シクロクロスシーズン終了と共に12年間に渡る選手生活に幕を閉じた山本和弘に話を訊いた。たくさんの応援と共に駆け抜けてきた"キャノンデール・カズ"がこれまでを振り返る。



新しい一歩を踏み出す山本和弘に話を訊いた新しい一歩を踏み出す山本和弘に話を訊いた photo:So.Isobe
― 選手としては一区切りつきましたが、率直に今はどんな気分ですか?

シクロクロス東京が終わって、プロ生活に対してすごくすっきりとした、悔いのない状態なんです。むしろこれから自分が携わることがものすごく楽しみですよね。僕は切り替えが早いタイプなんです(笑)。

お台場は最後の公式戦ということで周りのみんなも応援してくれた。でも僕にとってはいつも通りのレースだったんです。準備も、スタートもレース中も、これまでとほとんど変わりませんでした。

― 気迫の走りでしたね。見ていて熱さにやられそうでした。

最後の公式戦となったシクロクロス東京を気迫の表情で走る最後の公式戦となったシクロクロス東京を気迫の表情で走る photo:Yuya.Yamamotoお台場ではホントうまくいったなっていう感じです。海外から帰ってきた直後だったので、当日も早く目が覚めちゃったり寝れなかったりと時差ぼけであんまり体調も良くなかったからびっくりというか。だから身体の調子よりも、気持ちで走れたという感じ。でも(竹之内)悠も条件は一緒だったし、彼が怪我をしてるってのはあったけど、スイッチ入ったらもう本気。出し切れたのは良かったです。

12年間に渡るプロ生活のフィニッシュラインを切る山本和弘(弱虫ペダルシクロクロスチーム)12年間に渡るプロ生活のフィニッシュラインを切る山本和弘(弱虫ペダルシクロクロスチーム) photo:So.Isobeゴール直後、たくさんのファンや報道陣に囲まれるゴール直後、たくさんのファンや報道陣に囲まれる photo:So.Isobe優勝を狙いにいってたんですがちょっとザックは砂が速過ぎましたね。だから早めに切り替えて自分の走りに集中できたし、最後の最後で良い自分が出せて本当に良かった。応援してくれている方々とも噛み合って、自分の良いところが出せたな、と。

38位でシクロクロス世界選手権を走り終えた38位でシクロクロス世界選手権を走り終えた photo:Alisa Okazaki今振り返ってみると、純粋に自分の中にある気持ちを全て出して走ることができた大会でした。会場の雰囲気と精神状態がうまくミックスしたという形ですね。渡辺先生と話してたんだけど、「なんかうまくいきすぎじゃない?」って(笑)。弱虫ペダルチームとして描いていたシナリオが全日本以外はほぼ達成できたから、そういう意味では本当にうまくいったシーズンでした。自分のやりたいこと、チームの方向がすごくマッチしてて、相乗効果がすごかったんですね。

― 見ていても今シーズンは序盤から波に乗っている印象でした。

そうですね。怪我で調子が落ちるときはありましたが、それもなんとかコントロール可能な範囲でした。10月からずっと楽しかったですよ。ロードから休み無く切り替えて、それから毎週のようにレースが続いたので体力的には厳しかったです。後半には風邪ひいちゃうし、年明けの(関西シクロクロス)希望が丘は辛かった。でも一旦そこで休養して、世界戦へ向けてピークを作ることができました。

― そうそう、ゴールの表情はすごく印象的でしたが、どういう心境だったのですか?

ああ、すっかり忘れてました!(笑)。あの瞬間はすごくグッと来たんですよ。これでプロ選手生活最後なんだっていう感慨があって。後ろから(竹之内)悠が来ているので長い時間噛み締めて、とかはできなかったのですが、でも、ゴールはいつもと違いました、特別な時間でしたね。みんなの応援もあったし。でも、表彰台に乗っている時には、もう気持ちは次に向かっていましたよ。自転車の楽しさを伝えるという仕事が待っていますからね。楽しみで仕方ないんです。

― キャノンデール・ジャパンに入社することを発表したわけですが、現役時代もずっとキャノンデール一色でしたね。

そう。サブスポンサーは何回か変わったんですけど、競技人生を始める時からずっとキャノンデールでいこうとずっと思っていましたから。それはとにかくキャノンデールが大好きだから。MTBにどっぷりと浸かっていた小学生の頃、キャノンデールと言えばアルミメガチューブなどが先進的で、チームにはカデル・エヴァンスもいたりと、すごく特別な存在でした。自分にとっては憧れの存在だったんですね。もう何度もキャノンデール・ジャパンにに手紙を送ったか分かりません(笑)。何をしてでもチームに入りたいという想いがあったんです。

結果的に国内でキャノンデールと言えばカズっていうイメージを築くことができてすごく嬉しいですね。初めて契約した頃、そういう存在になりいと考えていましたから。今振り返ってみるとそれが成功したのかなと思いますね。キャノンデール・ジャパンといい関係を築き上げることができたことももちろん大きい理由の一つです。

12年のキャリアがまとめられたカード12年のキャリアがまとめられたカード photo:So.Isobe
― MTB選手として長く活動して、ロードを2シーズン、そして最後はシクロクロスで競技人生を締めくくったわけですが、選手として幅も広がったのではないでしょうか?

一番思い入れのあるフレーム。キャノンデールファクトリーレーシング時代のFLASHだ一番思い入れのあるフレーム。キャノンデールファクトリーレーシング時代のFLASHだ photo:So.Isobeものすごーく広がりました。やっぱり順番がよかったなって。MTBのプロとしてデビューでき、北海道のトップ、日本のトップを目指して、実現して。世界にも挑戦出来て。本当はロード挑戦前に引退しようかなと思う時もあったんです。

フレーム各所には歴戦の傷跡が残っていたフレーム各所には歴戦の傷跡が残っていた photo:So.Isobeでも、佐藤さん(チャンピオンシステム〜弱虫ペダルシクロクロスチーム監督)に相談した時に、まだ引退はもったいないし、ロードで走ろうよと誘われたんです。MTBは僕の中では思い残すことはなかったんですが、新しいことにチャレンジしたかった。でもロードに順応するのは結構難しかったですね。イメージしたよりも大変でしたが、2年目は結果もついてきました。

― Jプロツアーのヒルクライムレースでは結果が出ていたように思います。

そう、MTBのエンジンが活かされやすい競技ですから。いわゆるロードレースにはもうちょっとだったかな、という気持ちはありますが、持てる力は全て出し切ったと思ってます。MTBとは違って、フィジカル面の調子がすごく上がっていきましたし。で、そのオフトレとしてやっていたシクロクロスで、これはいけるんじゃないか?と感触を掴みました。そしてまた素晴しい体制を整えて頂いて、その中で最高の競技生活を送ることができた。

その中で、結局はオフロードが僕には合ってるんだということを感じましたね。最後にはこうやってオフロードに戻ってきてますし。やっぱり一番力を発揮できるのはオフロードなんだな、と思ってます。

― 弱虫ペダルチームでは漫画の人気も手伝って、自転車を知らなかった方々が多く来ましたね。例えばシクロクロス東京ではたくさんの若い女性ファンが目につきました。

もはや全く違う層、もう人種って言ってもいいかもしれない人たちが応援しに来てくれました。アニメの力ってすごいんだなあ、っていうのは感じましたし、アニメだけじゃなくて、リアルな走りの魅力を伝えるような走りをしたいな、というのはすごく感じていたことです。

するとリアルな競技も面白いって言う声も聞こえてきて、ブログとかで発信する時もそういった新しいファンに伝わればと思って、分かりやすい言葉を選ぶようにしたりしていました。お台場ではそうした活動が少しは実を結んだのかなと思ってます。渡辺先生の世界観と、リアルなレースの現場がうまく噛み合って生まれた素敵な効果だったんじゃないかな。

シクロクロス東京の表彰式後、大勢のファンが囲むシクロクロス東京の表彰式後、大勢のファンが囲む photo:Yuichiro.Hosoda
そうした経験はとても楽しかったです。選手って、自己満になりがちで、たとえば「完走するぞ」とか「表彰台に乗るぞ」みたいな目標があって、達成したらそれでいい、みたいな。でも僕は外に向いた形の活動も出来た。走る意味が自分の中だけに向いているんじゃなく、応援してくれている方、レースを観てくれている人に向けて何かを残したいという想いがあったんですね。だから頑張ることができたし、これはとてもありがたいことでした。

後編に続く。

interview:So.Isobe

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