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Fシリーズ、Xシリーズの登場によってリニューアルを遂げたピナレロのロードラインナップ。"DOGMAに勝るとも劣らない"という新型Fに込めたメッセージや、そしてこれからのピナレロが何を目指すのか。そんな質問をピナレロ首脳陣2人ぶつけてみた。

ピナレロは、ピナレロのままだった

いつも通り、小規模で開催された発表会。ピナレロの“ファミリー感”を実感できる部分 photo:Pinarello

お膝元トレヴィーゾに根ざした古き良き規模感や、北米ブランドとは異なる独自性といったピナレロ「らしさ」が失われるのではないか。ピナレロがLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)傘下となった時、そんなことを危惧する声は少なくなかったと思う。

しかし、ピナレロはあくまでピナレロのままだった。新しくCEOに座ったアントニオ・ドゥス氏はシリアスレーサーではないものの、ずっと趣味としてロードバイクに乗り続けてきたスポーツ業界畑出身の人。ファウスト氏は経営から離れたというが、むしろバイク開発に専念できるから、今まで以上に楽しく仕事ができているという。目に見える形で以前と変わったのは、プレゼン冒頭で自転車業界やユーザー動向の分析値が語られたことくらいだろうか。

取締役会長となったファウスト・ピナレロ氏。60歳となった今も健脚ぶりは健在だ photo:Pinarello

スペインで行われたメディア発表会には、取締役会長となったファウスト・ピナレロ氏が相変わらず屈託のない笑顔を浮かべて同席し、ピナレロ"らしい世界観やファミリー感があって、試乗会そのものも彼の目が届く程度の規模感で(他ブランドの大規模試乗会とは違い、ピナレロは少数メディアを招くことが常)行われたのだった。

インタビューを行ったのは、ピナレロ本社COOを務めるマウリツィオ・ベリン氏と、CEOを務めるアントニオ・ドゥス氏。かつてプロ選手(LPRブレーキなどに所属)としてヨーロッパの舞台で戦い、今現在ピナレロでバイク開発におけるアイデア出しから製造、さらには流通までの管理責任者を務めるベリン氏にはF・Xシリーズの開発ストーリーや込められた思いを、そしてドゥス氏にはピナレロ独自のデザインや、ブランドの今後を聞いた。

マウリツィオ・ベリンCOO「Fはもちろん、Xに大きな期待」

COOのマウリツィオ・ベリン氏。製品製造における総括責任者だ photo:So Isobe

陽気で、おしゃべり好きで、ピナレロの話題になると眼鏡の奥の視線が鋭くなる伊達男。マウリツィオ・ベリン氏にはそんな人物だ。新型F・Xシリーズをリリースし、ロードラインナップ体系を一新した理由について聞くと「分かりやすいストラクチャー(構造、骨組み)を作り、レーサーがFシリーズを求めるのはもちろん、サンデーライドを楽しむユーザーにピナレロを選んでもらうのが最大の目的だった」という答えが返ってきた。発表会では各メディアにFシリーズが用意されていただけに意外だったが、つまりピナレロにとって、今回の目玉はXシリーズなのだ。

「従来はプリンスやパリなどモデルごとに違う名前がついていて、正直どれが何にベストなバイクなのか分かり難かった。それを2つのシリーズに分け、数字でグレードを表示することで誰の目にも分かりやすいようにしました。そしてエンデュランス市場に参入するべく、Xシリーズには大きな期待を寄せています。

なぜかというと、それはパフォーマンスと快適性を両立しなければならないから。快適なポジションでのライドはすなわちパフォーマンスの向上にも繋がり、素晴らしいライド体験に繋がります。これこそピナレロがレースバイクにも、エンデュランスバイクにも求めているコア(核)の部分だからです」。

ピナレロ新時代の象徴モデルであるXシリーズ。ハイパフォーマンスと快適性をミックスした自信作という

ベリン氏は「ピナレロのコンペティションバイクはやはりレースバイクですから、本当に自分のレベルにあったバイクを求めるホビーライダーたちは自動的に"欲しいバイクリスト"から除いていた。そういう人にこそXシリーズを注目してほしい」と続ける。かつてプロ選手だったベリン氏も新型Xシリーズはお気に入りの一つであり、レーサーバイクに注目が集まりがちな日本のマーケットでの波及にも期待したい、とも。

Xシリーズはパフォーマンスを追い求めてきたピナレロが開発したエンデュランスバイク。世界的に"サイクリング"が広く普及したことも開発の理由であり、加えてベテランや怪我を持つ人にストレスなく自転車に乗って欲しいというメッセージも込められているという。今回の発表会は絶好のライド環境が広がる場所で行われたが、ひとたび外に出ればライドを楽しむ地元のホビーサイクリストが無数にいて、「レースバイクに乗るのは厳しいだろうな、という層が日本と比べて遥かに多い。そんな実情を知ることで、Xシリーズが誕生した理由をよく理解できた。

ピナレロのエンデュランスモデルといえば、かつてパリ〜ルーベに投入されたサスペンション付きのDOGMA K8-Sを思い浮かべる人もいるはずだ。ただし快適性を担保するワイドチューブレスタイヤの進化普及や、重量増といったデメリットからそれに近しいギミックは投入されていない。ただしデビューが期待される上級グレードについては、どうやら面白いアイディアを投入する気配が満々(ベリン氏の含み笑いが印象的だった)だ。

新型Fを駆るベリン氏。全ての所作にプロ選手だったことを感じる photo:Pinarello

トップモデルのDOGMAで11種類。F・Xシリーズですら共に9種類。ピナレロが評価される要素の一つに、豊富なバイクサイズ展開がある。ベリン氏曰く9サイズ未満ではユーザーを満足させることは不可能で、「ピナレロは身体の大きさの違う100人に対して画一化されたMサイズのジャケットを用意するようなことはしない」とも。

1サイズの前三角に2,3サイズのリアステーを繋げてサイズを変えるメーカーもあるが、ピナレロは全てのサイズに、完全な別の金型を用意する。当然コストが嵩む部分だが、ピナレロがピナレロであるための投資であり、ライダーからそうあるべきだと求められている、とベリン氏は胸を張る。

アントニオ・ドゥスCEO「ピナレロのバイクは美しくなれけばならない」

2020年12月にCEOへ就任したアントニオ・ドゥス氏。ピナレロ独自のデザインや、ブランドのこれからについて聞いた photo:So Isobe

ベリン氏に続いて話を聞いたアントニオ・ドゥス氏もまた、F・Xシリーズに大きな期待を抱いていた。欧米のスポーツビジネスに長く身を置き、自身も熱心なサイクリストであるドゥス氏は、2020年12月のCEO就任以来、ピナレロに新しい風を吹かせる人物。穏やかで、丁寧に言葉を選び、流暢な英語でその思いを話してくれた。

ピナレロのフィロソフィーとはつまり、世界一の速さと、イタリアのDNAを受け継いだユニークなデザインと兼ね備えること。今回発表したFやX、そして今後発表されるバイクは、そうした明確なメッセージとストーリーの元に設計されている、とドゥス氏は言う。「我々はいくらパフォーマンスが高いからといって、見た目が醜いバイクを市場に出すなんてことはしない。それがピナレロとして売られるならば、そのバイクは美しくなければならない」とも。

「自転車のような機能的な製品には重量や剛性、俊敏性、信頼性、快適性といった合理性も必要ですが、サイクリストの心に訴えかける感情的な部分こそ大事。それが我々のビジネスカード(差別化)であり、ロゴなしではどのブランドなのか分からないバイクが増えた今だからこそ、それを大切にしていきたいと考えています」。

プレゼンでは自転車業界やユーザー動向の分析値を公開 photo:Pinarello

ピナレロは今後、どんなブランドになっていくのだろうか。その問いに対するドゥス氏の答えは「基本的に今と変わらない。でも、更に大きくなっていきたい」だった。ピナレロの世界観や、安全性を崩さないためにもユーザーへの直販は一切考えておらず、その代わりにSNSなどを駆使することで一般ユーザーとの繋がりを強め、その声を吸い上げたい、とも。

そしてドゥス氏とベリン氏は、共にもうその行動を起こしている。2022年9月にはファウスト氏と共にグランフォンド・ピナレロを走り、直接日本のユーザーと話す機会を持った。「日本人ライダーは自転車の楽しみ方が自由。様々なアプローチを有しているように感じた」とドゥス氏は言う。プロレースでのイメージが売上に直結するし、ヨーロッパよりもFシリーズを求める声が多いことも知っている。だからこそF・Xどちらも等しくフィットするだろう、とも。

新型のF7と筆者。バイクはもちろんのこと、新時代のピナレロを体感する発表会となった photo:Pinarello

スチールからはじまり、アルミ、マグネシウム、カーボンを経て3Dプリントチタンまで、いつの時代もピナレロは野心的なチャレンジを具現化し続けてきた。ドゥス氏によれば、それこそがピナレロブランドが過去70年間大切にし、そして今後も一切変わらない価値だ。

従来DOGMAや、DOGMAを駆るイネオス・グレナディアーズで"レーシング"なイメージを色濃くした同社は、その伝統をそのままに、新型F・Xシリーズの発表を機に世のサイクリスト全員にとって親しみやすいブランドへ生まれ変わろうとしているのだ。
提供:カワシマサイクルサプライ
text:So Isobe