2千人が住む小さな村ヴァタンから、1千百人が住む今ツール最小の村サン・ファルジョーまでのコースはフランスの典型的な風景が広がる。うねる丘と麦畑、森、ロワールの古城と古きよき町並み。昨ステージが平穏だったぶん、この日は荒れた。

1980年ツール総合優勝者のヨープ・ズートメルク(オランダ)、総合2位は実に6回1980年ツール総合優勝者のヨープ・ズートメルク(オランダ)、総合2位は実に6回 photo:Makoto Ayanoヴァタンにはかつてのオランダ人名選手ヨープ・ズートメルクがいた。1980年ツール覇者で、総合2位は実に6回。強者エディ・メルクスが同時代にいたため「万年2位」のありがたくないあだ名をもらった名選手。選手たちと会話を楽しんでいた。

朝から気合の入った表情だったのはフミ。プロローグで使った新デザインのアイウェアをかけ、スタート前からオーラが出ている。声をかけてもあまり言葉が返ってこない。こういうときのフミはかなり集中している。スタートにも早く並び、前のほうに位置取りだ。

フミは前夜につぶやきサイトtwitterにこう書き込んでいる「But, I feel pretty good!! I wanna break away 2morrow!」

美しい飾り付けを施した街。沿道には古い自転車にペンキを塗ったり花飾りをつけるなどしてデコレーションする観客たち。そして村郊外のゼロキロメートル地点からは麦畑のアップダウンが続く。早めのアタックがあるとふんで1km地点に先回りして待つ。

フミ、旧知の友人ロールストンとアタック!

別府史之(日本、スキル・シマノ)別府史之(日本、スキル・シマノ) photo:Makoto Ayanoのどかな田園風景を選手たちが一団になってやってくる。前へ前へ位置取りしようと、徐々にスピードが上がって先頭が道路幅一杯の横一列になる緊張の高まるフォーメーションだ。ユキヤも今日は定位置の最後尾からのスタートでなく、最前列後方にいる!

プロトンを見送り、畑のなかを平行して走るわき道を飛ばして8kmほど先回りする。この間にフミがアタックしたことをラジオが伝える。共に行くのはヘイデン・ロールストン(ニュージーランド、サーヴェロ)。ロールストンはフミがディスカバリーチャンネルにいたときのチームメイト。2人ともベルギーのワレヘムに住み、家が近くだったことで練習を一緒にした仲だ。もしかして申し合わせて行った?

ニュージーランドのトラックナショナルチームにも選ばれる選手であるロールストンは、フースホフトの牽引役を果たすスピードマン。この日、フースホフトは中間スプリントであえて動かなかったのは、ロールストンが早くから自分で動いたことからも決まっていたことなのかもしれない。

8km先でコースに合流してカメラを向けるも、2人の逃げは吸収されたばかり。アタックは5km〜7kmにかけてだった。なんとタイミング悪く見逃した!

田園風景の中を走るメイン集団田園風景の中を走るメイン集団 photo:Makoto Ayanoユキヤにゴール後、そのときの様子を聞いた。「別府さんは自分の後ろから飛び出していったんです。サーヴェロが行ったから僕はいいかな、と思って見送りました。かなり差がついたので決まったと思いましたよ」。

スピードが上がる集団はデコレーションの美しい村々を恐ろしいほどのスピードで駆け抜ける。うねりのダウンヒルで勢いがついたまま街中に入ると、いきなりの狭い曲がり角へ。そしてすぐ先で恐ろしいほどの機械的大音響! 集団クラッシュだ。

スピードが上がったメイン集団スピードが上がったメイン集団 photo:Makoto Ayanoチームカーが殺到し、街へ入る前の道でブロックされる。無線で誰が落車したかの情報が飛び交う。クルマが前に進むのを待っていられないメカニックたちが自転車やホイールを持って歩道を走る、走る! その邪魔にならないようにこちらも走る、走る。遠い! クイックステップのメカニシャンと一緒に500m走った。彼とは顔見知りだが、殺気立っているので声はかけない。数日前に落車シーンを撮るカメラマンが邪魔でホイールではたかれるシーンもあったから。

チームカーの大渋滞と混乱を抜けて落車現場に私がたどり着いたときは、セバスチャン・ロセレル(クイックステップ)がようやく再スタートを切るところだった。ロセレルは今日が誕生日という、あんまり素敵じゃないお祝いになった。

メイン集団をコントロールするチームコロンビア・HTCとアージェードゥーゼルメイン集団をコントロールするチームコロンビア・HTCとアージェードゥーゼル photo:Makoto Ayanoもしこれが無線禁止の昨ステージだったら? 交換機材の到着が遅れてその日をフイにする選手がでることになったはず。デヴォルデルのバイクが壊れていたが、その日のゴール後出されたコミュニケにはどこにも名前が見当たらなかった。混乱の中でオーガナイザーも把握しきれていないということ。

今度はその先、風でつぶれたバルーンアーチがコース上に倒れたことでレースが中断したが、そのニュートラリゼーションのおかげで集団復帰を果たした選手が多かったようだ。最初の1時間の平均スピードは49.3km/hで、今ツール中最速だったようだ。

逃げるヨハン・ファンスーメレン(ベルギー、サイレンス・ロット)とマルチン・サパ(ポーランド、ランプレ)逃げるヨハン・ファンスーメレン(ベルギー、サイレンス・ロット)とマルチン・サパ(ポーランド、ランプレ) photo:Makoto Ayanoファンスーメレン(サイレンス・ロット)とサパ(ランプレ)の大小コンビの逃げが決まり、ようやく集団は落ち着いた。

山岳ポイントは2つ。2人の後で一人だけにつくポイントはマイヨ・アポアを着るエゴイ・マルチネス(エウスカルテル)と、ペッリツォッティ(リクイガス)がそれぞれ取った。ペッリは明らかにこの先山岳賞争いをする意思表示だ。山岳賞を狙うクライマーがいない、というより、一級のクライマーはほとんど総合争いに絡む選手たち。ジロ表彰台をものにした男の次の目標はシャンゼリゼでのマイヨ・アポアの表彰台だ。

中間ポイント獲得を捨て、上り勾配のスプリントですべてをかけたフースホフト。確かにゴール前は上ってはいるが、あえて上りスプリンター向きというほどではないようにみえた。事前情報で強調されるほどは、たいしたもんじゃなかったように思う。

フースホフトのギャンブルは外れ、カヴの4勝目が鮮やかに決まった。この勝利でバリー・ホーバンが1975年に記録した、イギリス人としての通算8勝という最高記録に並んだ。ホーバンが8年間で8勝を飾ったとき35歳。対してカヴは2年間で8勝し、24歳だ。"ブリット新記録"は近日中に更新予定だ。

最高の牽引マン、レンショーが助ける連勝

両手を挙げてゴールに飛び込むマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、チームコロンビア・HTC)両手を挙げてゴールに飛び込むマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、チームコロンビア・HTC) photo:Makoto Ayano「連勝とかけてレンショー」。フミとユキヤに夢中の日本人ジャーナリストの間では流行ってないけど、カヴの勝利の影にはチームコロンビアの鉄壁のアシストがある。なかでも最後の牽引をつとめるオージー、マーク・レンショーの存在が光る。

レンショーは昨年までクレディアグリコルに所属し、フースホフトの牽引役をジュリアン・ディーンらと一緒につとめた。クレディアグリコル解散によってチームが離散。フースホフトが失ったレンショーがカヴの牽引役になっている。

ボブ・ステイプルトン氏と喜ぶマーク・レンショー(オーストラリア、チームコロンビア・HTC)ボブ・ステイプルトン氏と喜ぶマーク・レンショー(オーストラリア、チームコロンビア・HTC) photo:Makoto Ayanoゴール1km前までのペースを作るアイゼルやグラブシュらからバトンタッチし、ラスト500mからレンショーが引くと時速70km/に達する。そこからカヴが発射されるのだ。カヴとレンショーはルームメイトでもある。

そして2位になったファラーの牽引役も、かつてフースホフトに遣えたジュリアン・ディーンがつとめている。

ステージ4勝目を飾ったマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、チームコロンビア・HTC)ステージ4勝目を飾ったマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、チームコロンビア・HTC) photo:Makoto Ayanoレンショーは言う。「今日は上りスプリントだから、いつもより慎重に行くように話し合っていた。トールらの動きを見ながらできるだけカヴの発射を遅らせた。トール(フースホフト)が行ってもマークはゴール前200m、そして150mまで我慢し、そこから行った。」

「トールは僕ら(チームコロンビア)がツール第1週で疲れてしまってもう力を残していないと言ったけど、今日もこの走りを見てもらえばすべて分かると思う。カヴは凄いよ。どんどん進化しているんだ。そして僕らの連携も完璧に近づいてきている。チームワークは最高。まだまだ勝てると思う。」

ゼネラルマネジャーのボブ・ステイプルトンもご機嫌だ。レンショー、そしてすべてのチームメイトにも最大の賛辞を送る。5つのスプリントステージのうち4つをとった。モンジュイックの丘並みに上りゴールが厳しくない限り、カヴの勝利は堅い。昨年のツールではゴール前の丘で遅れてゴール勝負に入れないシーンがあったが、なんといっても今年はミラノ〜サンレモのポッジオをクリアして勝つほどに変身を遂げている。カヴには死角が少ない。

ご機嫌斜めのフレイレ、惜しいファラー

ステージ5位に沈んだトル・フースホフト(ノルウェー、サーヴェロ)ステージ5位に沈んだトル・フースホフト(ノルウェー、サーヴェロ) photo:Makoto Ayano上りスプリントと言えばフースホフトと共に期待されていたのが昨年のマイヨヴェール獲得者フレイレだ。バルセロナのモンジュイックのゴールもフースホフトにやられ、今日は4位に沈んだ。ドーピング検査待ちのとき話を聞いたが、表情は冴えなかった。カヴェンディッシュを打倒するのは不可能?

惜しくも届かず2位のタイラー・ファラー(アメリカ、ガーミン)惜しくも届かず2位のタイラー・ファラー(アメリカ、ガーミン) photo:Makoto Ayano「別に相手はカヴェンディッシュだけじゃないよ。今日は最後のゴール前のコースが難しかった。思っていたよりカーブがきつく、前にいる選手の20m後方に下がってしまって、そこからスプリントするのは不可能に近かった。今日は僕にとってパーフェクトなゴールのプロフィールだったのに、位置取りが悪かった。それだけ。調子はいい。でもチーム力の違いが出る。カヴェンディッシュがチームコロンビアのようないいチームにいることを考えると、勝つのは不可能に近いね。

もっとテクニカルで難しいコースなら勝てるかもしれない。明日のステージは他のスプリンターには厳しいと思う。僕は調子がいい。でもこのツールではチームでの闘いにならないような難しいコースが必要」。

2位のファラー。昨日のスプリントは早く行き過ぎたことを恥じたが、今日はコロンビアと一緒に待ちのスプリントでいい勝負をした。届かなかったのはあと一歩の僅差。

「僕には勝てるスピードがあったと思う。デイブ(ミラー)とジュリアン(ディーン)がうまく引き上げてくれたけど、コロンビアの列車とジュリアンが絡みそうになって少しスピードが落ちてしまい、発射のタイミングが遅くなってしまったんだ」。

カヴと同じく、ファラーも新進気鋭のスプリンターだ。ベルギーのヘントに住み、クラシックレース好きのファラーは今年身体のボリュームを増してトップスプリンターの仲間入りをしようとしている。足りないのはメジャーレースの勝利。それがツールで実現すれば素晴らしい。

カヴは「フランス人が嫌い」?

片手を突き上げてゴールするマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、チームコロンビア・HTC)片手を突き上げてゴールするマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、チームコロンビア・HTC) photo:Cor Vosカヴの記者会見は異様な感情の盛り上がりを見せた。朝のレキップ紙に、前日のステージ中にカヴが「いまいましいフランス人たちめ」という種の言葉を、フランス人選手と観客について吐き捨てたという記事が載った。訴えたのはあるフランス人選手。その選手の名前は匿名になっている。カヴは人種差別者のレッテルを貼られてしまった。

カヴは全否定。「レキップはバイクレースでケチがつけようがないからそんなことを書くんだろう。僕がそんなことを言う人間じゃないことは、皆が分かっているはずだ。これはホメ言葉と取るよ。僕はフランスが好きだし、フランス語も勉強中だ。まだ自信が無いけどフランス語で質問されたら英語で答えるぐらい理解することだってできるんだ」。

そして放送禁止用語を連発して静かにぶちまけた。「国籍とか関係ナイ。ヤツラ○○してやる。僕が○○なんだから」