CONTENTS

ピナレロのお膝元、トレヴィーゾに赴く

一人で訪れた食堂のフェットチーネ。オーナーのファビオ氏はファウスト代表の古い知り合いだという
食堂に行くためにホテルで借りたバイクもピナレロ製。日本のママチャリとは全く違う走りに驚いた


ファウスト・ピナレロ代表がライドを先導するのもお馴染みの光景。60歳を越えてもなおライドへのパッションは失われていない様子 photo:Pinarello

ピナレロが本拠地を置くトレヴィーゾという街は、水の都ヴェネツィアから車で20分ほどにある人口わずか8万5千人の小さな街だ。同社はしかし、"おらが街の一流企業"であり、この街に住まう人ほとんどが昔ながらの規模を崩さないピナレロのことを誇りに思っている。ふと一人で訪れた食堂の主であるファビオは「社長のファウストは30年前から知り合いなんだ。明日会うならよろしく伝えてといてくれ」と言うし、ホテルで借りた古いシティサイクルもピナレロだった。つまり、ピナレロとトレヴィーゾはそういう関係なのである。

筆者にとっては今年2月のF/Xシリーズ発表に続くピナレロの発表会参加となったが、その時よりも招待ジャーナリストの人数が多く、かつあらゆる国々から集められていることにDOGMA Xを筆頭とする新エンデュランスシリーズに対する意気込みを感じ取る。ショーアップされた発表会と、ワイン畑を見下ろす小高いアップダウン、そして固く締まった白いグラベル(つまりストラーデ・ビアンケ。トスカーナのそれと似た道だった)を含む周回テストコース。わずか2日間のショートプログラムだったが、ピナレロのお膝元でDOGMA Xの性能をたっぷりと味わうことができた。

方向性はそのままに、DOGMA Fの獰猛さを和らげた

決して遅くないペースで丘陵コースを回る。DOGMA Xの俊敏で流れるような走りに感動した photo:Pinarello

DURA-ACE DI2とピレリの30Cタイヤを組み込んだプリンストン・カーボンワークスのホイールで武装したDOGMA X。その乗り味をできる限り簡潔にお伝えするなら「"僕ら"が乗りこなせるDOGMA」だ。

生粋のレースマシンであるDOGMA Fと同じ獰猛さを秘めていることは確実に伝わってくるのに、しなやかな走りが薄皮1枚、いや2枚くらいの厚さでもって上手く包み込んでいる。もちろん歴代DOGMAはモデルチェンジを繰り返すたびに乗りやすくなっていて、DOGMA Fに至ってはかなりホビーライダーにとってもフレンドリーな乗り味になったものの、それでもやはり、あの切れ味鋭い走りは(知らず知らずだとしても)確実に神経を使うところがある。

でもDOGMA Xなら「これは長距離を乗りこなすのが大変そうだ...」と感じることがほとんどなかった。乗り心地と踏み心地、そして若干長くなったホイールベースが叶えるハンドリングが走りに安心感をプラスしてくれている。決して快適性最優先の安楽バイクではないけれど、あくまでピナレロらしい、そしてDOGMAらしい速さを維持したまま、乗りやすさを兼ね備えている。

10%超の勾配区間を走る筆者。ダンシングのシャープさはDOGMA Fとかなり似通っていると感じる photo:Pinarello

BB剛性は「F」比でやや落としているという。伸びやかな加速感を味わえた photo:Pinarello

プレゼンテーション役を務めたマウリツィオ・ベリン氏が「走行性能の95%はDOGMA F。残りの5%は快適性と安定感に振った」と話したことが印象的だったが、実際に乗ってみると、その言わんとするところの大部分を感じ取れたように思う。その中でもヘッド剛性は極めて高く、ダンシングの振りの軽さや、ダウンヒルのコーナリングを攻める際のシャープさは実にDOGMA Fと共通している部分だ。

ジオメトリーを調整したといってもリーチ&スタックの値はDOGMA Fよりも少しだけ短く高いだけで、ステムを"ドン下げ"にした時のポジションは依然としてかなり戦闘的。これはX9以下の、より"スラック"なエンデュランスプラスジオメトリー採用モデルに乗ると、そのキャラクター設定の違いよく理解できるものだ。

かつてピナレロはパリ〜ルーベ用のDOGMA Kデビュー時に「クルマで例えるならSUV」という表現を用いたが、DOGMA Xの流れるような走りを考えるに、同じくクルマに例えるならばもう少しロードレーシングカーに近いイメージだ。DOGMA Fよりも若干落としたというBB剛性は、疲れで崩れたペダリングもある程度許してくれるし、高いワット数で踏み込んだ時もDOGMA Fほどガツンと返さない。瞬間的な加速や限界値辺りで耐えるにはDOGMA Fの方が速いはずだが、距離を重ねるほど、あるいは峠の数が増えるほどDOGMA Xの長所が光るように思う。

ワイドタイヤとの相乗効果で活きるリアステー

湿った砂利質のグラベルも登場。リアステーとワイドタイヤとの相乗効果を体感した photo:Pinarello

ビジュアル的にはY字に別れたシートステーとDOGMA Xだけに与えられたXブリッジが目立つものの、意識を集中させて乗ってみてもふわふわとしたサスペンション的な動きはなく、むしろ硬質な印象だった。ステーだけではなく、30Cのワイドタイヤに始まり、シートステーとチェーンステー、さらにシートポストへと至るトータルセットで衝撃の角を取り払っている印象が強く、そのバランス感は絶妙。未舗装路の大きな衝撃も少し気を遣ってあげるだけでドトトッといなしてしまう。

ダウンヒルを思いきり攻めてもダルさは皆無だ。個人的にクイックなハンドリングが好みだが、フロント剛性とやや長めのリアセンターが絶妙なバランスを演出しているように思う photo:Pinarello

35mmというシクロクロスタイヤよりも太いタイヤを飲み込んでしまうので、筆者がテストで走ったように、グラベルに連れ出しても何とかならないことはない(価格的に勇気があるならば...)。もちろんそんな使い方をせずとも「このバイクとタイヤならグラベルですら安心して走れる」と思えることは、タフなライドに連れ出すときの大きな安心材料になってくれることだろう。

先のベリン氏が「ワイドタイヤの進化発展がバイク設計を変えた」と言っていたのはまさにこの部分であり、よく走るフレームがワイドタイヤのメリットを活かし、その相乗効果で極めて上質なフィーリングを醸し出している。DOGMA F比で16mm(540以上は14mm)伸ばしたというリアセンターがもたらす安心感も、DOGMA Fと走りの根幹が同じだからこそ体感できるものだった。

「たくさんの人が、DOGMAらしい、トップアマチュアを満足させる走りを楽しめる」

丘の頂上目がけてもがいてみる。最高のテストコースでDOGMA Xを存分に味わえた photo:Pinarello

真面目にトレーニングに取り組むことがなくなったけれど、時々は心拍数を上げて仲間と競りあったり、ダウンヒルを攻めたいと思う自分が、DOGMA XとDOGMA Fを乗り比べた今、走りで選ぶのは間違いなくDOGMA Xだ(購入できる価格かどうかは別問題として)。艶感たっぷりの美しいペイント、ヘアライン仕立てのメタリックロゴ、所有欲を満たしてくれるDOGMAらしい造形。ヘッドチューブの長い「いかにも感」に溢れたエンデュランスバイクを選ぶことは多分この先ずっとあり得ないけれど、DOGMA Xなら所有満足度に自信を持てる。

ピナレロもスポーツバイクの価格高騰の例に漏れず、今やDOGMAシリーズのフレームセットが110万円に到達する時代(※海外と比較すると国内価格はだいぶ安価だ。イギリスではDURA-ACE完成車が日本円換算で40万円以上高額)。DOGMAを購入できる層のうち、ピュアレーサー、あるいはバリバリ走るユーザーはほんの一握りであるはずだし、だからこそDOGMA Xデビューの意味は非常に大きい。私の周囲にはレースに出なくなってもソーシャルライドを楽しむサイクリストがたくさんいるけれど、そういうユーザーには最適な一台となるだろう。

ハイペースのタフライドをこなす時、DOGMA Xは良き友になってくれるはず。それは距離を重ねれば重ねるほどに photo:Pinarello

ピナレロ DOGMA X photo:Pinarello

ピナレロは歴代DOGMAの開発にあたり、必ずトップ選手によるテストを経てきた過去を持つ。しかしホビーユーザーのためのバイクであるDOGMA Xは、プロレースを想定して開発されることもなかったし、テストでトッププロに意見を求めることもなかった。しかしご存じのように、屈指のロードレース文化を誇るイタリアのトップアマチュアレベルは日本とは比べ物にならないくらい厚く、ベリン氏は「DOGMA Xには彼らを満足させるだけの走りを与えつつ、もっとたくさんの人が楽しめる安定感もが与えられている」と胸を張る。

ファウスト・ピナレロ氏はもちろん社内スタッフや、トレヴィーゾに住むピナレロと関係の深いアマチュア選手やホビーライダーが乗り、彼らが納得した上で世に送り出されたDOGMA X。ピナレロの歴史上初となるホビーライダー向けDOGMAは、本当の意味で僕らが乗りこなせるDOGMAなのだ。

筆者プロフィール

磯部聡(シクロワイアード編集部)

CWスタッフ歴12年、参加した海外ブランド発表会は30回を数えるテック担当。ロードの、あるいはグラベルのダウンヒルを如何に速く、そしてスマートにこなすかを探求してやまない。ピナレロ本社が催したF8以降の新世代DOGMA発表会には全て出席し、トレヴィーゾにある本社訪問はこれで3度目。今回はショップ・ディーラー向け試乗会も併載されており、試乗車は総勢500台。その規模感に圧倒された。
提供:カワシマサイクルサプライ text:So Isobe