昨年、21歳にして全米ロード王者に輝き、一躍ワールドチーム入りした若き選手がいる。彼の名はグレゴリー・ダニエル。トレック・セガフレードのメンバーとしてジャパンカップへと参戦した彼に、ワールドツアーのこと、近年目覚ましい成長を遂げるアメリカの若手選手のこと、そして北米選手の目から見たヨーロッパロードレースについて聞いた。



ジャパンカップのために来日したグレゴリー・ダニエル(アメリカ、トレック・セガフレード)。セガフレード・ザネッティ渋谷店にてジャパンカップのために来日したグレゴリー・ダニエル(アメリカ、トレック・セガフレード)。セガフレード・ザネッティ渋谷店にて
「シーズン終盤戦を日本で走るというのはものすごくクールな体験で面白かったよ。ツアー・オブ・ターキーからの連戦だったけど、日本のファンから暖かく迎えてもらえたし、ロードレースが大好きな人たちがこんなにもいるんだなと感じて嬉しかったね」と、彼はあどけなさの残る顔を輝かせながら、渋谷の雑踏の中を歩きつつ答えた。

1994年生まれ、現在22歳のグレッグは、2015年からアクセル・メルクス氏が監督を務め、有望な若手選手を多数輩出するアクセオン・ハーゲンスバーマンに加入。育成プログラムに沿って成長し、昨年の全米ロード選手権では周囲を驚かせる大金星を獲得。その前のツアー・オブ・カリフォルニアでもで積極的な走りを見せるなど、鳴り物入りで一躍トップチームへの移籍を決めた期待の若手選手だ。

ジャパンカップを走ったルーベン・ゲレイロ(ポルトガル)や、マッズ・ペデルセン(デンマーク)らと共に、トレックチームの若返りを担う中心人物へと、シクロワイアード編集部は大会翌日にインタビューする機会を得た。その模様をお届けします。



渋谷駅前のハチ公(と、住み着いている猫)を撮影するグレッグ渋谷駅前のハチ公(と、住み着いている猫)を撮影するグレッグ 竹下通りを歩くグレッグ。「なんでこんなにアイスクリームショップが多いの?」竹下通りを歩くグレッグ。「なんでこんなにアイスクリームショップが多いの?」


今回は初来日とのことですが、ジャパンカップを含めてその印象を教えてください

うん、すごく面白かったね(前段落参照)。トレック・ジャパンやセガフレード、CAテクノロジーといったチームスポンサーの日本法人に対しても良いアピールができたと思う。旅の始まりがビジネスクラスだったし、すごく良い旅になった(笑)。

アフターパーティーではレプリカジャージを持ったファンの姿もアフターパーティーではレプリカジャージを持ったファンの姿も UCIワールドツアーでの初年度はどうでしたか?

そうだね。「全て上手くいった」と言ったら嘘になる。シーズン中にアップダウンも多かったし、小さなコンチネンタルチームから世界トップチームへの移籍は自分にとって物凄く大きなことだったと、1シーズンを終えた今、よりそう思うよ。

でももちろん重荷になっただけじゃない。チームから様々なことを吸収できたことは、非常に大きな収穫だった。たくさん失敗もしたけれど、そこから学んだことも数え切れないくらいだ。これから数年掛けて自分の能力を引き上げて、その中で徐々に結果を出す事ができればと思っている。ロードレースはとても厳しいスポーツで、力があっても勝ち続けられるわけじゃない。大切なのは失敗から学び、プロとして歩みを止めず、ポジティブ思考でいることだね。

グレッグにとっての”失敗”とは?

うん、プロとしてのキャリアの過ごし方かな。今年は1月のブエルタ・ア・サンフアンに始まり、春のクラシック、ステージレース、秋のクラシック、そして10月末のジャパンカップまでいきなり長いシーズンを過ごした。”こんなに長いのかよ!”って思ったし、その中での体力マネジメントが上手くできなかった。気合を入れて練習をやり過ぎて、休養がおろそかになってしまった上に、頑張ったはずの練習が、実は質として十分じゃなかった。上手くやらないと潰れてしまうと気づいたんだ。

それから移籍して大きく変わったのがレースの長さ。例えば今年走ったリエージュ〜バストーニュ〜リエージュなんかは距離が250km以上で、レース時間は6時間半。ワールドツアーの選手たちはただでさえ過酷なコースで最初から最後まで全力勝負しているんだ。U23の頃はそんな経験はなかったし、全くクレイジーだと思ったね。まだ自分はそのレベルで勝負するには時間が必要だけど、身体を順応させていきたいな。

ビッグネームたちとチームメイトになって、どう思いましたか?

いやぁ、すごい体験をしているなと思ったね。いつもテレビ中継で見ていた名前と一緒にレースできるなんて、最初は舞い上がっていたよ。最初のチームキャンプではずっと緊張しっぱなしだった。ナショナルチャンピオンジャージを着てツアー・オブ・カリフォルニアに参加できたときは嬉しかったね。デゲンコルブとか、コンタドールとか、フォイクトとか、ビッグネームは強さはもちろんなんだけど、心の強さがすごいと側にいて感じた。ガッツってやつだよね。彼らと一緒にいることで僕も感化されてるよ。

21歳の若さでロード全米選手権を制覇21歳の若さでロード全米選手権を制覇 photo:www.usacycling.org星条旗ジャージを纏うグレゴリー・ダニエル(当時アクセオンハーゲンス・バーマン)星条旗ジャージを纏うグレゴリー・ダニエル(当時アクセオンハーゲンス・バーマン) (c)www.treksegafredo.com


アクセオンハーゲンス・バーマンからは、なぜあんなに強い選手が出て来るのでしょう?

やっぱりアクセル・メルクスの存在が大きいと思う。彼はまだ若くて隠れている才能を探し出す能力に長けていると思うんだ。フィジカルはもちろんだけど、メンタル、器の大きさなど様々な能力を兼ね備える選手を集め、育てている。たとえ身体的に優れていても、何かが欠けていたらアクセルはその選手とのサインはためらうはず。彼はいつも僕らにチャンスを与えてくれたし、結果が出ていない時でもチームのために走ろうという気分になっていた。

去年は僕にとってブレイクスルーの年になったけれど、それも全てアクセオンのチームがあったから。自分を信じてチャンスを与えてくれた彼らに感謝しているよ。アクセオンは小さなレースと大きなレースを上手く取り混ぜたスケジュールを組んでいた。小さなレースでは勝利への自信を身につけたし、大きなレースでは僕らより強い選手がたくさんいて、彼らに勝たないと先が無いということを学んだんだ。

ナショナルチャンピオンになった時、どう感じましたか?

まさにオーマイガーだったよね。ずっとナショナルチャンピオンになるのが夢と言っていたけれど、本当に実現するとは思っていなかったから。最高の一日だった。前日にTTを走った時の感触が良くて、これならロードレースでも何かできるかもしれないと感触を掴んだ。あのときは全てが上手くいった。まだ信じられない気分もするよ。

「ツール・ド・フランスを走り、アメリカ代表として東京五輪に出場したい」「ツール・ド・フランスを走り、アメリカ代表として東京五輪に出場したい」 photo:www.amgentourofcalifornia.com
今の夢は?

今の夢はツール・ド・フランスを走ること。それからアメリカ代表に選ばれてオリンピックに出場することかな。東京オリンピックにアメリカ代表として戻ってくることができたらクールだと思うよ。

それには何が必要だと感じますか?

全部だよね。特に3週間のグランツールに耐えられるだけの能力があると示さないといけない。まぁ最初の1週間は大丈夫だけど、その後の2週間でどうなるか分からない。自分で成績を狙いにいけることはもちろん、チームメイトを助けられることも求められるから。

鳴り物入りで飛び込んだワールドツアーは、どんな場所でしたか?

共にアクセオン卒業生であるルーベン・ゲレイロ(ポルトガル)と。イタリアでルームシェアをしている仲だという共にアクセオン卒業生であるルーベン・ゲレイロ(ポルトガル)と。イタリアでルームシェアをしている仲だという photo:So.Isobeうん、すごく厳しい世界だと身をもって体感しているよ。ものすごくストレスフルだし、スーパースターでない限り常に契約に関しては神経質にならざるをえない。いつだってレース中のミスはあるけど、それが契約にも響くから正直言えば心臓に悪いよ。

もちろんプロになって人生そのものが大きく変わる。僕の場合は拠点をヨーロッパに移したので、言葉も文化も全部変わった。あまり食事に関しては変わらないけれど、地元にいる家族をはじめ、サポートしてくれている人たちから離れるのが精神的にキツイときもある。ヨーロッパとアメリカでは時差もあるし、電話もろくにできないよね。これは日本からヨーロッパに挑戦する若手にとっても同じことだと思う。彼女?今彼女はいないんだけど、ヨーロッパ人の彼女を作れれば、かなり心の支えになってくれると思うんだ。

ルーベンはアクセオンからのチームメイトですよね。イタリアでルームシェアしていると聞きました。

そうなんだよね。彼とはずっと仲が良くて、そういう厳しいヨーロッパ生活において落ち着く存在。彼はヨーロッパ人だし、何かと助けになってくれるんだ。彼がナショナルチャンピオンになったときはすごく嬉しかったよ。

アメリカ車連はヨーロッパに拠点を置いてると聞いていますが、国としてのバックアップ体制をどう感じていますか?

年々進んでいると思うし、僕ら若手がヨーロッパにトライする時にすごく助けになる。ナショナルチームハウスはオランダにあって、ファルケンブルグから北に25kmくらいの場所なんだけど、トレーニング環境もすごく良いところ。クラシックレースの練習ができるし、横風での走り方もそこで学んだ。レースや練習のプログラムを作ってくれるのはもちろん、僕がありがたく感じたのは体調を崩した時だね。海外で病院にかかるのって言語面での不安がどうしてもあるけど、ナショナルチームハウスのスタッフが仲介してくれるから安心なんだ。上手くベースは機能しているし、年を追うごとに全ての面が改善されているね。僕がいた時よりも今のほうがずっと良くなってるんじゃないかな。

昨年の世界選手権U23では序盤から最終周回まで逃げに乗った昨年の世界選手権U23では序盤から最終周回まで逃げに乗った photo:Kei Tsuji趣味は何かありますか?

そうだね。オフシーズンはランニングしたり、ハイキングしたり。出身のコロラド州(ボルダー)はそういうアウトドアに最高の場所だからね。後は写真を撮るのが好きかな。良い一眼レフがほしいんだけど、身構えずにアイフォンでサクッと撮るスタイルも良いよね。そうだ、日本でカメラ買うとやっぱり安い?キャノンでもニコンでも特にこだわりはないんだけど(笑)。

日本のファンに一言、メッセージをお願いします。

レースだけではなくて、アフターパーティーやホテルの到着時にもたくさんの応援やメッセージをもらえて本当に嬉しかった。コンタドールに対してなら分かるけれど、わざわざ自分の写真を印刷してきてくれるファンが日本にもいるだなんて感激したよ。ジャパンカップのオーガナイズも良かったし、また戻ってきたいと強く思っている。ジャパンカップメンバーとしてはチームの判断に左右されるけれど、オリンピックは自分次第。代表に選ばれるように全力でトライするよ。

text&photo:So.Isobe