大きなトラブルもなく、ジロ・デ・イタリアのデンマーク初日は終わった。強いて言えば、コース横の噴水が溢れ出し、その水にスリップした選手が数名いたぐらい…。風の冷たいヘルニングで行なわれた8.7kmの「時間との闘い」を振り返る。

史上初めて北欧で始動したグランツール

高級住宅街が広がるヘルニング郊外高級住宅街が広がるヘルニング郊外 photo:Kei Tsuji2011年4月、当時のレースディレクターであるアンジェロ・ゾメニャン氏が第95回大会がデンマークで開幕すると発表したとき、大会に関係するほとんどの人間はため息をついた(と思う)。

イタリアから北に1400km。しかも、デンマークはデンマークでも、首都コペンハーゲンではなく、西に300km走ったユトランド半島の中央に位置する人口45000のヘルニング(発音はヘアニングに近い)。イタリア一周レースがデンマークの片田舎をスタートすることに居心地の悪さを感じる。

観客が詰めかけたヘルニングの街観客が詰めかけたヘルニングの街 photo:Kei Tsujiヘルニングの街はデンマークの中でも有数の資産家が住む街として知られている。ジロ誘致にあたってどれだけの金銭が動いたのかは分からないが、小さな額ではないのは明らかだ

選手、報道陣、大会関係者は、レース前日までに一通りヘルニング入りした。観光客が挙って訪れる街ではないのでホテルの数が足りていない。出場チームの多くが、ヘルニングから遠く離れたホテルに宿泊している。

第1計測ポイントでトップタイムをマークしたゲラント・トーマス(イギリス、チームスカイ)第1計測ポイントでトップタイムをマークしたゲラント・トーマス(イギリス、チームスカイ) photo:Kei Tsuji更に追い打ちをかけるように、デンマーク国内で運航する航空会社のキンバースターリング社が、なんと開幕前々日の5月3日に倒産し、運航を停止。首都コペンハーゲンから開幕地ヘルニングに近いビランド空港に飛ぶフライトが突然キャンセルされ、多くの関係者が予定変更を強いられた。

否定的な発言は避けたいけど、ジロによってデンマーク全体が盛り上がっているとは言い難い。ピンクに染まっているのはヘルニングの中心部だけ。一歩街から出るとジロの到来を全く感じさせない真っ平らな平原が続いている。

石畳が敷かれたヘルニング市街地を走る石畳が敷かれたヘルニング市街地を走る photo:Kei TsujiUCIがルールを変更したため、このジロが北欧をスタートする最初で最後のグランツールになると見られている。新しいルールでは、第1休息日までに最低5ステージを消化しなければならない。つまり3ステージだけ北欧でこなして、すぐに本国に移動することを禁じているのだ。

ちなみにヘルニングはチームサクソバンクのビャルヌ・リース監督の出身地。大会前日に行なわれたチームプレゼンテーションで最も大きな歓声を受けていたのはリース監督だったりする。

なお、イタリアよりも治安が良いと言われているものの、油断は禁物。開幕前日にチームネットアップのバスが車上荒らしに遭い、カーナビなど数点が盗まれた。幸いトラックは狙われなかったのでバイクは無事で、大きな被害は被らなかった。裏方の話になるが、グランツール初出場のチームネットアップのチームバスは、イタリアのファルネーゼヴィーニからリースされたものだ。

ステージやフェンスなど、ありとあらゆるものがイタリア本国から持ち込まれているため、ジロらしくない寒さや街並を除けば、そこにあるのはジロそのもの。とにもかくにも、198名の選手たちがヘルニングに集まり、第95回大会がスタートした。

観客が詰めかけたヘルニングの街観客が詰めかけたヘルニングの街 photo:Kei Tsuji

溢れる噴水、ノーマルジャージのフミ、大きな勝利を手にしたフィニー

チームバスの前で記念撮影するオリカ・グリーンエッジチームバスの前で記念撮影するオリカ・グリーンエッジ photo:Kei Tsujiレース開幕当日、天候は晴れだが、最高気温は8度。西から吹く冷たい風が樹々を揺らしている。太陽が陰ると、途端に風の冷たさが身にしみるようになる。

8.7kmのコースは、前半がコーナー連続の市街地で、後半が向かい風吹く直線路。スタート前の別府史之(オリカ・グリーンエッジ)に聞くと「それほどテクニカルではなく、バーを持ち替えるようなコーナーは2カ所だけ。風がそんなに強いとは感じない」と言う。

DHバーを握ったままコーナーをクリアする別府史之(オリカ・グリーンエッジ)DHバーを握ったままコーナーをクリアする別府史之(オリカ・グリーンエッジ) photo:Kei Tsuji例年通り6月に開催される全日本選手権タイムトライアルまで、フミは全日本チャンピオンジャージをタイムトライアルで着ることが出来る。

しかし、グリーンエッジは4日前に新スポンサーとして「オリカ社」を獲得したことを発表し、チーム名称を「オリカ・グリーンエッジ」に変更した。「オリカ社」のロゴが入った新デザインの全日本チャンピオンジャージが間に合わず、フミはノーマルのチームジャージで走った。ジャージの規定に反しているため、UCIがチームに罰金を課す可能性は高い。

噴水の水が溢れ出し、コースを濡らす噴水の水が溢れ出し、コースを濡らす photo:Kei Tsuji前半スタートのフミは、145位のタイムでレースを終了。チームメイトのブレット・ランカスター(オーストラリア)が7位、トーマス・ヴァイクス(リトアニア)が11位、スヴェイン・タフト(カナダ)が23位。フミの「速い選手が揃っている」という言葉通り、オリカ・グリーンエッジはチームランキング3位につけている。

コースは、前日にチームプレゼンテーションが行なわれた広場も通過する。ステージの横にはピンク色の噴水がある(大抵の場合、どれだけピンクの塗料を水に加えても、吹き上がる水はそれほどインパクトのある色にならない)。そのピンクの水が何らかの理由で溢れ出し、コースを濡らした。

濡れたコーナーでオーバーランするガエタン・ビール(ベルギー、ロット・ベリソル)濡れたコーナーでオーバーランするガエタン・ビール(ベルギー、ロット・ベリソル) photo:Kei Tsujiそれがちょうどコーナー上であったため、大会スタッフがタオルで水分を拭き取るまでの間に、何名かの選手がスリップ。突然現れた濡れた路面にコントロールを失ったガエタン・ビール(ベルギー、ロット・ベリソル)はバリケードに衝突した。

トップタイムを叩き出したテイラー・フィニー(アメリカ、BMCレーシングチーム)は、アメリカンアクセントの強いイタリア語を駆使しながら、記者会見に臨んだ。下馬評通り好タイムを出した25歳のゲラント・トーマス(イギリス、チームスカイ)を9秒上回るタイムを出した、21歳のフィニー。

ダンシングで加速し、次のコーナーに向かうテイラー・フィニー(アメリカ、BMCレーシングチーム)ダンシングで加速し、次のコーナーに向かうテイラー・フィニー(アメリカ、BMCレーシングチーム) photo:Kei Tsujiデーヴィス・フィニーとコニー・カーペンターを両親にもつ正真正銘のサラブレッドは「U23のころに感じていたリズムをようやく取り戻すことが出来た」と話す。

フィニーは2010年のU23タイムトライアル世界チャンピオンに輝き、鳴り物入りで昨年プロデビュー。しかし膝の故障も影響し、冴えないプロ1年目を送った。

ステージ17位・29秒差 ライダー・ヘジダル(カナダ、ガーミン・バラクーダ)ステージ17位・29秒差 ライダー・ヘジダル(カナダ、ガーミン・バラクーダ) photo:Kei Tsuji「ステップアップの1年を経て、今年パリ〜ルーベで15位。自信を身にまとった昔の自分に戻ったように感じる」とフィニー。本来の力をようやく発揮し、グランツール初勝利を飾った。アメリカ人のマリアローザ着用は、2008年大会第1ステージ・チームタイムトライアルで優勝したクリスティアン・ヴァンデヴェルデ(アメリカ、当時スリップストリーム・チポレ)以来となる。

総合狙いの選手のうち、唯一11分の壁を破ったのはライダー・ヘジダル(カナダ、ガーミン・バラクーダ)。その他、ロマン・クロイツィゲル(チェコ、アスタナ)やイヴァン・バッソ(イタリア、リクイガス・キャノンデール)がタイムを上手くまとめてる。バッソは「タイムを出来る限り失いたくないと思っていたので、予想以上の走りで満足している」とコメントする。

その一方で、ランプレ・ISDのミケーレ・スカルポーニ(イタリア)とダミアーノ・クネゴ(イタリア)、そしてフランク・シュレク(ルクセンブルク、レディオシャック・ニッサン)はライバルたちから早速30秒ほどのタイムロスを被っている。たかが30秒、されど30秒。初日のこのタイム差が最後まで尾を引きそうだ。

text&photo:Kei Tsuji in Herning, Denmark