今年のトレンドは「タイヤ」だった。最も古く影響力を持つハンドメイドバイクショーを訪れた森本禎介さんが、北米のトレンドと、それを加速させるフラットマウントディスクブレーキ、そして新規格タイヤの関係性を考察します。



サクラメントのコンベンションセンターが今年の舞台となったサクラメントのコンベンションセンターが今年の舞台となった 3日間で6,500人の有料来場者を迎えた3日間で6,500人の有料来場者を迎えた photo:handmadebicycleshow.comカリフォルニア州の州都サクラメントでNAHBSが開催されるのは2013年に次いで2回目だ。北カリフォルニアには多くのフレームビルダーが所在し、サンフランシスコという世界に誇る大都市を取り囲むかのようにスペシャライズド、サンタクルズ、ジロと言った大手ブランドが車で数時間圏内にヘッドクォーターを構える。

サンフランシスコから2時間も南下した港町のモントレーにはレーシングサーキットとして有名なラグナセカがあり、毎年シーオッタークラシックという世界最大規模の自転車イベントが開催されている。つい先日の5月18日にはこのラグナセカがツアー・オブ・カリフォルニア第4ステージのゴール地点となり、スペシャライズドのほぼお膝元と言える土地でペーター・サガンがきっちりとスプリントを制している。そして、最終第8ステージのスタート/フィニッシュに選ばれたのがこのサクラメントだ。

北カリフォルニアはAppleを初めとするシリコンバレーを擁し、美しい海岸線、山には最高のMTBトレイルが横たわるという、世界的にも巨大な自転車マーケットで、同じ土地で2回目を開催することが珍しいNAHBSだが、再びサクラメントを選んだのも頷ける。そして、主催者のドン・ウォーカーの育った土地でもある。

前編にてNAHBSは毎年少し先のトレンドを如実に反映すると表現したが、今年のNAHBSほどそれを感じたことは無かった。過去にはピスト、29er+、アドベンチャーバイク、27.5”、ディスクブレーキなど、その時々のトレンドを感じることができたが、あくまでもそれらは新規格や新しいスタイルの提案だった。

しかし、今年の主役は自転車を構成する上で大変重要なパーツにも関わらず、大きく脚光を浴びることが少ない存在であるタイヤだった。ショーでバイクをチェックする時、私がまず最初に確認するのはタイヤで、その後にバイク全体を確認するというルーティンになることが多く、フレームビルダーもまずタイヤ在りきで、そこから逆算してバイク全体をデザインしたのでは?と思わせることも多かった。

NAHBSはフレームビルダーが主役だが、実は彼らの展示するバイクに発売前のパーツが採用されていることが多く、ほとんどの場合はメーカーからプロモーションの一環として提供されている。ビルダーにとってはコストを押さえることができるのと同時に、最新のコンセプトに取り組むことができ、メーカーにとってはメディアの注目を浴びるショーバイクに新製品が採用されるのと同時に、小規模なフレームビルダーをサポートするというポリシーを表明することができるので、いわゆるWin-Winの関係なのだ。

新たな地平線を切り開くWTBのhorizon 47c新たな地平線を切り開くWTBのhorizon 47c 700x43cと650x43Bの2サイズ展開を持つ、SimworksのHOMAGE。こちらもパナレーサー製だ700x43cと650x43Bの2サイズ展開を持つ、SimworksのHOMAGE。こちらもパナレーサー製だ


タイヤも例外では無く、多くの発売前のタイヤをショーバイクに見ることができたのだが、最も目を引いたのがWTBのhorizon 47cというモデルだ。これは同社の提唱するRoad Plus™というコンセプトで、キャノンデールがSLATEで提唱するNew Roadに近い。650Bのリムに47cのタイヤを履かせると、その外径は700 x 28cと同じになり、悪路での走破性を高めながらも、走行抵抗の増加は最低限に留めるものだ。

フレーム側のクリアランスはチェーンステイ側だけが問題となり、マーケットにあるグラベルグラインダーの多くに装着可能という。そう、同社もMTB誕生の聖地であるマリン・カウンティにヘッドクォーターを置くため、この辺りのトレンドには大変敏感だ。

WTBのご近所さんとも言えるペタルマのSOULCRAFTが展示したRoad Plus™のバイクは大きな注目を集めていた。奇しくも、SOULCRAFTのショーン・ウォーリングはサルサでフレームビルディングや塗装を学んでおり、1998年にサルサのオーナー、ロス・シェーファーがQBPに会社を売ったタイミングで独立している。前編で紹介した赤いサルサは彼が手掛けたものかもしれない。

horizon 47cはチューブレスで使用するため、走りも軽いとの謳い文句horizon 47cはチューブレスで使用するため、走りも軽いとの謳い文句
日本からは名古屋のディストリビューション、Sim Worksが出展し、パナレーサー往年の名作、マッハSSのトレッドパターンをそのまま700cと650Bに落とし込んだモデルをTHE HOMAGEとリネームして展示した。いわゆるセンタースリックだが、ヤスリ目状のセンターブロックと張り出したサイドノブを持つため、多少転がり性能を犠牲にしても、よりグラベルで安心感を求めるライダー向けだ。

海外で見るようなハードパックでハイスピードなグラベルロードを国内で探すのは難しいことを考えると、日本在住のグラベル好きにはこちらの方が理に適っているのかもしれない。

前編で紹介した街、ユージーンに工房を構えるENGLISHはシリアスな自転車競技者でもあるロブ・イングリッシュが自らのバイクを持ち込んだ。このプロジェクト名はずばり「グラベル・レースバイク」でCompassの650x38Bを履き、ディスクブレーキ、さらにリリースされたばかりのスラム RED eTapで組み上げた。

コンセプトはよりボリュームのあるタイヤを持ちながらも、タイトなロードバイクと同じジオメトリーを持つレーサーだ。シートチューブを美しくベンドさせ、ボリュームのあるタイヤを上手く収めている。このバイクは名誉あるベスト・ロードバイクを受賞したのだが、ロードバイクの未来を象徴させる一大事件だと感じさせた。ディスクロードやグラベルバイクとしてでは無く、シンプルにショーで最高のロードバイクだと認められたのだ。

ロブ・イングリッシュ自身のグラベルレースバイク。重量わずか7.7kgロブ・イングリッシュ自身のグラベルレースバイク。重量わずか7.7kg
ロブ・イングリッシュのレースバイクはベスト・ロードバイク賞を勝ち取ったロブ・イングリッシュのレースバイクはベスト・ロードバイク賞を勝ち取った photo:handmadebicycleshow.comキャノンデールのSLATEに使われた650B×42mmタイヤもパナレーサー製だキャノンデールのSLATEに使われた650B×42mmタイヤもパナレーサー製だ photo:Kei.Tsuji/Cannondaleチタニウムを得意とするMosaicのフラットマウント部分チタニウムを得意とするMosaicのフラットマウント部分 若干22歳ながらもビルダーとして既に5年のキャリアを持つアダム・スカラーの手掛けるSKLAR若干22歳ながらもビルダーとして既に5年のキャリアを持つアダム・スカラーの手掛けるSKLAR このバイクに採用されたCompassのタイヤもパナレーサー製であり、キャノンデールのSLATEに純正採用されているスリックタイヤもパナレーサー製、更に言うと650BのMTBタイヤをいち早く2007年にパセンティと銘打ったブランドで世に問うたのもパナレーサーだ。足元を支える重要なタイヤというカテゴリーでシマノと同じく存在感を見せる貴重な日本ブランドであり、昨今のグラベルブームを文字通り足元から支える立役者と言えるだろう。

今年のNAHBSでなぜタイヤが主役になり得たのかと言うと、ロードバイク用ディスクブレーキの規格がフラットマウントに統一され、実際に流通が始まったためだ。フラットマウントが策定される以前にスラムがロードバイク用ディスクブレーキを発表しているが、2013年末にリコールされ、一旦はディスクブレーキ化の流れが勢いを失ったように見えものの、カンパニョーロとスラムがフラットマウント規格を受け入れるとそこからは速かった。

三大コンポメーカーが取り入れた規格なら間違いの起こることは無いため、パラゴンのようなフレーム小物を提供する会社がフラットマウント規格のドロップアウトをラインナップに加えた。周辺環境が整い、参入障壁がぐっと下がると小規模な工房もディスクブレーキを導入、多くのディスクロードを発表することになった。

ディスクブレーキ最大のメリットは安定したブレーキングと太いタイヤに対応することだ。MTBで一般的となった27.5”のリムと組み合わせることによりキャリパーブレーキから開放されたタイヤは47cにまで到達、より過酷な路面を、より速く走ることができるようになった。現在アメリカではグラベルを数百キロも繋いで走るグラベルレースや、バイクパッキングが盛んだが、この需要と見事に一致したのだ。

今年のパリ〜ルーベでは不幸な落車が起こり、怪我をしたベントソ選手本人が原因はディスクブレーキのローターであると主張したため、一旦UCIがディスクブレーキの使用を禁止する状況に陥った。しかし、UCI機材委員会と世界スポーツ用品工業連盟の主要な自転車業界のメンバーが持った非公開のディスカッションが先日リークされ、クリテリウム・ド・ドーフィネかツール・ド・フランス辺りでローターにカバーなどを追加して安全性を高めた上でディスクブレーキの使用が再開されるとも言われている。

マスドロードレースへディスクブレーキを導入することの議論はあるが、ほとんどのホビー自転車愛好家にとっては恩恵しかない。今まではロングアーチのキャリパーブレーキを使用して太いタイヤとフェンダーに対応していたのだが、剛性面で不利なロングアーチとディスクブレーキでは比べるべくもない。ディスクブレーキの導入と650Bホイールの組み合わせにより、閉じ込められたタイヤは解き放たれて、最も注目されるパーツの一つとなった。

一般ユーザーにとっては業界が新しい規格を次々と世に問うことへの拒否反応はあるだろうが、フラットマウント+142mm スルーアクスル化の流れは決定的と言えるだろう。2017年モデルの流通も近く、これからはディスクロードで新しい冒険に出るのが一つのムーブメントになるかもしれない。

リーマン・ショックの影響を大きく受けながらも2011年に辺りにピークを迎え、徐々に影響力、集客の両方を落としていると感じていたNAHBSだったが、3日間で6,500人の有料来場者を迎え、久しぶりにはっきりと業界の方向性を感じさせるショーとなった。次回は2017年3月10-12日の日程でソルトレイク・シティにて開催される。つい先日マヴィックと同じ傘下に収まったエンヴィのお膝元で、アウトドアスポーツの盛んな地である。次回の盛り上がりも約束されたも同然だろう。



森本禎介森本禎介 photo:Kei.Tsuji森本禎介(もりもとていすけ)プロフィール

TKC Productions主宰。中学生でMTBに目覚め、大学卒業後にブラブラしていると自転車メーカーに拾われる。自分で作った物を売りたいと思い立ち、独立してMTBの映像制作を始めるが、アメリカとのコネクションの中で並行して始めてた問屋業も開始、こちらがメインとなり、結局は人の作った物を売ることになる。最近はワーク・ライフ・バランスをどこまでライフではなくバイクに振れるのか試す日々。

TKC Productions blog

Report:Teisuke.Morimoto