幼い頃からテニスの世界でエリートの階段を順調に登ってきた少年は、故障を患いテニスを忘れるかの如く普通の大学生活を過ごす。
しかし身体に沁みついたアスリートの血はそんな自分を許さなかった。



自分の自転車競技との出会いは18歳の夏。高校を卒業して、半ば時間稼ぎのために入ったような大学生活に、虚しさを感じ始めた頃の事でした。

「高校時代まで」

現在、宇都宮ブリッツェンのメンバーとして走る若杉(左から2番目)現在、宇都宮ブリッツェンのメンバーとして走る若杉(左から2番目) photo:Hideaki.TAKAGI 幼い頃から、サッカー、野球、テニスといったスポーツに囲まれ、自分がアスリートになる以外の将来を思い浮かべた事はありませんでした。
中でもテニスは、父親が元プレイヤーであり、その後テニスクラブを立ち上げ、指導者を務めていた事もあって、自分にとっても大きな存在でした。自然と父親の背中を追い掛けるようにテニスをしていました。

中学時代には地元の名門クラブに通うようになり、高校は千葉県でも有数の強豪校に入学し、テニス漬けの充実した毎日を送っていました。
しかし、高校2年の春を迎える頃から慢性的な腕の故障で思うようなプレイをする事が出来なくなっていました。

「テニスとの決別」

その後、思い通りにプレイ出来ない苦しみから解き放たれたいがためにテニスと距離を置くようになり、卒業後の進路を大学進学に決め、学生生活の中で新しい方向性を求める事にしました。
しかし、いわゆる「普通の学生生活」を送るようになって、そう時間が経たないうちに、その生活への違和感を感じる事になります。

毎日、特別な目的意識も持てないまま、ただただ大学に通い、時には夜通し友人と遊び、虚しさだけを感じて過ごしていました。
それまでの人生に、「競技」によって常に、大きな目標、明確な方向性、充実感が自然に存在することが普通だった自分にとっては、このような大学生活は到底耐え難いものでした。

「ロードレースの世界へ」

宇都宮ブリッツェンでのオフのひと時宇都宮ブリッツェンでのオフのひと時 photo(c):Tatsuya.Sakamoto/STUDIO NOUTIS 大学入学から3ヶ月あまり過ぎた頃、毎日の生活の虚しさから逃れるように、以前から兄が所有していたロードバイクに「競技的な興味」を抱き、跨がるようになります。

この時が、自分が自転車ロードレースの世界に足を踏み入れる第一歩だった様に思います。

その後、ロードバイクを駆り、全力を出し切った時の充実感にのめり込む様になっていました。
精神的に大きな空腹感を感じていた自分にとって、ロードレースにハマり込むまでにそれほど多くの時間は必要としませんでした。

自然と沸いてくる向上心と充実感に背中を押され、いわゆる「トレーニング」を積むようになっていました。
それまで、ロードレースに関しては全くと言って良い程、知識がありませんでしたが、本を読み、DVDを観、インターネットで検索し、ロードレースを知るようになっていきました。

「spacebikes.com所属と出会い」

spacebikes.com在籍時の若杉spacebikes.com在籍時の若杉 photo:(c)hiro 時を同じくして、より、自転車に対して、競技的なアプローチをする為に、自分が身をおくべきレーシングチームを探し始めました。

主にインターネットを使ってチーム探しをしていたのですが、今考えても不思議な事に、その後お世話になることになる、「spacebikes.com」以外のチームについては全く調べもしていませんでした。
その要因の中には、鈴木真理選手が監督を務めていたということも大きかったかと思いますが、直感的に、「ここに行くべきだ」と思ったことが一番の理由でした。

その後、チームの代表であり、バイクショップspaceのオーナーである佐藤店長にウェブ上でメッセージを送り、「直接店にくるように」との返事を頂き、早速、店に行く事になりました。
この時の事はとても良く覚えているのですが、佐藤店長の「実業団で走りたいのか?」との問いに、すぐに「はい!」と応えている自分がいました。

そして、「明日、朝練するから一緒にこないか?」といきなり誘って頂き、翌日、集合場所に行くと、簡単には会えないだろうと思っていた鈴木真理さんも来ていて、一緒に走らせてもらう事が出来ました。
ほんの少し前まで、まともにロードバイクにも跨がったことも無かったのに、いきなり、日本を代表する様なトッププロと走れた事は、この頃の自分にとっては本当に嬉しく、また、良い意味でショックな事件でした。

結局その後、毎日の様に佐藤店長と鈴木真理さんに稽古をつけて頂ける様になり、自転車を一から教えて頂き、そうして今の自分がいるのだと思います。

今になって思えば、この出会いが自分の運命を変えたと言っても間違いはないと思っています。
真理監督、佐藤店長、spaceのメンバーの皆さんには本当にお世話になり、感謝の言葉もありません。

「初レースと2008年シーズン」

この本格的な練習を始めた頃、ちょうどタイミング良く大学が夏休みに入り、その後の2ヶ月は練習に集中する事が出来ていました。
9月には実業団レースにデビューし、自身2戦目のいわきクリテリウム(当時BR-3)で、2着に入り、BR-2への出走資格を得ます。当面は当時のBR-1への出走資格を得ることを目標にレースを走っていました。

しかし、このシーズンは、この後のレースには出場できず、また、翌シーズンからは実業団のカテゴリー区分に変更がなされ、TR(現JPT)参加資格を有するチームに所属していない選手はBR-1(現E1)クラスを最高カテゴリーとするJグランプリを走る事となりました。

2009年全日本実業団クリテリウムinいわき BR-1決勝を走る若杉2009年全日本実業団クリテリウムinいわき BR-1決勝を走る若杉 photo:Hideaki.TAKAGI いわきで優勝し、表彰台に登る。この日TRでは鈴木真理も勝利したいわきで優勝し、表彰台に登る。この日TRでは鈴木真理も勝利した photo:Hideaki.TAKAGI

この2009年シーズンにおいて、spacebikes.comはTR参加資格を取得せず、Jグランプリでのチーム優勝を目標に掲げ、自分もまた、個人ランキング1位を狙ってシーズンを闘い抜く事になりました。

「2009年シーズンと目標」

シーズン開幕の頃には、本格的にプロへの道を歩むべく、大学を休学し、練習に専念する生活を送っていました。その甲斐あって、2戦目で1勝目を挙げ、その後も2勝目と数回の入着でポイントを重ね、個人ランキング首位でシーズンを折り返します。

秋口のレースでは、ライバル選手に追い上げられる場面もありましたが、シーズン後半に3勝目、4勝目を挙げ、個人ランキング1位、チームランキング1位の目標を達成して、充実したシーズンを終えました。

2009年Jサイクルツアー第10戦飯田ロード BR-1のゴールを若杉が制した2009年Jサイクルツアー第10戦飯田ロード BR-1のゴールを若杉が制した photo:Hideaki.TAKAGI

「ブリッツェンで迎えた2010年シーズン」

そして、翌2010年シーズンから、兼ねてから声を掛けて頂いていた、現所属チームである宇都宮ブリッツェンへと籍を移し、ついに、“自転車選手”としてのスタートラインに立つ事となりました。
しかし、ここで大きな壁と対峙する事になります。

2010年より宇都宮ブリッツェンに所属する2010年より宇都宮ブリッツェンに所属する photo:(c)STUDIO NOUTIS ベースとなる能力がトップレベルに到達していなかったということも、当然否定出来ませんでした。そして故障に始まり、コンディションが上がらないことに焦り、ほとんどすべてのレースで序盤に集団から脱落し、練習もまともに着いていく事が出来なかった。そしてそのストレスで度々体調を崩し、練習が出来ず、更に走れなくなるといった悪循環に陥っていました。

多くの選手がそうであるように、プロになり、更にその先に目標を見出し続けたいと願っていました(今でもそうですが)。

「通過点に過ぎないと思っていた地点でつまずいた」という、自らの思い込みにも大変苦しめられました。 なかでも、毎度の様にレース後に、「やっぱりトップカテゴリーはレベルが違うんだね。簡単には通用しないんだね。」と言われ続けた事は、大変ショックな事でした。

そうこうしているうちに、満足なレースを一度も走る事が出来ないままシーズンを終えました。
本当に辛いシーズンでしたが、今思えば、多くのことを学べたシーズンでもありました。

「2011シーズン~」

この原稿を書いている時点で、折り返しである全日本選手権までを終えています。
率直に言って、ここまでの成績も惨憺たるものですが、昨シーズンを闘って成長出来た部分も感じ取れるようになってきました。とにかく、現状を見つめて、コツコツと積み重ねて行こうと決心する事が出来ました。

自転車を始める前に感じた悔しさや虚しさに比べれば、今の悩みなど本当に小さなものだと思えています。 また、諸先輩方、チーム関係者、ファンの皆さんには本当にいつもいつも励まされ、お陰様で闘い続けることが出来ています。本当にありがとうございます。

新たな決意でレースに臨む新たな決意でレースに臨む photo(c):Tatsuya.Sakamoto/STUDIO NOUTIS しかし、選手として今のままで終わる訳にはいきません。

満足行く走りが出来るようになった時、皆さんに、本当の意味でのお礼が出来るものだと思っています。 その時には、未だ伝え切れていない、恩師へ、お世話になった皆さんへ、本当の意味での感謝の気持ちも伝える事が出来ると思います。

近い将来、必ず、その日が来ると信じています。

これからも温かく見守って下さいますよう、宜しくお願いします。


プロフィール
photo:(c)STUDIO NOUTIS
若杉 厚仁 わかすぎ あつひと
1989年10月14日(21歳)
千葉県出身

「宇都宮ブリッツェン」所属のオールラウンダー。spacebikes.com でロードデビューし、当時の実業団BR-1(現在のE1)で年間ランキング1位となり、宇都宮ブリッツェンに加入。加入1年目はトップカテゴリーとのレベルの差に苦しんだが、2年目の今シーズンは徐々に順応しはじめている。2009年JサイクルツアーBR-1ランキング1位。
Panaracer 「エリート プラス」
パナレーサー エリートプラスパナレーサー エリートプラス (c)Panaracer
走行性能と耐久性能のバランスに優れたトレーニングタイヤの決定版。

従来のストラディアスエリートから、タイヤコードの本数を増やす事により、ケーシングの糸密度を25%アップし、ケーシングの耐久性を向上。
更に、走行性能と耐久性能のバランスに優れたZSGコンパウンドのトレッド厚を20%アップし、耐パンク性能も向上した。
商品名 Panaracer ELITE Plus
サイズおよび重量 700x20C(ave: 250g)、
700x23C(ave:260g)、
700x26C(ave:290g)、
650x23C(ave:240g)
ビード アラミド
カラー ブラック、ブルー、レッド、イエロー
税込参考価格 3,200円


製品情報:パナレーサー エリート プラス 耐久性と走行性能のバランスに優れたトレーニング用タイヤ
ソール・ソジャサン ニュース
ツール・ド・フランス(UCIワールドツアー)
第3ステージ 10位 ジミー・アングルヴァン選手(ソール・ソジャサン)
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第7ステージ 敢闘賞 ヤニック・タラバルドン選手(ソール・ソジャサン)
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第17ステージ 9位 ジョナタン・イヴェール選手(ソール・ソジャサン)
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第21ステージ 10位 ジミー・アングルヴァン選手(ソール・ソジャサン)
        新人賞総合3位 ジェローム・コッペル選手(ソール・ソジャサン)

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クリテリウム・ドゥ・ドーフィネ(UCIワールドツアー)
プロローグ 9位 シリル・ルモワンヌ選手(ソール・ソジャサン)
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新人賞 ジェローム・コッペル選手(ソール・ソジャサン)
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ツール・ド・ルクセンブルク(UCI2.HC)
プロローグ 3位 ジミー・アングルヴァン選手(ソール・ソジャサン)
第2ステージ 3位 ジェレミー・ギャラン選手(ソール・ソジャサン)
個人総合 6位 ジェレミー・ギャラン選手(ソール・ソジャサン)

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ブエルタ・ア・ブルゴス(UCI2.HC)
個人総合 5位 ファブリス・ジャンデボス選手(ソール・ソジャサン)
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Panaracerサポート選手の注目リザルト
全日本選手権タイムトライアル2011
エリート男子 2位 佐野淳哉選手(ダンジェロアンティヌッチィ・NIPPO)
U23男子 優勝 吉田隼人選手(鹿屋体育大学)

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全日本選手権ロードレース2011
U23男子 優勝(2連覇) 山本元喜選手(鹿屋体育大学)
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エリート男子 5位 増田成幸選手(宇都宮ブリッツェン)
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全日本学生選手権個人ロードレース大会2011
男子 優勝 山本元喜選手(鹿屋体育大学) 2位 吉田隼人選手(鹿屋体育大学)
女子 3位 塚越さくら選手(鹿屋体育大学)

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Jプロツアー2011第5戦 第45回西日本ロードクラシック2011
3位 増田成幸選手(宇都宮ブリッツェン)
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Jプロツアー2011第6戦 栂池高原ヒルクライム2011
優勝 増田成幸選手(宇都宮ブリッツェン)
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Jプロツアー2011第7戦 富士山ヒルクライム2011
優勝 増田成幸選手(宇都宮ブリッツェン)
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Jプロツアー2011第8戦 群馬CSCロードレース2011
3位 増田成幸選手(宇都宮ブリッツェン)
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Jプロツアー2011第9戦 東日本ロードクラシック石川2011
2位 真鍋和幸選手(マトリックス・パワータグ)
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Jプロツアー2011特別戦 第45回東日本ロードクラシック修善寺2011
4位 ヴィンチェンツォ・ガロッファロ選手(マトリックス・パワータグ)
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Jプロツアー2011第10戦 全日本実業団サイクルロードレースin南信州松川2011
3位 ヴィンチェンツォ・ガロッファロ選手(マトリックス・パワータグ)
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トライアスロン ITUアジアカップ・天草大会
5位 細田雄一選手(グリーンタワー・稲毛インター)
トライアスロン ITUアジアカップ・蒲郡大会
優勝 細田雄一選手(グリーンタワー・稲毛インター)
第31回全日本トライアスロン皆生大会
優勝 谷新吾選手(タチバナ接骨院・西京味噌)
ジャパンカップ第5戦 大阪国際トライアスロン舞洲大会
優勝 平野司選手(稲毛インター)
日本身体障害者陸上競技選手権 車イス陸上
400m/800m/1500m/5000m 優勝 土田和歌子選手(サノフィ・アベンティス)
(4種目ともロンドンパラリンピックA標準記録を突破)

提供:パナソニック ポリテクノロジー株式会社