驚きの軽さを武器に登場したÉmonda。コンタドールが駆る軽量オールラウンダーは、如何にしてレーシングバイクとしてのバランスを保ったまま、軽さに磨きを掛けたのか。OCLVカーボンの生みの親であるジム・コールグローブ氏、そしてプロダクトマネージャーを務めるベン・コーツ氏に話を聞いた。

トレック本社でのプレゼンテーション 開発陣に聞くÉmondaの真髄

ジョン・バーク社長邸宅でのウェルカムパーティーに参加した翌日、我々サイクルジャーナリストグループは朝早くから延々と続く一本道を飛ばすバスの車中にあった。これから向かうのは、ウィスコンシン州はウォータールーにある、トレック本社。ヘッドクォーター、つまり開発・製造部門の中枢で行われるプレゼンテーションに参加するためだ。

ウィスコンシン州、ウォータールーにあるトレック本社。ここはエントランスの一部分ウィスコンシン州、ウォータールーにあるトレック本社。ここはエントランスの一部分 プレゼンテーションを進めていくベン・コーツ氏プレゼンテーションを進めていくベン・コーツ氏

ジャーナリスト用に仕立てられたÉmonda SLR Discジャーナリスト用に仕立てられたÉmonda SLR Disc トレックの展示スペースには小さな博物館コーナーもあったトレックの展示スペースには小さな博物館コーナーもあった

圧倒されるほどに大規模、そして整理整頓された本社を巡りながら、我々は座学のプレゼンテーションを受け、一般にも行われているというファクトリーツアーを経ながら、Émonda、そしてトレック製品が如何に開発され、世界中のカスタマーに送り出されていくかを見ることができた。その過程でインタビュー時間を設けてもらい、開発陣に話を聞いた。

先代から大きな形状変更なく、Émondaが重量削減、そして性能向上を果たした裏側には、トレックが誇るOCLVカーボンの進化がある。その極意は残念ながら企業秘密として語られなかったものの、カーボン開発のアプローチやR&D、そしてこれからの可能性について、トレック技術開発の重鎮であり、OCLVカーボンの生みの親であるジム・コールグローブ氏が語ってくれた。コールグローブ氏は航空宇宙産業の開発者として戦闘機などの開発に携わった後、1991年にトレック入りしてからOCLVを生み出し、常にカーボンの可能性について探求を続けてきた、トレック開発陣における重鎮的存在だ。

「製造工程、素材、積層。全てをリファインしている」

OCLVカーボンの生みの親であるジム・コールグローブ氏OCLVカーボンの生みの親であるジム・コールグローブ氏
―本日はありがとうございます。まずはÉmondaに使われているOCLVカーボンですが、その番号は700と5年前からアップデートされていません。どのような進化を遂げているのでしょうか?

OK、実際にはOCLV700で表記こそ変わりませんが、素材にだけ関して言えば従来と異なるものも使っています。三菱、東レ、ヘクセル、東邦など、様々なサプライヤーの製品をミックスし、各グレードのカーボンをフレームのどの部分に使うか、繊維の向きや積層はどうか、そしてレジンや製造工程など、全ての項目をリファインしました。すでに十分軽量なバイクフレームにおいて、さらに7%の重量削減とは大きな成果だと考えています。

OCLVとはカーボン素材の名前ではなく、工程全体のプロセスを指す言葉。カーボン製品の製造は、金型を用い、プリプレグ(樹脂に浸したカーボンシート)を重ね、内側から圧力をかけながら加熱成型して行いますが、その中で最も重要なことが、カーボンシートや樹脂の中から可能な限り、強度低下を招く気泡を除去すること。トレックも含めて隙間が全く存在しないカーボンを作ることは現時点では不可能ですが、ゼロに近づけることを目指してアプローチしています。OCLVとは「Optimum Compaction, Low Void(超高密度圧縮、空隙)」の頭文字をとったものであり、他社よりも厳しいテストをクリアしたフレームのみだけを流通させています。この高度な品質管理はトレックがずっと変えていないことです。

「カーボンに関しては全ての項目をリファインしている」「カーボンに関しては全ての項目をリファインしている」
私がトレックに入社した1990年時点では、軽量化は非常に簡単なことでした。まだまだカーボン素材が認知され始めた頃だったので、素材そのものや積層、シェイプの工夫によって大幅に重量を削減することができた。でも技術が進歩した今、特に700gを切るような超軽量バイクの世界では、数gを削り取るのに物凄い労力を要するようになりました。トレックが行っているものと同等の高度な分析は必要不可欠ですし、今回Émondaがテーマとした「走り性能」を向上させていく上では実際に走行テストを重ね、快適性や加速感を試すことも必要です。実際にÉmondaではプロはもちろん、社内スタッフ、一般ライダーにも渡してテストを行ってもらいました。

今やラボでの研究なしには今日のようなバイクは設計できません。例えばフレームのこの箇所は最小限の重量で、でも剛性は最大に、といったコントロールも可能です。あらゆる要素をコンピューターシミュレーションに落とし込むことで、極めて正解に近いところまでたどり着くことでき、それが我々の成功の鍵となります。

グラフ中のドット一つ一つがシミュレーション上のプロトタイプを表している。赤ドットが実現可能なもので、その中から最適解を探していったグラフ中のドット一つ一つがシミュレーション上のプロトタイプを表している。赤ドットが実現可能なもので、その中から最適解を探していった 左図はFEM解析によってどの部分にどのカーボンを使うかを表している。右図は高速ダウンヒル中の負荷を表した図左図はFEM解析によってどの部分にどのカーボンを使うかを表している。右図は高速ダウンヒル中の負荷を表した図

しかし、実世界でのテスト結果がコンピュータ上の計測よりも大切です。人はどこにバイクの良し悪しを感じるのか、よく走ると判断するのか、しなやかさはどうか。私にとって、こういったバイク設計の核心に触れる体験は素晴らしいものなのです。

競合他社も大なり小なり同じような分析手法を採用していることは当然の事実ですが、それは少しでも軽くて進むバイクを追求するため。でも僕達が注目すべきなのはライドパフォーマンスそのもの。ライドパフォーマンスとは、サドルの上で感じる快適性だったり、高速コーナーを攻める時の安定感。他社よりも一歩先を見た開発を行っていると自負しています。

「まだまだカーボンには多くの可能性が秘められている」

「まだまだカーボンには多くの可能性が秘められている。だから私はカーボンを愛しているのです」「まだまだカーボンには多くの可能性が秘められている。だから私はカーボンを愛しているのです」 ここまでを踏まえて大事なのは、最新のエンジニアリングツールを正しく活用して、次のレベルの製品開発に役立てること。私はトレックでカーボン開発に携わって26年になりますが、まだまだカーボン、そしてカーボンが持つ可能性には驚かされ続けています。もともとカーボンシート自体はごく薄い紙のようなものなのに、最先端の技術を使い、エポキシやレジンなどを組み合わせることで、640gのフレームも作れるし、太平洋の上を飛ぶ航空機だって作り出すことができる。こんなことは昔は考えられなかったことですし、だからこそ私はカーボンを愛しています。

カーボンについての研究自体はかなり進化していますが、まだまだ改善の余地は無限に広がっていると感じています。例えば軽量性一つとっても、グラフの漸近線が決してx軸と交わらないように、決して限界値というものに達することはありません。前述したように10年以上前だったら一気に軽くできましたが、今は数gを数年間かけて軽くしている段階。しかし、ナノチューブやグラフェンといった新素材を組み合わせることで、もう一度革命が起きるだろうと予測しています。

もちろんそれら新素材の導入や実用化にはまだまだ長い時間が掛かります。それらを使っていると謳ったパーツを購入してテストも行いましたが、現時点ではどれもただのコマーシャルに過ぎないと判断しました。本当のグラフェンバイクや、カーボンナノチューブバイクが登場するにはより研究が進まないといけませんし、まだまだ莫大な開発費を投じる必要があるんです。

私はトレック以前には航空宇宙産業に携わっていましたが、そのおかげで様々な角度からカーボンを捉えることができています。航空宇宙産業、軍事産業、そしてスポーツ産業と、現在では様々な分野で同時にカーボン開発が行われていて、共通するのはカーボンをより軽く、よりハイパフォーマンスにというキーワード。だから他産業の動向には注目していますし、波紋のように革新的な技術が広がっていくことを期待しています。

ロードバイク・プロダクトマネージャーのベン・コーツ氏に聞くÉmonda

コールグローブ氏に続いてインタビューしたのは、ロードバイク・プロダクトマネージャーを務めるベン・コーツ氏。コーツ氏はこれまで責任者として2012年の先代Madoneを始め、ほぼ全てのハイエンドモデルの開発で陣頭指揮を取ってきた人物だ。

Émonda開発の陣頭指揮を取ったベン・コーツ氏Émonda開発の陣頭指揮を取ったベン・コーツ氏
―640gという数字が語られた時、その場に居あわせた誰もが驚いたように思いました。開発でのキーポイントはどんなことだったのでしょうか。

「グラベルロードに突っ込んでも余裕を持って楽しむことができる超軽量バイクを」「グラベルロードに突っ込んでも余裕を持って楽しむことができる超軽量バイクを」 (c)Trekもちろん目指したことは、先代よりも軽くすること。2014年に発表した先代ですら690gと現在でもトップクラスの軽さが自慢でしたが、もっと上回ってみせようじゃないかと開発に乗り出しました。ですが、それと同じくらい重要視したことが、レーシングバイクとしての質を高めることです。

登りでも下りでも思いのままに操ることができ、グラベルロードに突っ込んでも余裕を持って楽しむことができるバイク。そしてもちろんトレックの厳しい安全基準をクリアし、ライフタイム・ワランティ(生涯保証)も適用させること。これを実現することはかなりチャレンジングでしたが、結果的に全ての数値を向上させることができました。

「Émondaを、Émondaらしく性能を高めた」

―Domaneで採用され、エアロロードのMadoneにも波及したIsoSpeedを投入してくるかと思ったのですが、少し意外にも感じました。

それは、ÉmondaがÉmondaであるから。IsoSpeedはアイディアの一つとして議論されましたが、やはり重量がかさんでしまうために見送りました。トレックがÉmonda、Madone、Domaneと3本柱を用意しているのは、それぞれの分野に特化させた最高の相棒を、プロライダーはもちろん、一般ユーザーにも使ってもらうため。平坦コースを速く駆け抜ける上では多少の重量増加はあまり問題ありません。だからMadoneには快適性を付与するためにIsoSpeedを投入しましたが、Émondaにとって最大の使命は重量を絞り込むこと。それにヒルクライム中は速度が落ちて衝撃も小さくなるため、IsoSpeedは「無くても良い」という答えになります。

「軽量バイクの本質を崩すことがないように開発を進めた」「軽量バイクの本質を崩すことがないように開発を進めた」 (c)Trek
いくらバイクの性能が進んだ現在でも、空力、快適性、軽量というカテゴリーを完璧に網羅したものを作りあげることは不可能です。高速巡航を考えるならばアイオロス5などのエアロホイールを投入することでカバーできます。1モデルしか作らないブランドもありますが、トレックの考え方はそれとは異なります。

―フロントブレーキへのルーティングが外装式となっている理由も軽量化のためでしょうか?

その通りです。空力を踏まえれば内装式にすべきですが、それだと入り口・出口付近のカーボンを強化したり、内部にトンネルを設けることで数十グラム単位で重量がかさんでしまいます。そしてそのバランスが崩れた分をさらに調整しなければなりませんから。

―BB90や、Ride Tuned seatmastを使い続けている理由は?

まずBB90ですが、これは最高の剛性を担保するものだからです。シマノクランクを使えるぎりぎりいっぱいの幅までワイド化したシステムですが、現在の市場でこれよりも高い剛性を誇るBB規格は存在しません。一部ブランドがスレッドタイプに戻していますが、その意味が分からない。もちろんメンテナンス性でスレッド式は優位であるものの、我々メーカーの役割は性能を高めること。ならばBB90を使い続けている理由は自ずと見えてくるはずです。

軽量かつしなやかで、フレーム設計の自由度を高めるRide Tuned seatmast軽量かつしなやかで、フレーム設計の自由度を高めるRide Tuned seatmast
フロントフォークのブレーキホースは重量増加を嫌って外装式だフロントフォークのブレーキホースは重量増加を嫌って外装式だ
「最高の剛性を担保できるBB90」「最高の剛性を担保できるBB90」


Ride Tuned Seatmastに関しても「変える必要が無いから」という答えになりますね。一般的なシートクランプを用いる場合は、補強のためにどうしてもクランプ周辺が重く、そして硬くなってしまう。ですがシートマストを用いることでチューブ集合部に設計の自由度が生まれ、フレーム全体の快適性を高めることができるんです。カスタムオーダープログラムの「プロジェクトワン」では軽量タイプのシートマストを選択することもできるので、軽量化を追求したい方はこちらを選んでもらえればと思います。

―プロ選手の反応はどうでしたか?コンタドールも開発に関わったのでしょうか。

選手たちには数種類のプロトタイプを乗り比べてもらい、ブラインドテストをした上でその意見を聞いています。つまり選手たちは開発陣ではなくて、テスター。その段階で大きく関わってくれたのがピーター・ステティーナ(アメリカ)でした。彼はディスクブレーキモデルにも長時間乗ってテストをしてくれましたし、忌憚ない感想を伝えてくれました。コンタドールは完成版をテストして、すぐさまドーフィネに投入するほど、走りを大いに気に入ってくれました。彼の感想はスペシャルムービーにまとめているので、じっくりとご覧頂ければと思います。

提供:トレックジャパン text:So.Isobe