9月中旬から、人知れず日本を舞台に開催されていた超長距離ロングライドイベントがあった。その名は「ジャパニーズ・オデッセイ」。東京から大阪まで、信州や四国の難関山岳を経由しながら走る、究極のバイシクルジャーニーだ。彼らに帯同したカメラマン、下城英悟さんのレポートを紹介します。まずは序章から。



今をさることひと月ほど前、9月17日午前4時、場所は東京日本橋。大都市東京の中心とはいえ、週末の、しかも早朝となればさすがに人通りもまばらです。

その橋の上、人知れず参集する人影と車輪の群れがあります。秋の入り口、運河を渡る朝の川風が涼しいですが、まだ少し夏の名残も感じられる。それは大きな台風が近づいているせいかも知れません。少しづつ青白む空のもと、彼らが何者か、少しづつ分かり始めます。

驚くべき唯一の小径車ライダー、ボニッチャ(右)。キャンプキットを満載した20インチが異彩を放つ。当人は日本の道を楽しみ尽くすつもりらしい驚くべき唯一の小径車ライダー、ボニッチャ(右)。キャンプキットを満載した20インチが異彩を放つ。当人は日本の道を楽しみ尽くすつもりらしい 三者三様のジャージー、シューズ、ヘルメットといったサイクリングキットも、一つ一つに確たる選択理由があるだけに見応えがある三者三様のジャージー、シューズ、ヘルメットといったサイクリングキットも、一つ一つに確たる選択理由があるだけに見応えがある


何かが始まろうとしている。古く江戸開府より道の起点と定められ、現在は日本の全ての道の起点となる道路元標が置かれた日本橋。その歴史ある橋の上に、いつの間にか21人の男たちが集っていました。皆がみな外国人だが、共通するのは全員筋金入りのサイクリストという点でしょうか。

それは、彼らの体躯や脚もさることながら、自転車を見れば一目瞭然です。ほとんどの自転車がドロップハンドルのロードバイクなのはともかく、目を引くのは車体に装着された大きなシートバッグ、フレームバッグ、ハンドルバッグの3点セット、そして、どの自転車も大光量ライトを備えている点。どうやら昨今、日本でもにわかに隆盛の兆しを見せつつある、”バイクパッキング”の仕様で、明らかに旅支度された自転車たち。

一般的なロードバイクに見える車体も、目を凝らすと細部の仕様が違っているのがわかります。フレームは荷物の分量に対応したロングツーリングモデルが主流のようで、トレンドのディスクブレーキ+スルーアクスルを採用したものも多い。シクロクロス車、はたまた20インチ小径車なんて異色な一台もありますが、どれも荷は満載です。フレームは、大手メーカーのカーボン製もありますが、クロモリ、チタン、ステンレスと金属率も高く、カルトなハンドビルドメーカー製のものまで多種多様です。共通しているのはロード用としては太いタイヤ幅でしょう。主流は32c、中には42cなんて極太な選択も見てとれます。

NYから参加するニックは、かつて住んでいた上海のサイクルショップFactry5のチー ム員として出走NYから参加するニックは、かつて住んでいた上海のサイクルショップFactry5のチー ム員として出走 タスマニア島出身のオーストラリアン、ダニエルは前回から続けての皆勤賞。昨年の唯一の完走者。ビブではなく短パンを貫くタスマニア島出身のオーストラリアン、ダニエルは前回から続けての皆勤賞。昨年の唯一の完走者。ビブではなく短パンを貫く


欧州マスターズクラスの強豪レーサーとして知られる英国人ダンカンのバイクは、母国 のコンドール社が彼のために組んだスペシャルバイク。アピデュラ製のバッグ三点セッ トには、キャンプキットが満載欧州マスターズクラスの強豪レーサーとして知られる英国人ダンカンのバイクは、母国 のコンドール社が彼のために組んだスペシャルバイク。アピデュラ製のバッグ三点セッ トには、キャンプキットが満載
また9割がハンドルにDHバーを装着し、発電ダイナモハブを装備することで、ライト及びUSBへの給電が可能であったり、どの車体にも気になる点が山ほどあります。日本ではまだ馴染みが薄く、多少異形ともみえる自転車たちの、あたかも見本市の様相ですが、こんな時間なのでオーディエンスは皆無です。

欧米ではオンロード、オフロード共に盛り上がるバイクパッキングですが、ここまで本格的なバイクパッキング装備の実装/実用車が集まる場を目にするのは、日本ではそうそうないことでしょう。たしかに一見しては異形ですが、効率良く荷を積み、長く遠くまで走るための機能を、現代的な解釈で積み上げ生まれたのが、"バイクパッキング"という新しい自転車旅のカタチなのでしょう。しかし、見本市開催が、朝っぱら集った彼らの目的では決して無い。21人の男たちがはるばる海を越えてこの極東の島を目指してやってきた真の目的が、たまたまリアルなバイクパッキングを持ち込んだだけのことです。さながら黒船来襲の様相ではありましたが……。

スタート直前に声をかけお願いした集合写真だが、皆スタートが待ちきれずウズウズして、子供のような顔をしていたスタート直前に声をかけお願いした集合写真だが、皆スタートが待ちきれずウズウズして、子供のような顔をしていた
出走前日に、代官山一角の小さなカフェ屋上で行われたブリーフィングの模様。歴戦の屈強な自転車乗りたちでぎゅうぎゅう詰めだが、夢の旅路を前に終始和やか。ビールの消費がとても速い出走前日に、代官山一角の小さなカフェ屋上で行われたブリーフィングの模様。歴戦の屈強な自転車乗りたちでぎゅうぎゅう詰めだが、夢の旅路を前に終始和やか。ビールの消費がとても速い ブリーフィングする今回の黒幕、エマニュエル。本当に手作りイベントなので、若干たどたどしさもある説明に、ライダーたちから暖かいツッコミが頻繁に入るブリーフィングする今回の黒幕、エマニュエル。本当に手作りイベントなので、若干たどたどしさもある説明に、ライダーたちから暖かいツッコミが頻繁に入る


前置きが随分長くなってしまいましたが、この日の午前5時、日本橋からのスタートを予定している14日間の超ロングライドイベント「ジャパニーズオデッセイ」への出走こそ、彼らの真の目的でした。ジャパニーズオデッセイ、読者諸兄には、はて耳慣れないイベントかもしれません。実は今年が2回目の開催ですが、初回となった昨年は北海道札幌をスタート地とし、14日間かけて九州は鹿児島を目指しました。

ルール上、ルート設定は各人に自由に任され、各所に設定されたCP(チェックポイント)を通過しながら最終目的地を目指します。ある点ではブルベと同じ自己責任型の競技形式をとりますが、開催期間2週間と長期で、総走行距離は3,000km前後と長大です。設定されるCPはひたすら超級山上や辺鄙地という点など、もろもろを考慮するに一般的なブルベともやはり異質。形式上GPSサービスを利用したタイム計測も行われるものの、あくまでレースではなく、サイクリングに非常に適した美しい日本の津々浦々を旅し、日本の豊かな文化を感じて欲しい、というのが主催者の開催意図とされています。

参加者全員に配られたチャンピオンシステム製記念ジャージ。日本の秋をイメージした銀杏の葉がメインモチーフ。ロゴにもフランスのエスプリが感じられ、とても洒落ている参加者全員に配られたチャンピオンシステム製記念ジャージ。日本の秋をイメージした銀杏の葉がメインモチーフ。ロゴにもフランスのエスプリが感じられ、とても洒落ている 出走を前におどけるオルガナイザー、エマニュエル出走を前におどけるオルガナイザー、エマニュエル

ドイツ人のフィリップ(左)とカルロス(右)は、大会スポンサーでもあるメーカー、ペラーゴバイシクルの撮影部隊として参加。なんと本来はBMXライダーで、この後世界観が180度変わってしまうことになるドイツ人のフィリップ(左)とカルロス(右)は、大会スポンサーでもあるメーカー、ペラーゴバイシクルの撮影部隊として参加。なんと本来はBMXライダーで、この後世界観が180度変わってしまうことになる 年長者のダンカン・ロイドとダニエル・ブラウンが、超ロングライドの装備や心得を語り合っている。内容は哲学的でもある年長者のダンカン・ロイドとダニエル・ブラウンが、超ロングライドの装備や心得を語り合っている。内容は哲学的でもある


昨年、初回の参加者はわずかに6名(主催者含む)でした。全CPを通過し、期限内に鹿児島に到達したものは、わずかに1名だけ。相当ハードな道のりであることに違いありません。ところで、日本を舞台にしたこんな長大なロングライドイベントが、なぜ話題にもならず、人知れず2度も開催されているのか?疑問に思う人もいるでしょう。かくいう私も、偶然初回を知ったものの、情報収集には随分苦労しました。昨年はメディアの露出記事もほぼなく、ようやく見つけたWebページは、英語版で大した更新もされず...。今年も開催ギリギリで情報をキャッチし、相変わらず判然とはしませんが、とりあえず帯同取材に踏み切った次第でした。

その過程で、ようやく発起人にして主催者をキャッチすることに成功します。その人となりはというと、フランスはパリのはるか東部、ドイツ国境にほど近い小さな都市ストラスブールで、サイクルメッセンジャーを生業とする2人のフランス人サイクリスト、エマニュエルとギョウムでした。二人はメッセンジャー会社の先輩と後輩です。かねてより日本への憧憬が強く、エマニュエルは日本文学を通してその思いをより強くしていったといいます。特に村上春樹を敬愛しているといい、そういった想いが”ジャパニーズオデッセイ”という夢の雛形となり、2人の中で醸成されてきたようです。こういう誕生秘話のロマンチックさに、何やらフランスらしさを感じてしまうのは自分だけでしょうか。

エマニュエルの後輩メッセンジャーで、オルガナイザーNO2。ストラスブールのトマホークバイクメッセンジャーに勤務。オールドMTBフレームで組み上げた、珍しい仕様の愛車が衆目を集めていたエマニュエルの後輩メッセンジャーで、オルガナイザーNO2。ストラスブールのトマホークバイクメッセンジャーに勤務。オールドMTBフレームで組み上げた、珍しい仕様の愛車が衆目を集めていた 今回の黒幕、ジャパニーズオデッセイのオルガナイザー、エマニュエル。フランス東部の小都市ストラスブールのメッセンジャーで、歴12年のベテラン。日本文学が好きで村上春樹を愛読する読書家でもある今回の黒幕、ジャパニーズオデッセイのオルガナイザー、エマニュエル。フランス東部の小都市ストラスブールのメッセンジャーで、歴12年のベテラン。日本文学が好きで村上春樹を愛読する読書家でもある


果たして開催に漕ぎつけた第一回、初めての日本縦断自転車紀行は、二人をますます虜にしたようで、高ぶりはそのまま2回目開催の熱意となりました。引き続きお金もかけないまったくの手作りながら、フランス本国の支援者、またSNSを介したプロモーションで、欧米の支援者、及び参加者を集め、今年は昨年を大きく上回る21名の参加者を集めたというわけです。開催当事国ながら、少し残念なことは、”ジャパニーズオデッセイ”を知る日本人はほとんどおらず、参加者にも日本人が含まれていなかったという事実でした。取材メディアは、しがないフリーランサー(私)と、韓国籍のグローバルな自転車雑誌ファーライドマガジンのみ...。まあプロモーションしてないのでそんなもんでしょうが。

さておき、スタートを間近に日本橋に立つ21名のサイクリストは、国籍も参加目的も実に多様です。国籍は、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ドイツ、イギリス、フランス、カナダ、中国、シンガポール、オーストラリア、ニュージーランドとなんと11カ国!自転車歴も様々で、欧州で輝かしい戦績を誇るマスターズレーサーから、世界の名だたるブルベ完走者、職業メッセンジャー、サイクルショップオーナー、はたまたBMXライダーまでいます。年齢も20代〜50代までと実に幅広く、キャラクターも実に多様で魅力的です。エマニュエルとギョウムの熱意と、ナイスな人柄が引き寄せた人脈とも思えます。

彼らの人となりは、次回掲載予定のポートレイト集にてご確認いただくとして、気になるのは今年のコース概要でしょう。今年は、東京日本橋をスタートして、14日以内にゴール地点となる大阪道頓堀を目指します。が、途中のCPは11箇所、以下に挙げてみますと、草津白根山(群馬)、榛名山(群馬)、大河原峠(長野)、入笠山(長野)、乗鞍山(長野)、木曽御嶽山(長野)、大台ヶ原山(奈良三重県境)、剣山(徳島)、天狗高原(高知県)、篠山(愛媛高知県境)、安蔵寺山(島根)。いずれもサイクリストにとっては難所となるCPばかりで、また本州〜四国に広く分布するためルート設定が悩ましくも、変態超長距離サイクリスト喜ばせるエクストリームなレイアウトです。

9月17日早朝、まだ明け切らぬ日本橋に集う世界の自転車乗りたち。フィンランドのメッセンジャーで、経験値の高いランドヌール、サミーも、サイクルデバイスの設定に余念がない9月17日早朝、まだ明け切らぬ日本橋に集う世界の自転車乗りたち。フィンランドのメッセンジャーで、経験値の高いランドヌール、サミーも、サイクルデバイスの設定に余念がない
中国系ニュージーランド人のイーウェンと、エマニュエル。イーウェンはかなりの自転車オタク。マイペースなルート選定でCPクリアより、各地の自転車ショップや、素敵なルート探索に余念がなかった中国系ニュージーランド人のイーウェンと、エマニュエル。イーウェンはかなりの自転車オタク。マイペースなルート選定でCPクリアより、各地の自転車ショップや、素敵なルート探索に余念がなかった 英国人トム(左)と非常にコンパクトにまとまった彼の愛車。日常的に300km超ライドをしているだけあり、ノウハウの集積が自転車表れていた。ストレッチするダニエルは、通称”GYPSY”英国人トム(左)と非常にコンパクトにまとまった彼の愛車。日常的に300km超ライドをしているだけあり、ノウハウの集積が自転車表れていた。ストレッチするダニエルは、通称”GYPSY”

日本橋は、南詰から東海道、北詰から中仙道が伸びる。地の利のない外国人ライダーたちだが、チェックポイントの配置を踏まえ、中仙道方面に車輪を向ける日本橋は、南詰から東海道、北詰から中仙道が伸びる。地の利のない外国人ライダーたちだが、チェックポイントの配置を踏まえ、中仙道方面に車輪を向ける
エマニュエルとギョウムに、コースやCP設定について訊ねてみると、昨年彼らが通過したルートを参考にしたり、グーグルアースなど地図アプリを使ってのルート検索と精査を、丸一年かけて行ってきたとのこと。さらに言えば、その過程で、日本の未知のルートへの情熱がさらに膨らんでいったのだそうです。外国人を魅了する日本のルートというのは非常に興味深く、それを逆提示されることになる”ジャパニーズオデッセイ”は、日本人の自分にとっても大いなる”問い”となる気がします。同じく、大いなる”問い"の答えを求め、午前5時、21名のバイクパッカーたちが、思い思いのルートを胸にスタートを切っていきました。14日間、果たして、どんな旅が待っているのでしょうか?レポートは後編、そして参加者の人となりを紹介した記事に続きます。



補足:欧米では近年、長期間に超長距離を走るスーパーロングライドイベントが人気を博している。その代表格”トランスコンチネンタル・レース”(以下TCR)は、その最大のレースにして最良の成功例だ。2013年に30名程度で初開催されて以来、たった4年目の今年は350名の参加者を集めるまで急成長している。総走行距離は3500~4000km、累計獲得標高は4000m前後。簡単に出走、完走できる代物ではないが、しかし人気のほどは鰻登りである。エマニュエルとギョウムが、そのことを意識、または企図して”ジャパニーズオデッセイ”を主催したわけではないが、2回目開催ですでに何やらポテンシャルを感じることができます。

text&photo:Eigo.Shimojo

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