ジロ・デ・イタリアの出場権を獲得しているNIPPOヴィーニファンティーニを春のクラシックで取材した。世界のトップレーサーたちと肩を並べ走る日本人選手の山本元喜と黒枝士揮。そして大門宏監督の考えるところは?



日本人選手がジロ・デ・イタリアに出場する可能性は? その問いかけに、大門宏監督は即答した。

「もちろん、必ずひとりは出しますよ」。

シュヘルデプライスに出場したNIPPOヴィーニファンティーニのフルメンバーシュヘルデプライスに出場したNIPPOヴィーニファンティーニのフルメンバー photo:Makoto.AYANO
5月まで1ヶ月を切ってますます現実味を帯びてきたチームヴィーニファンティーニNIPPOのジロ・デ・イタリア出場。チームのスターティングメンバーに日本人選手が入ることは、大門監督の心のなかではすでに決まっていることのようだ。

大門「今年はイタリア人メンバーも平均年齢が若く、ジロに関しては不安要素を抱えてるメンバーも少なくないので、日本人だから云々では無く、実力通り選んでも誰かは入ります。同時開催のツア ー・オブ・ジャパンのメンバーも踏まえて、ツアー・オブ・ターキーの前には誰を割り振りさせるか決めます。今のところ、登りの実力や安定感がチームの中でも上位の石橋学が有力ですが、山本、黒枝は未だ本来の持ち味を発揮出来てないのが現状です。個人的にはもう少し待ちたいのが本音ですが...」。

今年もジロを走ることが予定されている別府史之(トレックファクトリーレーシング)。近年の新城幸也(ユーロップカー)、ひいては今中大介(当時ポルティ)や野寺秀徳(当時コルパック)らに続くもうひとりの日本人選手が今年のジロ・デ・イタリアを走ることになるのは間違いなさそうだ。

プレゼンテーションで山本元喜が紹介されるプレゼンテーションで山本元喜が紹介される photo:Makoto.AYANOシュヘルデプライスのスタートに向かう黒枝士輝(NIPPOヴィーニファンティーニ)シュヘルデプライスのスタートに向かう黒枝士輝(NIPPOヴィーニファンティーニ) photo:Makoto.AYANO


ベルギー、オランダの春のクラシックを走った山本元喜と黒枝士揮

3月末〜4月頭のオランダ、ベルギーの春のクラシックを転戦するチームを訪ねた。まずは西フランドル3日間レースとデパンヌ・コクサイデ3日間レースを終えた直後の山本元喜、黒枝士揮のふたりに話を聞いた。(石橋学は期間中のメンバーからは外れていた)。

デパンヌ・コクサイデ3日間レースはロンド・ファン・フラーンデレンの前哨戦として知られ、ロンド出場選手の多くが最終調整のために出場する。優勝者はロンドを覇することになったアレクサンダー・クリストフ(カチューシャ)。山本は第3aステージで膝の痛みのためリタイア。黒枝は完走にこぎつけている(第3bステージの個人TTは上位120人までのエントリーのため出走できず)。

ヘント〜ウェヴェルヘム以降、悪天候の続いたベルギーはフランドル地方。デパンヌも例外ではなく、連日嵐のような強風に苦しめられたという山本と黒枝。どのような走りだったのか、レース翌日に振り返ってもらった。

黒枝士揮黒枝士揮 photo:Makoto.AYANO黒枝士揮「連日風がキツくて、体重が52kgと軽い自分は突風で煽られて浮いてしまいました。欧州でのレースは2シーズン目。ベルギーのレースは石畳がキツいのは知っていたんですが、プロツアーチームがレースをコントロールしだすと一気にペースが上がって、位置取りが悪いと致命的になってしまう。僕はずっと苦しんでいました。それでも楽しかった。

山本元喜山本元喜 photo:Makoto.AYANOレースではチームのために何かをするというのではなく、監督からは『とにかく耐えろ』『絶対完走するように』と言われていました。連日グルペット完走ですが、そこから落ちるワケにはいかない。『耐えないとレース自体の真のレベルも解らないから』と言われていて。我慢する力はつきました。過酷でした。西フランドル3日間レースではケンメルベルグで遅れていたんですが、デパンヌでは集団でケンメルを越えることができたのが少しの進歩です」。

山本元喜「レースではなく、練習させられている感じでした。日本では経験できない強度です。アジアのレースやJプロツアーでもこんなキツいレースは無かった。自分は寒いときや強度が高い走りをすると膝に痛みがでることがあるんですが、デパンヌは最後に膝が痛くなってしまった。それだけ限界まで追い込んでいたようです。

シーズン最初のアルゼンチンのUCI1クラスのレース(ツアー・オブ・サンルイス)ではそこそこ走れたので『自分もいけるかも?』と思っていたんですが、ヨーロッパ・ツアーはやはり違いました。こちらの1クラスのレースで最後まで前方集団に残れるようになりたいですね」。

大門監督はふたりの走りを次のように評する。

ジロ・デ・イタリアでステージ優勝の経験がある監督のマリオ・マンゾーニ氏と大門宏氏ジロ・デ・イタリアでステージ優勝の経験がある監督のマリオ・マンゾーニ氏と大門宏氏 photo:Makoto.AYANO大門「ふたりともよく耐えていますね。耐えるしか無い。もともと彼らのレベルのレースではなくて、プロツアーの選手たちが主役のレースです。彼らはこのクラスのレースで走れるようになるためにこのチームに入ったわけですから、耐えるしかないんですよね。彼らに向いていないレースというのもありますが、耐えて耐えて、頭の神経が切れるぐらいまで耐えるところまでいっています。

それでも山本は根っからのアタッカーなんです。突風が吹いているなかでも集団の横から強引に前に行こうとする。少しでも楽と感じたらすぐ自分で動こうとするんです。その結果、余計に苦労しているようです。

黒枝はスプリンターですから、自分が力を使わないでいいポジションや動き方を良く知っている。黒枝はアジアで勝てる選手です。でも、ここでは最後にスプリント勝負に加わるというレベルではないので、何のために走っているか解らなくなるかもしれません。2人とも相当に苦しんでいるはずです。

山本と黒枝はジュニアの頃から自分が勝ちにいく選手でした。常に周りから勝つことを期待されていたはずです。しかしここではそれが難しい。スプリンターの黒枝は今、スプリントができないことでジレンマを感じていると思います。山本は自身の勝てるペースに嵌ると実力をフルに発揮できるタイプ。ただし自身のパターンに持ち込めないと、力任せな面が目立ち、そういった強引な戦法が裏目に出て苦しんでいます。

一方、石橋はスタートから先ず周り(チームメイト)の動きを見ながら『自分は何ができるか』を考えて走っています。彼はチーム次第で自分の役割を見つけだすタイプです。ですから必然的にチームからのオーダーにも迷いは無いと思いますが、「役割」を遂行出来なければ「居場所」を失う。

勝てるか勝てないか?という基準で選ぶなら、石橋自身の動きはレベルを下げても基本的に変わらないと思うが、黒枝、山本は平均速度が何キロか落ちるだけでも勝てる可能性は一気に高くなるでしょうね」。

「いつかプロツアーレベルに近づけることを信じて、耐える」

山本元喜(NIPPOヴィーニファンティーニ)山本元喜(NIPPOヴィーニファンティーニ) photo:Makoto.AYANO
完走ぎりぎりのレースを続ける日本人選手。プロツアーレベルの選手たちに混じって走るトップレースでなら当然のことだ。それでもあえて挑戦させる。その意図とは? 大門監督はこう続ける。

大門「ひと昔と最近の違いは、かつてはヨーロッパのレースを走るにはNIPPOで走るしかなかった。でも今は他のチームもあるので、例えば自身の展開に持ち込み易いアジアのレースをメインに走りながら勝利を目指すことを考えたら、受け入れてくれそうなチーム選びは難しくない。山本も黒枝も、彼らの力をもってすれば受け入れてくれるチームは多くあるはずです。それをなぜこのチームで走っているかといえば、彼らが別府や新城のようになりたいと思っているからなんです。彼らはそういう周りからの期待も感じているでしょう。それだったら同じレースを走って、高い目標を継続するか、それとも下方修正するか、見極めるしかない。単純な話です」。

山本は言う。「今まで体験したことのない領域ですが、このレースがあるからここで走らないといけないという目標を持てます。いい経験になります。こちらで出場するレースすべてが自分のレベルを超えていますから、ローカルレースもビッグレースも引きずり回されて苦しむレベルは変わらないんです(笑)。しかし追い込まれることによって鍛えられる。

でも自分では、いつか逃げに乗りたいというのがあります。アタックできそうなところでは行きたい。気持ちとしては降りたくなっても絶対に降りない。レースで勝ちたいと思ったら、こんなにレベルの高いところで走る必要はないんです。この強度のレースに耐えることを続けていれば、自分自身もいつかこのレベルに追いつく日が来ると信じて頑張っています」。

落車に巻き込まれ、脚の痛みをこらえながらゴールした黒枝士揮(NIPPO VINIFANTINI)落車に巻き込まれ、脚の痛みをこらえながらゴールした黒枝士揮(NIPPO VINIFANTINI) photo:Makoto.AYANO
黒枝は言う。「僕はスプリンターなので、本来はレースの最後にスプリントをするのが僕の仕事。結果を残さなくてはいけないというなかで、毎回集団からちぎれていたりグルペット完走では仕事になっていないことになる。だから歯痒く、苦しい気持ちがあります。でもそんなことを言っていても、今は我慢の時。修行のつもりで走っています。チームメイトにも申し訳ない気持ちがありますが、いつか恩返しができれば。いつか仕事ができる日が来るようにしなくてはいけないです。

経験を積んでいる実感はあります。やるしかない。帰りたくなればそれまで。レースを学びながら、もし脚があればどう動けばいいかはわかるんです。間近で見ていても、『人間ってこんなに踏めるんだ』という選手がいる。自分もできる気はします」。

大門監督は言う。「プロツアーは90%のアシストと10%のエースで成り立っている世界。勝負に絡めない、歯車の様にチームの為に力を使うだけの選手がほとんどの世界です。彼らはスタートから瀬戸際に立たされている。いつ辞めたくなっても(諦めても)不思議じゃない。 でも、そこから逃げてステージを変えてしまうと先は無い。僕のこれまでの経験から言えば「敗者復活戦」のチャンスが与えられる可能性は極めて低い。日本のプロ野球と同じで”ウルトラトップレベル”(頂点)ですから、メジャーな国で育った選手にとっても大変酷な世界です。

よく『次世代の別府、新城が現れないのは取り組み方が間違ってるんじゃないか?』というような意見も耳にしますが、僕はある意味、万国共通1パーセントの確率の世界だと確信しています。この先20年間、日本から次のプロ選手が出てこなくても何の不思議もない世界です。

ただし、だからといって何もせず、戦場にも足を運ばず指をくわえて確率論を唱えている気はありません。実質的な彼等の進歩と成長を考えれば、ジロのメンバーに選ばれるか選ばれないかってことはそんなに重要ではありません。先ずはチームの中での「安定した存在感」を達成できれば次のステップに繋がります。与えられた制限時間は決して多くありませんが、今後も彼等のチャレンジを支えて行きたいですね。



ヴォルタ・リンブルグクラシック(UCI-1.1)

追走集団に入ったダミアーノ・クネゴ(NIPPOヴィーニファンティーニ)追走集団に入ったダミアーノ・クネゴ(NIPPOヴィーニファンティーニ) photo:Makoto.AYANOデパンヌ3日間レースから1日をおいて、黒枝と山本のふたりはヴォルタ・リンブルグクラシックに出場。アムステルゴールドレースと同じ主催者による、「ミニアムステル」とも言えるこのレースは、リンブルグ州ならではの小さな丘が連続するコース。曲がりくねった農道を組み合わせた狭いコースの路面の大半は雨に濡れ、危険極まりない状況。レースは序盤から人数減らしのアタックが続き、ペースが上がった。黒枝はチームメイトのコッリから受け取ったレインウェアをチームカーに届けに戻ったときに集団のペースアップにあい、遅れを喫した。山本も連続するアップダウンでのペースアップに対応できずに遅れ、2人とも序盤でリタイアを喫した。

チームではエトナ山での高地トレーニングを中断して参戦したエースのダミアーノ・クネゴが8位になった。アムステルゴールドレースと同じ主催者による招待のため参戦したクネゴだが、調整段階であってもいい走りを披露するのはさすがだ。

8位でヴォルタ・リンブルグクラシックを終えたダミアーノ・クネゴ(NIPPOヴィーニファンティーニ)8位でヴォルタ・リンブルグクラシックを終えたダミアーノ・クネゴ(NIPPOヴィーニファンティーニ) photo:Makoto.AYANO


シュヘルデプライス(UCI-1.HC)

続く水曜日はシュヘルデプライス。ロンド・ファン・フラーンデレンとパリ〜ルーベの2つのモニュメントレースの両週末に挟まれた、UCI-1.HCクラスの平坦路レースだ。ちなみにこのレースでもアレクサンダー・クリストフ(カチューシャ)が優勝。黒枝は最後までメイン集団に残ったが、ラスト1kmで発生した落車に巻き込まれた。しかし復帰して完走。山本はすでに遅れていたため落車の影響はなく、それぞれ約2分、5分遅れで遅れで完走した。つまり二人揃ってUCI-1.HC(オークラス)での完走にこぎつけたというわけだ。NIPPOヴィーニファンティーニはニコラス・マリーニが7位につけ、好結果をもって春のクラシックを終えた。

アレクサンダー・クリストフ(カチューシャ)が勝利したが、ニコラス・マリーニが7位につけたアレクサンダー・クリストフ(カチューシャ)が勝利したが、ニコラス・マリーニが7位につけた photo:Makoto.AYANO黒枝士揮(NIPPOヴィーニファンティーニ)黒枝士揮(NIPPOヴィーニファンティーニ) photo:Makoto.AYANO

シュヘルデプライスを無事完走。レースを終え安堵の表情をみせる山本元喜と黒枝士揮シュヘルデプライスを無事完走。レースを終え安堵の表情をみせる山本元喜と黒枝士揮 photo:Makoto.AYANO
レースの間、ふたりの日本人レーサーが集団最後尾で苦しむ姿がTVカメラの興味を惹いたためか、しきりにライブ放映において名前のテロップ付きで紹介される注目度だった。もちろんふたりには不本意な取り上げられ方だろうが。ともかく、トップレースで奮闘するふたりの小さな日本人は欧州ロードファンたちのよく知るところとなったはずだ。



「スタッフも選手と同じように大切」 日・伊チーム体制でジロへ

NIPPOヴィーニファンティーニには現在、福井響メカニック、坂本拓也マッサーの2人もレースに帯同している。ともに鹿屋体育大学出身の出身だ。福井は自転車競技部在籍中の早くからメカニックを志望して活動してきた異例の存在(詳しい経歴の記事はこちら)。同大4年生の頃からチームに合流し、今季よりチームスタッフとして正式に採用された。デローザ工房でのチームバイクの組付けも行っている。

マッサーの坂本は自転車競技とは無縁だったが、スポーツトレーナーを目指し活動するなかでスタッフの現場派遣・育成を重視する自転車競技部の方針とタイミング的にも合致したことでNIPPO入りを選択した。自転車競技をメインフィールドに、このスポーツへの理解を深めながら活動していくことになる。かつてNIPPOからファッサボルトロに羽ばたいた永井孝樹メカ、現在もティンコフ・サクソで活躍する中野喜文マッサーに続く人材となるだろう。大門氏が送り出した人材は、その目立つ2人以外にも数えきれない数に及ぶ。

チームの夕食  キャプテンのダミアーノ・クネゴが居ると空気が引き締まるチームの夕食 キャプテンのダミアーノ・クネゴが居ると空気が引き締まる photo:Makoto.AYANO注がれるワインはもちろんVINI FANTINI。注いでくれているのはマンゾーニ監督だ注がれるワインはもちろんVINI FANTINI。注いでくれているのはマンゾーニ監督だ photo:Makoto.AYANO

カタコトの日本語とイタリア語を交わしながら楽しそうに作業するメカニックの福井響とアレッサンドロカタコトの日本語とイタリア語を交わしながら楽しそうに作業するメカニックの福井響とアレッサンドロ photo:Makoto.AYANO補給食の用意をする坂本拓也マッサー補給食の用意をする坂本拓也マッサー photo:Makoto.AYANO


大門監督は言う。「チームにおいてはスタッフも選手と同じぐらい大切です。スタッフは育てることが必要です。トップを目指すメカニックやマッサーは、とくにこちら(欧州)に来て活動しなければいけない。例えばメカニックが扱う自転車・機材の量は国内レースとは桁違い。マッサーも同じこと。選手は走れなくなったら続けられなくなるけれど、スタッフは見守る側(雇用主)にも忍耐が求められる分野。 日本人には現地スタッフとのコミュニケーションに欠かせない言葉のハンディも試練です。先ずは契約の更新を重ねることが果たせた3年後の姿を見てみたいですね」。

ダミアーノ・クネゴの乗るデローザ・プロトスダミアーノ・クネゴの乗るデローザ・プロトス photo:Makoto.AYANOIRCタイヤ製のプロトタイプチューブラーをメインに使用。状況によりチューブレスとクリンチャーも使うIRCタイヤ製のプロトタイプチューブラーをメインに使用。状況によりチューブレスとクリンチャーも使う photo:Makoto.AYANO

トラックには「1st ITALIAN JAPANESE PRO CYCLING TEAM」のスローガントラックには「1st ITALIAN JAPANESE PRO CYCLING TEAM」のスローガン photo:Makoto.AYANOチームのシューズには「日本」が入る。ソックスは日本のFootMax製だチームのシューズには「日本」が入る。ソックスは日本のFootMax製だ photo:Makoto.AYANO


チームNIPPOヴィーニファンティーニには3人の選手、メカニックとマッサーのふたり、そして大門監督を含めれば6人の日本人がいることになる。

チームカーやトラック、そしてチーム公式サイトには「1st ITALIAN JAPANESE PRO CYCLING TEAM」(=日本人とイタリア人による最初のプロチーム)というキャッチコピーが大きく記されている。つまり、チームの今季最大の舞台であるジロ・デ・イタリアにも、日本人とイタリア人によるメンバーで出場することは、チームの当然の目標となっているのだ。

photo&text:Makoto.AYANO in Belgium