落車、メカトラ、落車…。相次ぐトラブルで日本チームは徐々に人数を失った。最終周回のカウベルグで飛び出したのは、優勝候補の大本命フィリップ・ジルベール(ベルギー)。抜群のタイミングで飛び出す王道の走りで、キャリア初のアルカンシェルを手にした。

小雨降るマーストリヒトをスタート

スタートに備える新城幸也(ユーロップカー)スタートに備える新城幸也(ユーロップカー) photo:Kei Tsuji1週間にわたって開催されたロード世界選手権が、9月23日、最終日を迎えた。最後を締めくくるのはエリート男子のロードレースだ。

リンブルフ州の中心都市マーストリヒトを発ち、丘陵地帯を106km走ってから16.1kmの周回コースに入る。カウベルグとベメレルベルグを含んだ周回コースを10周。267kmのアップダウンコースが今年の世界一を導き出す。

ローカルコースで行なわれる世界選手権に挑む土井雪広(アルゴス・シマノ)ローカルコースで行なわれる世界選手権に挑む土井雪広(アルゴス・シマノ) photo:Kei Tsujiアムステル・ゴールドレースと同じマーストリヒト・マルクト広場のスタート地点に集まったのは、48カ国・207名の選手たち。

「グローバリゼーションを象徴するチーム」という紹介とともに、日本ナショナルジャージに身を包んだ新城幸也(ユーロップカー)、別府史之(オリカ・グリーンエッジ)、土井雪広(アルゴス・シマノ)、宮澤崇史(サクソバンク)、福島晋一(トレンガヌ)、畑中勇介(シマノレーシング)がステージに上がる。

小雨がパラつく気温12度前後の空気と、世界一を決める独特の緊張感に包まれながら、ディフェンディングチャンピオン擁するイギリスを先頭に207名がスタートした。

マーストリヒトをスタートする207名の選手たちマーストリヒトをスタートする207名の選手たち photo:Kei Tsuji

連続する落車により歯車が狂い始める

逃げグループを形成するアレックス・ハウズ(アメリカ)やダリオ・カタルド(イタリア)逃げグループを形成するアレックス・ハウズ(アメリカ)やダリオ・カタルド(イタリア) photo:Kei Tsujiしばらくのアタック合戦の後、ダリオ・カタルド(イタリア)やジェローム・コッペル(フランス)を含む11名が飛び出す。

ファルケンブルフを起点とした16.1kmの周回コースに差し掛かる頃、先頭グループとメイン集団のタイム差は4分前後を推移。ディフェンディングチャンピオンの証である「1」をつけたマーク・カヴェンディッシュ(イギリス)が献身的にメイン集団を牽引し、先頭グループとのタイム差を抑え込んだ。

メイン集団を牽引するマーク・カヴェンディッシュ(イギリス)メイン集団を牽引するマーク・カヴェンディッシュ(イギリス) photo:Kei Tsujiそして、この日2回目のカウベルグで次なる動きが生まれる。フアンアントニオ・フレチャ(スペイン)やリナルド・ノチェンティーニ(イタリア)らが登りで飛び出し、これにすかさず別府が反応した。

「もともとはレース終盤に動く予定でしたが、ちょうどアタックが掛かった時に周りに動ける日本チームのメンバーがいなかった。いい選手が人数を揃えて飛び出したので、『これは絶対マストだ』と判断して自分から動きました」と別府。

追走グループ内で展開する別府史之(オリカ・グリーンエッジ)追走グループ内で展開する別府史之(オリカ・グリーンエッジ) photo:Kei Tsujiしかしここで日本チームにトラブルが発生する。カウベルグの頂上付近で、新城が前走のナイロ・クインターナ(コロンビア)と絡んで落車。フロントホイールを破損してしまう。

その場に居合わせた畑中がすぐに駆け寄り、新城にホイールを差し出したが、このトラブルによって新城はメイン集団から1分ほどのビハインドを食ってしまう。

ここから、止まって再スタートを待った福島と、ニュートラルサポートからフロントホイールを受け取った畑中が強力に新城をリードした。2人の力を借りた新城は1分の遅れを挽回し、その周回のうちにメイン集団に復帰する。一方「日本のチームカーが周りにおらず、フルもがきでユキヤを引っ張りました」と話す畑中は、他国のチームカーに衝突してしまい単独で落車。走り出したものの、2周目完了時にリタイアしている。

畑中の前輪を履いて集団に復帰する新城幸也(ユーロップカー)畑中の前輪を履いて集団に復帰する新城幸也(ユーロップカー) photo:Kei Tsuji落車で遅れた畑中勇介(シマノレーシング)落車で遅れた畑中勇介(シマノレーシング) photo:Kei Tsuji

観客が詰めかけたファルケンブルフの街を抜け、カウベルグの登りに差し掛かる観客が詰めかけたファルケンブルフの街を抜け、カウベルグの登りに差し掛かる photo:Kei Tsuji

大歓声に後押しされたジルベールが決死のアタック

集団内でベメレルベルグをクリアする福島晋一(トレンガヌ・プロアジア)集団内でベメレルベルグをクリアする福島晋一(トレンガヌ・プロアジア) photo:Kei Tsujiハイペースで周回をこなした別府を含む9名の追走グループは、やがて先頭の11名を捉えた。一方、ベルギーが強力に牽引するメイン集団の中から、4周目のカウベルグでブエルタ・ア・エスパーニャの覇者アルベルト・コンタドール(スペイン)がアタックする。

ジルベールとボーネン擁するベルギーに対し、この日最も攻撃的に動いたのはスペイン。コンタドールの動きにはロバート・ヘーシンク(オランダ)やトマ・ヴォクレール(フランス)らが反応し、新たに20名ほどの強力な追走グループを組織する。コンタドールらは別府を含む20名の先頭グループにすぐさま追いついた。

先頭グループを率いるアルベルト・コンタドール(スペイン)とフアンアントニオ・フレチャ(スペイン)先頭グループを率いるアルベルト・コンタドール(スペイン)とフアンアントニオ・フレチャ(スペイン) photo:Kei Tsujiレースが徐々に加熱するこの頃、「レース前半から良いポジションで走れていた」と話す土井がメカトラに見舞われる。落車した新城の集団復帰に力を使った福島も集団から脱落。2人はゴールまで5周回を残してバイクを降りている。

スペインが積極的にペースを作る逃げグループからは別府が脱落。追撃するメイン集団は、開催国オランダや、ジョン・デゲンコルブのスプリントに持ち込みたいドイツが牽引する。

逃げが吸収され、集団一つのまま残り2周に突入する逃げが吸収され、集団一つのまま残り2周に突入する photo:Kei Tsuji落車で右の脛を打ち、「体調は良かったのに登りで踏めなかった」と語る新城がここから遅れ始め、メイン集団に残っている日本人選手は宮澤だけとなる。

結局メイン集団はゴールまで30kmを残して逃げを全てキャッチ。レースは勝負の残り2周に突入した。

緩いベメレルベルグの登りでアンドリュー・タランスキー(アメリカ)とイアン・スタナード(イギリス)が飛び出して先行したが、最終周回突入前のカウベルグで吸収。メイン集団は30名ほどに絞られた状態で最終周回突入の鐘を聞く。

メイン集団から少し遅れて残り2周に入る宮澤崇史(サクソバンク・ティンコフバンク)メイン集団から少し遅れて残り2周に入る宮澤崇史(サクソバンク・ティンコフバンク) photo:Kei Tsuji何度か遅れながらも集団内で走っていた宮澤は、カウベルグで遅れ、45秒遅れで最終周回に入った。「(登りで)かかると分かっていたのにダメだった。残り2周のカウベルグで遅れたときはなんとか追いついたけど、残り1周で遅れた時には、もう追いつけなかった」。

スペイン、イタリア、ベルギー、ドイツ、ノルウェーが人数を揃えて集団前方に上がり、最後のカウベルグに向けたポジション争いを展開する。主導権を得たのはイタリアで、ルーカ・パオリーニ(イタリア)がリードする形でカウベルグに突入。すると、その後ろからエースのヴィンチェンツォ・ニーバリ(イタリア)が飛び立った。

カウベルグでアタックを仕掛けるフィリップ・ジルベール(ベルギー)カウベルグでアタックを仕掛けるフィリップ・ジルベール(ベルギー) photo:Cor Vosしかしニーバリのアタックには間髪入れずにジルベールが反応する。ペースが上がって縦に長く伸びた集団の先頭から、ジルベールがカウンターアタック。ギアを掛けて10%ほどの登りを踏んでいく。

大歓声に包まれたカウベルグを、先頭で、しかも徐々に後続との距離を広げながら、ジルベールが飛ぶように駆け上がった。

アレクサンドル・コロブネフ(ロシア)やエドヴァルド・ボアッソンハーゲン(ノルウェー)は追いきれず、ジルベールは5秒ほどのリードを得てゴールまでの平坦路に入る。風は追い風。牽制が入ってペースダウンした後続を振り払い、ジルベールが独走のままゴールに飛び込んだ。

独走でゴールに飛び込むフィリップ・ジルベール(ベルギー)独走でゴールに飛び込むフィリップ・ジルベール(ベルギー) photo:Kei Tsuji

世界タイトルを手にしたジルベール

チームメイトと喜ぶフィリップ・ジルベール(ベルギー)チームメイトと喜ぶフィリップ・ジルベール(ベルギー) photo:Kei Tsujiこれまで幾多のタイトルを獲得しているクラシックレーサーが、キャリアの中で初めて手にするアルカンシェル。どこか夢の中にいるかのような、まだ現実を飲み込めていないような表情でジルベールは記者会見に臨む。

「カウベルグの一番勾配がきついポイントで、最大限の力でアタックした。家族や友人、そして地元のファンが詰めかけたゴールを先頭で駆け抜けるのは、ファンタスティックな気分だった」。

表彰台、2位エドヴァルド・ボアッソンハーゲン(ノルウェー)、優勝フィリップ・ジルベール(ベルギー)、3位アレハンドロ・バルベルデ(スペイン)表彰台、2位エドヴァルド・ボアッソンハーゲン(ノルウェー)、優勝フィリップ・ジルベール(ベルギー)、3位アレハンドロ・バルベルデ(スペイン) photo:Kei Tsuji今年ジルベールはビッグマネーとともにBMCレーシングチームに移籍したが、長引く歯の治療も影響してシーズン前半は低迷。夏頃からようやく調子を取り戻し、地元ベルギー・ワロン地方にほど近いオランダ・リンブルフ州での世界選手権に照準を合わせていた。「チームメイトのために走ったツール・ド・フランスで調子を上げ、ロンドン五輪に出場。そしてブエルタ・ア・エスパーニャでステージ2勝して本来の力を取り戻した。今回のコースに似たステージで勝ったことが自信を与えてくれた」。

「まだ世界チャンピオンに輝いたという実感が無い」というジルベール。新しいアルカンシェルは、9月27日にイタリアで開催されるジロ・デル・ピエモンテで披露される予定だ。

宮澤は2年連続ロード世界選手権完走。「落車したユキヤが復帰することを願いながら前で走っていた。でも戻ってこなかったので、その時点で『今日は自分のために走ることになる可能性が高いな』と思って走っていました。持てる力を全て出したけど、最後は力が足りなかった」。宮澤は2分21秒遅れの集団内で267kmのレースを終えた。


レースの模様はフォトギャラリーにて!!

ロード世界選手権2012エリート男子ロードレース結果
1位 フィリップ・ジルベール(ベルギー)            6h10'41"
2位 エドヴァルド・ボアッソンハーゲン(ノルウェー)        +04"
3位 アレハンドロ・バルベルデ(スペイン)             +05"
4位 ジョン・デゲンコルブ(ドイツ)
5位 ラース・ボーム(オランダ)
6位 アラン・デーヴィス(オーストラリア)
7位 トマ・ヴォクレール(フランス)
8位 ラムナス・ナヴァルダスカス(リトアニア)
9位 セルジオルイス・エナオモントーヤ(コロンビア)
10位 オスカル・フレイレ(スペイン)

54位 宮澤崇史(サクソバンク・ティンコフバンク)        +2'21"
DNF 新城幸也(ユーロップカー)
DNF 別府史之(オリカ・グリーンエッジ)
DNF 福島晋一(トレンガヌ・プロアジア)
DNF 土井雪広(アルゴス・シマノ)
DNF 畑中勇介(シマノレーシング)

text&photo:Kei Tsuji in Limburg, Netherlands