スタート前の朝、チームスカイのバスではウィギンズ、フルーム、そしてブレイルスフォードGMが取り囲むメディアのインタビューに応じてくれた。

ブレイルスフォード氏は「フルームとウィギンズの間に問題はない。メディアはストーリーを作りたがるが、それはない。このツールのリーダーはウィギンズ。ウィギンズに何かトラブルがあった時のオプションとしてのフルームだ。レースは何があるかわからない」と強調する。
「今、マイヨジョーヌと2位にいる。それがスカイの絶対優位だ」。

フルーム「このツールはウィギンズのために走る。いつか自分のために走りたい」

クリス・フルームがインタビューに答える マイヨ・ジョーヌのウィギンズが後ろにいるクリス・フルームがインタビューに答える マイヨ・ジョーヌのウィギンズが後ろにいる (c)Makoto.AYANO

この日の朝のレキップ紙に載ったフルームのインタビューには、ふたりに問題はないが、フルームの心の内に秘められた意志が表明されていた。
「僕は大きな大きな犠牲を払う。僕がツール・ド・フランスに勝てることは知っている。でもそれはスカイでじゃない。僕らはウィギンズを中心にプランを作った。それを皆がリスペクトする。しかし、それが難しい。人生のうちでツールに勝てるチャンスはそうあるものじゃない。でもこれが僕の仕事。
今年のツールはタイムトライアルが100km以上ある。だから僕は山でウィギンズと一緒に走り、アシストとして働く。そして彼がTTでアドバンテージを稼ぎだす。それが我々がチームでツールに勝つ方法として、内部で決めたこと」。

クリス・フルームはウィギンズのアシストにまわることを話すクリス・フルームはウィギンズのアシストにまわることを話す (c)Makoto.AYANOフルームが山岳で自分のためにアタックすることはない。もしフルームにツールに勝つチャンスがあるとすれば、それはウィギンズが困難に陥って脱落した時だけだ。
「もしレースに負けると思うようなことが起こるなら、僕はベストな選手に着いて行く。エヴァンスだろうがニーバリだろうが。我々のチャンスが損なわれないように、スカイの存在感を守るために」。
「(ツールを制した最初のイギリス人になることについて)それは人生を変えるだろう。それが大きな犠牲を払うという意味だ」。

フルームはチームスカイと2013年いっぱいまでの2年契約をしている。来年すぐに移籍して自分のためのチームを探すというワケにはいかない。来年の100回記念大会のツールに向けて希望を話す。
「もし来年のツールが山が多いなら、僕はスカイが公平に、僕のためのチームを組んでくれることを願っている。ウィギンズは公明正大な奴だ。僕の働きに対してお返しをしてくれるはず。彼が助けてくれることは知っているよ」。

フルームの名前は2013年末までチームから外れることはないフルームの名前は2013年末までチームから外れることはない (c)Makoto.AYANOフルームは言う。「僕は山でいい。そしてタイムトライアルも悪くはない。それが総合を狙うにはいいんだ。グランツールに勝つのは夢。ツールに勝つことはその夢のなかでもベストだ。その夢のために僕は走っている」。
「今年のツールで僕が勝つことを期待してはいない。チームオーダー通り、ウィギンズが勝つために走る。それがチームワークだ。我々が勝てれば素晴らしい。そして僕もポディウムに登りたい」。
おだやかな表情と語り口。しかし時折強い意味を含む。

フルームのなかに、次のチャンスは自分のために活かしたいという思いが確かにある。
フルーム、ウィギンズ、ブレイルスフォード氏は代わる代わる、インタビューを申し出るメディアに対応していた。3人の間に険悪な空気も、緊張感もない。お互いを尊重しながら、フレンドリーでもある。しかしウィギンズとブレイルスフォード氏は一緒にいても、そこにフルームが加わることはなく、距離を置いていた。

ウィギンズはディレイラーをMTB用のロングケージに交換。ビッグギアでステージに臨むウィギンズはディレイラーをMTB用のロングケージに交換。ビッグギアでステージに臨む (c)Makoto.AYANOスタート前に交換したギアを最終確認するサクソバンクのメカニックスタート前に交換したギアを最終確認するサクソバンクのメカニック (c)Makoto.AYANO


ピレネーの最初の脚だめしとして用意された中級山岳ステージ。この日登場する1級山岳ミュール・ド・ペゲールは登坂距離9.3km・平均勾配7.9%。公式にはツール初登場だが、実は1973年大会でコースに組み入れられたものの、当時マイヨジョーヌを着たルイス・オカーニャが危険すぎるとして主催者に交渉してコースから外させたという過去をもつ峠だ。
勾配は平均12.5%ながら、最大18%にまで跳ね上がる。そして道幅が細すぎる。
事前情報に多くのチームが特別なローギアを用意していた。ウィギンズにいたってはロングケージのディレイラーに交換し、MTBのスプロケットを使用。予報で雨の可能性も出てくると、チェーンが油切れしないようにグリス塗りこむメカニックも。

アタックが続き、ハイペースで走る集団 まだ逃げは決まっていないアタックが続き、ハイペースで走る集団 まだ逃げは決まっていない (c)Makoto.AYANO

ステージを逃すも万能ぶりを見せたサガン 

ペーター・サガン(スロバキア、リクイガス・キャノンデール)を含む逃げペーター・サガン(スロバキア、リクイガス・キャノンデール)を含む逃げ photo:Makoto Ayano中盤まではピレネーの山村をつなぐのどかそのもののステージ。そして細くて険しい峠が連続する後半へと突入していく。
レース序盤のアタック合戦から何度もアタックして逃げ、この日最もアクティブに動いたペーター・サガン(リクイガス・キャノンデール)。スプリントだけでない走りのスタイルを試すかのよう。
中間スプリントはゴス不在の逃げグループでもちろん先頭通過。結果的には2位でゴールし、マイヨ・ヴェールをさらに確実に。逃げもできる万能ぶりをみせつけた。

傷だらけのラボバンクを救うLLサンチェスの勝利

ミュール・ド・ペゲール峠で鋲が撒かれたのは先頭グループが通過した後? サガンのスプリントを恐れたLLサンチェス。危険な下りを得意とするスーパーダウンヒラーのルイスレオン・サンチェスは、フォアまでパンクすることもなく逃げ切った。昨ステージのゴール前でウィギンズに牽引された集団に逃げを潰されてから24時間後、ふたたび脚のあることを証明した。

独走でゴールに飛び込むルイスレオン・サンチェス(スペイン、ラボバンク)独走でゴールに飛び込むルイスレオン・サンチェス(スペイン、ラボバンク) photo:Makoto Ayano

2011年ツールでサンフルールのゴールで見せた勝利のポーズと同様に、今日も指を咥えてから、大きく両手を挙げ、天に向かって指を突き上げるポーズでゴールしたLLサンチェス。いつものポーズが意味するもの。彼の勝利はいつでも、2006年に事故死した弟に捧げられるのだ。

LLサンチェスは言う。「逃げに入ろうというチャレンジは続けるつもりだ。もちろん、さらにステージ優勝するためだ。オリンピックのことも考えている」。

ラボバンクもガーミン・シャープと並び第6ステージの落車事故で大きく傷ついたチームだ。エースのヘーシンクはもういない。チームにはもう4人しか残っていない。LLサンチェスもその日以降数ステージを手首を固定するギプスをはめたまま走ってきたことを思い出さなくてはいけない。腕の状態はもう影響がない。「今はもうケガが良くなってきていて、手首はまったく痛まない。結果を出したいと思う」。

誰かによって鋲が撒かれた

サンチェスの勝利に水を差したのはミュール・ド・ペゲールで起きた難解な事件。TVモトもプレスカーも間に入れない細い区間で、パンクが次々と起こった。
パンクしたエヴァンスに、ホイールを渡そうとしたチームメイトが渡そうとしたそのホイールもパンクしていた。そして交換してからもまたパンク。ホイール交換を慌てたジム・オショヴィッツGMが、道端の溝に2度も落ちる。ライブ映像が伝えるその様子にばかりに注目が集まるなか、実はそのとき同時に30人もの選手がパンクを起こしていたという。原因は尖った鋲が撒かれていたこと。

ロベルト・キセロフスキー(アスタナ)はパンクしたエースのブライコヴィッチにホイールを渡そうと進路を変えたところを、後ろから下って来たリーヴァイ・ライプハイマー(オメガファーマ・クイックステップ)が避け切れずに衝突。鎖骨を骨折してリタイアすることに。これも鋲によるパンクが元になった落車事故だ。
モビスターのチームカーも鋲でタイヤがパンク。TVモトのタイヤには30本近い鋲が突き刺さっていたという。そのためほかの映像も届きにくくなっていたようだ。

パンクしたエヴァンスをアシストするBMCレーシングの追走はチームタイムトライアルのようだった。残されたチャンスのすべてを奪い去るような事態だったが、ウィギンズのフェアープレイによって集団はペダルをこぐ力を緩めた。
ウィギンズは言う「あまり路面を見ていなかった。ほんの数秒のうちに、パンクが続出したのを聞いただけだ。そうなるまでは気づかなかった。誰も他人の不幸から利益を得たいとは思わない。だから、僕たちは登りの途中で待つことにしたんだ。レースは続けたけど、誰かの不幸につけ込まなかっただけだ。道路に画鋲が撒かれたというウワサを聞いた。レースとは無関係のものがレースに影響するなんて残念だ。本当に嘆かわしい。待つことが当然のように思えた」。

エヴァンスをマークしたまま一緒にゴールするウィギンズ。タイム差はつくことがなかったエヴァンスをマークしたまま一緒にゴールするウィギンズ。タイム差はつくことがなかった (c)Makoto.AYANO

残り11kmでエヴァンスたちはウィギンズ集団に追いつき、結果的には総合には影響のないレースになった。
エヴァンスとウィギンズはお互いマークしあう定位置でゴール。ウィギンズはエヴァンスを労おうと手を差しだそうとするが、前だけを見ていたエヴァンスは気が付かずに先に行ってしまった。

頂上からゴールまでが距離があったことが幸いしたが、コースのよっては収拾の付かないステージになる可能性もあった。レースディレクターたちは警察にも依頼し捜査を進めているが、観客が多いあの状況で犯人が誰かを特定するのは非常に難しいだろうとしている。

アタックを非難されるロラン

ピエール・ロランのアタックを非難するイェンス・フォイクト(レディオシャック・ニッサン)ピエール・ロランのアタックを非難するイェンス・フォイクト(レディオシャック・ニッサン) (c)Makoto.AYANO鋲によるパンクが起こっている状況で、ピエール・ロラン(ユーロップカー)がアタックしたことが非難された。ロランは一度吸収されるも再びアタックし、タイム差をつけられたくないリクイガスやロット・ベリソルによって捕まっている。
ゴールしたイェンス・フォイクト(レディオシャック)は、ロランに対して怒りをあらわにしていた。
「最初アタックしたとき、彼は何が起きているのか知らなかったかもしれない。でも一度捕まって、それからまたアタックしたんだ。一度目に捕まった時、回りの誰かが何が起きているのか話しているはずなのに。でも彼は他の選手のトラブルを利用しようとしたんだ。信じられない行為だ。彼は何を考えているんだ?」

ロランはゴール後に謝罪しているが、どうやら事件の状況はつかめていなかったようだ。
ロランは言う「僕が卑怯なアタックでタイム差を取り返そうとしたという非難にもうこりごりだ。本当に何が起きていたのかはわかっていなかったんだ。問題を抱えた選手たち、そして僕の追走をせざるを得なかった選手たちに謝るよ」。

監督陣もあの混乱した状況の中で事態の把握ができなかったこと、無線も良く通じない状況で意思の疎通ができなかったことなどを話している。
しかしウィギンズも「ロランの行動はスポーツマンらしくない」と記者会見で非難。フォイクトはその日のうちにブログにもこのことを書いてロランを改めて非難している。それぞれの意見がメディア上も含めて交わされるまで、後味の悪さは続きそうだ。


※タイトルに入っていた「サボタージュ」は破壊行為を意味する言葉で、用法が間違っていました。お詫びして訂正します。「集団のフェアな行動」と修正しました。

photo&text:Makoto.AYANO

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