プレスセンターに戻り、いつもファイルを交換するリカルドから受け取ったコンパクトフラッシュをカードリーダーに挿す。1000枚近い写真をコピー&ペーストでPCのフォルダに移す。そこに写っていたのは、出走サインするユキヤ、逃げを牽くユキヤ、そしてチェーントラブルで立ち止まるユキヤ。思わず口を覆った。

中級山岳ステージでユキヤが逃げ決行

レース序盤から積極的にアタックするダミアン・モニエ(フランス、コフィディス)レース序盤から積極的にアタックするダミアン・モニエ(フランス、コフィディス) photo:Kei Tsuji中盤に1級山岳が設定された第17ステージは、短い頂上ゴール有りの中級山岳ステージ。総合上位陣の脚には前日のプラン・デ・コロネスのダメージが残っているのは明らかで、最後の山岳決戦に向けて脚を貯めたいはず。

総合成績に関係の無い選手たちで逃げグループを形成すれば、メイン集団が必死になって追う必要が無くなる。しかも集団スプリントにもちこまれるような易しいステージではない。下馬評通り「逃げ向き」のステージだ。

集団前方に位置する新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム)集団前方に位置する新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム) photo:Kei Tsuji休息日のインタビューで、ユキヤは「頂上ゴールではないステージで逃げにチャンスがある」と語っていた。しかし平坦な第18ステージを待ったからと言って、逃げにチャンスがあるとは限らない。むしろ逃げ切りが決まる確率は、第17ステージの方が断然高い。

何しろ、スプリンターの多くが既にリタイアしたとは言え、虎視眈々とスプリント勝利を狙うアンドレ・グライペル(ドイツ、チームHTC・コロンビア)やグレーム・ブラウン(オーストラリア、ラボバンク)がまだプロトンの中で走っている。第18ステージで逃げたとしても、スプリンターチームに潰される可能性が高いのだ。

19名の大きな逃げグループに入った新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム)19名の大きな逃げグループに入った新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム) photo:Kei Tsujiそんなユキヤのやる気に気付きもせず、暢気に「今日は逃げないもの」と高をくくって、スタートを撮らずにブルーニコの街を出発。20km地点で撮影していると、10名強の選手たちが逃げグループを形成して通り過ぎ、僅か20秒遅れでハイスピードを維持したメイン集団がやってきた。

まだまだレースが落ち着いていない。ラジオコルサもタイム差を伝えきれないほど忙しい。前日からスペシャルカラーのサングラスをかけているユキヤは集団前方に位置。いつでも飛び出せる状態だ。

チームメイトに守られて走るマリアローザのダビ・アローヨ(スペイン、ケースデパーニュ)チームメイトに守られて走るマリアローザのダビ・アローヨ(スペイン、ケースデパーニュ) photo:Kei Tsuji「一回でスパっと逃げが決まるより、アタックが掛かり続け、スピードが上がってから逃げが決まる方が走りやすい」と語っていたように、ユキヤは集団内で暖気運転をしているような雰囲気。

選手たちを見送って、次の撮影ポイントに向かって高速道路をかっ飛ばす。付近一帯は南チロルと呼ばれ、イタリアよりオーストリアの文化が濃い。共用語はドイツ語がメインで、地名に至ってはイタリア語とドイツ語の2バージョンある。

逃げグループ内で1級山岳を上る新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム)逃げグループ内で1級山岳を上る新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム) photo:Riccardo Scanferlaそんな南チロルの中心都市ボルツァーノで撮影ポイントを探していると、ラジオコルサは19名の逃げグループが形成されたことを告げた。ユキーヤ・アラシーロの名前もその中にある。思わず握っていたハンドルを叩いてガッツポーズが出た。

ユキヤを含む逃げグループとメイン集団のタイム差が4分、6分、8分と広がって行く。マリアローザ擁するケースデパーニュ以外のチームは、追走に興味を示していない様子。19名がゴールまで逃げ切るのは確実だった。

それならば、何としてもゴールまで辿り着かなければならない。ボルツァーノで撮影後、再び高速道路に乗り、大きく迂回して何とかコースイン。あと10分遅かったらコースに入れず、危うくゴールに辿り着けないところだった。


アタックで主導権を得るも、チェーン落ちで脱落

チェーントラブルの新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム)がゴール15km手前でストップチェーントラブルの新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム)がゴール15km手前でストップ photo:Riccardo Scanferlaゴール地点の大型スクリーンに映し出されるユキヤの姿。会場の実況はアラシーロの名前を連呼する。ああ、この感じ、2週間前の第5ステージと同じだ。

ゴール地点で待つもどかしさと言ったら無い。ふと、日本人がグランツールの舞台で対等に闘っていることを実感する。そして、その場にいられる喜び、歴史の証人になり得る喜びをグッと噛み締める。

自分でチェーンを戻し、再スタートを切る新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム)自分でチェーンを戻し、再スタートを切る新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム) photo:Riccardo Scanferla逃げグループからちょうどユキヤが飛び出したとき、ノソノソっとマリオ・チポッリーニがゴール地点に現れた。声を張り上げていたMCは、白くピシッとしたシャツを着たかつてのヒーローを捕まえてマイクを向ける。何を聞くのかと思いきや「今アラシーロが良い走りを見せているけど、日本人の活躍をどう思う?」と、大胆な質問が飛んだ。

チポッリーニは急な質問にも動じない。「近年、チクリズモ(自転車競技)は東(アジア)まで浸透している。彼らは遥々ヨーロッパに来て経験を積み、そして結果を残し始めている。世界的な広がりを見せている証拠。今回の彼が良い例だ」とまとめた。さすがマリオ。

その後、ユキヤらの逃げは潰され、続けざまにカウンターアタックがかかる。いよいよステージ優勝争いも正念場。しかし、そこでユキヤの姿が逃げグループの中から消えた。

チームカーを抜いて逃げグループ復帰を目指す新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム)チームカーを抜いて逃げグループ復帰を目指す新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム) photo:Riccardo Scanferlaインタビューで新城幸也についてコメントするマリオ・チポッリーニインタビューで新城幸也についてコメントするマリオ・チポッリーニ photo:Kei Tsujiゴール前の上りで追走グループから遅れる新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム)ゴール前の上りで追走グループから遅れる新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム) photo:Riccardo Scanferla

地面に倒れ込むダミアン・モニエ(フランス、コフィディス)地面に倒れ込むダミアン・モニエ(フランス、コフィディス) photo:Kei Tsuji何が起こったのか分からなかった。ユキヤは逃げグループに復帰したが、その頃にはすでにダニーロ・ホンド(ドイツ、ランプレ)を含む3名が抜け出しに成功。追走グループを懸命に牽くユキヤの姿に胸が熱くなる。

ユキヤらの追走は届かず、最後の上りで3人の中から飛び出したダミアン・モニエ(フランス、コフィディス)が独走勝利。モニエは前日のプラン・デ・コロネスで、第1ヒート終了時にトップに立っていた選手だ。

13位でゴールラインを切る新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム)13位でゴールラインを切る新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム) photo:Kei Tsuji優勝したモニエがゴール20m先で倒れ込んだため、カメラマンが一斉に群がってゴール地点は大混乱。交通整理するスタッフの罵声や笛の音の中、ユキヤは2分12秒遅れの13番目でゴールにやってきた。ラスト3km手前から始まる上りで追い込んだため、ゴール後は脚が動かない。

スタッフに押されて移動し、咳き込みながらバイクを降りたユキヤ。充血させた目をタオルで押さえて、地面に座り込んだ。

ゴール後、地面に座り込む新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム)ゴール後、地面に座り込む新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム) photo:Kei Tsuji「アタックが掛かっているときにチェーンが落ちてしまったんです。逃げグループに戻ったときにはもう3人のアタックが決まっていました。そこから追走しても、もう遅かった」。

ただ集団内で「完走」を目指すのではなく、チャンスがあれば果敢に狙っていく姿勢に再び感銘したイタリア人も多いことだろう。

ゴール後、地面に座り込む新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム)ゴール後、地面に座り込む新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム) photo:Kei Tsujiその疲労困憊した姿を見るに、翌第18ステージをリカバリーに充て、残る厳しい3ステージに備える必要があるのは明らか。「明日はお休みです」。そう言ってユキヤは麓のチームバスまで下って行った。

プレスセンターに戻ってモトカメラマンのリカルド・スカンフェルラと合流。彼が撮影したデータを見ると、ユキヤの走りが満載だった。映像には映らなかったチェーントラブルのシーンもある。単独で逃げグループを追う生々しい写真もある。ラスト数キロの上りをこなすユキヤの姿まで。

ゴール写真を逃す危険を冒してまで、リカルドはユキヤを追ってくれていた。幸いゴール写真は自分が撮っているので問題ない。それよりユキヤを追い続けてくれた彼の心意気に感動した。

日本を代表してここに記しておきます。ありがとう、リカルド。

text&photo:Kei Tsuji

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