2015/07/15(水) - 19:41
休息日明けのステージに用意されたのはたったひとつの山岳。しかも超級山岳の山頂フィニッシュという極端なもの。フルームとスカイの完勝。久々の山岳とピレネーの暑さに、リズムの取れない選手が続出した。
休息日から一夜明け、まぶしい陽光のもとピレネーの麓の街タルブにツールは場を移した。一昨日のステージ後から南下すること750km。今までより陽射しはきつく、光線が強いことを体感できる。さらに南方向を見渡せばうっすらとピレネーの山並みが見える。
休息日明けのビラージュは大賑わいだ。休息日から現地入りした家族、恋人、子どもたちとスタートまでのひとときを過ごす。オフィシャルサービスとして用意されているコワフュールで散髪をしてもらうのはワレン・バーギル。フランス人期待の星は散髪中もTVインタビューに応える。
チームのソワニエ(スタッフ)たちは補給づくりに忙しい。「過酷までの暑さになる」という予報に、氷を仕込んだアイスボックスに、ボトルも大量に用意。サポートカーに積み込んでいく。
バイクのセッティングも、エースクラスは軽いホイールをつけ、調整を念入りに行う。フルームもヴァンガーデレンも、超低抵抗のコーティングをチェーンに施している。今日の大半を占める長い平坦路で仕事をする選手は、平地仕様そのものだ。
休息日空けのステージはよく「リズムがつかみにくく、難しい」と言われる。休むことでかえって体調の維持が難しくなり、身体がレース負荷に対応できないことがあるというのだ。そして今日のステージに用意された山はたったひとつ。しかも超級山岳の上りフィニッシュだ。「ファンタスティック・フォーのなかでもクラックする選手はいるだろう」との憶測が飛ぶ。
昨日、休息日に発表されたイヴァン・バッソの精巣がんによるツール離脱。チームにとってはキャプテン的存在。そしてコンタドールにとっても重要なアシストだ。ティンコフ・サクソはアシストの重要なキーマンを欠いた。しかし、バッソのために走るという気持ちで、逆にチームのモチベーションは上がっているという。
7月14日、キャトーズ・ジュイエ。フランス革命記念日にフランス人の勝利を願うツール。バスク地方にいることでやや自国感が薄れるものの、沿道にはフランス人の活躍を願う(おそらくは)バカンス客による声援が絶えない。ピレネーで勝利を重ねてきた「マルマンドの鼻」ことピエリック・フェドリゴ(ブルターニュ・セシェ)がフランス人代表として逃げに成功。ケニース・ファンビルセン(ベルギー、コフィディス)が合流してからは、集団はたった二人のコントロールしやすい逃げに約15分もの大差を許した。
スペイン国境が近づき、バスクの色が濃くなる沿道。しかし応援はバラエティーに富んでいる。彼の地からは非常に来にくいといわれるコロンビアからの応援団もまた一段と増えた感じだ。もちろんここからのナイロ・キンタナの躍進が始まるのを期待している。
超級山岳ラ・ピエール・サンマルタン。ステージ最後に待ち構える、登坂距離15.3km、平均勾配7.4%の厳しい上り。2人の逃げはじき捕まる。ラ・ピエール・サンマルタンに詰めかけた観客たちは、あとはフランス人の活躍が難しいことは多分悟っていただろう。しかし、キャトーズ・ジュイエに浮かれる気分をことごとく打ちのめしたのは、上り始めたプロトンから続々と伝えられる報だ。
まずロメン・バルデが落ち、ティボー・ピノが、ジャンクリストフ・ペローが、フランス人の期待を一身浴びてきたビッグネームたちが次々と脱落した。峠頂上のアナウンスで「Ooh La La(ウーララ)!」が連発される。そしてウーララな事態は止まらなかった。
チームスカイが前方でペースを上げると、ニーバリが、プリート・ロドリゲスが、バーギルが脱落した。バルベルデの2度に渡るアタックをGトーマスが抑えこむと、ラスト7kmからはリッチー・ポートが仕事を始める。驚異的な加速に、そしてコンタドール、ヴァンガーデレンまでも遅れる。着いて行けたのはキンタナのみ。しかしキンタナもフルームの残り6.4kmでの早めのアタックに反応できたのは一瞬だけ。すぐに分差がついた。
ひとりペダルの回転が軽いマイヨジョーヌが、ゴツゴツとした岩肌の露出した山頂へ淡々としたペダリングで到達する。相変わらず顔を伏せがちだが、ときおり顔を上げ観客のほうに視線を送るように見えた。
フルームがこれ以上ないほどの笑顔で喜びを爆発させると、後方でキンタナをマークして登ってきたポートが仕掛け、先着。スカイのワン・ツーを決めた。2013年のツールでも、フルームとポートは最初の山岳ステージ(第8ステージ)でワン・ツーを決め、ライバルたちに大打撃を与えることに成功した。そのシーンが思い出される。
キンタナは1分4秒、ヴァンガーデレンは2分30秒、コンタドールは2分51秒、ニーバリは4分25秒を失った。総合では2位ヴァンガーデレンが2分52秒差、3位キンタナが3分09秒差、6位コンタドールは4分04秒差、10位ニーバリは6分57秒差という、大きな差がついてしまった。最初の山岳で、すでに今年のツールが決まってしまったと言っていい差だ。沿道には「セ・フィニ」(もう終わり)という嘆きのような声が挙がった。
フルームとチームスカイの完勝。ライバルたちは徹底的に叩き潰した。スカイの他のチームはすべて負け、としか形容できないステージになった。他に成功らしい成功を挙げるとするなら、グライペルがサガンからマイヨを奪還したこと。昨年はマイヨジョーヌを着たトニー・ギャロパンが超級山岳を登れることを証明したことと、オランダの星と言われて長く不振の続いていたロベルト・へーシンク(オランダ、ロットNLユンボ) の久々の躍進か。ニーバリもコンタドールも、上手く呼吸ができなかったという。ふたりを襲ったバッド・デイ。ニーバリは落車による痛みも感じていたという。
大きな余裕を手にしたフルーム。しかしコンタドールに対してはまだ油断していないことを明言する。過去の、2013年のツールではとくにコンタドールからは奇襲のような反撃を受け続けたことを忘れてはいないからだ。フルームは言う「コンタドールは2013年ツールで、横風区間と急勾配区間で僕達に攻撃を仕掛けてきた。恐らくまた同じ様なことが起きると予想している。僕たちは過去から学んでいるんだ」。
2013年ツールの第20ステージ、セムノズ頂上ゴールでフルームを置き去りにしたキンタナについても、まだ油断はしていない。「とにかく接戦は避けたいが、ナイロはグランツールの3週目が得意であることも知っている。彼は2013年のツールで、調子の悪い僕を置き去りにした。現に今日もそうするのかと思った。だからモビスターのペースアップとナイロのアタックを待った。でも実際にはナイロがアタックしなかったので、僕の方から仕掛けた」。
最初の山岳ステージ。最初の、しかもたったひとつの超級山岳が今年のツールのすべてを決めたように思える。ファボリ(優勝候補)はぐっと減り、ファンタスティック・フォーの呼称はもう使えない。しかし本番はこれから。難関はこの先にまだたくさん控えている。
text:Makoto.AYANO
photo:Makoto.AYANO,Kei Tsuji,Tim de Waele,CorVos
休息日から一夜明け、まぶしい陽光のもとピレネーの麓の街タルブにツールは場を移した。一昨日のステージ後から南下すること750km。今までより陽射しはきつく、光線が強いことを体感できる。さらに南方向を見渡せばうっすらとピレネーの山並みが見える。
休息日明けのビラージュは大賑わいだ。休息日から現地入りした家族、恋人、子どもたちとスタートまでのひとときを過ごす。オフィシャルサービスとして用意されているコワフュールで散髪をしてもらうのはワレン・バーギル。フランス人期待の星は散髪中もTVインタビューに応える。
チームのソワニエ(スタッフ)たちは補給づくりに忙しい。「過酷までの暑さになる」という予報に、氷を仕込んだアイスボックスに、ボトルも大量に用意。サポートカーに積み込んでいく。
バイクのセッティングも、エースクラスは軽いホイールをつけ、調整を念入りに行う。フルームもヴァンガーデレンも、超低抵抗のコーティングをチェーンに施している。今日の大半を占める長い平坦路で仕事をする選手は、平地仕様そのものだ。
休息日空けのステージはよく「リズムがつかみにくく、難しい」と言われる。休むことでかえって体調の維持が難しくなり、身体がレース負荷に対応できないことがあるというのだ。そして今日のステージに用意された山はたったひとつ。しかも超級山岳の上りフィニッシュだ。「ファンタスティック・フォーのなかでもクラックする選手はいるだろう」との憶測が飛ぶ。
昨日、休息日に発表されたイヴァン・バッソの精巣がんによるツール離脱。チームにとってはキャプテン的存在。そしてコンタドールにとっても重要なアシストだ。ティンコフ・サクソはアシストの重要なキーマンを欠いた。しかし、バッソのために走るという気持ちで、逆にチームのモチベーションは上がっているという。
7月14日、キャトーズ・ジュイエ。フランス革命記念日にフランス人の勝利を願うツール。バスク地方にいることでやや自国感が薄れるものの、沿道にはフランス人の活躍を願う(おそらくは)バカンス客による声援が絶えない。ピレネーで勝利を重ねてきた「マルマンドの鼻」ことピエリック・フェドリゴ(ブルターニュ・セシェ)がフランス人代表として逃げに成功。ケニース・ファンビルセン(ベルギー、コフィディス)が合流してからは、集団はたった二人のコントロールしやすい逃げに約15分もの大差を許した。
スペイン国境が近づき、バスクの色が濃くなる沿道。しかし応援はバラエティーに富んでいる。彼の地からは非常に来にくいといわれるコロンビアからの応援団もまた一段と増えた感じだ。もちろんここからのナイロ・キンタナの躍進が始まるのを期待している。
超級山岳ラ・ピエール・サンマルタン。ステージ最後に待ち構える、登坂距離15.3km、平均勾配7.4%の厳しい上り。2人の逃げはじき捕まる。ラ・ピエール・サンマルタンに詰めかけた観客たちは、あとはフランス人の活躍が難しいことは多分悟っていただろう。しかし、キャトーズ・ジュイエに浮かれる気分をことごとく打ちのめしたのは、上り始めたプロトンから続々と伝えられる報だ。
まずロメン・バルデが落ち、ティボー・ピノが、ジャンクリストフ・ペローが、フランス人の期待を一身浴びてきたビッグネームたちが次々と脱落した。峠頂上のアナウンスで「Ooh La La(ウーララ)!」が連発される。そしてウーララな事態は止まらなかった。
チームスカイが前方でペースを上げると、ニーバリが、プリート・ロドリゲスが、バーギルが脱落した。バルベルデの2度に渡るアタックをGトーマスが抑えこむと、ラスト7kmからはリッチー・ポートが仕事を始める。驚異的な加速に、そしてコンタドール、ヴァンガーデレンまでも遅れる。着いて行けたのはキンタナのみ。しかしキンタナもフルームの残り6.4kmでの早めのアタックに反応できたのは一瞬だけ。すぐに分差がついた。
ひとりペダルの回転が軽いマイヨジョーヌが、ゴツゴツとした岩肌の露出した山頂へ淡々としたペダリングで到達する。相変わらず顔を伏せがちだが、ときおり顔を上げ観客のほうに視線を送るように見えた。
フルームがこれ以上ないほどの笑顔で喜びを爆発させると、後方でキンタナをマークして登ってきたポートが仕掛け、先着。スカイのワン・ツーを決めた。2013年のツールでも、フルームとポートは最初の山岳ステージ(第8ステージ)でワン・ツーを決め、ライバルたちに大打撃を与えることに成功した。そのシーンが思い出される。
キンタナは1分4秒、ヴァンガーデレンは2分30秒、コンタドールは2分51秒、ニーバリは4分25秒を失った。総合では2位ヴァンガーデレンが2分52秒差、3位キンタナが3分09秒差、6位コンタドールは4分04秒差、10位ニーバリは6分57秒差という、大きな差がついてしまった。最初の山岳で、すでに今年のツールが決まってしまったと言っていい差だ。沿道には「セ・フィニ」(もう終わり)という嘆きのような声が挙がった。
フルームとチームスカイの完勝。ライバルたちは徹底的に叩き潰した。スカイの他のチームはすべて負け、としか形容できないステージになった。他に成功らしい成功を挙げるとするなら、グライペルがサガンからマイヨを奪還したこと。昨年はマイヨジョーヌを着たトニー・ギャロパンが超級山岳を登れることを証明したことと、オランダの星と言われて長く不振の続いていたロベルト・へーシンク(オランダ、ロットNLユンボ) の久々の躍進か。ニーバリもコンタドールも、上手く呼吸ができなかったという。ふたりを襲ったバッド・デイ。ニーバリは落車による痛みも感じていたという。
大きな余裕を手にしたフルーム。しかしコンタドールに対してはまだ油断していないことを明言する。過去の、2013年のツールではとくにコンタドールからは奇襲のような反撃を受け続けたことを忘れてはいないからだ。フルームは言う「コンタドールは2013年ツールで、横風区間と急勾配区間で僕達に攻撃を仕掛けてきた。恐らくまた同じ様なことが起きると予想している。僕たちは過去から学んでいるんだ」。
2013年ツールの第20ステージ、セムノズ頂上ゴールでフルームを置き去りにしたキンタナについても、まだ油断はしていない。「とにかく接戦は避けたいが、ナイロはグランツールの3週目が得意であることも知っている。彼は2013年のツールで、調子の悪い僕を置き去りにした。現に今日もそうするのかと思った。だからモビスターのペースアップとナイロのアタックを待った。でも実際にはナイロがアタックしなかったので、僕の方から仕掛けた」。
最初の山岳ステージ。最初の、しかもたったひとつの超級山岳が今年のツールのすべてを決めたように思える。ファボリ(優勝候補)はぐっと減り、ファンタスティック・フォーの呼称はもう使えない。しかし本番はこれから。難関はこの先にまだたくさん控えている。
text:Makoto.AYANO
photo:Makoto.AYANO,Kei Tsuji,Tim de Waele,CorVos
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