タイの北部の都市チェンライ近くのバンピ村。ナーソンリゾートを拠点として、宮澤崇史(サクソバンク)や新城幸也(ユーロップカー)をはじめとした総勢20名ほどの日本人選手がオフトレーニングに打ち込んでいる。通称「タイ合宿」と呼ばれるこのプライベートな合宿に密着取材させてもらった。

ナーソンリゾートに集まった仲間で記念撮影!ナーソンリゾートに集まった仲間で記念撮影! (c)Sonoko.Tanaka

福島晋一が始めたタイ合宿

この合宿の起源は2001年にさかのぼるという。当時、福島晋一(トレンガヌ・プロアジア)が親交のあったナーソンリゾートのオーナー、中川茂氏(通称:父ちゃん)に誘われ、タイで最初にオフトレーニングを行ったのが始まりだ。

オフシーズンの冬、厳しい寒さに覆われる日本とは対照的に、この時期のタイは乾期であり、毎日夏のような暖かい気候に恵まれている。また、高速巡行ができる平地から厳しい山岳地帯まで、バリエーションに富んだ練習コースが、東西南北に数え切れないほど取れるという。またタイのヘルシーなローカルフードや、中川さんの人柄や熱心なコーチングも大きな魅力となり、福島晋一のチームメイトを中心に、すっかりトレーニング合宿の拠点として定着した。

タイ北部の街、チェンライが拠点となる

ナーソンリゾートの立地を紹介しよう。日本から空路、タイの首都バンコクへと飛び、そこから国内線に乗り換えて北上、チェンライまでは1時間ほどのフライトだ。チェンライ空港から約80km南東に進み、トゥーンという街を過ぎるとナーソンリゾートの入り口が見えてくる。チェンライから北上すると、ミャンマー、ラオスの国境が交わる「ゴールデントライアングル」(かつて世界最大のケシ栽培地)となり、この付近も選手たちの練習コースとなっている。

トレーニング序盤は全員で集団走行トレーニング序盤は全員で集団走行 (c)Sonoko.Tanaka穏やかな田園地帯を抜ける選手たち穏やかな田園地帯を抜ける選手たち (c)Sonoko.Tanaka
沿道にはイヌやニワトリや猫や牛や羊がたくさんいる沿道にはイヌやニワトリや猫や牛や羊がたくさんいる (c)Sonoko.Tanaka工事中の悪路を通る選手たち工事中の悪路を通る選手たち (c)Sonoko.Tanaka

自転車と向き合うための場所

チームから与えられる練習メニューをこなす宮澤崇史(サクソバンク・サンガード)チームから与えられる練習メニューをこなす宮澤崇史(サクソバンク・サンガード) (c)Sonoko.Tanaka「ここには自転車に乗る以外なにもない」選手たちが口々にそう話してくれる。そのとおり、ナーソンリゾートでの生活は非常にシンプルなもの。朝、日が昇ると起きて、朝ご飯を食べながらトレーニングに出掛け、日が暮れる前に戻り、シャワーを浴びて、夕食を食べて寝る。
取材中のトレーニングでの走行距離はトップ選手で1日200km前後、強度も山岳地帯やバイクぺーサー、スプリント練習などが取り入れられた非常に高いものだった。

思わず笑ってしまうのが、選手たちが話す「ナマズ」「ねずみ」「蜘蛛ラーメン」というキーワード。なんのことかと尋ねれば、練習コースの名前だという。

落車した選手の名前がそのコースに付くのは序の口、「ナマズ」は道にナマズが落ちていたから、「ねずみ」は売店のおばさんがネズミ男に似ていたから、「蜘蛛ラーメン」は頼んだラーメンに蜘蛛が入っていたから(食べ終わったあとに気がついたのだとか)……。
ストイックな練習のなかに、いかにもタイらしいエピソードが、次から次へと飛び出してくる。

プロと若手、アマチュア選手が一緒に過ごす

ここをトレーニングの拠点とするのは、トップ選手ばかりではない。「ボクもここで育ててもらった1人です」と話すのは新城幸也だ。今年40歳の福島晋一は以前から若手の育成に力を入れている選手の1人。将来が期待できる若手選手をタイに呼び、父ちゃんとともに強い選手になるべくトレーニングを重ねてきた歴史があり、その精神はいまも変わっていない。

そして、トップ選手と一緒にトレーニングできるという環境に憧れて、日本からだけでなくアジアから高校生や若い選手が自主的に多く集まっている。「アジアからトップのプロ選手が育ってほしい」という思いは皆に共通すること。温かく、ときには厳しく、トップ選手が親身になって若手選手に声掛けするシーンが目立った。このことは、タイ合宿の大きな魅力の1つだろう。

高校生にゲキを飛ばす新城幸也(ユーロップカー)高校生にゲキを飛ばす新城幸也(ユーロップカー) (c)Sonoko.Tanaka練習コースを相談しながら決める宮澤崇史(サクソバンク)練習コースを相談しながら決める宮澤崇史(サクソバンク) (c)Sonoko.Tanaka

タイ合宿の醍醐味とは?

宮澤崇史(サクソバンク)の練習を見守る中川氏宮澤崇史(サクソバンク)の練習を見守る中川氏 (c)Sonoko.Tanaka上をめざす若手選手にとって、日本やアジアの頂点であるプロ選手と一緒にトレーニングし、生活できる環境は、非常に恵まれているもの。身体的な強さ以外にも、プロとしてのさまざまなノウハウを学ぶことができ、ここから強くなった選手は数多く存在している。

その一方で、ここではプロとの実力差、トレーニングの厳しさに直面することにもなる。中途半端な気持ちを抱えていた選手にとっては、タイでの合宿を機に、自転車選手を諦めることもあるという。そんな交錯する多くの自転車人生を、先輩選手や父ちゃん、チェンライの人々はいつも温かく見守っている。

取材(12月末)後には、MTB・XCの日本チャンピオン、山本幸平(スペシャライズド)や福島晋一(トレンガヌ・プロアジア)も合流し、ナーソンリゾートは1年のうちで最も賑やかな時期を迎えている。選手たちは日々、厳しいトレーニングに向き合っているが、いつもナーソンリゾートからは笑い声が聞こえてくる。つまりタイ合宿では、ストイックなトレーニングだけでなく、その中で生まれた仲間との友情や、人情味溢れる人間関係が1人1人の選手を強く成長させているように思える。

photo&report : Sonoko TANAKA

山岳部のキャベツ畑エリアを越える山岳部のキャベツ畑エリアを越える (c)Sonoko.Tanaka
タイの敏腕おばちゃんにマッサージをしてもらう新城幸也(ユーロップカー)タイの敏腕おばちゃんにマッサージをしてもらう新城幸也(ユーロップカー) (c)Sonoko.Tanaka最高勾配20%近い登坂区間を上る宮澤崇史(サクソバンク)最高勾配20%近い登坂区間を上る宮澤崇史(サクソバンク) (c)Sonoko.Tanaka
練習後に立ち寄った街の豆乳スタンド練習後に立ち寄った街の豆乳スタンド (c)Sonoko.Tanaka練習後にかき氷を食べる宮澤崇史(サクソバンク)と新城幸也(ユーロップカー)練習後にかき氷を食べる宮澤崇史(サクソバンク)と新城幸也(ユーロップカー) (c)Sonoko.Tanaka
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