ツールのなかに設定されたフレーシュ・ワロンヌ。短く急峻なユイの坂のバトルを制したプリートの走りの一方、傷ついて辿り着いた者、着けなかった者の姿は痛々しいステージになった。ニュートラルの是非を巡る議論はどこに着地したのだろう。



アントワープに建立されたエディ・メルクスの銅像。スタートを前に除幕式が行われたアントワープに建立されたエディ・メルクスの銅像。スタートを前に除幕式が行われた photo:CorVos
登壇するエディ・メルクス氏とベルナール・イノー氏登壇するエディ・メルクス氏とベルナール・イノー氏 photo:Kei Tsuji今はフォトグラファーとなったレオン・ファンボン。ツールのステージ優勝経験者だ今はフォトグラファーとなったレオン・ファンボン。ツールのステージ優勝経験者だ photo:Makoto.AYANO


ツールはオランダからベルギーへ。フランデレン地域・アントウェルペン州の州都アントワープが今日のスタートだ。少しだけ場所は違えども、春のクラシックの一戦のスヘルデプライスのスタート地点とほぼ同じ場所が会場になった。

ベルギーと言えば今年70歳になったエディ・メルクスの母国。70歳のお祝いと、今年がツールのフィニッシュ地点がシャンゼリゼになって40周年という記念の年であるため(よりによってその年にベルナール・テブネに負け、ツール6勝は叶わなかった)、今年は何かと表舞台にあがるカニバル(人喰い鬼の愛称)。アントワープにエディが自転車に乗り競う様を表現した像が披露された。

アントワープ市街をパレードするように巡ってから第3ステージはスタート。自転車が国技、そして国民の多くが熱狂的な自転車ファンという観客たちは沿道で静かに盛り上がる。フランスで感じるツールならではの黄色い歓声でなく、どこか厳しく目利きする自転車レース批評家のような眼差しを受けつつプロトンは出発していく。今日もツールのなかの「春のクラシック週間」の一戦、フレーシュ・ワロンヌだ。

自転車大国ベルギーの大勢の観客が沿道で見守る自転車大国ベルギーの大勢の観客が沿道で見守る photo:Makoto.AYANO
違ったのは春と夏の気候。じりじりと暑い陽射しのなか、ユイの坂にはフレーシュ・ワロンヌそのものに大勢の観客が押し寄せた。最大勾配19%、平均勾配9.6%、登坂距離1300mの「壁」、ミュール・ド・ユイを最速で駆け上ったのは「葉巻」を意味する「プリート」のアダ名を持つホアキン・ロドリゲス(カチューシャ)だった。

 ホアキン・ロドリゲス(スペイン、カチューシャ)がクリス・フルームを離してフィニッシュに向かう ホアキン・ロドリゲス(スペイン、カチューシャ)がクリス・フルームを離してフィニッシュに向かう photo:Makoto.AYANOプリートのサドルには飛び出す弾丸の絵が描かれている。ユイの短くてパンチの効いた登りは、小排気量ながら軽量で爆発力のあるクライマーの独壇場だった。ラスト400mという早めのアタックで先行。フルームもワンテンポ遅れて鋭くスパートして迫ったが、プリートに追いつくことはできなかった。

チームメイトと抱き合って喜ぶホアキン・ロドリゲス(スペイン、カチューシャ)チームメイトと抱き合って喜ぶホアキン・ロドリゲス(スペイン、カチューシャ) photo:Makoto.AYANO「完全に僕の間合いだった。力も最大限出すことができたし、勾配は本当に自分向き。いつもよりも少し長く待って、全力でアタックしたことが功を奏した」。

プリートはこの日、前日のゼーラントステージの落車で痛めた膝に不安を抱えて走りだしたが、チームメイトのアシストを受け、この日頻発した落車も避け、絶好調というまでに調子を上げてユイの麓に到達した。遅れてフィニッシュしたジャンパオロ・カルーゾ(イタリア)も、思わずプリート並みのガッツポーズを繰り出した。

意外に感じるが、これがプリートにとってツールでのステージ通算(たった)2勝目だ。前回の勝利を遡ると、それまでの区間勝利は2010年のチームカチューシャに加入した初年度に挙げたマザメでのステージ1勝のみ。

そのマザメのフィニッシュは今年もステージに組み込まれている名所、通称「ジャラベール山」だ。このユイと同じように、短い距離を急勾配で駆け上がる激坂だ。(そのときプリートは独走で逃げていたヴィノクロフに追いつき、コンタドールを頂上の平坦スプリントで下した)

コンタドールの仕上がりに疑問符

プリートに続いたクリス・フルーム(イギリス、チームスカイ)が軽やかなパワークライミングを披露した一方で、アルベルト・コンタドール(スペイン、ティンコフ・サクソ) は18秒差をつけられて、うなだれながらフィニッシュへ到達した。もともと短く・パンチ力が必要な急坂登りはやや苦手な印象があるものの、その走りにはどこか精彩を欠いている。

コンタドールは第1ステージのユトレヒトの個人TTでも後半にフォームが乱れ、まだまだ本調子には遠いことが伺えた。ユイの登りも意図的に力をセーブしている走りには見えず、果たしてこの後、ジロの疲労から回復し、調子を上げることができるのか? 仕上がりにやや疑問を抱かざるを得ない走りだった。

苦しい表情を見せるアルベルト・コンタドール(スペイン、ティンコフ・サクソ)苦しい表情を見せるアルベルト・コンタドール(スペイン、ティンコフ・サクソ) photo:Kei Tsujiロドリゲスとフルームに18秒遅れた アルベルト・コンタドール(スペイン、ティンコフ・サクソ) ロドリゲスとフルームに18秒遅れた アルベルト・コンタドール(スペイン、ティンコフ・サクソ) photo:Makoto.AYANO

約4分遅れでユイにフィニッシュするリッチー・ポート(チームスカイ)約4分遅れでユイにフィニッシュするリッチー・ポート(チームスカイ) photo:Makoto.AYANOユイで遅れたアンドリュー・タランスキー(キャノンデール・ガーミン)ユイで遅れたアンドリュー・タランスキー(キャノンデール・ガーミン) photo:Makoto.AYANO


ポディウムのセレモニーが始まる中、落車で傷ついた選手たちが点々とフィニッシュ地点に到達する。「どうしたらこんな状況になるのか?」と目を疑いたくなるほどジャージをひどく破り、広く擦過傷を負った肌が痛々しい。

中継画面に腰を抑えて痛がっている様子が映されていたように、カンチェラーラはやはり春のE3ハーレルベケで骨折した箇所とほぼ同じ位置を気にしていた。チームメイトにエスコートされ、なんとかフィニッシュラインを越えると、記者たちの質問攻めにも無表情で、声もなくチームバスへと直行した。搬送先の病院での診断の結果、E3での骨折とほぼ同じ位置の脊椎の骨折が判明してリタイアが決まった。

昨年もツールを途中で去ったカンチェラーラ。春の骨折からの回復にも長く時間がかかったが、また同じ状況に後戻り。マイヨジョーヌから再びのリタイアは、まさに天国から地獄へといった状況だ。明日は意欲を持って臨むと語っていた、ツールのパリ〜ルーベの日。出場さえ叶わなかったパリ〜ルーベのリベンジを狙っていたというのに、待っていたのは最悪の結果。力になると信じていたマイヨ・ジョーヌは、たった一日限りのものに。
遡ること今から11年前、カンチェラーラはベルギーはリエージュで開幕プロローグを制して初めてマイヨジョーヌを着た。リエージュの街はユイの坂からすぐの都市で、今夜の宿がある。カンチェラーラはここ思い出の地リエージュでマイヨジョーヌを脱ぎ、ツール・ド・フランスに別れを告げる。来年末には引退を示唆しているが、コースプロフィール的には今年がマイヨジョーヌを着る最後のチャンスだということも悟っている。ここでクラッシュしたのは、何か運命的なものを感じる。

腰の骨を折りながらもフィニッシュにたどりついたファビアン・カンチェラーラ(トレックファクトリーレーシング)腰の骨を折りながらもフィニッシュにたどりついたファビアン・カンチェラーラ(トレックファクトリーレーシング) photo:Makoto.AYANO
マイヨジョーヌの落車に注目が集まったが、マイヨブランも落車してその場でレースを去った。カンチェラーラから6秒差の総合3位につけていたトム・ドゥムラン(ジャイアント・アルペシン)は、この日ユイの坂の上でマイヨブランをジョーヌに着替えることを期待されていた。

落車の原因は、ジョン・デゲンコルブ(ジャイアント・アルペシン)の後輪とウィリアム・ボネ(FDJ.r)の前輪がハスったことで発生したという。ハイスピードで走る緩い下りカーブで起きた転倒が連鎖的に広がり、次々に選手たちをなぎ倒した。しかも走りだしてすぐ、また別の落車が起きる。

マイヨジョーヌのファビアン・カンチェラーラ(スイス、トレックファクトリーレーシング)が顔を歪めるマイヨジョーヌのファビアン・カンチェラーラ(スイス、トレックファクトリーレーシング)が顔を歪める photo:Tim de Waele落車の多発によってレースはニュートラル状態に落車の多発によってレースはニュートラル状態に photo:Tim de Waele

ひどく破れたジャージでフィニッシュするグレッグ・ヘンダーソン(ロット・ソウダル)ひどく破れたジャージでフィニッシュするグレッグ・ヘンダーソン(ロット・ソウダル) photo:Makoto.AYANO落車の影響が隠し切れないダリル・インピー(オリカ・グリーンエッジ)落車の影響が隠し切れないダリル・インピー(オリカ・グリーンエッジ) photo:Makoto.AYANO


クリスティアン・プリュドム氏が赤いディレクターカーの上から選手たちを制した。それでも行こうとする選手たちを引き止め、ニュートラリゼーションを宣言。

落車でレース中断が発令されるのは今までに例がないこと。走り続けたい選手たちがいたのも事実。しかしまだレースに火はついていない、ゴール50km前の時点。赤いシュコダのディレクターカーから、プリュドム氏はプロトンに徐々にスピードを落とすように両手を広げてアピール。選手たちを制した。アドレナリンが出て興奮状況にある選手たちを制止するのは難しかっただろう。

舌を出してフィニッシュするネイサン・ハース(キャノンデール・ガーミン)舌を出してフィニッシュするネイサン・ハース(キャノンデール・ガーミン) photo:Makoto.AYANOダニエル・オス(BMCレーシング)は落車で顔面を負傷したようだダニエル・オス(BMCレーシング)は落車で顔面を負傷したようだ photo:Makoto.AYANO落車の跡が生々しいマイケル・マシューズ(オーストラリア、オリカ・グリーンエッジ)落車の跡が生々しいマイケル・マシューズ(オーストラリア、オリカ・グリーンエッジ) photo:Makoto.AYANO辛辣な発言をすることで知られるエティックス・クイックステップのパトリックルフェーブルGMは、ツィッターで「I will remember this. Every crash we will waiting during the #tourdefrance」=「このことは覚えておこう。これからツール・ド・フランスでは落車があったら待つんだな」と発言。過激すぎる言葉だが、「カンチェラーラだから待つか?」などといった不満の声を代弁している。

確かに、「落車でレースを中止するなら、何人転んだら? どういう状況なら? その判断の境目は?」といった疑問は呈される。この件についてASOは、プリュドム氏やレースディレクターのティエリー・グブヌー氏、憲兵隊、医療班の代表を集めて、レース後に記者会見を開き、状況を説明した。

まずレース中断を決めた大きな要因として、立て続けに2つの大きな落車があったことでメディカルカー2台と救急車4台が対応し、手一杯になったことを理由として挙げた。車両も医療班も手が足らず、医療体制を維持したままレースを続行することが不可能になったというのだ。落車があることが前提の自転車レースでは、医療班の存在がない時点で深刻な負傷者が出ると命にかかわる事態になるというのだ。この主張に対しては、誰も反論できない。

医療班を代表してツールに随行する女性ドクターが発言する。「こんなにたくさんの選手が一度に医師の手当を要する事態を想定してはいない。病院に連れて行くにも救急車に乗らなくてはいけないが、それぞれの救急車にはベッドはひとつだけ。バスじゃないんです。ニュートラルは常識的な良い判断だったと言えます」。

カンチェラーラもニュートラルには感謝と同意を表した。「僕はコミッセールの判断には賛成だ。あの決定は選手達の安全、治療を優先してのこと。最初は混乱が起こったけれど、僕は落車に巻き込まれた選手たちを気の毒に思ったよ。たくさんの選手が地面に横たわっていたんだ。正しい判断だと思う」。

ゴール地点で慌ただしそうにする大会ディレクターのクリスティアン・プリュドム氏ゴール地点で慌ただしそうにする大会ディレクターのクリスティアン・プリュドム氏 photo:Makoto.AYANO
ニュートラルに対する異論は収まったように感じる。しかし、ツールの第1週には大規模な落車が続く、という、近年習慣づいたような事態はどうすれば防げるのだろう?

ツール開幕前にはバウク・モレマ(オランダ、トレックファクトリーレーシング)がニュースサイトへの投稿を通じて、「落車を無くす抜本的な改革が必要だ。出場選手をチームあたり9人から少なくして、集団の人数を減らしてはどうか?」といった提言をしていた。グランツール、なかでも大規模落車が毎年続くツール・ド・フランスについては、そろそろ抜本的な改革が必要なのかもしれない。

photo&text:Makoto.AYANO


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