先のツール・ド・フランスではステージ優勝に貢献するなど華々しいデビューを飾った新型TCR Advanced SL。「TOTAL RACE BIKE」たるオールラウンド性能を、一般道としては東アジア最高標高を誇る3,275mの武嶺へのヒルクライムでインプレッション。その模様を、新型TCRの開発に深く携わったエンジニアへのインタビューとあわせてお伝えしよう。

東アジア最高峰・武嶺へのヒルクライムで新型TCR Advanced SLをテスト

2日間に渡って行われた新型TCR Advanced SLのテストライドの舞台は台湾中部。1日目は、台湾八景の1つに数えられる人気の観光地であり、台湾で最も大きな湖である「日月潭」の周りをぐるりと1周する、アップダウンに富んだ30km。2日目は、「タロコヒルクライム」で知られ、一般道としては東アジア最高標高を誇る3,275mの武嶺(ウーリン)への距離20.7km/標高差1,379mのヒルクライムが用意された。

台湾の地で新型TCR Advanced SLをインプレッション台湾の地で新型TCR Advanced SLをインプレッション
試乗車は、シマノULTEGRA Di2装備の「Advanced SL 1」。ホイールはジャイアント SLR0、タイヤはジャイアント P-SLR1(700×23C)、ハンドル及びステムはジャイアント CONTACT SLR Carbonと、オリジナルパーツを多く取り入れた即レース仕様のアッセンブリーだ。

2日目のインプレッションの舞台となったのは、「タロコ」の名で知られる武嶺(ウーリン)への登り2日目のインプレッションの舞台となったのは、「タロコ」の名で知られる武嶺(ウーリン)への登り 新型TCR Advanced SLについてディスカッションするジャーナリストたち新型TCR Advanced SLについてディスカッションするジャーナリストたち 2日間のテストライドにはロード部門チーフエンジニアのニクソン・ファン氏も参加。バイクは新型TCR Advanced SLのプロトタイプだ2日間のテストライドにはロード部門チーフエンジニアのニクソン・ファン氏も参加。バイクは新型TCR Advanced SLのプロトタイプだ 乗り出して、すぐに感じたのがバランスの良さに起因する軽快な乗り心地。7kgを下回る重量が、実際の走りの軽さにしっかりと直結しているのだ。一方で、下りもアグレッシブに攻めることができ、普段から乗っているバイクかのような安心感を感じることができた。軽量バイクにありがちな扱いづらさは微塵もない。

その理由は、優れた剛性バランスにある。プレスローンチの前に、2015年モデルのTCR Advanced SLを借り受け、比較のために300kmほど走行したが、新型は明らかに「角」がなくなり、よりスムーズな乗り味になったという印象だ。快適性を高めたことが、結果として剛性バランスにも良い影響を与えているのだろう。実際に剛性が上がったか感じ取れなかったものの、いちホビーライダーの私が踏み込んだところで、ビクともせず、ロスしている印象は欠片もない。

剛性分布を考える中で、最も変化したと筆者が感じたのが「トップチューブ」だ。従来モデルでは、捻れに対して有利な長方形断面とすることで一枚板の様な剛性感としていた一方、我々の様なホビーライダーにはやや過剛性であったことは否めない。疲れた状態では長く踏み込めず、バイクの直立しようとする力が強く、ダンシングではリズムがとりにくかったというのが正直なところ。

対して、新型では断面形状を楕円とし、ヘッド側から後方へ向けて絞ることで、柔軟性を向上。加えて、筆者が試乗したSサイズではハンガー下がりが2.5mm短くなっている。これにより、高い出力で踏み続けても反力が脚に返ってくることがなくなり、従来モデルよりも長時間踏み続けることが可能となった。また、シチュエーションを問わず、疲れていてもダンシングがリズミカルにできるようになったのである。

実はエアロロードPROPELのトップチューブも同様の形状をとっている。プロライダーの中でも近年は柔軟性のあるバイクを好むライダーが多いようで、ジャイアント・アルペシンも空力性能に加えて剛性バランスの良さを理由にPROPELをメインバイクにしているのだろうと推測される。そういったフィードバックが新型TCR Advanced SLにも生かされているのかもしれない。

武嶺への登りは7~8%の斜度がずっと続くが、体重73kgで比較的ヒルクライムは嫌いという筆者でも、新型TCRならその気にさせてくれるし、空気が薄く辛いはずなのに、途中の絶景を楽しむだけの余裕を与えてくれる。更に斜度のキツい激坂ではテストできなかったものの、平地でダッシュした際の高い剛性感と質量的な軽さを持ってすれば、斜度が10%をこえる様なシーンでも軽快な走りを見せてくれることだろう。

武嶺(ウーリン)のヒルクライムで新型TCR Advanced SLの性能を試す筆者武嶺(ウーリン)のヒルクライムで新型TCR Advanced SLの性能を試す筆者
そして、このスムーズな乗り味を後押しするのが、向上した快適性だ。従来モデルはロードインフォメーションを多く伝えてくるレースバイク然とした乗り味であったが、新型は今年のパリ~ルーベを制した従来型のDEFYに勝るとも劣らない振動吸収レベルにあると言って差し支えないだろう。テストコース中には、ややガレた下りが数箇所あったものの、しっかりとトラクションが掛かるため、乗り始めて間もないバイクであるにもかかわらず、安心してこなすことができた。

新型TCR Advanced SLの性能をテストするジャーナリストたち新型TCR Advanced SLの性能をテストするジャーナリストたち 「SLR0は新型TCR Advanced SLとの相性もよく、フレームのポテンシャルを余すことなく引き出せている様に感じた」「SLR0は新型TCR Advanced SLとの相性もよく、フレームのポテンシャルを余すことなく引き出せている様に感じた」 トップ部の大径化により剛性が向上したCONTACT SLR COMPACT Carbonハンドルトップ部の大径化により剛性が向上したCONTACT SLR COMPACT Carbonハンドル 一般道としては東アジア最高標高地点の3,275mに到達。登りがキツくなるほどに新型TCR Advanced SLは真価を発揮する一般道としては東アジア最高標高地点の3,275mに到達。登りがキツくなるほどに新型TCR Advanced SLは真価を発揮する コンフォート性能向上の背景には各チューブの小径化に加え、一貫して採用しつづけるISPや、レジン及びレイアップの改良によるものと推測される。軽量化のためにプレプリグ数を減らし、設計の自由度が低くなる中で、レイアップにより振動吸収性が向上を実現したことは、ジャイアントの技術力の高さを示すものだと言えよう。

ハンドリングについてはややクイックになった印象で、恐らくジオメトリー変更による影響だと考えられる。筆者が試乗したSサイズでは従来モデルよりもヘッドチューブ角を0.5°起こしており、これに伴いホイールベースも3.7mmほど短くなっている。ただ、クイックとはいっても挙動が不安定ということはなく、味付けの範疇である。連続するコーナーの切り返しではスパッとバイクの向きがかわってくれる。

また、フレームと同様に注力して開発されたフルカーボンホイール「SLR0」も、その完成度は非常に高いと感じた。メーカー公表値では1,355gながら「1,200g台と言われも不思議でない」という印象を持ったジャーナリストがいるほどの高い軽快感を備えており、それでいて強度を要するチューブレスレディとは驚きである。新型TCR Advanced SLとの相性もよく、フレームのポテンシャルを余すこと無く引き出せている。

地形を問わず滑らかに回転してくれるし、筆者がスプリントした所で不満は全く感じない。リムハイトが低いにも関わらずエアロダイナミクスに優れていることから、高速域での失速感も少ない。ブレーキング面においては、フルカーボンクリンチャーにありがちな脆弱さは感じられず。今回は叶わなかったが、機会があれば、次回は長時間のダウンヒルで試してみたいところだ。

ホイール以外のパーツでは、フルカーボンハンドル「CONTACT SLR COMPACT Carbon」のモデルチェンジも大きなポイント。従来モデルではドロップ部分の変形量が大きかったが、新モデルではフラット部を大径化し、全域にわたって31.8mmとすることで、格段に剛性が向上し、安心感が高まっている。

総じて、新型TCRは「TOTAL RACE BIKE」たる優れたオールラウンド性能を持つ1台といえるだろう。ライダーのスキルを問わないニュートラルなバイクであり、競技者であればレベルや得意とするコースプロファイルにかかわらずオススメできる。ヒルクライムはもちろんのこと、アップダウンに富んだロードレースから、加減速を繰り返す平地のクリテリウム、サーキットエンデューロまで、あらゆるシーンで活躍してくれるだろう。

快適性も高いという点では、普段から1日で200km以上を走る様な1dayツーリングを楽しんでいるという方にも強い味方になってくれるはず。予算的に余裕があれば、ぜひともSLR0ホイールと組み合わせて乗ることをオススメしたい。

開発陣が語る新型TCR Advanced SLと、新型ホイールSLR0

本スペシャルコンテンツの最後に、開発陣のインタビューをお届けする。カーボン素材のエキスパートである製造部門総責任者のエリック・ワン氏、技術革新センター総責任者のオーウェン・チャン氏、ロード部門のチーフエンジニアであるニクソン・ファン氏に新型TCR Advanced SLや新型ホイールSLR0のことをきいた。

新型TCRの開発に深く携わった技術革新センター総責任者のオーウェン・チャン氏(左)とロード部門のチーフエンジニア、ニクソン・ファン氏新型TCRの開発に深く携わった技術革新センター総責任者のオーウェン・チャン氏(左)とロード部門のチーフエンジニア、ニクソン・ファン氏
― まず新型TCRの開発概要を教えて下さい。

ニクソンさん:開発期間は2年です。今回の開発コンセプトは、剛性をキープしたまま軽量化を図ること、つまりは重量剛性比を高めることでした。ペダリング剛性面ではスペシャライズドのS-WORKS TARMACが優れていると認識していますが、ライダーにとって重要なのは重量剛性比が高いことなのです。

― 新型TCRはどういった位置づけのバイクなのでしょうか?

ジャイアント DEFY Advanced SL 0ジャイアント DEFY Advanced SL 0 「ディスクブレーキ仕様のTCRをリリースする準備は既に整っている」「ディスクブレーキ仕様のTCRをリリースする準備は既に整っている」 オーウェンさん:ここ数年、ロードバイクに対するニーズは大きく変化しており、どのメーカーも3タイプのバイクを展開する様になりました。昨年フルモデルチェンジしたエンデュランスバイクのDEFY、エアロ系のレースバイクのPROPEL、とある中でTCRのオールラウンドモデルモデルという位置づけは新型でも変わりありません。

プロのレースシーンにおいては、2年程前まで多くのライダーがTCRを使用していましたが、PROPELが登場して以降はPROPELの使用率が非常に高くなりました。しかし、ツール・ド・フランスを例にとると、平坦ステージでのタイム差は数秒程度ですが、アップダウンに富んだコースではライバルに対してタイム差が大きくつきますよね?このようなコースで選手は軽量なTCRを好んで使用しています。つまりTCRにも依然としてニーズがあるということです。

加えて、ヒルクライムではバイクのペダリング効率が重要になりますから、オールラウンドモデルとしてTCRでは、そこを重視しました。その結果、新型TCRは従来モデルからのオールラウンドなレーシング性能をそのままに、より登坂性能に優れたクライミングバイクに生まれ変わりました。

そして、実際の使用環境を考慮したことも大きなポイントで、ダンシング時を想定して10°傾けた状態でフレーム単体の剛性試験を行いました。なお、PROPELやDEFYの開発時にも同様の試験を行っています。加えて、ホイールを組み合わせた状態での剛性も重視し、競合他社のオールラウンドフレーム+メーカー純正ホイールという組み合わせでも、性能比較を実施しました。なぜなら、自転車を構成する各パーツのうち、ホイールはペダリング剛性に影響を与える割合が20%と、フレームに次いで2番目に重要な部品だからです。

― 新型TCRにディスクブレーキ仕様が登場すると予想していましたが、今季はラインアップされませんでした。

オーウェンさん:ディスクブレーキロードについてはこれまで長期間に渡って開発を行っており、既にDEFYをディスクブレーキ化しています。TCRの様なピュアレーシングモデルでも、ディスクブレーキ仕様の開発は常に行っており、製品化に関しては市場のニーズなどを見極めながら判断することになるでしょう。

また、UCIがこの秋からロードレースでのディスクブレーキの使用を限定的に解禁しますが、ディスクブレーキとリムブレーキが混在することについての危険性を指摘する声が多く挙がっています。制動距離が異なることで落車が発生する可能性などがリスクとしてありますから、その点を解決することも現在我々のタスクとなっています。

― 新型TCR Advanced SLでは、DEFYやPROPELと同じ素材を使用していますが、なぜ大幅な軽量化を達成することができたのでしょうか?

ワンさんカーボン素材のエキスパートである製造部門総責任者のエリック・ワン氏カーボン素材のエキスパートである製造部門総責任者のエリック・ワン氏 独自の工法を進化させることにより、カーボンプレプリグを従来モデルより100枚減らすことができ、剛性を維持しつつ大幅に軽量化することに成功しました。これまでよりもコストや手間を要すのは確かですが、これが新型TCR Advanced SLの走行性能を決定づける重要なポイントなのです。加えて、塗装の改良により30gの軽量化に達成しています。

― 新型のカーボンホイールについて教えてください。

エリックさん:まず、カーボンリムは100%ジャイアントのファクトリーにて製造しています。素材には高強度なものと高弾性なものを適材適所で組み合わせており、SLR0の場合の場合には航空機用のT700をベースに、民生品用のM30を10%ブレンドしています。

― ジャイアントではAdvanced SL フレームにT800カーボンを使用していますが、なぜカーボンリムにはT700を使用しているのでしょう?

ジャイアントのファクトリーで製造されるSLR0のフルカーボンクリンチャーリムジャイアントのファクトリーで製造されるSLR0のフルカーボンクリンチャーリム (c)giant-bicycles.comエリックさん:まず、フレームとは使用しているレジンが異なることが大きな理由に挙げられます。ブレーキング時に発生する摩擦熱に対応するため、よりガラス転移温度の高い、つまり粘度の高いレジンをカーボンのシートに染みこませる必要があります。

2つ目はカーボンの弾性率が高くなるほどに、レジンが染み込みにくくなるからで、T700とT800ではレジンの染み込ませる工程が異なり、同様にプレプリグを製造するためのマシンも異なります。現状ではT800で強度や剛性に優れるホイールを製造することは困難であり、T700を使用したほうが、より高い性能を得ることができるのです。

ロードレーサーの王道を行く「TOTAL RACE BIKE」のオールラウンドな走行性能

新型TCR Advanced SLと共に新型ツール・ド・フランス第17ステージを制したサイモン・ゲシュケ(ドイツ、ジャイアント・アルペシン)新型TCR Advanced SLと共に新型ツール・ド・フランス第17ステージを制したサイモン・ゲシュケ(ドイツ、ジャイアント・アルペシン) photo:Makoto.AYANO
世界最大の自転車メーカー・ジャイアントが、そのテクノロジーの粋を結集して開発した新型TCR。再三にはなるが、登り、下り、平地とシチュエーションを問わず速く、何より乗っていて楽しい。メーカーサイドのコンセプトどおりに、全てを兼ね備えた「TOTAL RACE BIKE」である。

特定の性能に特化したバイクが多くリリースされる昨今にあって、そのオールラウンドな走行性能は従来よりも、より際立っていると言えるだろう。新型TCRは「真のロードレーサーとは何たるか」を今一度思い出させてくれる、そんな王道的な1台であった。

提供:ジャイアント text:シクロワイアード編集部