小春日和に誘われて、編集長と共にいつもの多摩湖サイクリングロードへ向けてバイクを漕ぎ出す。本日午後の私の業務は編集長と一緒にメタボ会長のお供である。

久し振りのサイクリングスタート。心躍る瞬間である。久し振りのサイクリングスタート。心躍る瞬間である。 雑然とした編集部を抜けだし、Tシャツ1枚でも十分快適な青空の下を自転車でのんびりツーリング。これが勤務中なのだから堪らなく爽快な気分である。

ゆっくりペダルを廻しながら先頭を走るメタボ会長が誰となく独り言のように呟く。

「最近になってようやく自転車の楽しさが判ってきた気がするんだよな。だから今年はいろんなイベントに出かけてってロングライドを堪能したいんだよね。」
今日はとっても機嫌が良いご様子だ。

新緑が眩しい多摩湖サイクリングロード。新緑が眩しい多摩湖サイクリングロード。 信号が一つも無く交通量の少ない1周12kmの林間部を新緑の香りを楽しみながら車列は軽快に進む。

当の会長は5%前後の上り坂など殆ど息も切らさずに進んでゆく。ほんの1年前では考えられない姿だ。

長閑な空気が流れる中、おもむろに振り返りながらメタボ会長が問いかけてくる。

「ところで、何故君たちは俺のニューバイクプランをことごとく否定するんだい?」

不気味な笑みと共に投げかけられたこの言葉に私達の弛んだ心がキュッと引き締まる。暫しの沈黙の後、意を決した編集長が消え入るような小声で答える。
「実は今の編集部の状況で会長のバイク予算を確保すると海外レースの取材費が全く足りなくなるんです。」

上り坂にも文句を言わなくなりました。これって進歩?上り坂にも文句を言わなくなりました。これって進歩? これを聞いたメタボ会長が無邪気な子供の様にバカ笑いしながら応えてくる。

「何だそんな事か?そんなの冗談に決まってるじゃんか。赤字の編集部に予算の捻出なんてできる訳がない事くらい数字を見てる俺が一番良く判ってるよ。俺のバイクは俺の財布で買うから心配するな。」

この言葉には思わず二人揃って落車しそうになる。

冗談?心配するな?アンタの一言のお陰で編集部がどれだけ悩んだか判ってんのかよ。おそらく編集長も心の中で同じ言葉を呟いていた筈だ。
ホッとするやら呆れるやらと様々な感情が入り乱れた私達の表情は妙に滑稽なモノになっていたに違いない。

ニューバイクの自腹が確認できてホッと一息の編集長です。ニューバイクの自腹が確認できてホッと一息の編集長です。 そんな私たちの怪しい様子に、けげんな表情を浮かべながらメタボ会長が問いかけてくる。
「ひょっとして君たちは俺が本気で編集部の予算を使ってバイクを購入すると思ってたの?」

この言葉に編集長が神妙な面持ちのまま無言でうなずく。ただ、自腹が確認できたとたんに私達の脚は、やたら滑らかに廻り始める。


新緑に包まれながら多摩湖ロードを2周し、西武球場側の自転車陸橋で一休みする。

その陸橋で同じく休憩中のスポーツタイプの電動アシスト付バイクを見つけるや否や、いつもの様に何の臆面も無く親しげに話しかけるメタボ会長。挙句にはその電動バイクを強奪し試乗を始める始末だ。
気が付けば調子に乗って編集長までが試乗会に参加しているではないか。全くこんな2人が自分の上司と云う事実が堪らなく恥ずかしい。

その方の愛車を強奪してガシガシ乗り回す。その方の愛車を強奪してガシガシ乗り回す。 初対面の方にもズケズケと話しかけて・・・。初対面の方にもズケズケと話しかけて・・・。


ひと仕切り遊び終え、すっかり油断した編集長が饒舌にメタボ会長に話しかける。
「それより会長のニューバイクのイメージはどんな感じなんですか?」

この問いかけに対し、待ってました!とばかりに不気味な笑みを浮かべながらオヤジが答える。
「最も重要視する部分はビジュアルだよ!と言いたい所なんだけど、本音の一番要素は乗り心地になっちゃうな。何たって君達の取材に連れて行かれると1日に100km以上走らされるからな。」

編集長まで他人様のサス付電動アシスト式スポーツバイクを楽しんでます。編集長まで他人様のサス付電動アシスト式スポーツバイクを楽しんでます。 連れて行かれる?走らされる?何をどう解釈すればこんな言葉に辿り着くのか常人には理解できない。

アナタが勝手に同行を希望して勝手に走っているだけの話で、編集部が同行や長距離走行を強要した事実はただの一度も無いのだが・・・。
こんな理不尽な言葉を受けても嫌な顔ひとつ見せずに提言を続けるウチの編集長はホントにできた人である。

「インプレの見学にいらした時にも気に入ってずっとマドン4.5に乗られてましたよね。トレックがお気に召しているのであれば例の4.5あたりがベストじゃないですか?」

「確かにマドン4.5には何の文句も無いよ。我々初級者にはベストチョイスだと思うし何たって価格が魅力的だよな。あの完成度で破格の定価25万円には正直ぶっ飛んだよ。だけど俺はレオパードトレックの選手達と同じヤツに乗りたいんだよね。」

この言葉には流石の編集長も苦笑いを浮かべている。ちょっと調子に乗り過ぎ!と感じた私が思わず二人の会話に割って入る。そこに地雷が有る事にも気づかずに・・・。

「会長の脚力や用途を考えると、そこまで高性能のバイクは全く意味が無いと思うんですけど?ねぇ編集長?」
てっきり賛同を貰えるものだと決めつけていた編集長から、穏やかながらも意外な言葉が返ってくる。

「僕はそうは思わないよ。今の会長にそこまでの機材が必要か否かの判断だと難しいけど、意味が有るか無いかの判断はその人達の価値観に任せるべきで、僕たちの判断は必要無いんじゃないかな?」

編集長のこの言葉には思わず我に返る。この手の感違いをしないようにと日々折に触れ、編集長が我々に教えてくれていたのを思い出したのだが、時すでに遅しである。

私が踏んだ地雷のトバッチリを食う編集長。ゴメンナサイ。私が踏んだ地雷のトバッチリを食う編集長。ゴメンナサイ。 険しい表情を浮かべたメタボ会長から私だけでなく編集長にも向けて厳しい口調で言葉が飛んでくる。

「君たちはなまじ知識が有るだけに業界馬鹿になり過ぎてるぞ。マドン6にはレースをする人間しか乗る権利が無いのか?答えはノーだ!もしイエスだと考えているんなら編集部なんて解散しちまえ!」

何気ない不用意な一言で、信頼している編集長をも巻き添えにしてしまった事に私の心が痛む。楽しいはずのサイクリングもブチ壊しである。興奮冷めやらぬメタボ会長から次弾が飛んでくる。

「六本木交差点を走っているフェラーリやランボルギーニのオーナー達はより早く走る事を目的に購入したとでも思っているのか?要はカッコイイから乗ってんだよ!必要か否かなんて大きなお世話だよ。カッコイイから欲しくなるのは大切な要素だろ。」

こればかりは確かに正論である。
メタボ会長の説教はいつも、良い方に解釈すれば本当に視野の広い客観的な意見とも受け取れるのだが、悪い方に解釈すれば自分の我を通す為だけに用意されたコジツケにしか聞こえない事が多い。
ただ、ウチの編集長は良識ある大人だから、ここは敢えて視野の広い意見として受け止める事にしたようだ。

「確かに会長のおっしゃる通りです。我々の思い上がりから初級者とハイエンドモデルの間に勝手に敷居を設けてしまっていたかも知れません。誰しもがハイエンドに乗りたいという当たり前の欲求を忘れて、持つ喜びと云う価値観を置き去りしてしまっていたようです。」

さっきまで怒ってたのにもう上機嫌。やはり情緒不安定?さっきまで怒ってたのにもう上機嫌。やはり情緒不安定? 真摯に対応する編集長に対して、「わかってればイイんだよ。」と、さっきまでの剣幕が嘘のように穏やかな表情に戻ったメタボ会長が呟く。

あまりの変わり身の早さにこの人は情緒不安定なのかと思ってしまうほどである。
そんな私たちに追い討ちがかかる。

「実はもうバイクプラスの佐藤さんにマドン6の新車を頼んじゃったんだけどね。」
もうこの言葉には二人揃ってズッコケである。やはりさっきの説教は自分を正当化するためだけに用意されたコジツケだったようだ。

「プロジェクトワンのサイトで色や部品を選んでプリントアウトしたヤツを佐藤さんにFAXするだけ。予想以上にお気軽お手軽だったから、忙しい俺にはピッタリのシステムだったよ。君達も試してみれば?」
得意満面に答えてくるその表情にはもはや何も言い返す気にはなれない。

冷静になって今日のサイクリングを振り返ってみれば、単にニューバイクを発注したぞ!そりゃよかったですね!で済む筈の簡単な内容なのだ。
下手にメタボ会長の言葉に反応するからトバッチリを食うだけで、要はオヤジの言葉を全て聞き流し反応さえしなければ被害者が出ない事は明白である。

「もう、こんなわがままオヤジには付き合いきれねーよ!」 いつも穏やかな編集長が、ついにぶっ壊れました。「もう、こんなわがままオヤジには付き合いきれねーよ!」 いつも穏やかな編集長が、ついにぶっ壊れました。

メタボ会長の言葉には笑顔を浮かべながら耳を閉じてさえいれば万事平和に流れてゆく事は頭では理解できているのだが、何故かいつもオヤジの術中にはまってしまう我々なのだ。この悪意の塊としか思えない生物と今後もうまく付き合ってゆく術を編集部一丸となって身に付けなければならないと云う堅い決意と共に帰路につく私だった。


次回ですか?
オヤジからのアナウンスやアクションは全てスルーさせて頂きます。





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「ポイ捨てはダメだぞ!」「ポイ捨てはダメだぞ!」 メタボ会長
身長 : 172cm 体重 : 87kg→79kg→85kg
自転車歴 : 23ヶ月目

当サイト運営法人の代表取締役。平成元年に現法人を設立し平成17年に社長を引退。平成20年よりメディア事業部にて当サイトの運営責任者兼務となったことをキッカケに自転車に乗り始める。ゴルフと暴飲暴食をこよなく愛し、タバコは人生の栄養剤と豪語する根っからの愛煙家。