晴天のイメージが強いツール・ド・フランスですが、今年は異常気象と言われています。天気とレースの関係はどのようになっているのでしょうか?その様子を取材しました。



晴天のイメージが強いツール・ド・フランス。ひまわりが本当によく似合う。晴天のイメージが強いツール・ド・フランス。ひまわりが本当によく似合う。
強風によりコースが短縮されたモン・ヴァントゥー

7月14日の第12ステージ、モンペリエ~モン・ヴァントゥー。モン・ヴァントゥーの「ヴァントゥー」とはフランス語で「風」を意味し、その名のとおり山頂部には強い風が吹きます。「ミストラル」の季節、まさに今の時期には突風が吹き荒れ、山頂へ至る道路が閉鎖されることも多々あるというこの山。ツール・ド・フランスでは最高難度の山岳ステージの舞台として知られています。

その決戦の日に選ばれたのは7月14日の革命記念日。当初、このモン・ヴァントゥーの山頂まで登ってフィニッシュする予定でしたが、付近の風速が時速100kmを超えるため危険と判断、フィニッシュを6km縮める、という措置が主催者により前日に決定され、実行されました。

モン・ヴァントゥーの山頂付近モン・ヴァントゥーの山頂付近
右の白い山がモン・ヴァントゥー。「プロヴァンスの巨人」という異名も持つ。右の白い山がモン・ヴァントゥー。「プロヴァンスの巨人」という異名も持つ。 モン・ヴァントゥーの帰りに見えた虹。モン・ヴァントゥーの帰りに見えた虹。 当日実際に山頂より6km手前の「シャレ・レイナール」と呼ばれるエリアに行ってみると、確かに風は強いものの、危険を感じるほどではありませんでした。ですが、この6km手前というところがミソで、森林限界を超える地点、つまり、これより先は気候が寒冷となるため樹木が生育分布できない限界線、ツンドラとなる境目なのでした。

この森林限界を超えると、そのとおり、樹木はありません。風は吹き荒れ暴風となり、巨大なチームバスは風にあおられゆらゆら揺れて、ジャンダルマリが乗る頑丈なモトも立ち往生、なぜか山頂まで徒歩や自転車で登ろうとしていた観客は軽装備で、とても危険だと感じました。このような状況ではレースどころではありません。

レース当日に山頂付近に設置される予定だったフェンスが頂上付近に置かれたままで、到底設置できる状況ではなかったことが見受けられます。フィニッシュが6km縮められたため、本来であれば山頂付近に詰め寄せる観客がコース内に詰めかけ、沿道はさらに混み合い、とにかく人が多く、車で通るのも大変な状態でした。そのような状況の中で、カメラモトが観客と接触、動けなくなり、3名の選手がそれに巻き込まれ落車、マイヨ・ジョーヌを着たクリス・フルームの自転車が壊れてしまい、危険を回避するためランニングしてしまう、という映像は記憶に新しいところです。

アンドラでの雹

7月10日の第9ステージ。スペイン。ビエルハ・アラン渓谷~アンドラ・アルカリス。隣国スペイン側の国境の街、ビエルハからスタート、私たちもプロトンを追いかけます。晴天。気温は35度を越える猛暑。

こんなに晴れていたのに…!こんなに晴れていたのに…!
いきなり土砂降りになってしまいましたいきなり土砂降りになってしまいました びしょびしょになってしまいましたが、空気が乾燥しているため結構早く乾きましたびしょびしょになってしまいましたが、空気が乾燥しているため結構早く乾きました 霧の中をチームカーが走っていきます霧の中をチームカーが走っていきます 周りの雲とは違う色の煙が立ち上がる周りの雲とは違う色の煙が立ち上がる スタートから3時間20分後にはアンドラ公国の国境を通過、フィニッシュは標高2240mとなる超級山岳、アンドラ・アルカリスの山。冬場はスキー場となるため、ケーブルカーやリフトがあります。見晴らしは抜群。観客でにぎわうこの山の登りカーブに私たちも陣取り、プロトンを待つことにしました。きれいな青空が広がりすがすがしい~!と思っていたのもつかの間、ぽつぽつと感じるしずく……。

「山の天気は変わりやすい」とはよく言ったもので、「あっ。雨?」と思ったら、みるみるうちに暗くなり、雨が降り出しました。雷が鳴り響き、あっという間に土砂降りとなり、5㎜以上もの大きさの白い雹が混じるほどに。気温も急降下し、自分たちのテントを雨宿りに提供してくれたスペイン人グループのテントは観客でいっぱいになります。

事前に天気予報の情報収集が甘かった私は、雨具を全く用意しておらず、びしょぬれになってしまいました。選手ももちろん同じ。道路は川状態となり、雹交じりの豪雨の中、レースは続けられます。次第に雨は弱まり、選手は無事にフィニッシュ。下山するころには雨は上がり、虹が見えました。

休養日明けのアンドラ

7月12日、第10ステージ。エスカルダス・アンゴルダニ~ルヴェル。アンドラ公国からふたたびフランスへ。序盤にいきなり一級山岳となるアンバリラ峠を越えることから始まります。晴天→雷雨→雹→虹で終わったアンドラ公国でのツール・ド・フランスを締めくくるようにでしょうか、アンドラ公国での舞台が最後をなるこの峠の下りは、幻想的な霧で立ち込めました。車で下山する私たちも、視界が遮られ怖いほどに。自転車で下る選手は怖くないのでしょうか?それとも慣れているのでしょうか?そんな疑問を持ちました。

第11ステージでの山火事

7月13日、第11ステージ。カルカッソンヌ~モンペリエ。この日も風が強い日でした。レースに影響があるような天候条件ではないものの、コース近くの山林で山火事が起こりました。大きく立ちあがる煙。幸い、コース上ではなかったためレースには影響はありませんでしたが、「これがコース上で起こっていたら……」とショッキングな風景でした。

悪天候時の大会実施要項

暴風に雷雨、雹、そして霧……。このような悪天候時には、大会側としてはどのような決定方法で、どのような対処がなされているのでしょうか?スタート前とレース中ではもちろんその決定方法も異なることでしょう。悪天候時の対応についてのルールとしては、2016年1月3日付で、「Extreme Weather Protocol」(悪天候時の実施要項)の取り決めがUCIから正式に通達されました。

刻一刻と変化する山の天気、山岳ステージは特に悪天候に見舞われやすい刻一刻と変化する山の天気、山岳ステージは特に悪天候に見舞われやすい
今回もこのルールに基づいての実施となりました。内容は、極端な気象条件がスタート前に予想されている場合、チーム監督代表、ライダー代表、主催者代表、コミッセール代表で召集されるミーティングによって決定されるというものです。(2016年ツアー・オブ・ジャパンの場合、チーム監督代表はユナイテッドヘルスケアプロサイクリングチーム・ヘンドリック・ルダン監督、ライダー代表、マトリックス土井雪広選手、主催者代表大会ディレクター栗村修氏、コミッセール代表チーフコミッセールザオ・ジンサン氏)

ライダーの安全と健康が絶対的優先事項として考えられます。極端な気象条件とは以下です。

1・みぞれ
2・道路上の積雪
3・強風
4・極度の温度
5・視界不良
6・大気汚染

そして、このような状況の種類に応じて、以下の行動をとることができます。

1・ノーアクション
2・スタート地点の変更
3・スタート時刻の変更
4・フィニッシュ地点の変更
5・代替コースの使用
6・ステージ/レースの一部をニュートラルにする
7・ステージ/レースのキャンセル

豪雨のなか傘をさして走るヤルリンソン・パンタノ(コロンビア)豪雨のなか傘をさして走るヤルリンソン・パンタノ(コロンビア) photo:Makoto.AYANO第16ステージにて。抜けるような青空!第16ステージにて。抜けるような青空! スタート前とレース中では決定方法、対応も異なります。第12ステージのモン・ヴァントゥーはスタート前に対処がされましたが、アンドラでの雹や霧はどうだったでしょうか?雹が降り続け、道路に積り、もっと極端な状況になった場合、もしかしたらレースがニュートラルになっていたかもしれません。また霧により視界不良と判断された場合(10m先の視界が判断基準)も同様です。

付近の山火事による大気汚染があるかもしれません。選手に危険が及ぶと判断され、レース続行は困難となった場合は、主催者とコミッセールで判断、通達されることとなりますが、ツール・ド・フランスのような最高峰のレースの場合は選手のスキルも最高レベル。選手のスキルも考慮され、それに応じた天候と条件により難易度も異なってくるため、状況に応じた判断がなされていきます。

自然がフィールドとなるロードレースは、自然との共生が大切なこととなります。このようなことからも、まさに壮大で雄大、スケールの大きなスポーツであることを実感しました。今日もツール・ド・フランスは続いていきます。



筆者プロフィール
目黒誠子(めぐろせいこ)

ツアー・オブ・ジャパンでは海外チームの招待・連絡を担当。2006年ジャパンカップサイクルロードレースに業務で携わってからロードレースの世界に魅了される。
ロードバイクでのサイクリングを楽しむ。趣味はバラ栽培と鑑賞。航空会社の広報系の仕事にも携わり、折り紙飛行機の指導員という変わりダネ資格を持つ。

Text&Photo:Seiko.Meguro