ツール・ド・フランスの3週間にわたる長い闘いに帯同取材していた目黒誠子さんからのレポート第3弾は、ロードレースとは切っても切れない医療・救護体制について。選手の健康と生命に関わる重要なパートの裏側をお届けします。



今年も多くの落車が見られたツール・ド・フランス今年も多くの落車が見られたツール・ド・フランス (c)CorVos
ツールのプロトンに帯同しているコンバーチブルタイプのドクターカーツールのプロトンに帯同しているコンバーチブルタイプのドクターカー ツールにフル帯同しているモバイル・メディカルトラックツールにフル帯同しているモバイル・メディカルトラック photo:Seiko Meguro


真夏のフランスを駆け巡る3週間、全21ステージで行われるツール・ド・フランス。自転車とは言えスピードが時には80~100km/hも出ます。そのような速いスピードで走る選手は命がけ。落車をし、怪我をしてしまう選手も少なくありません。

それでも走り続ける選手。自転車に乗る選手にコンバーチブルカーに乗るドクターが並走し、走りながら手当てが行われる様子を最初に見たときは衝撃的でした。随行車両も多い競技であるため、万が一に備えての医療体制は必要不可欠なものとなります。世界最大のロードレース、ツール・ド・フランスではどのような医療体制が敷かれているのでしょうか? 以下にまとめてみました。

救急車の中。ストレッチャー救急車の中。ストレッチャー 一分一秒を争う治療のために、整理整頓されている一分一秒を争う治療のために、整理整頓されている ツールドフランスへ帯同する医療体制
スタッフ:救命救急医8名
     整形外科医1名
     内科医1名
     放射線医師1名
     オステオパシー医師1名
     看護師7名
     パラメディカル(救急隊員)7名
     ドライバー1名
     計27名

救護車両:救急車7台
     コンバーチブルメディカルカー2台
     メディカルバイク1台
     メディカルトラック(X線検査等)1台
     計11台

医師や看護師はフランス語、英語、イタリア語、スペイン語のマルチリンガル。各分野のスペシャリストが揃います。救急車の中には、蘇生やギブス固定のための装置が備え付けてあります。

メディカルスタッフに介護されるティモ・ルーセン(オランダ、ロットNLユンボ)メディカルスタッフに介護されるティモ・ルーセン(オランダ、ロットNLユンボ) photo:Makoto.AYANOメディカルカーは、レースだけではなく、キャラバン隊にも随行し、万が一の際には観客に対しても医療を行います。キャラバン隊には救急車3台が帯同。この救急車はフィニッシュに到着すると、これからやってくるレースに対しての医療体制を整え、レースを待ちます。

キャラバン隊とレースの間にも救急車が1台、交通規制がされた空間において走っています。患者を病院に送り届けることになった場合、この救急車が病院まで行きます。レースにおいては、逃げグループにメディカルバイク1台、集団に3台の救急車、2台のコンバーチブル、フィニッシュラインにはメディカルトラックがそれぞれ待ちます。

レース中の医療体制の内訳
メディカルバイク:救命救急医師
コンバーチブル1:救命救急医(チーフドクター)+CRNA(看護麻酔師)
コンバーチブル2:整形外科医/麻酔医+CRNA(看護麻酔師)
救急車1:救命救急医
救急車2:整形外科医/麻酔医+看護師
救急車3:救命救急医+CRNA(看護麻酔師)

落車などがあると小回りが利くコンバーチブルカーが救急車に先駆けて駆けつけ、応急措置を行います。ドクターの判断により救急車の要・不要が判断され、他の選手やチームカーの妨げにならないよう素早い対処が行われます。

一方、道が細くなり集団もばらける山岳ステージではどうしているのでしょうか? 特に下りにおいて、救急車は駐車できるスペースでグルペットになった選手を待ち、レースを見守ります。

コンバーチブル1に乗るチーフドクターのDr. フローレンス・ポマリーさんコンバーチブル1に乗るチーフドクターのDr. フローレンス・ポマリーさん photo:Makoto Ayano
臨機応変な対応と的確な判断、緊急時における素早い処置が求められる医療体制をまとめていくためには、医師としての経験・知識はさることながら、強い意志と責任感、コーディネート力が必要なことでしょう。ツール・ド・フランスのチーフドクター、フローレンス・ポマリーさんに話を聞いてみました。

ツール・ド・フランスのチーフドクター、フローレンス・ポマリーさんツール・ド・フランスのチーフドクター、フローレンス・ポマリーさん 初めてツールに帯同した時のことを話してくれました初めてツールに帯同した時のことを話してくれました 「私がツール・ド・フランスのチーフドクターになったのは2011年。今年で6年目になります。普段はパリの救命救急センターで働いています。ツールドフランス主催者A.S.O.が同じく主催する『ダカールラリー』にも帯同します。ツールが終わるとすぐにその準備に入るので、少し余裕ができるのは1年のうち3、4、5月くらいかしら。」と語るポマリーさん。

彼女が携わった初めての2011年ツール・ド・フランスでの事でした。「私が初めてツールに帯同したとき、アレクサンドル・ヴィノクロフが落車して、大腿骨を骨折してしまったの。レースが始まって30分は、次々に大きな落車が起こって頭がくらくらしたわ。レースが終わったあと、悟りました。これはレースではない。危険なスポーツなんだ、と。それにしてもこんなに危険なものだとは思わなかったわ…。自転車レースの場には、きちんとトレーニングされた専門医が必要不可欠なのよ。」

でも、家をずっと空けることになる帯同ドクターは大変なのでは? と尋ねてみると「実は4人の子供がいるのよ。家を留守にするときは家庭もすべてオーガナイズしなきゃならないから大変! でもやりがいがあるわ!」とにっこり。

ショートカットがチャーミング、品が漂うポマリー先生に女性の私から気になる質問を一つ。「7月のフランス。コンバーチブルに乗っていて、日焼けが大変なのでは? どのように日焼け対策をしていますか?」の問いに「日焼け止めをたくさん!」とスマイルを見せてくれました。

レース中はポマリー先生の姿が見えないのが一番ですが、またお話を聞いてみたいな、と思いました。このようなプロフェッショナルな人々によってツールドフランスは見守られているのです。

落車は起きないのが一番です。ですが、もし「落車は起きるもの。」であるのならば、それに見合った安全対策、医療体制が必要不可欠なものであり、レースを走る選手や観る側にも安心感を与え、信頼にもつながっていくのだと感じました。



筆者プロフィール
目黒誠子(めぐろせいこ)

ツアー・オブ・ジャパンでは海外チームの招待・連絡を担当。2006年ジャパンカップサイクルロードレースに業務で携わってからロードレースの世界に魅了される。
ロードバイクでのサイクリングを楽しむ。趣味はバラ栽培と鑑賞。航空会社の広報系の仕事にも携わり、折り紙飛行機の指導員という変わりダネ資格を持つ。

text:Seiko.Meguro
photo:Makoto.AYANO