ホイールを中心に自転車機材に革命をもたらしてきたマヴィックは今年、創業125年を迎えた。ここでは歴史を振り返りながら、マヴィックが自転車界に与えた功績を見ていく。ロードレース界の豪華メンバーが参加したセレモニーの様子もお伝えする。

数多くの革新をもたらしてきた先進ブランド

MAVICの歴史をなぞる展示に見入るセレモニー参加者MAVICの歴史をなぞる展示に見入るセレモニー参加者
マヴィックというブランドの歴史は長い。1889年、シャルル・イドゥーとリュシアン・シャネルという二人の人物が自転車パーツの製造を志したことから始まる。実に125年も前のことだ。「イドゥー&シャネル自転車用品製造所(Manufacture d’Articles Vélocipédiques Idoux et Chanel)」の頭文字をとって、「MAVIC(マヴィック)」がブランド名となった。

1934年には早くもアルミ製の軽量チューブラーリムを開発、極秘裏にツール・ド・フランスに投入している。木製や鉄製だったそれまでのリムに比べてこのアルミリムは非常に軽く、当時のプロ選手、アントナン・マーニュはこのリムを使って見事にツール・ド・フランスで総合優勝を遂げている。

1999~2000年頃に作られたというキシリウムのプロトタイプ。リム上面だけでなく、サイドまで削られている。現在のISM3Dの原型だろう。1999~2000年頃に作られたというキシリウムのプロトタイプ。リム上面だけでなく、サイドまで削られている。現在のISM3Dの原型だろう。 今でも愛用者が多いマヴィックのSSCブレーキ。軽いうえにブレーキタッチが素晴らしく、オークションでは価格が高騰するほど今でも人気がある。今でも愛用者が多いマヴィックのSSCブレーキ。軽いうえにブレーキタッチが素晴らしく、オークションでは価格が高騰するほど今でも人気がある。


しかもこのリムは、リムの上側と下側にまたがるようにアイレットが付き、スポークテンションのストレスを分散させる構造となっていた。素材と構造の二面から革新をもたらし、プロレース界をリードしたのだ。マヴィックというブランドは、この頃からすでにホイールの分野で最先端を走っていたのである。

マヴィックは、1994年に電動ディレイラーを作り上げていた。ハンドルにボタンを装着して操作し、リアディレイラーを動かす仕組み。マヴィックは、1994年に電動ディレイラーを作り上げていた。ハンドルにボタンを装着して操作し、リアディレイラーを動かす仕組み。 1979年には「オール・マヴィック」というコンセプトのもと、ハブ、ペダル、ヘッドセット、クランク、リムのセットとなるコンポーネントを開発。この頃のマヴィックは、リムだけではなくコンポーネントの開発にも意欲的だった。ショーン・ケリーはこのコンポーネントを装備して1980年代のクラシックレースで多くの勝利を挙げている。マヴィックのコンポは「とりあえずカタチにした」というレベルのものではなく、実戦性能も備えていたのだ。

これはクリスボードマンが実際にレースで使用したロータス・110。前後ホイール、ハンドルなど全てマヴィック製。変速システムはZMS。これはクリスボードマンが実際にレースで使用したロータス・110。前後ホイール、ハンドルなど全てマヴィック製。変速システムはZMS。 このコンポーネントは電動変速機の開発へと発展する。1992年、マヴィックは初のマイクロプロセッサー駆動のリア変速システム、ZMS(ザップ・マヴィック・システム)を市場に送り出す。構造こそ違うが、ハンドルに設置したボタンを操作して電気の力でリアディレイラーを動かすという基本的な機能は現在の電動コンポと同じ。マヴィックは、今から22年も前に電動変速機を完成させていたのだ。このZMSは、TTバイクに組み込むことでメリットを発揮し、TTステージを中心にプロレースでも使われた。

そして1999年、マヴィックは無線変速システム、メカトロニックを完成させる。2014年の現在でも、どのメーカーも実現できていない無線変速にマヴィックは挑戦したのだ。防水性や自転車特有の振動などが原因でこれらの電動コンポは成功しなかったが、全てのコンポーネントメーカーが電動変速にチャレンジしている現在の状況を考えると、マヴィックの先見の明に脱帽である。

完組ホイールに関しては、さすがにリム・ホイール市場を主戦場とするマヴィックの動きは速かった。完組ホイールという概念すら定着していなかった1994年、アルミのエアロリムを持つ初代コスミックをリリース。これは、ハブとスポークが専用設計されていたという点において革新的だった。96年にXC用のクロスマックスやロード用軽量ホイールであるヘリウムを発売、人気を博す。

96年に発売されたヘリウム。山岳用の軽量ホイールとして人気を博した。ハブとリムのアルマイトレッドが特徴。96年に発売されたヘリウム。山岳用の軽量ホイールとして人気を博した。ハブとリムのアルマイトレッドが特徴。 1999年にデビューした初代キシリウム。7005アルミのジクラルスポークやアルミに雌ネジを切るFOREテクノロジーなど新技術を搭載していた。1999年にデビューした初代キシリウム。7005アルミのジクラルスポークやアルミに雌ネジを切るFOREテクノロジーなど新技術を搭載していた。 そして1999年、マヴィックホイールのキモともいえるFOREテクノロジーを搭載したキシリウムがデビュー。リム、スポーク、ハブが完全に専用設計となり、ここに本当の意味での「完組ホイール」が誕生した。

このキシリウムは多くのプロチームに供給され、ツール・ド・フランスをはじめとするステージレースでも平坦・山岳を問わず大活躍する。時代はカーボンリムが普及する前。当時のキシリウムは、プロ御用達の決戦用ホイールだったのだ。

性能面での優位性を証明したキシリウムは、一気に完組ホイール時代を到来させることになる。太いジクラルスポークとインパクトのあるグラフィックというルックスも自転車ファンの脳裏に焼き付いた。以後、大ヒットしたキシリウムはモデルチェンジを繰り返しながら進化を続け、他に類を見ない高性能ホイールのロングセラーとして、今でも世界中のサイクリストに愛されている。

その後もマヴィックは、引っ張りと圧縮のどちらにも耐えることのできるカーボンスポークを用いたトラコンプテクノロジーや、特殊な薬品をリムに浸透させて耐久性とブレーキ性能を上げるエグザリットテクノロジーなど、自転車ホイール界に新基軸となる技術を次々と持ち込み、自転車用ホイールの世界をリードし続けている。


レース界のレジェンドが集まった豪華セレモニー

ローラン・ジャラベールなど、往年の名選手が多数駆けつけたマヴィックの125周年記念セレモニー。ローラン・ジャラベールなど、往年の名選手が多数駆けつけたマヴィックの125周年記念セレモニー。
歴史的なマヴィックのプロダクツに夢中のジャーナリストたち歴史的なマヴィックのプロダクツに夢中のジャーナリストたち マヴィック125周年を祝うべく多くのゲストが集ったマヴィック125周年を祝うべく多くのゲストが集った


4月末、フランスでマヴィックの125周年を祝うセレモニーが開催され、世界中のジャーナリストが招待された。リヨンのセレモニー会場には、マヴィックの歴史的な製品の数々が展示された「マヴィック・ミュージアム」が用意された。初期の貴重な製品群やプロトタイプ、有名選手が実戦で使用したバイクなどが展示され、招待客の目を楽しませていた。

MAVICの歴史を作ってきたプロダクトを前に、話しこむセレモニーの参加者たちMAVICの歴史を作ってきたプロダクトを前に、話しこむセレモニーの参加者たち ゲストは、パリ~ニースを7連覇したショーン・ケリー、ブエルタやジロの総合優勝者トニー・ロミンガー、75・77年のツール覇者であるベルナール・テブネ、95年のブエルタ制覇をはじめ90~2000年代のロードレースで大活躍したローラン・ジャラベールといった歴代の名選手。マヴィックのホイールやコンポーネントを使って多くの勝利を獲得してきた面々だ。

さらに、ヨハン・ヴァンスーメレンやクリストフ・リブロンといった強豪現役選手も会場に現れ、ジャーナリストとともにマヴィックの125周年を祝った。

司会は、ツール・ド・フランスのアナウンサーとして有名なダニエル・マンジャスと、87年にツール、ジロ、世界選手権の3冠を達成しているステファン・ロッシュが担当。超豪華なセレモニーとなった。

これらロードレース界のレジェンド達が、なぜホイールブランドのために集まったのか。マヴィックの製品が多くの勝利に貢献したこともあるが、マヴィックが行っているニュートラルサービスの存在も大きく影響している。

選手がレース中にパンクや機材トラブルに見舞われることは多いが、必ずしもチームカーが近くにいるとは限らない。そんな状況で、チームや使用機材、順位、国籍などに関係なく全ての選手に対して中立的な立場で技術的なサポートを提供するのがマヴィックのニュートラルサポートである。

レース中にパンクした・ホイールを壊してしまった、でもチームカーはいない…絶望的な状況だが、SSC隊 (SSCはスペシャル・サービス・コースの略)がいれば、十数秒でホイールを交換してくれる。レースに復帰することができるのだ。

マヴィックがこの活動を始めたのは1972年。今では世界中で年間200以上ものレースでニュートラルサービスを行う。この日本でも、マヴィックは主要なレースでニュートラルサポートを行っている。レース会場で必ず見かけるあの黄色いマヴィックカーは、ニュートラルサービスのためのクルマなのだ。何台ものクルマとオートバイ、スタッフ、膨大な数のホイール、スペアバイク、タイヤ、スプロケットなどを持ち込んで世界中のレースに帯同し、選手の機材トラブルを迅速に解消する…驚くべきことに、これらは全て無償で行われている。ボランティアなのだ。

MAVICのニュートラルサービスはロードレースを支えてきた。MAVICのニュートラルサービスはロードレースを支えてきた。
ニュートラルサービスは、レースがトラブルで台無しになることも防ぐ。例えば2001年のツール・ド・フランス第13ステージで起きた有名なアクシデント。総合2位につけていたヤン・ウルリッヒが下りコーナーを曲がりきれずに崖の下に落ちてしまった。

そのとき、彼のホイールを交換して背中を押してレースに復帰させたのが、マヴィックのSSC隊だった。2007年のパリ~ルーベでは、スチュアート・オグレディがニュートラルサービスでホイールを交換し、見事に優勝している。ニュートラルサービスの存在がなければ、ロードレースの歴史は大きく変わっていたかもしれないのだ。

ホイールの世界に革新をもたらす先駆者として、ロードレースを無償でサポートし続ける支援者として、マヴィックは自転車界になくてはならない存在となっている。

提供:アメアスポーツジャパン 編集/取材:安井行生/シクロワイアード編集部