エタップ・ド・ツールに挑戦したモータージャーナリストの河口まなぶさん。一級山岳を越え待っていたのは超級山岳ジュー・プラーヌの厳しい上り。その果てに待っていたフィニッシュで体験したのは、今までに感じたことのない充実感だった。(前編はこちら



エイドの食べ物は常に同じで飽きてくるが、後半に助けられたのがオレンジ。酸っぱさが疲れに効いた!エイドの食べ物は常に同じで飽きてくるが、後半に助けられたのがオレンジ。酸っぱさが疲れに効いた! photo:Manabu.Kawaguchi
最後のエイドでは食べ物はもちろんだが、出発時にシャワーで全身を濡らしてくれるサービスが。これも超絶に気持ちよかった。最後のエイドでは食べ物はもちろんだが、出発時にシャワーで全身を濡らしてくれるサービスが。これも超絶に気持ちよかった。 photo:Manabu.Kawaguchi超級山岳を示すHCの看板の前で。8.2%、11.3kmの数字を見たこの時は、そんなに大したことないと思っていたが…。超級山岳を示すHCの看板の前で。8.2%、11.3kmの数字を見たこの時は、そんなに大したことないと思っていたが…。 photo:Manabu.Kawaguchi1級山岳の後は、30km以上に渡って平坦な道が続いた。ここで少しは楽ができるだろうと思いきや、実はこうした区間がジワジワと身体に堪えたのだった。なんせ気温は33度を超えており、35度にも達しようという勢い。そうした猛暑の中をひたすらトレインを組んで走っていった。

元選手だったマビックの方が先頭を引いてくれたので楽できると思っていても、体力はここまでで削り取られていたようで気がつくと離れていくありさま。

この暑さゆえ、エイドももはや給水だけでは我慢できず頭から水を被りつづけた。この時、エイドのペットボトルが実に豊富に用意されており、それを丸々1本いただいて頭からかけるという贅沢をさせていただいた。しかもフランスらしいのは、ペリエのボトルがあること。これを頭から被るとシュワシュワとして実に気持ち良く、かなり生き返ることができたのだった。エタップならではの「頭からペリエ」は実に印象的だった。

そうして98.5km地点にある最後のフーディング・ゾーンであるサモエンズのエイドに到着。ここで十分な休憩をとってこの先に備えた。そして数キロ走ったところに、最後の超級を示す看板が設置されていたのだった。

HCという文字とともに、11.3km、8.2%と記されていた。シクロワイアードの読者のみなさんにとって、この数字は大したことはないだろう。事実僕自身、この数字を見て、想像よりも大したことはない? と思ったほどだった。しかしここで記念撮影をして数分後、僕は息も絶え絶えになりながら坂を登っていた。

さらに僕に追い打ちをかけたのは、もはや最高潮に達した灼熱地獄。そうした中でのヒルクライムほどキツいものはない。一漕ぎ一漕ぎするたびに、もう止めようかな……と思えたほどだった。

しばらくして眼下には雄大なパノラマが広がっていることがわかったが、とても景色を堪能できるレベルにはない。顔は常に下を向き、頬を汗が流れていく。路面ばかりを見続けていた。

しかも斜度は、少しも緩む気配がない。というか、ほんのわずかに緩やかになるのが分かるくらい、延々と登りが続くのだ。平均で8.2%ということは、途中15%があってもおかしくない。さすが超級……。

マビックの方2人とこの超級に挑戦したが、すぐに1人がいないくなり、その後僕ともう1人の方が一緒に途中まで登ったが、その方もいつしかいなくなり……最後は完全なる1人旅となった。

まさに下を向き、ひたすら漕ぎ続ける1人旅のワンシーン。バイクを降りる人も多数いたが、今回僕は「絶対に足をつかない」だけを目標に超級山岳に挑んだ。まさに下を向き、ひたすら漕ぎ続ける1人旅のワンシーン。バイクを降りる人も多数いたが、今回僕は「絶対に足をつかない」だけを目標に超級山岳に挑んだ。 photo:Manabu.Kawaguchi
ひたすらと、ジワジワと続いていく登り。この写真で左側にはパノラマが広がるが、既にそれを見る余裕も撮る余裕もない。ひたすらと、ジワジワと続いていく登り。この写真で左側にはパノラマが広がるが、既にそれを見る余裕も撮る余裕もない。 photo:Manabu.Kawaguchi実際にバイクから降りる人がどんどん増えていき、日陰では休んでいる人多数…誘惑にかられる。実際にバイクから降りる人がどんどん増えていき、日陰では休んでいる人多数…誘惑にかられる。 photo:Manabu.Kawaguchi


いつしかコースは、つづら折れが続く区間となった。ここではバイクを降りて押す人がかなりの数にのぼり、日陰には完全に諦めて横たわる人が実に多くいた。レベルが高いエタップだが、欧州の方々でも歩いたり、休んでいる人がいて少しホッとしたのだった。

だがこれは同時に、強烈な誘惑でもあった。折り返すあたりにはちょうど木陰があり、ここを通過する時にはクーラーの効いた部屋に入るようなヒンヤリ感があるように感じる。少しだけ、休もうかなと何度も思った。

だが、ヒルクライムで足をつくことはリタイヤしたも同様…と考える人も読者の方の中には多いのではないか? 僕はいつもそう考えるタチなので、休みたい気持ちを必死で抑えて、誘惑を振り払って登った。

まさにジュ・プラーヌ峠の頂上直前のショット。超級山岳に相応しく、ゲートが設置されているあたりがいかにツラい登りかを物語る。まさにジュ・プラーヌ峠の頂上直前のショット。超級山岳に相応しく、ゲートが設置されているあたりがいかにツラい登りかを物語る。 photo:Manabu.Kawaguchi
僕の足攣りを助けてくれた警備員。仲良く写真に収まっているが、「ここに止まらないで先に行って」と冷たくいったのも彼である。僕の足攣りを助けてくれた警備員。仲良く写真に収まっているが、「ここに止まらないで先に行って」と冷たくいったのも彼である。 photo:Manabu.Kawaguchi超級山岳から数百メートル先のエイドでは、こんな風に休憩する人が多数。しかも絶景の場所だけに、疲れが一気に癒された。超級山岳から数百メートル先のエイドでは、こんな風に休憩する人が多数。しかも絶景の場所だけに、疲れが一気に癒された。 photo:Manabu.Kawaguchi


あと数キロで頂上というところで、水飲み場で休む人たちを発見…しかし「絶対にダメだ」と自分に言い聞かせて登り続ける。もはやスピードも止まりそうな時速5km/h……しかし堪えた。

すると、ついに頂上が見えた! あれがジュ・プラーヌ峠。そしてついにゲートをくぐり、「やった!」と自転車を跨いだまま足をついて、両手を上げて天を仰いだ瞬間だった。これまでに参加した数々の競技ですら経験したことのなかった、強烈な脚の攣りに見舞われたのだ。

一緒に登ったマビックの仲間。元選手でもこのくらい疲労するのだから、いかにツラい峠だったかがわかるはず。9一緒に登ったマビックの仲間。元選手でもこのくらい疲労するのだから、いかにツラい峠だったかがわかるはず。9 photo:Manabu.Kawaguchi
頂上で合流した仲間はいなくなり、再び1人旅…。たださすがに距離は短く、1?2kmで登りが終了し、一気に下りはじめる。スピードは60、65、70km/hと増していく。これは登りとは別の意味でヤバい。

事実、カーブの至るところでコースアウトした人が応急処置を受けている。曲がりきれずにコースアウトしたり、手前で落車したり…ジャージが破れている人も。中には、背中が全部すりむけている人も…。

だが僕はここぞと4輪や2輪で培ったライン取りを応用し、丁寧かつスピードをなるべく殺さず、かつ周りを慎重に見極めながら気持ち良く下っていった。そうしてついに、ゴールであるモルジヌの街にたどり着き、メインの通りを駆け下りていく。そして遠くにフィニッシュ・ゲートが見えた。

ここでマビックの方が追いついくれて男2人で手をつなぎ、手を高くあげてゴールした。

マビックの方と男2人で手つなぎゴール!まさにやり遂げた充実感は圧倒的だった。マビックの方と男2人で手つなぎゴール!まさにやり遂げた充実感は圧倒的だった。 photo:Manabu.Kawaguchi
フィニッシャーにはメダルが渡される他、フィニッシャーサイクルキャップも渡される。サイクルキャップはその後も使えるからとても良いノベルティ。日本のレースでも採用して欲しい。フィニッシャーにはメダルが渡される他、フィニッシャーサイクルキャップも渡される。サイクルキャップはその後も使えるからとても良いノベルティ。日本のレースでも採用して欲しい。 photo:Manabu.Kawaguchi撮影用ボードのまえで完走記念撮影!撮影用ボードのまえで完走記念撮影! photo:Manabu.Kawaguchiエタップ・デュ・ツールを完走したのだ! ちなみに僕はエタップ・デュ・ツールの1ヶ月前、オーストラリアのケアンズで開催されたアイアンマンを完走したが、その時よりツラいと思った、本当に。

そう考えると今回のメジェーヴ-モルジヌは、見かけの距離と斜度では計れぬコースであり、ここを軽々と駆け上がるツール・ド・フランスの選手達を心からリスペクトしたのだった。しかもツール・ド・フランスの時はこのコースは雨! いや僕は雨だったら絶対に走りたくないコースだ。あの下りで、みなさんも驚愕したのではないだろうか?

とはいえこの日のゴールで、やりきった! と大きな満足感と達成感に包まれたのだった。そうしてゴール近くのホテルに戻り、シャワーを浴びてビールで乾杯しながら他の仲間の帰りを待った。その際にiPhoneで何気なくエタップ・デュ・ツールのページをチェックしていると、既にリザルトが出ていた。

リザルトによれば、かかった時間は実に8時間11分…うむむ。やはりエイドで休憩し過ぎたことが響いている。次に走るならば、休憩を早めたり、エイド自体をパスしたり…と、たられば計算してみたが、6時間台にもっていくには相当に大変そうだ。

そしてそんな風に計算していて気がついた。今回のコースは本来の峠がひとつキャンセルになって、距離が短縮されたことを。ということは本来のコースだったら、制限時間ギリギリかタイムアウトして回収されていたかもしれない。それが疑いようのない真実だ。やはりエタップ・デュ・ツール、厳しい…。

そして敗北感を味わう僕に、さらなるダメ押しが。10652位/11201人。これってほとんどビリも同然…さすがに凹んで、来年のリベンジを誓ったのだった。この時のビールの味はこれまでに経験したことがないほど、苦いものだった。

text&photo:河口まなぶ



河口まなぶさん河口まなぶさん 筆者プロフィール

河口まなぶ 1970年5月9日茨城県生まれAB型。日大芸術学部文芸学科卒業。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。2010年にweb上の自動車部「LOVECARS!」(http:/lovecars.jp )(部員約2,200名)を設立し主宰。Facebook上に「大人の自転車部」を設立し主宰、1万4千名ものメンバーが参加する。その他youtubeで独自の動画チャンネル「LOVECARS!TV!」(登録者数5万4000人)を持つ。趣味はスイム、自転車、マラソン、トライアスロン。