CONTENTS
トップクラスの空力性能を纏いながら、エアロロードとしては業界唯一の衝撃吸収機構で快適な乗り心地にも配慮したMadone SLR。このマシンがどのようにして生まれ、その性能を研ぎ澄ましていったのか。IsoSpeed開発のために本社に新設された施設の紹介や、各種数値と図解、そして本社スタッフへのインタビューを通し、ストーリーを掘り下げて行きたい。

デジタルとアナログがもたらす、高性能とライドフィール

Madoneの開発ストーリーを説明する、プロダクトデザイナーのジョン・ラッセル氏。最初の会議では忌憚ない意見がぶつけられたというMadoneの開発ストーリーを説明する、プロダクトデザイナーのジョン・ラッセル氏。最初の会議では忌憚ない意見がぶつけられたという photo:So.Isobe
エアロロードバイクとしては画期的な衝撃吸収機能を搭載し、快適性と運動性能を高い次元で確立した先代Madone。しかし開発陣は満足することなく、リリース直後からMadone SLRの開発に着手する。最初のアイディア出しに当たってはトレック社内全体で先代Madoneの良し悪しをディベート。社員ならではの忌憚無い意見がぶつけられた(画像を参照)。

改めてMadone SLRの開発ターゲットを説明すると、各フレームサイズ間の乗り心地の差を解消した新型IsoSpeedとディスクブレーキの投入、更に空力を第一としながらも、完成車重量を7.5kg以下、かつオールラウンダーとして卓越した走行性能を獲得することにあった。

先代Madoneに対する改善点や不満点をディベートした。社員ならではの手厳しい意見が見える先代Madoneに対する改善点や不満点をディベートした。社員ならではの手厳しい意見が見える photo:So.Isobe2017年のトレックワールドで披露されたコンセプトバイクが本社に飾られていた。Madone SLRにも通ずるデザインを感じる2017年のトレックワールドで披露されたコンセプトバイクが本社に飾られていた。Madone SLRにも通ずるデザインを感じる photo:So.Isobe

ペダリングした際に、フレームにどのような力が掛かるのかを計算したFEAシミュレーションペダリングした際に、フレームにどのような力が掛かるのかを計算したFEAシミュレーション (c)トレック・ジャパンプロトタイプはチームキャンプに持ち込まれ、選手による実走テストを実施。ここで得たフィードバックを投入した試作2号機が1ヶ月後に再びテストを受けたプロトタイプはチームキャンプに持ち込まれ、選手による実走テストを実施。ここで得たフィードバックを投入した試作2号機が1ヶ月後に再びテストを受けた (c)トレック・ジャパン一般的に言えば、エアロロードは重く、縦方向に固く、そして横方向に弱い。オーソドックスなノーマルバイクと比べればフレームの表面積が増え(重量増)、例えば空力性能に優れる翼断面形状のチューブだけでバイクを構成すると、ペダリングに対してフレームは効果的で無い方向にしなる。これが俗に言う「エアロロードの"板っぽさ"」を生み出す原因だ。

トレックは先代Madoneの時点でエアロロードとして当代最高レベルの走行性能を実現していたが、当然Madone SLRには更にその一歩上が求められた。「量産フレームとして世界最軽量を実現したÉmonda SLRで培われた、0.1g単位で計算できるFEM(有限要素法)を応用し、先代ではなし得なかった高いレベルで解析を行うことができた」と開発陣の一人は言う。

ソフト上では社内スタッフやプロ選手達の意見を汲んだ上で、膨大なシミュレーションモデル一つ一つを分析して形状やカーボン積層パターンを絞り込み、最終的に1つのプロトタイプが形となった。その試作品は2017年12月にシチリア島で行われたトレック・セガフレードのチームキャンプに持ち込まれ、選手たちの手(脚)によってヒルクライム、コーナリング、スプリント、快適さなどあらゆる性能が先代Madoneと比較され、明確な性能向上を確認したという。

フィードバックを持ち帰った開発陣は、すぐさま本社内のテストラボにてカーボン積層を変え、ハンドルなどにも改良を行ったプロトタイプ2号機を作り上げた。1ヶ月後の2018年1月にマヨルカ島で行われたチームキャンプでは再び先代Madone、試作1号機と合わせてブラインドテストが行われ、最終的なGoサインが下されたという。いくら解析技術が進歩しようとも、最終的な判断基準が実走フィーリングに委ねられているのはどこか温かみを感じるストーリーだ。他にもスモールサイズのフレームや、ハンドルやサドルのフィッティングに関しては女子プロチームのトレック・ドロップスからのフィードバックが活かされているという。

シマノR9170系デュラエースDi2で組み上げたMadone SLR Discの重量表シマノR9170系デュラエースDi2で組み上げたMadone SLR Discの重量表 (c)トレック・ジャパンスラムRed eTap HRDで組み上げたMadone SLR Discの重量表スラムRed eTap HRDで組み上げたMadone SLR Discの重量表 (c)トレック・ジャパンR9100系デュラエースで組み上げたリムバージョン完成車の重量表R9100系デュラエースで組み上げたリムバージョン完成車の重量表 (c)トレック・ジャパン

上に表記したのはシマノR9170系デュラエースDi2、そしてスラムRed eTap HRDで組み上げたMadone SLR Discの完成車、そしてシマノR9100系デュラエースで組み上げたリムバージョン完成車の詳細な重量表。重量がかさむIsoSpeedを組み込みつつ、リムバージョン完成車で7.087kgという軽さは特筆すべきだろう。

あらゆる路面を再現するトレッドミルを新設

本社内に設置されたトレッドミル。石畳をはじめありとあらゆる路面を再現でき、データ収集面に置いて飛躍的な効果を得たという本社内に設置されたトレッドミル。石畳をはじめありとあらゆる路面を再現でき、データ収集面に置いて飛躍的な効果を得たという photo:So.Isobe
従来の方法では快適性に関するデータの質や再現性に乏しかった従来の方法では快適性に関するデータの質や再現性に乏しかった photo:So.Isobe本社内に石畳を作ったり、凹凸を設けたローラー台を作ったり。本社内に石畳を作ったり、凹凸を設けたローラー台を作ったり。 photo:So.Isobe

実走テストに対するこだわりは、Madone SLRにおいては新型IsoSpeedの開発手順に良く顕れていると言って良いだろう。

2016年の第2世代Domane SLRのために、パリ〜ルーベで使用される石畳を現地で型どりし、本社内に難所「アランベールの石畳」を模した100mの石畳が造られたことは有名なストーリーとして知られていたが、単に石畳を走るだけではデータ収集や再現性に乏しいという欠点がつきまとう。それをクリアするために、なんとトレックは地元大学の協力を得て石畳の再現から大きく前進し、チェーンコンベア方式のトレッドミルを開発してしまったのだ。

トレッドミルテスト用のMadone SLR。各所にセンサーや加速度計を取り付けているトレッドミルテスト用のMadone SLR。各所にセンサーや加速度計を取り付けている photo:So.Isobeリアエンド〜サドルに取り付けられた直線変位センサー。IsoSpeedの運動量を測るリアエンド〜サドルに取り付けられた直線変位センサー。IsoSpeedの運動量を測る photo:So.Isobe

トレッドミルの板材を変えることで、舗装路から階段まであらゆる段差を再現可能トレッドミルの板材を変えることで、舗装路から階段まであらゆる段差を再現可能 photo:So.Isobe7度まで傾斜が付けられるため、勾配に応じたサドルの荷重変化をプレッシャーマッピングでリアルタイム観察できる7度まで傾斜が付けられるため、勾配に応じたサドルの荷重変化をプレッシャーマッピングでリアルタイム観察できる photo:So.Isobe

このコンベアの板の組み合わせが石畳と同じ形状を生み出し、更に定点ハイスピードカメラでの撮影ができることでデータの収集効率が飛躍的に向上。トレッドミルは7度まで傾斜が付けられるため、勾配に応じたサドルの荷重変化をプレッシャーマッピングでリアルタイム観察でき、板材を替えることでMTB用の大きな段差や、逆に一般的な舗装路レベルの凹凸まで再現できるというのだ。

いくら重要なファクターと言え、快適性という要素のためにこれほどまでのシステムを作り上げてしまうとは、ビッグブランドだからこそ可能なパワープレイだ。プレゼンテーション当日には施設の初披露を兼ねてデモ走行が行われたが、一目見た各国メディア全員から感嘆のため息が漏れたことが印象に残った。

日本人にこそメリットが生まれる、イコールライドクオリティ


Madone SLRの振動吸収性は旧型と比べ、17%高く、また22%低くできるMadone SLRの振動吸収性は旧型と比べ、17%高く、また22%低くできる (c)トレック・ジャパン全フレームサイズにおける、フレーム後部の縦剛性全フレームサイズにおける、フレーム後部の縦剛性 (c)トレック・ジャパン

そうしてシミュレーションやラボテスト、実走テストを踏まえ、煮詰められていったMadone SLR。フレームの振動吸収性テストにおいて、サドル部分の縦剛性値はIsoSpeedのスライダーを動かすことで119N/mmから175N/mmまで変化したことが確認されたという。先代の値はおよそ144N/mmであったため、Madone SLRの振動吸収性は旧型と比べ、17%高く、また22%低くできる計算になる。ちなみにスライダーはダンパー部分とトップチューブ裏側の6角ボルト2本を緩めることで調整でき、前(ヘッドチューブ側)に移動させると乗り味が柔らかく、後(シートチューブ側)に移動させると硬くなる仕組みだ。

トップチューブIsoSpeedによるもう一つの目標が、各フレームサイズ間で均一な乗り心地を獲得することだった。従来は最小vs最大サイズ間のサドル部の縦剛性は30〜40%も異なっていたが、説明図の通りIsoSpeedの機能とフレーム本来から切り離したことで、Madone SLRではその差は3〜6%にまで大幅に減少している。

先代Madoneと、新型IsoSpeed3箇所でのしなり量の違いを表した図先代Madoneと、新型IsoSpeed3箇所でのしなり量の違いを表した図 (c)トレック・ジャパンダンパーの働きによって余計なIsoSpeedの動きがカットされていることが分かるダンパーの働きによって余計なIsoSpeedの動きがカットされていることが分かる (c)トレック・ジャパン

また、基本的に56サイズを基準に設計が行われているため、どうしても乗り味が硬かった最小50サイズでは、なんと新旧比較で27%もの圧倒的な振動吸収性能向上を果たしている。50や52サイズを乗る我々日本人にとっての朗報であるし、逆に60サイズを乗るような大柄なユーザーにとっては、従来よりも圧倒的に機敏な動きのバイクに乗れるようになったということだ。

IsoSpeedの不要な動きを抑制するダンパーの有効性も含め、トレックはIsoSpeedの各種実験結果を公開している。以下はその一例。より詳しい実験内容を見るにはトレック・ジャパンHP内のホワイトペーパーを参照してほしい。

本社スタッフインタビュー

「これまでのIsospeedの中で最上級の走行性能」

Madone SLRの開発スタッフ、ジョーダン・ロージン氏にインタビューMadone SLRの開発スタッフ、ジョーダン・ロージン氏にインタビュー photo:Park.Changmin
筆者は、発表会にてプレゼンテーションを行なったロードプロダクト・ディレクターであり、トレックUSA最速の男、ジョーダン・ロージン氏にインタビューを行なった。トレック・セガフレードとの関係や、Domane SLRに投入されたフロントIsoSpeedを採用しなかった理由、エアロロード戦国時代というべき2019年におけるMadone SLRの価値など、様々な角度から疑問をぶつけてみた(情報はインタビューを行った6月頭時点)。

―今年は各社からエアロロードがデビューしますが、Madone SLRに掛ける自信のほどは?ライバルモデルに勝てますか?

そうですね。ニューモデルとしてオンリーワンではありません。でもMadoneが他と違うのが、Isospeedシステムを搭載していること。プロレースを例に取ると、多くの選手達が未だにトラディショナルなロードバイクを山岳ステージ以外でも選ぶことが多いのは、やはりエアロフレームの乗り心地が硬すぎるからです。

ツール・ド・フランスではスペシャルカラーのMadone SLRが投入されているツール・ド・フランスではスペシャルカラーのMadone SLRが投入されている photo:Makoto.AYANO
でも、トレック・セガフレードの場合は山岳ステージを除いてMadoneが主力。これは空力性能と剛性、そしてIsoSpeedによる快適性を兼ね備えているからです。快適性がクリアできていれば、平均スピードが常に40km/hを超えるプロレースでは空力に優れている方が絶対的に有利ですからね。今回のモデルチェンジによってこれまでのIsospeedの中で最上級の走行性能を獲得できたため、更にそのアドバンテージは伸びていると自負しています。

―DomaneのようなフロントIsospeedを用意しなかった理由は?

1つはインターナルケーブルであること。やはりMadoneはエアロロードという性質上ケーブル類のインターナル化は欠かすことができません。フロントIsospeedを投入するとたわんだ時にフレーム内部やコックピット内でケーブル類の行き場がなくなってしまうのです。

ただし何度も言いように快適性は見逃せない要素でもあるので、代わりにヘッドチューブセクションのカーボン積層を工夫し、さらにハンドルのカーボン積層も工夫して衝撃を抑えることに成功しています。トレック・ドロップスの選手達には小さいフレームサイズを試してもらいましたが、その反応は大柄揃いの男子チームよりもよかったですね。ちなみにトレック•セガフレードに関して言えば、ヤスパー・ストゥイヴェン(ベルギー)は開発において多くのフィードバックをもたらしてくれる重要な一人です。

クラシックハンターのヤスパー・ストゥイヴェン(ベルギー、トレック・セガフレード)。開発上重要な選手だというクラシックハンターのヤスパー・ストゥイヴェン(ベルギー、トレック・セガフレード)。開発上重要な選手だという photo:TDWsport女子プロチームの「トレック・ドロップス」はスモールサイズフレームのテスト役を担った女子プロチームの「トレック・ドロップス」はスモールサイズフレームのテスト役を担った (c)トレック・ジャパン

―3:1ルールの撤廃はチューブデザインにどのような影響をもたらしましたか?

いくつかの部分では変化しましたが、空力にフォーカスするあまりチューブ断面を伸ばすと剛性も落ちるし重量も重くなる。それ以外にもUCIルールによる形状限界はたくさんあるので大幅な見た目の変化はしていません。

面白いところでいうと、フロントフォーク上部後側〜ダウンチューブ付近のリムとディスクブレーキフレームでも形状の差。空力的に構造自体がディスアドバンテージになるディスクブレーキモデルがリムブレーキよりも空力的に優れた結果を出したのは、このあたりの差にあるんです。

フォークとダウンチューブに一切の隙間なく一体化されたフロントブレーキフォークとダウンチューブに一切の隙間なく一体化されたフロントブレーキ photo:So.Isobe先代Madoneと似たセンタープル式。最大28.5mmのリム幅に対応する他、調整も行いやすくなっているという先代Madoneと似たセンタープル式。最大28.5mmのリム幅に対応する他、調整も行いやすくなっているという photo:So.Isobe


リムブレーキバージョンは内蔵式キャリパーを設けたことでフォークが太くなり、相対的にダウンチューブは細くなっています。ディスクブレーキでは当然リムブレーキよりもフォークが細く設計でき、ダウンチューブがよりワイドかつエアロに設計できたことがメリットを生み出しました。

―専用ボトルやボトルケージを使わなかった理由は?

当然専用ボトルやボトルケージを使えばもっと空気抵抗を削減できましたが、チームや一般ユーザーに専用品を押し付けることで選択肢を狭めたり、ニュートラルサービスのボトルを使えなくなるのでやりたくなかったのです。でも自分たちがテストし、発表している数値は全てボトルを装着した状態で行なったもの。他ブランドでダウンチューブをくぼませている工夫も目にするものの、Madoneはトータルでエアロダイナミクスを高めているので、そういった小手先の工夫をしなくても大丈夫なくらいのアドバンテージはすでに有しているわけです。

―市販品モデルではフォーク上部から斜めに塗り分けられた新しいペイントパターンが目立ちますね。その意味やコンセプトは?

フロントフォークからダウンチューブにかけての風を如何に受け流すかは空力面で大きなポイント。Madone SLRのダウンチューブ前方にはそのために斜めのラインが入っているのですが、その部分を境に塗り分けています。その塗り分けをシートポストにまで繋げることで速さを表現しました。

空力面でのデザインや、スピード感を落とし込んだ塗り分けが新しい空力面でのデザインや、スピード感を落とし込んだ塗り分けが新しい (c)トレック・ジャパン
―選手からの反応は?

まだまだドーフィネで使ったばかりと日が経っていないませんが、ものすごくポジティブな意見をもらっています。トレックとして一番嬉しかったことは、チームから”ツール・ド・フランスでの使用バイクをディスクブレーキで統一する”と聞いたこと。トレックには6.8kgが可能なEmonda SLR Discがあって、平坦やスプリントステージではMadone SLR Discが最速で、そして場合によってはDomane Discという3つの選択肢がある。市場には無数のブランドが存在しますが、ディスクブレーキ搭載モデルでここまでのアドバンテージを持っているメーカーはまだほとんどないのです。まさにトレックの開発力が表れたストーリーだと思いますよ。



次ページでレポートするのは発表会翌日に行われたグループライドでのインプレッション。発表前から一足早くMadone SLRを使用している別府史之(トレック・セガフレード)に聞いた感想も紹介します。
提供:トレック・ジャパン、text&photo:So.Isobe