昨年のジロ・デ・イタリアと比べると、今年のジロはスケールダウンしている。ゴール地点は昨年と同じドゥオーモ広場だが、ポディウムなどは簡素化。ヨーロッパの慢性的な不況が影を落としている。最終日のヘジダルとロドリゲスの闘いは、後に語り継がれるであろう接戦となった。

ドゥオーモをぐるりと半周してゴールドゥオーモをぐるりと半周してゴール photo:Kei Tsujiシャンゼリゼの集団スプリントで終結するツール・ド・フランスとは違う。ジロはここ数年決まって個人タイムトライアルが最終日に設定されている。「TTが得意なイタリア人は少ないのに、どうして毎年TTで終わるのか。ゴールスプリントで終わるほうが華やかでいいじゃないか」と、今回の相棒であるイタリア人フォトグラファーが言う。

北イタリアの中心地ミラノが、2年連続でジロの終着地に選ばれた。都市の規模は首都ローマに次いで国内2位だが、ミラノのほうがよりゴチャゴチャしていて喧噪に満ちている。

マグラの油圧ブレーキを搭載したサーヴェロP5マグラの油圧ブレーキを搭載したサーヴェロP5 photo:Kei Tsuji昨年10月にコースが発表された際、最終個人タイムトライアルは31.5kmで行なうとアナウンスされた。しかし大会が開幕してから30.0kmに変更すると発表。コース変更の理由は、レース当日がマイカーの市内流入が規制される第3日曜日であり、市民が使用する公共交通機関の流れを確保する必要があるため。

そして、レース前日になって、路面状態が良くない部分をカットし、全長が28.2kmに短縮されることが発表された。スタート地点とゴール地点に変更は無いが、合計で3.3kmもコースが短縮されたことになる。

アップするクリスティアン・メイヤーと別府史之(オリカ・グリーンエッジ)アップするクリスティアン・メイヤーと別府史之(オリカ・グリーンエッジ) photo:Kei Tsujiプレスリリースは「コースの特徴は変わらない」と念を押すが、秒差の闘いに持ち込まれているマリアローザ争いへの影響は少なからずある。タイムトライアルで逆転を狙うヘジダルにとっては嬉しくないニュース。逆に出来るだけヘジダルに対してタイム差を付けられたくない「プリート」ロドリゲスにとっては朗報だ。

仮に「プリート」が数秒差でマリアローザを守る事態が起これば、北米から大ブーイングが起こっていただろう。でもそんな事態は起こらなかった。「ヘジダルがマリアローザを獲得する可能性は40%、プリートも同じく40%」と論じたガゼッタ紙をあざ笑うかのように、ヘジダルが安定感抜群の走りで逆転した。

ゴールに向かって突き進むライダー・ヘジダル(カナダ、ガーミン・バラクーダ)ゴールに向かって突き進むライダー・ヘジダル(カナダ、ガーミン・バラクーダ) photo:Kei Tsujiプリートの31秒のリードは、ヘジダルの16秒のリードに変わった。つまりヘジダルはプリートより47秒早く28.2kmを駆け抜けた。ステージ6位のヘジダルの平均スピードは50.9km/h。一方のプリートの平均スピードは48.3km/h。

「2〜3分タイムを失うのではないか」と言われたプリートは大健闘したと言っていい。これまでずっと「タイムトライアルさえ速ければ」と言われ続けてきた。2006年の東京国際自転車展に来日した際も、当時のチームメイトであるアレハンドロ・バルベルデ(スペイン)からタイムトライアルの遅さについて散々いじられていた。

今年は難関山岳ステージにボーナスタイムが付かなかった。仮にボーナスタイムが有れば、プリートは40秒、ヘジダルは20秒も総合タイムを減らしている。つまりプリートが総合首位を守っている。

「でもボーナスタイムが有ったとしても、今回の結果は大きく変わらなかったと思う」とプリート。今年からレースディレクターに就いた物腰の柔らかいミケーレ・アックアローネ氏の判断が、最終的なマリアローザの行方を左右した。

総合優勝トロフィーにキスをするマリアローザにキスをするライダー・ヘジダル(カナダ、ガーミン・バラクーダ)総合優勝トロフィーにキスをするマリアローザにキスをするライダー・ヘジダル(カナダ、ガーミン・バラクーダ) photo:Kei Tsuji

勝利の美酒を味わうライダー・ヘジダル(カナダ、ガーミン・バラクーダ)勝利の美酒を味わうライダー・ヘジダル(カナダ、ガーミン・バラクーダ) photo:Kei Tsuji昨年はドゥオーモ広場を埋め尽くすような壮大な表彰台が設置されたが、今年は普段のステージと変わらないノーマルの表彰台。総合3位の座を射止めたデヘントと、子ども2人を連れ添う総合2位プリートが待つ表彰台に、ゆっくりとした足取りで新チャンピオンが登った。

表彰台の頂点に登るなり、ヘジダルは雄叫びを上げるが、どうも嬉しさに満ちている様子は無く、顔色も悪い。駆けつけた奥さんがフォトグラファーの群れの影から覗く中、マリアローザに袖を通すヘジダル。うまく状況を飲み込めていない様子が伝わってくる。

アッズーリ・ディタリア賞を獲得したマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、チームスカイ)と、祝福するポール・スミス氏アッズーリ・ディタリア賞を獲得したマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、チームスカイ)と、祝福するポール・スミス氏 photo:Kei Tsujiヘジダルは、第10ステージのアッシジと、第14ステージのチェルヴィニアでマリアローザを失った。2度失ったマリアローザを、3度目の正直で奪い返した。

「まだ信じられない。キャリア最高のコンディションで、いくつもの山場を乗り越えてきた。深くまで追い込み、気を高く持ち、歴史のページを書き上げることができた」。北米出身選手のジロ制覇は、1988年のアンディ・ハンプステン(アメリカ)に続く2度目の快挙だ。カナダ人としてはもちろん初めてのマリアローザ獲得。というよりも、グランツールでカナダ人が総合優勝するのは初めて。それどころか、カナダ人がグランツールの総合表彰台に登るのは初めて。

チーム総合成績トップに輝いたガーミン・バラクーダチーム総合成績トップに輝いたガーミン・バラクーダ photo:Kei Tsujiチーム総合成績の表彰でチームメイトと一緒に表彰台に登ったヘジダル。チームメイトと肩を組んで喜び合うヘジダルの顔に、ようやく血色が戻った。

総合表彰台にイタリア人が一人もいない事態は、1972年(メルクス)、1987年(ロッシュ)、1988年(ハンプステン)、1995年(ロミンゲル)に続く5度目。

ステージ優勝して開催国の威厳を保ったマルコ・ピノッティ(イタリア、BMCレーシングチーム)は「ジロが国際的なレースになった証拠」と話すものの、やはりイタリアのレースとしては寂しい結果だ。スカルポーニやバッソらは、ガゼッタ紙をはじめとする国内メディアから酷評されることになるだろう。

ステージ71位の別府史之(オリカ・グリーンエッジ)がゴールステージ71位の別府史之(オリカ・グリーンエッジ)がゴール photo:Kei Tsuji

スタート前に紹介を受ける別府史之(オリカ・グリーンエッジ)スタート前に紹介を受ける別府史之(オリカ・グリーンエッジ) photo:Kei Tsujiミラノまで走りきったのは157名の選手たち。前日のステルヴィオ峠ゴール後、どのチームも急いで下山し、ミラノまでチームカーを走らせたが、それでもホテルに着いたのは22時前後。低酸素の環境下で身体を酷使したにもかかわらず、多くの選手がマッサージを受けずにベッドに直行した。

スッキリとした晴れやかな表情でチームバスから降り、嬉しそうにローラー台でアップした別府史之(オリカ・グリーンエッジ)は、ステージ71位で最終日を終えた。総合成績は121位。

ゴール直後、J-SPORTSの電話インタビューを受ける別府史之(オリカ・グリーンエッジ)ゴール直後、J-SPORTSの電話インタビューを受ける別府史之(オリカ・グリーンエッジ) photo:Kei Tsuji今年は第3ステージでエーススプリンターの勝利をお膳立てして自身も9位。第7ステージで逃げた。ライダーとして大きな結果を得ることは出来なかったが、昨年よりもフミの安定感がグッと増したように思う。

レース後のインタビューで本人もそのことを認める。「昨年は信じられないようなステージの連続だった。今年はその経験を活かして、昨年よりは余裕をもって走ることが出来たと思います。力を抜くところと力を入れるところのメリハリをつけることが出来た。昨晩のミーティングでも、マシュー・ホワイト監督から『フミは1週目からずっと良く働いてくれた』という言葉をもらえました」。

日の丸を背負う日の丸を背負う photo:Kei Tsuji2年連続ジロ完走。グランツールの完走は自身3度目。ここ数年の日本人選手の活躍により、もはやグランツール完走がデフォルトになってしまっているが、3週間を闘い抜くことがどれほど厳しいことかを忘れずにいたい。

フミの次なる目標はロンドン五輪だ。「ジロの後は日本にも帰ってしばらく休養をとります。五輪までにしっかりとビルドアップして帰ってきます!」そう高らかに宣言して、フミは笑顔でドゥオーモ広場をあとにした(しかしすぐにファンに行く手を阻まれ、サイン攻めに遭っていた)。

text&photo:Kei Tsuji in Milano, Italy