この日はピエモンテ州からヴァッレ・ダオスタ州へと入って行く。延々と続く平野を抜け、トリノを通過して更に北上し、アオスタ渓谷へと分け入って行く。

観客が詰めかけた1級山岳チェルヴィニアを登る観客が詰めかけた1級山岳チェルヴィニアを登る photo:Kei.Tsuji

マッターホルンに至る山岳路 フミは逃げに乗れず

リラックスした表情でスタートを待つ別府史之(オリカ・グリーンエッジ)リラックスした表情でスタートを待つ別府史之(オリカ・グリーンエッジ) photo:Kei.Tsujiアオスタ州は、アルプス山脈に囲まれた緑豊かな地。20あるイタリアの州の中で最も面積が小さく、最も人口が少ない。フランス国境に近いことから、イタリア語と併用してフランス語も公用語として話されている。地名の表記もフランス語が目につく。

氷河が作り出した深い谷と急峻な山しかないような地形が特徴で、同州の真ん中を高速道路が貫いている。イタリアの大都市とフランスを繋ぐ交通の要所だが、その高速道路を除けば、他の州とのアクセスが良いとは言えない。そのためジロがアオスタを訪れるのは珍しい。

雨の中、山岳地帯を目指すプロトン雨の中、山岳地帯を目指すプロトン photo:Kei.Tsujiそんなアオスタ州の北部に、有名なマッターホルンがある。アルプスを代表する標高4478mの山で、イタリアとスイスの国境に位置している。イタリア人に「あぁマッターホルンね」と言うと「どうしてドイツ語名で呼ぶんだ?イタリアの山だろ?」という問いが返ってくる。

天に突き出たようなマッターホルンの定番アングルはスイス側。よって、世界的にはドイツ語名が使われることが多い。イタリア語名はモンテ・チェルヴィノ。フランス語名はモン・セルヴァン。

マリアローザを着て終盤の山岳に備えるホアキン・ロドリゲス(スペイン、カチューシャ)マリアローザを着て終盤の山岳に備えるホアキン・ロドリゲス(スペイン、カチューシャ) photo:Kei.Tsujiゴール地点チェルヴィニアは、そんなマッターホルンの中腹にある高原リゾート地。ウィンタースポーツの拠点となっていて、冬場はスキー客で溢れかえる。

晴れていればマッターホルンを眺めることが出来るそうだが、この日は雨と霧で辺りは真っ白。周囲の山も全て白く覆われているため、山の迫力を感じることは出来なかった。

2004年当時、フランスのクラブチーム「VCラポム・マルセイユ」に所属していた別府史之は、アオスタを舞台にしたジロ・デッラ・ヴァッレ・ダオスタでステージ優勝を飾っている。若手の登竜門レースとして知られるレースで優勝したことで、翌年フミはディスカバリーチャンネルでプロデビュー。スキル・シマノとレディオシャックを経て、今年からオリカ・グリーンエッジに。

マシュー・ゴス(オーストラリア)が去った今、エーススプリンターと総合狙いのオールラウンダーを欠くオリカ・グリーンエッジの作戦は、ステージ優勝を目指して逃げに乗ること。フミは作戦通り、スタート直後のハイスピードな展開の中、積極的にアタックした。


先頭グループに向けてメイン集団からジャンプする別府史之(オリカ・グリーンエッジ)先頭グループに向けてメイン集団からジャンプする別府史之(オリカ・グリーンエッジ) photo:Kei.Tsuji

大抵の場合、仮に何度もアタックしたとしても、「前半にアタックした」という一言で片付けられる。高速で展開している場合はモトフォトグラファーも撮影出来ないので、記録も無ければ写真も映像も残っていないことが多い。

この日は偶然にも目の前(10km地点)でフミがカウンターアタック。トップギアを踏み、歯を食いしばって先行グループを追う。しかし結果的にそのアタックは決まらなかった。レース開始から1時間後、平均50km/hで駆け抜ける集団から8人の飛び出してようやくレースは落ち着いた。

雨に濡れたアオスタを走る マリアローザ争いはますます混沌

TOJの思い出を語るセルヒオ・パルディージャ(スペイン、モビスター)TOJの思い出を語るセルヒオ・パルディージャ(スペイン、モビスター) photo:Kei.Tsuji2009年にカルミオオーロAスタイルの一員としてツアー・オブ・ジャパンに出場し、総合優勝したセルヒオ・パルディージャ(スペイン、モビスター)に、2012年大会が日曜日に開幕することを告げる。

「懐かしい名前(笑)。良い思い出だよ。昨年は地震の影響でキャンセルされたって聞いたけど、今年また開催されると聞いて安心した」という答え。

メイン集団をコントロールするリクイガス・キャノンデールメイン集団をコントロールするリクイガス・キャノンデール (c)CorVosふじあざみライン入口から富士山須走口5合目まで登る富士山ステージで、パルディージャは2009年に40分21秒というコースレコードをマークしている(未だ破られていない)。「相変わらず富士山のステージはあるの?やっぱりあの特殊なステージが印象に残っている。え?、タイムトライアルじゃなくてロードレースになったの?? 距離的にめちゃくちゃ短いよね?? ちょっと信じられないな…。」

一方、2010年ツアー・オブ・ジャパンの覇者クリスティアーノ・サレルノ(イタリア)は、デローザ・スタックプラスチックからリクイガス・キャノンデールに移り、バッソのアシストとして活躍中。両者ともに華奢で、謙虚にはにかむ表情がとても似ている。

標高2001mに向けて全長26kmオーバーのヒルクライム標高2001mに向けて全長26kmオーバーのヒルクライム photo:Kei.Tsuji前述したスキーリゾート地の1級山岳チェルヴィニアへは、アオスタの谷底から27kmひたすら登り。ドロミテにありがちな急勾配の登りではなく、勾配5〜6%の登りがダラダラと続いて行く。

天候は曇り時々雨。予想されていた雪は降らず、雨脚が強まることも無かった。ゴールの気温は5度前後。

別府史之(オリカ・グリーンエッジ)を先頭に1級山岳チェルヴィニアを登るグルペット別府史之(オリカ・グリーンエッジ)を先頭に1級山岳チェルヴィニアを登るグルペット photo:Kei.Tsujiここでマリアローザ候補がはっきりとすると思われたが、実際はますます分からなくなった。チェルヴィニアの勾配はマリアローザ争いを加熱させるには少々緩かったようだ。ライダー・ヘジダル(カナダ、ガーミン・バラクーダ)がマリアローザを獲得したが、まだまだ総合タイム差2分以内に12名が残っている状態。まだ今年のジロにパドローネ(ボス)を見つけることは出来ない。やはり今年のジロはステルヴィオのステージで決まるのか?

この日のレース後、ラスト5km地点で観戦していた観客が発作で倒れた。レースに帯同している救急車2台が駆けつけて救命措置を施したが、その甲斐なく息を引き取っている。


観客が詰めかけた1級山岳チェルヴィニアを登る観客が詰めかけた1級山岳チェルヴィニアを登る photo:Kei.Tsuji

別府史之(オリカ・グリーンエッジ)を先頭に1級山岳チェルヴィニアを登るグルペット別府史之(オリカ・グリーンエッジ)を先頭に1級山岳チェルヴィニアを登るグルペット photo:Kei.Tsujiその悼ましい事故の影響もあり、チェルヴィニアの下りは大渋滞。選手たちの乗るチームカーは優先的に下山出来るとは言え、頂上から麓までずっと車が連なっているような状態。その渋滞を避けるために、麓にチームバスを駐車し、選手たちに自走で下山させるチームも。

イヴァン・バッソ(イタリア、リクイガス・キャノンデール)やロマン・クロイツィゲル(チェコ、アスタナ)らは、翌日のスタート地点ミラノ近郊までの200km弱をヘリで移動。車で2時間以上かかるところを、45分で飛んだという。

第15ステージも頂上ゴール。長い長い第2週が、ミラノ北部のレッコで完結する。イタリア移動後の11連続ステージに、選手たちは精神的にも身体的にも疲労を貯め込んでいるはず。翌21日は待ちに待った休息日だ。


text&photo:Kei Tsuji in Cervinia, Italy