデュ(グルパマFDJ)。グルパマFDJはバイクスポンサーのラピエール社が創業75周年を迎えたそうで、全バイクが特別カラーになった。昨日の休息日はそのカラーとお揃いの記念ジャージを着て軽いライドも行ったそうだ。
セルヒオルイス・エナオ(クベカ・ネクストハッシュ)は古巣のイネオスのチームバスに立ち寄って、旧知のスタッフたちと話し込む。
主催者から渡された「13」のチームカー番号を貼るのはバイクエクスチェンジ。欧州チームでは定番の縁起担ぎ(上下逆さまに貼る)をしないのはオーストラリアチームならでは。
スタッフと打ち合わせる宮島正典マッサーの姿も。「セルヒオルイスより日焼けしているかも」と言う”マサさん”は、このツールではマッサージだけでなく路上に立つ補給要員もこなしている。「ツールは大きなレースすぎて動くのが難しく、逆にできることが減ってしまうので他のレースより楽かもしれません」と話していたが、今日はバイクエクスチェンジが攻撃を仕掛ける日だ。
チームプレゼンテーションに登場したペテル・サガンはボーラ・ハンスグローエとの契約が今年いっぱいで切れるため、移籍先がどこになるかが話題の的。スーパースターのサガンがアシストのチームメイトと兄弟のユライ、スタッフらとともにバイクスポンサーのスペシャライズドと一緒に契約するスタイルなので、チームの形態までまったく変えてしまう。「トタルエネルジーに決まった」とオランダのメディアが飛ばし報道して話題だが、どうやら信憑性は低いようだ。
今までのツールでステージ優勝を上げたことがある選手たちのバイクのゼッケンプレートにはその勝利数を示す小さなステッカーが貼られる。カヴェンディッシュのプレートには「32」が示される。
ジュリアン・アラフィリップはステージ6勝、ラファウ・マイカは3勝、サイモン・イェーツは2勝。そして11勝もしているイスラエル・スタートアップネイションの選手は誰でしょう?(引っ掛け問題です)
休息日に実施された選手・レース関係者たちの新型コロナウィルのPCR検査は全員陰性だったことが発表された。このツールには昨年同様にモバイル検査ラボが帯同しており、いつでも検査を受けることができ、頻繁に実施されている。
また消防隊のワクチントラックも帯同しており、こちらは観戦に来た一般客にさえワクチン接種を行うという充実の体制が敷かれている。写真は誰でも入れる「ファンパーク(アトラクションブース)」に駐在するワクチントラックだ。
今回はアンドラに入国するステージもあり、その際の帯同関係者全員に対する検査の詳細な案内も主催者から届くようになった。帯同していて非常に安心感がある。
主催者ASOと関係団体には昨年、そして春からの他の小さな規模の主催レースでも同夜に対策をとりながら開催してきた実績があり、ツールはその集大成。メディア関係者向けにも細かな取材プロトコル(規制要項)が明文化して示されるなど、抜け目がないように感じる。
近づく東京五輪への興味が増すなか、日本人である筆者は「日本はなぜワクチン無しでオリンピックをやろうとしてるのか?」「選手・関係者たちのバブルが機能していないのはなぜ?」「選手に陽性者も出てるようだけど、対策ができてないのでは」といった疑問・質問、不安の声を含む取材をよく受けるようになった。残念ながら自分にはその声に前向きに答えられる情報がない。
アルベールヴィルをスタートし、向かうのは広大なローヌ渓谷の街ヴァランス。山肌を右手に見ながら平坦基調の真っ直ぐな幹線道路を進みだした。
「レース後半に強風のミストラルが吹くかどうか」がこの日の関心事。集団の分断を生むような風が吹けばレースは荒れるが、スタート早々の天気は晴れているのに雨が降っているという天気雨状態。晴れ間が覗くが、黒い雲が周りに立ち込める、暑くて肌寒い変わりやすくて気まぐれな天候。
ユーゴ・ウルとトッシュ・ファンデルサンドの2人の逃げがすんなりと決まったあとは集団はクルージングに入る。今日も安定の「トラクター」ティム・デクレルクが先頭を引き続ける集団内ではおしゃべりを楽しむ選手たちの姿も。カヴェンディッシュもチームに守られて流す。
過酷だった第1週のツール。2勝を挙げるもスプリンターたちにとってティーニュへフィニッシュする第9ステージはタイムアウト失格との戦いだった。カヴェンディッシュは昨日の休息日にインタビューに応え、「もしここで止めても、今まででもっとも素敵なツールのひとつだったと言えるよ。第1休息日がまるで第2休息日みたいに感じる」と話していた。
中間スプリント争いはソンニ・コルブレッリとマイケル・マシューズの争いに。カヴェンディッシュは参加せず、フィニッシュでの大量ポイント獲得と勝利数の更新にフォーカスする姿勢だ。
第3ステージの落車でカレブ・ユアンが居なくなり、ティーニュでのタイムカット失格でアルノー・デマール、ティム・メルリール、ブライアン・コカールらが居なくなったことで集団内の強力なスプリンターが減ってしまった。そのことはもちろんカヴェンディッシュには有利に働くが、同時にチームには負担が増えるとも。
カヴは言う「(ライバル)スプリンターが減ったのは事実だけど、逃げを捕まえるのには影響するんだ。なぜだか分からないけど(皮肉を込めて)、逃げを捕まえようとするのは2チームしかいないからね」。
茶色いレンガ屋根の家、ラベンダー畑が見られるようになったことで南仏に入ったことがわかる。しかしヴァランスが近づくにつれて空模様は一層怪しさを増し、遠くには今にも大雨が降り始めそうな黒い雲が垂れ込める。しかし強い風は強くは吹かず、雨もフィニッシュまでは持ちこたえた。
フランスの日中のラジオの話題は「カヴェンディッシュの34勝なるか」が3割、「ワクチン接種について」が7割を占めるような感じだった。
ペースアップによる集団の分断、斜めの隊列エシュロンができるも、心配したようなレースを変えてしまうほどの大波乱は生まれなかった。
スプリンターを減らしたことがカオスも減らしたのか。しかしそれ以上にこの日のドゥクーニンク・クイックステップのリードアウトトレインは非の打ち所がなかった。アラフィリップ、アスグリーン、バッレリーニ、モルコフとつなげ、カヴェンディッシュを発射。カヴは余裕さえあるスプリントで33勝を挙げ、エディ・メルクスの最多勝利記録34にあと1つと迫った。
表彰台ではマイヨヴェールの緑の狼のマスコットに頬ずりして写真に収まったカヴ。
「オールドスクールな、サイクリング雑誌に書いてあるような教科書どおりのリードアウトだったよ。以前ここでフィニッシュした時はグライペルが勝利して、僕は集団からも遅れた。だからそこから学び、最終コーナーで速度を緩めず駆け抜けることを意識していたんだ。
ロンド・ファン・フラーンデレン覇者、世界チャンピオン、マディソンで五輪に出場するモルコフに、オムループ・ヘットニュースブラッドの優勝者まで揃っているんだよ。それほどの選手たちが僕のために力を尽くしてくれたら、勝たないわけにはいかないだろ? 僕は最後の150m以外は何もしていない。全てはチームの力だ」。
これまでの第3・第6ステージでの優勝時に、フィニッシュラインを切った直後にカヴェンディッシュのバイクのチェーンが2回とも外れていたことが小さな心配事になっていた。路面の凸凹に弾んだのか、激しく回転させていた脚を急に止めたことでそれが発生したのかは謎だが、この日はトラブル無く余裕さえ感じるフィニッシュ。
ついにエディ・メルクスの記録まであと1つ。今ツールの残りステージでゴールスプリントが予想されるのは、第12・13・19・21ステージで、4回のチャンスがある。この調子なら歴史的な大記録更新の可能性は高そうだが、その前に立ちはだかるのが翌11ステージの「魔の山」「プロヴァンスの巨人」モンヴァントゥーを2回登る難関山岳ステージ。再びタイムカットとの戦いが待っている。
表彰式が終わってすぐ、持ちこたえていた空が急に崩れて土砂降りの雷雨になった。2017年には強風で頂上に登るのを諦めることになったモンヴァントゥーステージが、もし雨になったらどんな戦いになるのか想像がつかないが、晴れても雨でもカヴにとっては試練のステージだ。もし今年タイムアウト失格で記録更新できなかったら、来年はもう無いだろう。
text&photo:Makoto.AYANO in FRANCE
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