今季UCIウィメンズチーム「ビスカヤ・ドゥランゴ」に移籍した吉川美穂が滞在するフランスのホテルを訪ねた。ロンド・ファン・フラーンデレンを皮切りにUCIワールドツアーレースの連戦が始まる今、その心境を聞いた。



吉川美穂(ビスカヤ・ドゥランゴ) 愛車のオルベアとともに吉川美穂(ビスカヤ・ドゥランゴ) 愛車のオルベアとともに photo:Makoto.AYANO
UCIウィメンズワールドツアーレースの常連チーム「ビスカヤ・ドゥランゴ(Bizkaia-Durango)」に加入し、欧州での活動のスタートを切る吉川美穂。ロンド・ファン・フラーンデレン出場のためベルギー国境に近いフランス・リールのホテルに入った彼女を訪ねた。

国内レースでゴールスプリントによる連勝を重ねたことで強烈な印象を残したライブガーデン・ビチステンレのジャージから、鮮やかなピンクのジャージに着替えた吉川は、チームがスペインから移動してくる2日前に一足先にフランスに到着。ネイションズカップを連戦するU23の日本ナショナルチームが泊まるホテルに投宿していた。

鮮やかなピンクのジャージに身を包んだ吉川美穂(ビスカヤ・ドゥランゴ)鮮やかなピンクのジャージに身を包んだ吉川美穂(ビスカヤ・ドゥランゴ) photo:Makoto.AYANOビスカヤ・ドゥランゴ監督のドニ・ゴンザレス氏と再会を喜び合うビスカヤ・ドゥランゴ監督のドニ・ゴンザレス氏と再会を喜び合う photo:Makoto.AYANOまずはまだ見慣れないチームジャージ姿に着替えてもらい、撮影。チームとは2月にスペインの拠点で合流し顔合わせの合宿を行った以来で、まだ一緒にレースを走ってはいないという。だからこのジャージに袖を通してレースを走るのは、日曜のロンド・ファン・フラーンデレンが初めて。「クラシックの王様」と形容されるレースがお披露目となるのだ。

チームのメインスポンサーはスペイン・バスク州ビスカヤ(Bizkaia)県にある「ドゥランゴ(Durango)自治体」。チームより先に到着していた機材トラックには、ドゥランゴの街の美しい写真があしらわれていた。

ー まずはチームに入ってみて、どういった印象を持ちましたか?

チームの雰囲気はとてもいいですね。選手もスタッフもいい人ばかり。人の良さを感じます。それはスペインだからでしょうか? 誰もが優しく、明るく接してくれるので、気持ち的に助けられていますね。

ー スペイン・バスク地方が拠点のチームということは、スペイン・バスクの選手が多いんですか?

確かにスペインの選手が多いんですが、チームにはナミビア人のナショナルチャンピオンも居ますね。ナミビア選手権に出場した選手は3人だったらしいですけど...(笑)ほかにイタリア、スロベニア、ポルトガル、チリ、南アフリカなどが外国籍選手ですが、主体はやはりスペイン人です。チーム拠点から離れたところに住んでいる選手も多いようなので、週末に集まって一緒に練習する感じです。

ー 言葉の壁はありますか?

チームの連絡LINEはスペイン語で回ってくるチームの連絡LINEはスペイン語で回ってくる photo:Makoto.AYANOそれなんです。早くスペイン語を覚えないといけないな、というのが課題としてひしひしと感じます。やっぱりコミュニケーションがしっかり取れないといけないですから。もともと英語もまだ不慣れなのに、スペイン語を急いで身につけなきゃ、です。よく海外に遠征している選手は英語も喋れるので、自分のつたない英語でも聞き取って理解してくれるんですが、今は自分の使える限りの英語とスペイン語の単語でなんとか通じ合っている状態です。

チームの連絡事項は皆が閲覧するLINEで回ってきます。それでスペイン語を学んでいる感じですね(笑)まだ会話に入っていけないのがつらいところです。スペインに住んでいれば上達するんでしょうが、今年まだ日本と行ったり来たりなのでなかなか身につきません。

吉川美穂の2017年シーズン前半のレーススケジュール
4月2日 Ronde van Vlaanderen(1.WWT)
4月3日 Grand Prix de Dottignies(1.2)
4月8日〜4月10日 Tour of Thailand(2.1)
4月16日 Amstel Gold Race(1.WWT)
4月19日 La Fleche Walonne Feminine(1.WWT)
4月22日 EPZ Omloop van Borsele(1.1)
4月23日 Liege-Bastogne-Liege Femmes(1.WWT)
4月29日〜5月1日 Challenge Vuelta Burgos(Copa Espana)
5月6日 Zizkil(Copa Espana)
5月7日 Balmaseda(Copa Espana)
5月13日 Sopelana(Copa Espana)
5月14日 Alcobendas(Copa Espana)
5月21日 堺クリテリウム(JBCF)
5月28日 Murcia or Elda(Copa Espana)
6月4日 Zamora(Copa Espana)
6月11日 Caspe(Copa Espana)
6月23日〜6月25日  日本選手権ロードレース、タイムトライアル

ー 出場カレンダーを見るとすごいレースが続きますね。フランドルにアムステルゴールド、フレーシュ・ワロンヌにリエージュバストーニュリエージュと、とくにワールドツアーレースの連戦が続くのが目につきます。ハイレベルなレースに軒並み出ることになっている。スケジュールにあるレースにはすべて出る予定なんですか?

そうです。チームトーニングを終えたときに「これがミホが出るレースだ」として渡されたものなので、何かトラブルがない限り出場するはずです。ビザの範囲内での滞在日数も計算して組まれたプログラムなんです。

ドゥランゴの街の写真をあしらったチームトラックの前でドゥランゴの街の写真をあしらったチームトラックの前で photo:Makoto.AYANO
ー ワールドツアークラスのレースの連戦ともなると、チームとしてもずいぶん思い切ったプログラムではないでしょうか?

自分でもおっかないです(笑)ワールドツアーレースは昨年ひとつだけ、GPプルエーを走ったんですが、そのときはラスト10kmでリタイアになりました。だからワールドツアーというだけで萎縮してしまいます。でも、ここに飛び込んだからにはしっかり走れるようにならないと。

ー で、いきなりフランドル(ロンド・ファン・フラーンデレン)ですね。今年の女子ロンドはオウデナールデ発着は変わらないが、距離が12km伸びて153kmに、パヴェの登りを増やし、ミュール・ファン・ヘラールツベルヘン(カペルミュール)を含むフルコースになりました。もちろんオウデクワレモント&パテルブルグも。舗装路区間の分距離は短いもののエリート男子同様の難コースです。

ドニ監督も、「フランドルは世界最高のレースだ」と言っていましたよね。チームにとっても重要なレースのはずです。そこに私がいきなり出場ですから...。

東京五輪ロードでは得意のスプリントでのメダル獲得のチャンスを感じている東京五輪ロードでは得意のスプリントでのメダル獲得のチャンスを感じている photo:Makoto.AYANO教会へと登るロンドの勝負どころ ミュール・ファン・ヘラールツベルヘンを登る教会へと登るロンドの勝負どころ ミュール・ファン・ヘラールツベルヘンを登る (c)Makoto.AYANOー パヴェを走った経験はあるんですか?

昨日コースを試走してきたんです。石畳を走るのはそれが最初でした。もう大変でしたね。びっくりしました。1日経った今でも首がムチウチ症のような状態で、手も痛いんです。掌の皮が剥けてしまいました。試走しながら「ここをレースで走るんだ....」と覚悟を決めながら走っていました。

主要なパヴェ区間はすべて走りました。もう、ものすごい!という感想です。もしパヴェで集団の後ろに居たら終わりなんだな、というのは想像しています。石畳に入る前には必ず前に居ないと。レースでは出来る限りのことはしたいですね。

ー パヴェに入る前に位置取りが合戦が始まりますからね。コースは石畳とともに短くて急な登りが繰り返しますが、自分に向いていると思いますか?

カペルミュールがとくに難しいと感じました。石畳が始まる前に激坂区間がありますよね。私は坂は苦手なんですが、とくに激坂が苦手です。それらのポイントではかなり厳しいだろうと考えています。

ー かといって体重が軽いクライマーが登れる坂では無いですよね。ある程度体重のある選手パワーを掛けていく上りです。

試走中も、走るごとに課題がみつかり過ぎて、どうしよう? という感じです。もう、ここでは課題しか無いような人間です。でも、逆に自分がこれからどう成長できるかが楽しみです。

ー チームからはまだ役割などは課されていないんですか?

まだなんです。私、2月がとても調子が良かったんです。12月、1月と乗り込んでからスペインでのチーム練習に合流したので、その際に「ミホは強い!」と言われてしまって。そう認識されてしまったのかもしれません(笑)

昨年の世界選手権では集団スプリントに絡んで21位に昨年の世界選手権では集団スプリントに絡んで21位に photo:Kei Tsuji
ー その好調は続いていますか?

ところが日本に戻ったときに花粉症がひどくなって、屋外をまったく走れず、その間に少しコンディションが落ちてしまっています。栃木の環境はすごく良くて気に入っているんですが、春先は杉花粉が飛ぶからダメだな、と。その前のアジア選手権では銅メダルこそ獲れたものの、勝てなかったことがトラウマになって、スプリントに自信がなくなってしまったんです。だからJBCF宇都宮クリテリウムで勝てた時は、すごくホッとしました。ゴール前では自信の無さから番手を下げてしまったのですが、後方からまくってなんとか3連勝できましたし。ただ花粉はこちらに来たら快適そのもので、これからコンディションを戻せるかがカギです。

昨シーズンから非常に強さが目立っていましたが、何があったのでしょうか?

やはりチームを変えて環境に変化が起きたことが良かったですね。昨年は地元の大阪から名古屋、そして今年はライブガーデン・ビチステンレの本拠地である宇都宮に越しました。名古屋では愛三工業レーシングの練習に混ぜてもらい、日々男子選手の強度に耐えることで力が伸びたように思います。

宇都宮クリテでは得意のスプリントで大会3連覇を決めた吉川。ゴール前の爆発力は国内では群を抜いている宇都宮クリテでは得意のスプリントで大会3連覇を決めた吉川。ゴール前の爆発力は国内では群を抜いている photo:Satoru.Kato3月のアジア選手権ロード女子エリートではゴールスプリントで3位となった吉川美穂3月のアジア選手権ロード女子エリートではゴールスプリントで3位となった吉川美穂 photo:Kenji NAKAMURA/JCFー スペインでの拠点の住環境はどんな感じなんでしょうか?

ドゥランゴのチーム拠点に選手が住むことができるアパートがあるんです。そこが素晴らしくいいんです。1ヶ月住まわせてもらったんですが、綺麗なアパートで、リビング、ダイニング、キッチン、寝室とすべて綺麗で広くて整っていて、素晴らしいです。スーパーマーケットも近くにあって食材もふんだんに手に入って充実した自炊生活もできるし、何の不自由もしませんでした。

ー 今年はどんな1年にしたいですか? また、中期的な展望や目標を教えてください。

今年はレースに慣れる年ですね。経験を積んで早く走れるようになりたい。東京オリンピックまでには、チームでも闘える戦力にならないと。まずはそのためにも目先のワールドツアーレースを一つ一つ確実に完走できるようにならなくてはいけません。すぐにオリンピックはやってきてしまいますから。

ー 東京五輪はやはり意識しているんですね。

そうです。そこを考えています。東京五輪はコース的に(まだコースは未発表だが)集団スプリントになるんじゃないかと思っていますから。そうなったら、これは言わないでおきたいけど…(笑)

ー 言ってしまってください。

「スプリントだったら私でしょう!(笑)」ということで、メダルを狙いたいですね。東京五輪でのメダル獲得目指して今からステップアップしていきたいです。ヨーロッパは走る環境が最高だと感じているので、それまでこの地でずっとやれたら最高です。中期的な目標としては、アジア規模では通用するスプリント力を伸ばすことはもちろん、平地での独走力を身に付けたいと考えています。そうすれば自然と登坂力も伸びるはずですし、目指すはスプリントで勝てるオールラウンダーですね。



ここでドニ・ゴンザレス(Denis Gonzales)監督が同席。「ドニ監督」は日本とのつながりが深く、歴代の日本選手をみてきた人物だ。浅田顕氏が欧州でプロ選手として走っていたカタバナやセディコチーム時代に、そのチームの監督でもあった。福島晋一&康司兄弟、新城幸也らが所属した梅丹本舗チームの欧州活動の監督もつとめ、日本ナショナルチームとも密接な協力関係を築きつつ、スタッフとして協働してきた人物だ。女子選手についても欧州で走った沖美穂や唐見実世子などをみてきたという。

ビスカヤ・ドゥランゴ監督のドニ・ゴンザレス氏とともにビスカヤ・ドゥランゴ監督のドニ・ゴンザレス氏とともに photo:Makoto.AYANO
「私がフランスで走れて、スプリントで2位になれたのも、そして今こうして縁を頂いてこのチームに加入できたのも、全部ドニのおかげなんです」と吉川は言う。ここからはゴンザレス監督が語る。

ー ドニ監督、なぜ吉川選手をチームメンバーに選んだのですか?

ミホは昨年、フランスのレースでの走りを見て「イケる」と感じて採用しました。彼女はポテンシャルが大きな選手だと感じています。平坦路に強く、アップダウンもそこそこ登れて、スプリントが非常に強い。いい選手です。レースで勝てる、チームリーダーになれる選手です。

ー フランドル(ロンド・ファン・フラーンデレン)では何を期待しますか?

ドニ・ゴンザレス監督は日本ナショナルチームとともに歩んできた人物だドニ・ゴンザレス監督は日本ナショナルチームとともに歩んできた人物だ photo:Makoto.AYANOビスカヤ・ドゥランゴ監督のドニ・ゴンザレス氏と話す吉川美穂ビスカヤ・ドゥランゴ監督のドニ・ゴンザレス氏と話す吉川美穂 photo:Makoto.AYANOフランドルはもっとも難しく厳しい世界最高のレースです。闘いは非常に熾烈ですから、そこでうまく走ることはおそらく最初の年は難しいでしょう。私はミホの2年目に期待しています。彼女はポテンシャルが高いので、2年目はリーダーになれる選手だと思っています。今年大事なのは「経験すること」です。

ー 吉川選手は東京五輪を意識していると話していますが、それについてはどう考えていますか?

私は今の日本人女子選手たちの能力の高さに期待しています。日本の女子選手中心のプロチームを組んでもいいぐらいだと思っています。それには残念ながらスポンサーがつきません。だから今はビスカヤ・ドゥランゴでいいですが(笑)ユウミ(梶原悠未)といい、東京オリンピックのロードレースは大きな勝利のチャンスです。

女子チームの世界での重要度は上がっています。これからその価値は無視できないものになります。国のプロジェクトとして取り組むべきでしょうね。東京を制したら、次はパリ・シャンゼリゼ(ツール・ド・フランスのゴール)が待っています。ミホなら可能です。

photo&text:Makoto.AYANO