フランス人が特別な想いを寄せる7月14日「キャトーズ・ジュイエ」。フランス革命記念日のステージを制したのは、1999年から2005年までの7年間に渡ってツールを制圧してきた"フランスの敵のアメリカ人"のチームに所属するポルトガル人の刺客、セルジョ・パウリーニョだった。

2人のマッチスプリントで2位に沈んだヴァシル・キリエンカは、フランス名誉市民の称号をもつベラルーシ人。フランスのケースデパーニュ銀行が資金を提供するスペインのチームはこの日、フランス人ではなくこのチェルノブイリ近郊の村から来た男に勝負を託したが、その狙いは外れてしまった。

勝ちたかったフランス人たちは2005年のダヴィ・モンクティエ以来またしても勝利を逃すことになった。

スプリントバトルを繰り広げるセルジオ・パウリーニョ(ポルトガル、レディオシャック)とヴァシル・キリエンカ(ベラルーシ、ケースデパーニュ)スプリントバトルを繰り広げるセルジオ・パウリーニョ(ポルトガル、レディオシャック)とヴァシル・キリエンカ(ベラルーシ、ケースデパーニュ) photo:Makoto Ayano

暑さがベロキの落車事故を回想させる

シャトーを眺めながらメイン集団が進むシャトーを眺めながらメイン集団が進む photo:Makoto Ayano実質的に早くも最後のアルプス山岳ステージとなる中級山岳ステージは、前日までの激しい山岳バトルの後でプロトンの緊張がもっとも緩んだ一日になった。

難易度の低い山岳に有力選手たちは動かず、集団も逃げを歓迎。逃げが決まるまでの序盤の激しいアタック合戦が一段落着くと、平均時速が30kmを割る時間帯も。

コースはアルプスの美しい山々に囲まれた渓谷を縫うように走る雄大でダイナミックなパノラマルート。岩肌むき出しの山々がそびえ立っている。レース随行の立場で言うと、迂回ルートも細い山道になるのでプロトンをスキップしての先回りが困難。補給ポイントに先回りするチームカーなどと車列を組んでの山岳ドライブが続く。

チームメイトに守られて走るマイヨジョーヌのアンディ・シュレク(ルクセンブルク、サクソバンク)チームメイトに守られて走るマイヨジョーヌのアンディ・シュレク(ルクセンブルク、サクソバンク) photo:Makoto Ayano

レース中盤以降はコースを離れてゴールのギャップに先回りして到着。レースの進行は遅く、ゴール時間を大幅に遅らせてのプロトンの到着だ。

第10ステージゴール地点第10ステージゴール地点 photo:Makoto Ayanoゴール地点ギャップがツール・ド・フランスに登場するのは2006年以来4年ぶり。当時は2人の逃げが決まり、サルヴァトーレ・コメッソ(イタリア、当時ランプレ)をスプリントで下したピエリック・フェドリゴ(フランス、当時もブイグテレコム)が優勝した。

しかしそれ以上に記憶に残るシーンは、2003年の"100周年ツール"においての、当時も革命記念日にあたる日にギャップにゴールしたステージだ。

2003年のベロキの落車シーンがスクリーンに写し出される2003年のベロキの落車シーンがスクリーンに写し出される photo:Makoto Ayano今日も採用されるゴール34km手前の2級山岳ノワイエ峠手前でアレクサンドル・ヴィノクロフ(当時ドイツテレコム)がアタックして逃げた。それを追ったホセバ・ベロキ(スペイン、当時オンセ・エロスキ)が下りで後輪をロックさせてハイサイドを起こして落車し、それを避けようとしたマイヨジョーヌのアームストロング(当時USポスタル)が間一髪沿道に難を逃れた。シクロクロススタイルで草地を走ってコースに戻るという離れ業をやってのけた、あのダウンヒルだ。

ゴールのジャイアントスクリーンにはレース展開と共にその2003年のベロキの落車事故のリプレイ映像が流されていた。当時も酷暑の日で、ノワイエ峠のアスファルトが熱で緩み、タールが溶け出していた。ベロキの落車はそれにタイヤをとられてのものだった。

この日、ゴール前のナポレオン・ボナパルト通りの舗装は真新しいが、熱で柔らかくなって黒光りしていた。シューズにべたつくタール。この国では舗装そのものの品質があまり良くないのだ。

ステージ優勝した4人目のポルトガル人、パウリーニョ

ステージ優勝を飾ったセルジオ・パウリーニョ(ポルトガル、レディオシャック)ステージ優勝を飾ったセルジオ・パウリーニョ(ポルトガル、レディオシャック) photo:Makoto Ayano6人の逃げに、フランス人たちはピエール・ロラン(フランス、Bboxブイグテレコム)とマキシム・ブエ(フランス、アージェードゥーゼル)に期待した。しかしパウリーニョとキリエンカの力が図抜けていた。

セルジョ・パウリーニョはパオロ・ベッティーニ(イタリア)が金メダルを獲得したアテネ五輪ロードレースで2位となった銀メダリストだ。

ステージ優勝を飾ったセルジオ・パウリーニョ(ポルトガル、レディオシャック)ステージ優勝を飾ったセルジオ・パウリーニョ(ポルトガル、レディオシャック) photo:Makoto Ayanoキリエンカはトラックとロードを兼ねる選手で、タイムトライアルは言うまでもなく得意。トラック世界選手権のポイントレースで2008年に世界チャンピオンに輝いている。そして2008年ジロ・デ・イタリアでは難関山岳ステージで逃げて勝利している。

ゴール前でキリエンカをうまく前に出して引かせ、後ろから大きく横に振ってスプリントを開始したパウリーニョが2人のマッチスプリントを制した。長い長い逃げの最後は、ゴール前でお互いの自転車を投げあっての僅差で決まった。

パウリーニョの勝利は、1989年ツールでアカシオ・ダ・シルバがプロローグに勝って以来のポルトガル人の勝利。過去ツールでステージ優勝を挙げたことがあるポルトガル人は3人。パウリーニョが4人目のステージ優勝者になった。そしてレディオシャックにとってはツール一勝目となる。

パウリーニョは言う。「ツール・ド・フランスでのステージ優勝はすべての選手の夢。とうとう手にすることができた。僕の心のなかではオリンピックのメダルよりも重要だ。8ヶ月になる娘ビアトリズのために何かしたかったんだ。

この勝利はチームにとっても重要だ。最初の一週間の不運の後、この勝利がチームのモチベーションを取り戻してくれるといい。アームスロトングのモチベーションは高いと僕は思う。あんな不運がなければ彼はツールの優勝を狙えた。今日のチームの戦略はチーム総合成績だった。僕が他の選手を差し置いて指名されたわけじゃないけど、誰かが逃げに入らなければいけなかった」

ランスの護衛職を解かれた「純粋な奴隷たち」

レース序盤に落車したヤロスラフ・ポポヴィッチ(ウクライナ、レディオシャック)レース序盤に落車したヤロスラフ・ポポヴィッチ(ウクライナ、レディオシャック) photo:Makoto Ayanoアームストロングがツール8度目の総合優勝を諦めたことで、レディオシャックにとってはステージ優勝を挙げることが新たなチームの目標になった。

USポスタル、ディスカバリーチャンネル、そしてレディオシャックと続くチームは、アームストロングがツールに勝ち始めて以来アームストロングのためのチームだ。コンタドールが在籍した期間を除いては。

ヨハン・ブリュイネール監督は今回のツールメンバーを選んだ選考基準を「純粋な奴隷たち」と表現した。

メイン集団から1分28秒遅れでゴールするランス・アームストロング(アメリカ、レディオシャック)メイン集団から1分28秒遅れでゴールするランス・アームストロング(アメリカ、レディオシャック) photo:Makoto Ayano


アームストロングのアシストのためにすべてを捧げられる意思と能力を兼ね備えた選手が選ばれた。「個人的な結果」を求めることは許されず、今までツールでステージ優勝できたのは、パオロ・サヴォルデッリとジョージ・ヒンカピーの2人だけだ。

このチームでは、自分のステージ優勝を目指して自由に動けるチャンスは本当に稀にしかないケースだ。2005年ツール、ラバルにゴールするステージで今日と同じように逃げに乗ってステージ優勝をつかんだサヴォルデッリが、ツールのヴィラージュを訪問して当時の思いをグレゴー・ブラウンにこう語っている。

「あれはその年のツールの最長ステージだった。集団が長く伸びたのを覚えている。そしてヨハンが無線でこう言ったんだ。"OK、ボーイズ、逃げに乗ったのはパオロとチェチュ(ルビエラ)だ"。僕は英語がよく聞き取れないからそのときは何かの間違いだと思った。でも後ろを向いたら集団は見えなくなっていた。

僕はその年ジロに勝って、ツールはアームストロングのためにハードに働いていたんだ。サドルの股ズレもあって苦しんでいた。でも、次の瞬間勝ちに行こうと思ったよ。このチームでは自分でツールのステージを狙えるなんてチャンスはめったに無いからね!

サヴォルデッリはゴール前の上りでアタックし、クルトアスル・アルヴェセン(当時CSC)とサイモン・ジェランス(当時アージェードゥーゼル)を下した。

ブリュいネール監督によってツールメンバーに選ばれるのはアームストロングのアシストが出来る選手。スプリンターも逃げ屋のルーラーも必要ない。ステージ優勝は必要ないからだ。しかし目標の総合優勝は諦めた。アームストロングのアシストは、彼がステージを狙う時以外は必要無い。いったんその役割から開放されると、「純粋な奴隷たち」は個々の強さが光る。

賢かったロッシュ、ふたたびカヴの日が来る?

メイン集団から飛び出すカタチでゴールしたニコラス・ロッシュ(アイルランド、アージェードゥーゼル)メイン集団から飛び出すカタチでゴールしたニコラス・ロッシュ(アイルランド、アージェードゥーゼル) photo:Makoto Ayano最後まで集団で居眠りを続けた総合争いの選手たちを尻目に、ラスト5kmでアタックして1分21秒を稼いだのはアイルンランドチャンピオンのニコラス・ロッシュ(アージェードゥーゼル)だ。総合を13位にアップさせ、14位のヴィノクロフやサストレ、ウィギンズらの前に割り込むことに成功した。

ポイント賞争いのメイン集団のスプリントはカヴェンディッシュが制した。アルプスでは遅れて苦しんだが、この後マイヨヴェール争いに戻ってくる勢いがある。明日はまたステージ優勝のチャンスだ。

メイン集団の先頭でゴールするマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、チームHTC・コロンビア)メイン集団の先頭でゴールするマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、チームHTC・コロンビア) photo:Makoto Ayanoカヴは言う。「アルプスは本当にハードだった。先頭集団の選手たちも同じように死んでいるんじゃないか
幸い僕にはいいチームがある。明日のゴールはここ数日で最初のスプリントフィニッシュになる。いい働きができるといい。勝利に向けてベストを尽くす。

「黄色い列車も疲れているだろう」と心配されていたチームHTC・コロンビアは、この日十分な休みを取ることができただろう。HTCが恐れるのはコントロールが効かない大人数の逃げだ。

山岳ジャージは1級山岳ラフレー峠でのアントニー・シャルトー(Bboxブイグテレコム)との争いに競り勝ったジェローム・ピノー(クイックステップ)が取り戻した。昨ステージ終了後はわずか1点差、そして今日も1点差の闘いだ。うなだれてゴールしたシャルトーだが、山が厳しければまたチャンスは戻ってくる。

充電たっぷりのユキヤ 逃げの準備は整った

メイン集団内で走る新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム)近すぎてピンボケ・・・メイン集団内で走る新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム)近すぎてピンボケ・・・ photo:Makoto Ayano序盤のアタック合戦に絡むなど元気の良さを見せている新城幸也(Bboxブイグテレコム)。ゴールしての一声は「ピースしたの撮れました?」。すみません、近すぎたのでピンボケでした!

この日ユキヤはテレビの国際映像でも映ってたということだが、逃げに乗りそこねてからはピエール・ロランの成功を願いながら淡々とステージをこなした。ロランの逃げを残念がりつつ、自身は表情に余裕たっぷりだ。石垣島出身だけに、暑くなるほどユキヤは有利になる。ヨーロッパとは比べものにならないほど厳しい日本の夏に慣れているからだ。

笑顔でゴールした新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム)笑顔でゴールした新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム) photo:Makoto Ayano


明日第11ステージは休息日インタビューで逃げに乗りたいと話していた第11・19ステージのうちの本命11ステージ。こちらもそれに備えて明日はモトを用意。逃げることがあれば密着して追いかけます。

text&photo:Makoto Ayano

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