日本列島が寒さに包まれるなか、1月18日、南の島沖縄本島で開催された「美ら島Century Run2015」。初の単独実走取材に挑む編集部員フジワラのレポートをお届けします。まずは前日編から。



招きシーサーが僕をオキナワに呼んでくれたのかも招きシーサーが僕をオキナワに呼んでくれたのかも
今回が初めての単独取材を任されることになった私、ヘタレことフジワラ。入社から間もなく1年経つこともあり、段々仕事にも慣れてきた今日この頃。そろそろ、単独実走取材を任せてもらってもいいんじゃないかな?なんて思っていると、美ら島センチュリーランの取材スタッフに選ばれた!これはついに僕の時代がやってきた!

聞けば一つ上のヤマモト先輩も単独取材デビューは美ら島センチュリーランの160kmだという。ヤマモト先輩に出来て、僕にできないはずがない!きっと僕も160kmを任されるに違いない。やっと編集長も僕の秘めたる実力に気づいてくれたのだと思い、その期待に応えるべく気合いを入れて準備に臨んだのだった。

初の単独実走取材、しかもなんと仕事で飛行機に乗って沖縄にいけるということで、僕のテンションは前日から上がりっぱなし。隣のヤマモト先輩には”気持ち悪い顔でニヤけてないで仕事しろ”と、怒られてしまったけれど気にしない。このままの調子でいけば、ヤマモト先輩を追い越すことはもはや既定路線。消費増税と同じく、時期は延びても変えられない未来ということだ。

那覇空港に降り立った!那覇空港に降り立った! 飛行機輪行できるバッグを持っていないので、会長から借りちゃいました!飛行機輪行できるバッグを持っていないので、会長から借りちゃいました! 何はともあれ沖縄そばです何はともあれ沖縄そばです そんなこんなで、編集長と共に羽田空港に到着し、バスで来ていたヤスオカ先輩と合流。僕が160km担当ということは、ヤスオカ先輩は100kmか50kmの担当ということ。ろくに仕事もしないわりに、今までさんざんデカイ顔をされてきたが、ここにきて決定的な差をつけてやることができる訳だ。しかしここはグッとこらえ、何も知らずに能天気な顔をしているヤスオカ先輩に爽やかに挨拶をしておく。

実は飛行機輪行も初めてな僕。昨日見よう見まねで何とか自転車を詰め込んだ輪行袋を手荷物に預ける時に妙に緊張してしまったのはここだけのヒミツだ。無事に届くようにしっかりと梱包したし、飛行機輪行のために秘密兵器を用意してきたのだから間違いはないと思って、自分を安心させる。

ドキドキしながら飛行機に乗ると、偶然僕の前の席には「美しすぎるサイクリスト」として有名な日向涼子さんが!天使と見まごうばかりの美貌に圧倒されていると、編集長が普通に挨拶をしている。ここで取り乱すわけにはいかない。ノリにノっている今の僕にはこの程度、どうということはない。そう言い聞かせて日向さんに挨拶をした僕の声が裏返ってることに気付いたのか、隣でヤスオカ先輩がニヤニヤしている。くそう。

そして、飛行機はすぐに離陸したのだが、朝が早かったこともあって不覚にもすぐに寝入ってしまった。しかし、前日に行われるイベントの取材があるのだ。それに備えて体力を温存しておくことも大切な仕事のうちなのだ。

ドンッという着陸の衝撃で目が覚めた。外を見ると工業地帯に囲まれた羽田とは全く違う風景が広がっている。沖縄に着いたんだ!ドアが開くまでの間の待ち時間をそわそわとして過ごしてしまう。荷物受け取り場所で、自転車が出てくるのを待っているのもかなり緊張のひと時。しかし、そんな緊張を気取られるわけにはいかない。自転車が運ばれて来た時も何食わぬ顔でスマートに受け取りを済ませた。

さて、沖縄について、レンタカーを借りたらまずは腹ごしらえ。朝4時に家を出たので、お腹が空いて仕方がない。沖縄そばが食べたいと満場一致で決まり、おきなわ通の編集長の運転でおすすめの店へと向かった。だがしかし、お昼と言うにはあまりに早い時間だったため、準備中とのこと。ちょうど製麺所から麺を搬入しているところで、丁寧に謝られてしまった。

どうにか別のお店に入ってなんとかお昼ごはんにありつく。しかし、空腹というのもあったが、本場の沖縄そばは本当においしい。ついおかわりしたくなってしまうのを必死にガマン。あんまり満腹になりすぎると、前日イベントの取材に差し障ってしまう。

沖縄輪業 南風原店から恩納村に向けて出発だ沖縄輪業 南風原店から恩納村に向けて出発だ 「じゃ、会場で!」「じゃ、会場で!」

石畳かつ斜度がキツイ「金城町石畳道」石畳かつ斜度がキツイ「金城町石畳道」
会場に向かう前に、沖縄の自転車乗りで知らぬ人はいない老舗、沖縄輪業にごあいさつ。すこし店内を取材し、トイレに行ったヤスオカ先輩を外で待っていると、編集長が「フジワラ、自走しない?」と話しかけてきた。これは、明日160kmを走れるかどうかの最後の見極めなのかも!と思った僕は、「もちろん!いつでも大丈夫です!」と即答していた。

早速、準備にかかる僕たち二人。そこにヤスオカ先輩が戻ってきて、目を丸くしている。驚くのも無理はない。最も難易度の高い160kmの取材を任される、つまり仕事ができる編集部員が僕だとほぼ認められたようなものなのだから。散々人のことをヘタレだなんだと、馬鹿にしてきたことを後悔するがいい!と少しトリップしてしまった僕に「フジワラくん、なんでレーパン?」と質問が投げつけられる。

「いや、編集長が自走しようかって。」「あ、ヤスオカ、運転お願い!」「あ、はい。ってええ?」事態の推移についていけない様子のヤスオカ先輩。釈然としない面持ちながらも、車に乗り込むヤスオカ先輩。ふふ、そこで指をくわえて僕の出世を見ているといい。間抜けはほっといて、出発だ!

石畳の先は階段でした。石畳の先は階段でした。 琉球装束を着た観光客の方とも1枚。すっかり観光気分である琉球装束を着た観光客の方とも1枚。すっかり観光気分である

タコライス発祥の店として有名な「キングタコス」。知りませんでした!タコライス発祥の店として有名な「キングタコス」。知りませんでした! photo:Makoto.AYANO編集長の風除けを買って出てしたり顔。この時はやったぜと思っていました編集長の風除けを買って出てしたり顔。この時はやったぜと思っていました


編集長の自転車に装備された最新のガーミン EDGE1000Jの誘導に従いながら、一路大会会場である恩納村を目指して走っていく。しかしなんだか様子がおかしい。目の間に現れたのは「金城町石畳道」という、ロンド・ファン・フラーンデレンを彷彿とさせるような石畳の登り坂!しかし、これも試験だと思い、必死に編集長についていく。

登り切ると、なんと首里城の裏手にでることができた。まさか、仕事で沖縄に来て、観光まで出来るとは。ついつい嬉しくなってしまうが、試験中だと思いだしニヤけた顔をきりっとさせる。「金城町石畳道」以外にも10%を超える激坂が次々と僕の前に立ちふさがる。ヒーヒー言いながら、なんとか編集長にちぎられないようについていくので精いっぱいだ。

いくつもの壁を乗り越えて、那覇市街を脱出した僕たち二人。那覇市街をでれば、あとは海とやんばるのリゾートライドだろうと思っていると、いつまでたっても街が終わらない。途中、タコライス発祥の店として有名な「キングタコス」を見つけて思わず写真を撮ってしまったりしていると、意外に時間がかかってしまう。

造られたテルテル坊主は並べて飾られていた造られたテルテル坊主は並べて飾られていた 初めてお会いする日向さんは見とれてしまうほど、キレイでした初めてお会いする日向さんは見とれてしまうほど、キレイでした 市街地が続くとはいえ、海沿いの道にありがちな強い風が吹く中を会場目指して走っていく。残念なことに向かい風であるが、試験であることも考え、普段はめったにしない風除けも進んで行う。少し自分が楽するために編集長の機嫌を損ねてしまったらことである。

しかし向かい風は容赦なく足を削っていく。あまりにもペースが落ちてしまったのか、編集長がしびれを切らした様子で前に出てしまった。なんとかしばらく後ろで脚を回復させて、先頭にでるものの、さっきよりも持続時間が短い。最初は8:2で私が引いていたのが、恩納村に入るころには1:9くらいになっていただろうか。動かない自分の脚が恨めしい。

向かい風のせいで、会場に着いたのはもうそろそろお開きになろうかという頃。車で先着していたヤスオカ先輩がほぼ取材を済ませているということで、挨拶周りをして、てるてる坊主を作って、ホテルへと向かうこととなった。ホテルへ向かう車の中で編集長に取材計画を聞いてみた。

「編集長、試験結果はどうでしたか?私が160km担当ですよね?」とおそるおそる尋ねると、怪訝そうな顔をした編集長は「試験?なんのことだかわからないけど、160kmは私が走るよ。ここ2年は100kmしか走ってなかったから、ひさしぶりに160kmの様子も知りたいしね。100kmはヤスオカくんに、フジワラくんは50kmを頼むよ、言ってなかったっけ?」と答えた。



さて、50kmに決まったフジワラの初めての単独実走取材。次回は50kmコースの様子とフジワラの奮闘がおり混ざったレポートをお届けします!