JR中央線の大月駅よりスタートしたヘタレことフジワラのお一人様輪行サイクリング。猿橋とリニア見学センターを楽しんだ私は富士山へ向けて足を進めたが、待っていたのはペダルに力を入れることができないバッド・デイという現実でした。



中央自動車道が富士山へ向かって伸びている中央自動車道が富士山へ向かって伸びている
車が勢い良く走る富士みちは面白くないと安直に判断してしまった私は、街道より1本山側の小路を走ることに。そこで待っていたのはパンチ力のある坂を繰り出す田舎道。トレーニング不足の私は、あれよあれよ言う間にギアをインナーローに落としてしまい、ペースは10km/h以下まで落ちる。下り坂でもアウターギアを踏めない。いわゆるバッド・デイだった。

お遊びサイクリングなら勇気ある撤退としたくなるほどコンディションが良くない。残念ながら今回のライドはお賃金が発生しているお仕事サイクリングであるため、ある程度の撮れ高を確保しなければならない。徐々に焦りを感じ始めるのであった。

焦ると人は間違えを犯すものなのか、道をロストする。運良く地元の方に正しい道を教えてもらうことができたため、目的地へ通ずる道へ復帰することができた。命からがら約2kmのヒルクライムを終え、ダウンヒル区間に突入すると、またもやグッドルッキングなビュースポットが現れる。今度は中央自動車道が富士山に向かい伸びている絵。ダイナミックな景色は、焦りといった負の感情を洗い流してくれる。

コンクリートで整備された田原の滝。ちょうど富士急行線の列車が通り過ぎるコンクリートで整備された田原の滝。ちょうど富士急行線の列車が通り過ぎる
再び富士みちに合流した私は、回り道をせずに真っ直ぐ田原の滝へと足を進める。幹線道路だからといって上り勾配がないわけではない、むしろ富士山へ向かい登り基調の道路となっており、私を十分に苦しめてくれる。ノロノロと走っている時にふと顔を横に向けると滝らしきものが目に入ってくる。田原の滝だ。スピードを出していると十中八九、通り過ぎてしまうほど町に馴染んでいる。よかった、バッド・デイで。

松尾芭蕉も賞賛する田原の滝だが、芭蕉が見た江戸当時の面影は残されていないという。水量が豊富かつ地盤が脆い構造であり、年月を経るごとに滝は崩れ落ちてしまったため、現在はコンクリートで整備された姿なのだ。整えられてしまったとは言え、岩が垂直に立つ柱状節理という特徴を活かしたデザインとなっているため、その趣は感じ取ることができる。

田原の滝は富士山から噴出したマグマが冷却された岩らしいので、私は中学校の科学で勉強した火山岩の種類を思い出そうと必死になる。「玄武岩だったか、安山岩だったか…」そう考え込んでいると、警笛とともに富士急行線の列車が姿を見せる。滝の直ぐ側を電車が走る光景はフォトジェニック。突然列車が現れてしまったため、カメラの準備が間に合わず失敗。15分後に再び通過した列車と滝の様子をおさえ、次なる目的地「太郎次郎滝」へとハンドルを切る。

地層から湧き出た水が集まり、滝となって谷底へ落ちる太郎次郎滝地層から湧き出た水が集まり、滝となって谷底へ落ちる太郎次郎滝
田原の滝から太郎次郎滝までは距離は離れておらずあっという間に到着する。この滝も溶岩が冷却された地層が独特な雰囲気を演出している。田原の滝は桂川の水を落とす滝であることに対して、太郎次郎滝は地層から湧いた富士山の雪解け水が流れ落ちる滝という違いがある。

太郎次郎滝は水量こそ田原の滝に劣るが、メインの滝に加えて幾つもの小さな滝が崖一面に生み出されており、その様子は圧巻。湧き水がそのまま落ちているため、自然の恵みを感じるのもこちらの滝だ。ただこの日はムシムシと湿度が高かったため、夏場はサウナ状態になってしまうかも。

富士みちエリアは滝のメッカなのだろうか。次の目的地も滝、その名も「白糸の滝」である。一般的には流れ落ちる水が白糸や絹糸のように細い滝の総称であり、全国各地に点在するというが、CW編集部的にはグランフォンド軽井沢の序盤に現れるスポット。馴染み深い名前の滝を拝まない訳にはいかないということで、今回の目的地候補となったのだ。

そこらじゅうから湧き出る水がわさび畑には欠かせないそこらじゅうから湧き出る水がわさび畑には欠かせない 菊池わさび園は見学自由。スタッフさんに声をかけると案内をしてくれる菊池わさび園は見学自由。スタッフさんに声をかけると案内をしてくれる

清水から顔を見せるわさび。そろそろ収穫かな?清水から顔を見せるわさび。そろそろ収穫かな? 晩酌のお供として購入したわさび漬け晩酌のお供として購入したわさび漬け


太郎次郎滝から白糸の滝までは遠いため、再び富士みちを離れ、桂川の支流沿いを進むことに。相変わらず力が入らない私はヘロヘロになりながら丘を登ると「菊池わさび園 コチラ!」という立て看板に出くわしてしまった。わさび好きの私にとって、わさび園は一度訪れたかった場所の1つ。気がついたら本来のコースを外れ、未舗装路を下っていた。

誰かと一緒に走っているならば「わさび園に行きたいんだけど、いい?」というお伺いを立てる必要があるが、この日はお一人様。何も考えずにフラフラっと足を向けられるのだ。これぞお一人様のメリットなのだ!仕事的にも写真を撮れるならばオールオッケーだろう。

谷間に構えられたわさび園の周りにも太郎次郎滝のように、溶岩による地層から雪解け水が大量に湧き出ている。その水は、そのままわさび畑に引き込まれている。この清流から作られたわさびはさぞ美味しいことだろう。

ダートの登り。乗車してクリアしたんですよ、本当はダートの登り。乗車してクリアしたんですよ、本当は
お土産のわさび漬けを購入しようとスタッフさんに声をかけてみると、なんとわさび畑の説明を行ってくれることに。わさびは夏の暑さには弱いが通年で収穫できること、砂利のような土壌のほうが育ちやすいこと、菊池わさび園は大正2年創業、無農薬栽培であること、畑の石垣は東北の職人たちが20年掛けて手作業で積み上げたものだということ、などなど沢山の事を教えてくれる。

フラッと足を運んだら思わぬ出会いがあり、気分は上々。購入したわさび漬けはビールのお供に。帰宅後の晩酌が早くも楽しみになってしまった。サイクリングとしてはバッド・デイなのだから、お酒の楽しみぐらいは許して欲しい。

谷から一般道へ戻るジープロードを乗車してクリアしようとすると、SDA王滝のことがふと頭に浮かんだ。SDA王滝とは、自分自身で身支度・体調を整えた者だけが完走できるという過酷なMTBレースなのだが、セルフディスカバリーというキャッチフレーズはロードサイクリングにも同じことが言えるのかもしれない。

見た目以上というか20%はゆうにあるだろう上り坂見た目以上というか20%はゆうにあるだろう上り坂
これから登山が始まると告げる観光看板これから登山が始まると告げる観光看板 MTB用ビンディングシューズならば、なんとか登山も行えるようだMTB用ビンディングシューズならば、なんとか登山も行えるようだ


体調を整えることで気持ちよく走ることができる。ルートをしっかりと策定しておくことでストレスフリーなサイクリングが楽しめる。自由気ままに見つけたものを面白がる心。すべてはセルフディスカバリーなのだ。サイクリングの楽しみ方は千差万別。つまるところ自分の楽しみ方を見つければ良いのではないだろうか。友だちがいるならば、その遊び方を共有することももちろん良い。だが、自分自身が楽しいと思える気持ちを忘れてならないと気付かされたのだった。

体調管理という面では、今回のライドでは完全に失敗している。白糸の滝へ至るヒルクライムの前に現れるアップダウンだけでもヘロヘロなのだから。でも、自分が好きな場所を観光し、ルートを走るという面ではセルフディスカバリーは成功しているはずだ。

と思い上がったは良いものの、白糸の滝を目指す途中に距離2kmほど、平均斜度9%のヒルクライムが現れ、心が折れる。10km/hに届かないスピードでちんたら登り、斜度20%を越えるところでは5km/hにも届かない。息も絶え絶え、心拍数はレッドゾーン。ライドにおける最優先事項は体調管理だと私の心に刻まれた。

水量が少なく、さみしげな白糸の滝水量が少なく、さみしげな白糸の滝
本来ならば富士山も写る画角なのだが、モヤで映らない本来ならば富士山も写る画角なのだが、モヤで映らない 夫婦木は仲睦まじそうだ夫婦木は仲睦まじそうだ


ヒルクライムは「車両通行止め」の看板によって終りを迎える。自転車で滝に近づけないようだ。苦しい思いをして登ってきたのだから、滝を見ない訳にはいかないと決め、徒歩でその先に進むことに。そして、観光案内用の立て看板を見つけると開いた口が塞がらない。なんと山を登らないと白糸の滝は拝めないとのことだ!

見ると決めたのだから、おめおめと引き下がる訳にはいかない。MTB用ビンディングシューズのまま登山を開始。ペダルすら踏み込めない体には、急斜面の登山は厳しいものがある。しかし、辛いだけで楽しくないわけではない。アドベンチャー感があり、気持ちの高ぶりすら感じる。サイクリング&ハイキングなんていうのは新しい楽しみ方ではないだろうかと当時は思っていた。ライティングしている今振り返るとアドレナリンとは怖いものだと思わざるをえない……。

ようやく白糸の滝にたどり着いたが、想像していたよりも水流が少ない。山奥であるため人の気配もなく、寂しさを感じるような場所だ。時期が悪かったのかもしれないが、自転車と徒歩でのヒルクライムの先に待っていたご褒美がこれでは少し物足りない。

スバルラインを五合目まで登ることは不可能と判断。ヒルクライムは断念!スバルラインを五合目まで登ることは不可能と判断。ヒルクライムは断念! 楽しみにしていた吉田うどん「麺ズ富士」も営業時間外。悲しすぎる楽しみにしていた吉田うどん「麺ズ富士」も営業時間外。悲しすぎる

ヤスオカ先輩レコメンドの「小作」にてほうとうを食すヤスオカ先輩レコメンドの「小作」にてほうとうを食す 心と体を癒やしてくれる優しいお味心と体を癒やしてくれる優しいお味


私はさらなる眺望を求めて、富士見台なる場所まで登山の足を進めることにした。その場所は確かに富士山を見ることができる眺望スポットだったが、この日は靄がかかっておりクッキリとその姿を見ることができない。残念すぎる。意気消沈した私は足早にその場所を立ち去る。

苦痛の後に栄光を見いだせなかった私の心は折れたのか、すっかりと脚が回らなくなってしまった。コンビニで休憩するも体に元気は戻ってこない。気温30°にものぼったため、肌はジリジリと焼けている。良いこと無しである。

私に追い打ちをかけるのは、次の目的地であるスバルラインまでの道のりだ。距離約13kmで平均斜度3~4%というヒルクライムであり、足が動かない私には地獄となる。諦めて帰ろうという考えが頭をよぎったが、物事を7割達成しているのに投げ出すということは私にはできなかった。とりあえずスバルラインの料金所までたどり着けば、何とかなるという思いでペダルに無い力を込める。

河口湖に沈む太陽。ノスタルジックである河口湖に沈む太陽。ノスタルジックである
インナーロー付近のギアを誤魔化しながら踏んでいくのは苦行であったが、物事を考えるための時間は十分すぎるほど与えられた。この時、スポーツ用インナーを着用していれば、ポリエステル製の一般的なポロシャツでも気温30°に十分対応できるということに気がついた。汗がポロシャツに多少染みるが、肌にぺたりと張り付くことがないので、快適な状態で半日を過ごしていた。本格的な夏ではなければ、意外と普段着でサイクリングを楽しめるのかも。

あれこれ考え事をしていたら、命からがらスバルラインの料金所まで辿り着く。しかし、五合目まで登りきれる自信が無かったため撤退を決意。富士山エリアに詳しいヤスオカ先輩がレコメンドする吉田うどん屋「麺ズ富士」で、大好物であるうどんを頂き帰路につこうとしたが、麺ズ富士が閉店……。あまりにもペースが遅すぎて、営業時間内に間に合わなかったのだ。大好物であるうどんを食べ逃し、私の精神的ヒットポイントはゼロ。

仕方がないので河口湖まで移動し、ヤスオカ先輩がオススメするほうとう屋「小作」で食事をすることに。温かく、具沢山のほうとうは、これまで食べてきた中でも一番体と心に染み渡った気がする。優しい味は気持ちも朗らかにしてくれるようだ。

私も黄昏れてみました私も黄昏れてみました
食事後は寄り道せずに帰宅しようと思っていたが、河口湖までせっかく来たのだからと湖畔まででることに。ちょうど太陽が沈む頃合いで、なんともノスタルジックな雰囲気に河口湖は包まれていた。心身ともにボロボロの私も十数分間黄昏れ、傷ついた心を癒やしたのだった。あまりの不甲斐なさに一滴の涙が頬を流れたことは、編集部員には言っていない秘密だ。富士急行線河口湖駅から輪行し、JR中央線の特急「かいじ」を利用し編集部へと戻るのであった。

面白いものを試す好奇心や体調を整えるといった基本的なことがサイクリングライフを豊かにしてくれると気付かされたライドだった。それは人数は関係なく、1人は1人なり、グループならグループなりの楽しみ方があるはずだ。それを見つける、セルフディスカバリーこそがサイクリングの楽しみなのではないだろうか。


text&photo:Gakuto"ヘタレ"Fujiwara