6月29日に行われた全日本選手権ロードレース。男子エリートで井上和郎が準優勝、清水都貴が4位という成績を残したブリヂストンアンカーによるインサイドレポートを紹介する。刻々と変化していく展開の中、選手の、そしてチームの思惑が交錯する。



コースを試走する選手たちコースを試走する選手たち photo:Hiroyuki Nakagawa全日本選手権とは、国内自転車ロードレースの世界におき、他のレースとは一線を画する。全日本チャンピオンジャージの持つ重みというのは、日本国内での意味合いはもとより、世界シーンに置けるライダーの品格を決定するのは、ロードレースシーンを知るものならことさらに言うまでもなかろう。毎年の全日本選手権だけを見る、というロードレースファンが多いのも不思議ではない。

準備されたバイクが並ぶ準備されたバイクが並ぶ photo:Hiroyuki Nakagawaまずは2014年の全日本選手権、その概略をご理解頂こう。その舞台は岩手県八幡平市。宮沢賢治が証するところの"イーハトーブ"を体現する岩手山の麓に描かれた、全日本のコースは一周15.8km、高低差220m。ほぼ平坦な部分はない。スタートして下り基調で12km、残りの約4kmを登るレイアウトである。テクニカルなコーナーもなく、少数で先行するより大きな集団で展開するのが有利となる。ここを14周し、日本一の男とそれを支えるチームが決まる。

どのレースでも選手は大きく注目されるが、タイトルを獲得するのはチームの総合力である。監督は選手のコンディションを勘案した作戦を立て、メカニックは機材を完璧に整備し、マッサージャーはレース中の補給を担当し、ドクターは……と、多くの支えをもち、その総合力となる。多くを述べる必要はないと思うが、レースそのもの結果とは、言葉通りの結果である。


指示を与える水谷監督指示を与える水谷監督 photo:Junya Yamauchi集中した表情でスタートを待つ井上和郎集中した表情でスタートを待つ井上和郎 photo:Junya Yamauchi

準備を整える井上。スタートの時が迫る準備を整える井上。スタートの時が迫る photo:Junya Yamauchi


逃げる11名。伊丹がペースメイク逃げる11名。伊丹がペースメイク photo:Junya Yamauchi2年前、同じコースで行なわれた全日本選手権では1周目に先行グループが形成。有力選手は後方集団で待機し、最後の上りで勝負が決した。ゴール手前100mまで一度も先頭に立たなかったという結果に評価は分かれた。レースファンにとって勝ち方は見逃せない要素かもしれないが、現場で戦うチームには、勝利こそがすべてである。その想いが選手やスタッフから発せられ、静寂な中に濃密な緊張感が漂よった。

タイム差を縮めるべくブリヂストンアンカーがペースメイクタイム差を縮めるべくブリヂストンアンカーがペースメイク photo:Junya Yamauchi雨が上がり、気温も上昇。レインジャケットを脱いで勝負に備える雨が上がり、気温も上昇。レインジャケットを脱いで勝負に備える photo:Junya Yamauchi8時にスタートした集団はパレード走行を終え、一気にアタックの応酬へ。これはエースの体力を温存させるための作戦であり、有力チームのアシスト選手が責を担う。監督の水谷壮宏はこう述べていた。「アシスト勢を先行させ、清水の体力を温存させる」ため、内間康平と椿大志を送り込む作戦を立てた。

先行に成功したのは井上と伊丹健治だったが、11人の先行グループの中には、主要チームがすべて揃った。ほぼ作戦通りの展開だ。あとはライバルチームの追撃を利用し、効率的に清水の消耗を最小限に抑える。最後はエース同士の戦いになるだろう。が、それこそがチームの望むところである。清水はコンディションもよく、調子の良さは自他ともに認める状態だ。

勝負は先頭を行く3名に絞られた勝負は先頭を行く3名に絞られた photo:Hiroyuki Nakagawaいつ、誰が、どのように先行集団を捕まえるのか。先行集団と後続との差はおよそ5分。メイン集団がその気になれば、数周で手の届く範囲だ。チームメイトが先行している場合、そのチームは前を追わないのがセオリーだ。エースと言えど、自らの勝利を欲して前を追うことはできない。全日本選手権は個人タイトルだが、ゴールはチームとしての勝利であり、そのためには、たとえエゴイスティックな動きであったとしても、非難はない。エースを温存するという前提条件は、ライバルの動きがあってこそなのだ。

周回を重ねていくが、タイム差は予想のようには縮まらなかった。作戦通りだが、理想ではない。そして残り2周、先頭の11名から井上ら3人が先行する。他のチームのエースが、下馬評の高い海外チームライダーの動きを懸念しすぎ、動かないことに(おそらく)いらだちを見せた清水は最終周回、1人で前を追う。だが、時既に遅し、チャンピオン争いは先行する井上たちの手中にあった。

国内ロードレースで200kmを越えることは極めて稀だ。この長距離で勝負できるのは数名しかいない。海外遠征をこなす井上と山本元喜(ヴィーニファンティーニ)、昨年までヨーロッパで活動していた佐野淳哉(那須ブラーゼン)。今ここに、残るべくして残った選手である。残り2kmで佐野が抜け出すと井上はわずかに遅れる。その後方には清水の姿も見えたが、ゴールは目前。井上は再度ペースを上げ、佐野から遅れること10秒でゴールラインを通過した。



山本を突き放し、2位で井上がフィニッシュ山本を突き放し、2位で井上がフィニッシュ photo:Junya Yamauchi


井上は、レース後にこう語っていた。

「今回もエースはミヤタカだったんですね。でも、今日みたいな展開であれば、勝負できる人間を前に乗せたいという戦略もあって、ボクもずっとその覚悟はしていました。後ろ1分に、19人の脚のそろった精鋭集団が迫っていて」

ー残すところ1周半、『行け』という指示が出ました。

「悩みました。そこで3人で牽制したら、3人とも喰われて、それならそれでミヤタカが集団の頭を取ってくれてたとは思うんですけど……。悩みましたけど、自分だって勝負するという覚悟を決めていたので、ここはやるしかないと思いました。ぎりぎりの脚の削り合いをしていて、絶対先頭を外しちゃいけないなと思って、それは絶対条件だったので」



ゴール後にうずくまる井上ゴール後にうずくまる井上 photo:Junya Yamauchi井上の表情から悔しさがにじみ出る井上の表情から悔しさがにじみ出る photo:Junya Yamauchi

表彰台に上がる井上和郎表彰台に上がる井上和郎 photo:Hiroyuki Nakagawa


スタート前、スタッフは井上をこう評価していた。「和郎はとても真面目なヤツです。作戦通り、都貴(清水)のために走るでしょうけど、年齢や実力を考えたら、自分で狙ったっておかしくない」その言葉通り、井上の実力が発揮されたレースであった。一方の清水は「自分のことは残念だけど、和郎さんが前で勝負できたのは、とてもいいことだった」とコメントを残している。

全日本選手権2位という成績は、井上にとっても誇らしい成績である。しかし、表彰式で3位の山本が満面の笑みを浮かべるのとは対照的に、彼の表情には明らかな悔しさが滲んでいた。勝負事に運は必要不可欠だ。しかし、運に左右されないように準備するのがチームや選手である。10年ぶりのタイトル奪還はできなかったが、ブリヂストンアンカーの強さは十分に感じることができた。

text:Takehiro Kikuchi
photo:Hiroyuki Nakagawa,Junya Yamauchi


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