ジャパンカップ優勝者マイケル・ロジャース(オーストラリア、サクソ・ティンコフ)の陽性によって注目されるクレンブテロール。直前に中国のレースを走っているため、ロジャースの冤罪を唱える声も強い。ここでは、疑惑のクレンブテロールについて解説しておきたい。



マイケル・ロジャース(オーストラリア、サクソ・ティンコフマイケル・ロジャース(オーストラリア、サクソ・ティンコフ photo:Hideaki Takagi日本最高峰の自転車レースであるジャパンカップにおいて、その優勝者からドーピング陽性が検出されるという前代未聞のスキャンダル。その真偽は別にして、「ジャパンカップ覇者のドーピング陽性」というセンセーショナルなタイトルは、日本の自転車競技界のみならず、社会にネガティブな印象しか残さない。

処分決定後に引退したリー・フーユー(右)処分決定後に引退したリー・フーユー(右) photo:Sonoko Tanaka現在ロジャースのBサンプル再検査の結果が待たれるところだが、問題となったクレンブテロールについて理解を深めておきたい。

2010年のツール・ド・フランスを走るアルベルト・コンタドール(スペイン、当時アスタナ)2010年のツール・ド・フランスを走るアルベルト・コンタドール(スペイン、当時アスタナ) photo:Cor Vos筋肉増強作用があり、WADA(世界アンチドーピング機構)の禁止薬物に指定されているクレンブテロール。気管支拡張剤として治療に使用される他、肉質向上(脂肪分を減らし、赤身を増やす)を狙った成長促進剤として、かつては畜産業界で幅広く使用されていた。

中毒をはじめとする人体への影響の大きさから、アメリカでは1991年に、ヨーロッパでは1996年に使用禁止になった。中国でも1997年に飼料への添加が禁止されたが、現在でも使用が常態化している。特に中国とメキシコでのクレンブテロール使用が顕著とされており、中国渡航者の79%の尿サンプルのからクレンブテロールの陽性反応が出たというアメリカ国立生物工学情報センターの実験結果もある。

古くは1992年のバルセロナ五輪に出場したドイツの短距離走選手カトリン・クラッベがクレンブテロール陽性に。その後も陸上競技や野球、サッカー、ボクシング界でクレンブテロールの陽性が頻出している。その中には、汚染された食品を特定することにより処分を免れた例もある。

ロードレース界では、2010年4月にリー・フーユー(中国、当時レディオシャック)のクレンブテロール陽性が判明。フーユーは食品汚染が原因であるとして身の潔白を訴えたが、Bサンプルからも陽性反応が出たため2年間の出場停止に。その後、31歳のフーユーは現役引退を決めた。

2010年9月には、同年のツール・ド・フランスで総合優勝を果たしたアルベルト・コンタドール(スペイン、当時アスタナ)のサンプルからクレンブテロールの陽性反応が検出される。クレンブテロールの検出量がごく微量であり、なおかつ陽性の原因がスペイン産の牛肉であるとコンタドールは主張。スペイン自転車競技連盟が無罪を認める判断を下したが、その後UCIがCAS(スポーツ仲裁裁判所)に提訴した。最終的にCASはコンタドールのドーピング違反を認め、ツールから2年近くが経った2012年4月に2年間の出場停止処分が決まっている。2010年のツールならびに2011年のジロ・デ・イタリア総合優勝のタイトルは剥奪された。

なお、現在コンタドールとロジャースがチームメイトであるため、「同じチームで同じクレンブテロール」というイメージが強いが、2010年のコンタドールの所属チームはアスタナ。当時ロジャースはHTCコロンビアに所属していた。

現状、尿サンプルの検査では、故意のクレンブテロール摂取が陽性反応の原因なのか、それとも汚染食品によるものなのかは判別不能。クレンブテロールは耐熱性があるため、熱処理した後も肉の中に残り続ける。

参考として、以下はJCF(日本自転車競技連盟)が2011年12月20日に出した注意喚起だ。



《クレンブテロールの食物汚染に起因するドーピング問題についての注意喚起》

2011年11月20日にカナダ、モントリオールで開催された世界ドーピング防止機構理事会において、WADA禁止表国際基準で禁止物質として指定されているクレンブテロールが食肉の肥育目的で使用され、このクレンブテロールに汚染された食肉を摂取したことが原因とされる陽性事例が報告されました。

WADAのニュースリリースによれば、クレンブテロールによる陽性事例は、中国とメキシコにおいて発生しており、これらの国で競技会に参加する場合には、「競技会主催団体または国際競技連盟が指定するレストランで食事を摂ること」また、「指定のレストラン以外で食事をする場合には必ず多人数で一緒に食事をすること」を呼びかけているので注意してください。

[JCFアンチドーピング委員会より補足情報]
クレンブテロールは、ヒトでは主に気管支喘息の治療薬として使われていますが、一方で、この薬は骨格筋にも作用し、筋肉増強をもたらすことが知られています。そのことから、食用家畜の肉質の向上を目的に飼料に混ぜて与えられています。日本では食品安全委員会における評価を基に、ヒトが毎日一生涯にわたって食べ続けても健康に悪影響が生じないと推定される一日当たりの摂取量が決まっています。海外においても同様の規定がありますが、一部の国においては、その基準を超えて使用している場合があり、結果的にその食肉を食した場合に健康被害が起きた、あるいはスポーツ選手ではドーピング・コントロール(検査)に陽性を示した事例が報告されています。

今回、日本アンチ・ドーピング機構(JADA)から、該当するメキシコならびに中国においては、食事をする際にその国で推奨されたレストラン等以外での飲食を避けるようにという内容です。参考までに、クレンブテロールの大量摂取による中毒症状は、頻脈、振戦、動悸、頭痛、めまい、神経過敏、嘔吐、低カリウム血症及び白血球増加症などです。また、クレンブテロールは熱に安定であるため、加熱調理による防御は難しいとされています。

2011年12月20日 JCF(日本自転車競技連盟)




表彰台に登るマイケル・ロジャース(オーストラリア、サクソ・ティンコフ)表彰台に登るマイケル・ロジャース(オーストラリア、サクソ・ティンコフ) photo:Kei Tsujiロジャースは10月11日から15日まで中国・北京で開催されたツアー・オブ・北京(UCIワールドツアー)に参戦後すぐに日本へ移動。10月20日のジャパンカップ(UCI1.HC)で優勝を飾っている。

関係者の話として、ツアー・オブ・北京の初日に多くの選手を対象にした一斉ドーピング検査が行なわれ、血液サンプルが採取されたという。検査を行なったのはCHINADA(中国アンチドーピング機構)で、そのサンプルから陽性反応が検出されたという発表はない。

また、大会期間中は全てのチームは大会側が用意したホテルで食事をしたが、開幕前や閉幕後はほとんどのチームが外食をしていたとの証言もある。外食時にロジャースがクレンブテロールに汚染された肉を摂取した可能性はあるが、その立証は困難を極める。

Bサンプルも陽性の場合、汚染食品の特定がなされない限り、ドーピング違反としてロジャースが処分を受ける可能性は高い。検出量がごく微量の場合でも違反として扱われることは、フーユーやコンタドールの前例が示している。その場合はジャパンカップのタイトルも剥奪されることになるだろう。

今回のロジャースの陽性を受け、同じオーストラリア出身のロビー・マキュアンは「UCIは責任感をもって、中国のUCIレースに停止処分を与えるべきだと思う」とツイート。その他にもロジャースの肩を持つ選手のコメントが多数見られる。中国での滞在直後のクレンブテロール陽性だけに、ロジャースを擁護する声は強い。

text:Kei Tsuji