今年はじめにカリフォルニア州、サクラメントで開催されたNAHBSに赴いた森本禎介さん(TKC Productions)によるレポートを紹介します。会場に向かう道中、ポートランドやユージーンのハンドクラフト工房に寄り道して見たもの、感じたものとは。



NAHBS黎明期の立役者で記念すべき第1回目のベスト・オブ・ショーを勝ち取っているVanillaのトラックバイク。2009年インディアナポリスNAHBS黎明期の立役者で記念すべき第1回目のベスト・オブ・ショーを勝ち取っているVanillaのトラックバイク。2009年インディアナポリス 2008年のポートランドで展示されたサンディエゴの名手、ブライアン・ベイリスのトラックバイク。今年もブースは確保されていたが、花が置かれ、2月20日に死去したことが伝えられ、会場では黙祷が捧げられた2008年のポートランドで展示されたサンディエゴの名手、ブライアン・ベイリスのトラックバイク。今年もブースは確保されていたが、花が置かれ、2月20日に死去したことが伝えられ、会場では黙祷が捧げられた 2013年にCalfee Designが発表した650Bと700Cのコンパチブルモデル。今振り返るといかに先進的だったか分かる2013年にCalfee Designが発表した650Bと700Cのコンパチブルモデル。今振り返るといかに先進的だったか分かる 2月26-28日の日程でカリフォルニア州の州都、サクラメントで12回目のNAHBS(North American Handmade Bicycle Show)が開催された。ビスポークの自転車にフォーカスした展示会としてはイギリスでBespokedが2011年から開催されるなど、類似のものが出現しているが、やはり世界的に最も影響力を持つのは今でもNAHBSだろう。

筆者が最初に参加したのは2008年のポートランド開催からで、時はMASH SFの影響で世界的にピストブーム、トラックバイクが多く出展され、ポートランドという自転車の街であるという地の利もあり、驚く程の熱気に包まれていた。以降、アメリカ各地を移動して開催されるNAHBSに断続的ではあるが個人的に参加している。時々のトレンドを色濃く反映させるのと同時に、少し先のトレンドを伺い知ることができるのが魅力である。

2011年のオースティンでは一転トラックバイクが影を潜め、シクロクロスバイクの出展が多く見られ、以降のブームを予感させた。2012年のサクラメントでは本格的にシクロクロスバイクが増えるのと同時に、いかにDi2ケーブルを内蔵工作するかの競演となった。

2013年はアドベンチャーがトレンド。モンスタークロスにファットバイクにバイクパッキング、さらにグラベルグラインダーも増え、ビスポークと相性の良いクリスキングがロードバイク用のディスクハブを発表、さらにUCIがシクロクロスでのディスクブレーキを解禁したことにより、ディスククロスも多く展示された。また、本格的に650Bが浸透し、700Cと650Bのコンパチブルバイクという新しいコンセプトのバイクも出展されるなど、この年は大きなブレイクスルーがあったと感じる。

2014年は大賞を獲ったのがアルゴノートのディスクブレーキ仕様カーボン製ロードバイクとなり、さらに翌2015年はほとんどの部門賞をディスブレーキ装備のバイクが勝ち取るなど、ロードバイクのディスク化は抗えないトレンドとなり、さらに追い打ちを掛けるかの様にUCIはワールドツアーでのディスクブレーキの使用を解禁した。2016年、再びサクラメントに帰ってきたNAHBSではどのようなトレンドを見ることができるのだろうか?

申し遅れたが、筆者は大阪で零細の自転車用品問屋を営んでおり、今回はシアトルからアメリカに入ってポートランドを経由し、各地を視察しながらサクラメントまで車で移動、サンフランシスコから帰途につく、という旅程で約1週間を過ごした。NAHBSを中心に、その模様をお届けする。



ポートランド編
ベンチメイド社

シアトル・タコマ国際空港で同行者と合流、ミニバンのレンタカーをピックアップするとそのまま南下して一路ポートランドへ。

個人的な趣味になるが、数年前にポートランドのアウトドアショップで購入したベンチメイド社のナイフを研ぎに出すためポートランド郊外のベンチメイド社のショールームを訪問した。同社の有名なポリシーである生涯研ぎ無料のサービスを受けることができたのはもちろん、担当の手が空いたと言うことで、その場で工場見学ツアーを開催してくれることになった。

ベンチメイド社のファクトリー。今季からF1チームを持ったHAAS社のマシニングセンターがずらりと並ぶベンチメイド社のファクトリー。今季からF1チームを持ったHAAS社のマシニングセンターがずらりと並ぶ ショールーム奥にある工房で筆者にナイフが研がれている所ショールーム奥にある工房で筆者にナイフが研がれている所


アメリカの会社はほぼ例に漏れないが、「日本から来た」と言うと無下に追い返すことはせず、高い確率で会社の中を見せてくれる。忙しい時などは面倒な顔を一瞬見せることがあるが、一旦ツアーが始まると熱が入ってきて、結局はきっちりと最後まで見せてくれることになる。それだけ、カスタマーとの関係を重要視しており、わざわざ自社まで足を運んでくれた海外からの訪問者というだけで、潜在的なロイヤル・カスタマーということなのだろう。実際、同行者2名はこの後にナイフを購入していたので効果はてきめんである。

ベンチメイド社は工場や会社の規模もクリスキング社と近く、実際にツアーを担当してくれたスタッフは過去にクリスキングで働いていたことがあるとのこと。実は筆者がベンチメイドを知ったのもクリスキングのブログで紹介されたことがあるからだ。ナイフというと日本ではネガティブなイメージで捉えられる風潮があるが、アメリカで見るフレームビルダーや自転車店のスタッフはポケットにナイフをクリップで留めていることが多く、アーレンキーなどと同等のツール、それ以上の生活必需品だ。ショールームにはひっきり無しに警察官などが現れ、研ぎが終わるのを待ちながらショーケースのナイフをチェックする様子などを見ることができ、地域に溶け込んだ、いかにもポートランドらしい同社の在り方が伺えた。

Signal / Ahearne / Igleheart

ポートランドのノースイースト地区にはフレームビルダーがシェアする建物があり、ここを訪問するだけでポートランドを代表するレジェンド達に会うことができる。

Signalは2007年にネイトとマットの2人で創業した比較的若いブランドだが、2011年のNAHBSではベスト・シティバイクを獲っており、その実力には疑問を挟む余地は無い。現在はマットが離れ、ネイト1人が家族を優先する姿勢で月1本のペースで手掛けており、工房にもゆったりとした空気が流れる。

Signalの工房Signalの工房
ドアの向こうにはシェアしているアーティスト、マットがいた。彼もまたサイクリストドアの向こうにはシェアしているアーティスト、マットがいた。彼もまたサイクリスト 彼の作品に興味がある方はmatthallartpdx.comまで彼の作品に興味がある方はmatthallartpdx.comまで 1990年辺りのサルサだろうか?ただならぬ佇まいを見せるマットのコミュータ−1990年辺りのサルサだろうか?ただならぬ佇まいを見せるマットのコミュータ− ドアの向こうにはシェアしているアーティストがいる、ということで早速カーテンをくぐって紹介して貰ったのはマットというサイクリストでもあるアーティスト。山の中で拾ってきた動物の骨を組み立て、ドライフラワーなどを装飾に使用して作品を生み出している。壁に掛かる自身のタンデムや数々のアイラ・ライアンを見ると彼が並のサイクリストでは無いのが簡単に理解できた。

ポートランドに行くと強く意識させられるのは、「新品はダサい」という文化があることだ。一番クールなのは自分で作ったもの、次は中古で安く探してきたもの、そして最後は新品の物。もちろん、古いものは性能や強度が劣るため、最新の高性能なものと絶妙にミックスして適材適所で使う、実に理に叶ったスタイルで、そこに各自の個性が出ている。マットは見事にその好例だと感じた。

Signalから一旦外に出て、横のドアを開くとそこはジョセフとアイグルハートのシェアする工房だ。Signalとは対照的に極めて忙しく稼働しており、それは近日に迫ったシアトル・バイクショーに展示するバイクの製作のためだった。ジョセフは自転車専門学校のUBIで講師も務めており、数少ない地元ポートランド生まれのビルダーでもある。NAHBSでは2度のベスト・シティバイクを受賞するなど、ツーリングバイクの魔術師だ。

クリストファーは伝説的な初期のファットシティサイクルズでフレームをビルダーを務めた後に独立、東海岸でアイグルハートのブランドでフレームを作っていたが、数年前にポートランドに移住してきた。好々爺然としているが、今でも健脚のサイクリストであり、実は数々の他ブランドのフレームやフォークを製作している、非常に手の早い凄腕のビルダーとして知られている。

ジョセフ・エイハーン(左)とクリストファー・アイグルハート(右)。ポートランドのレジェンドだジョセフ・エイハーン(左)とクリストファー・アイグルハート(右)。ポートランドのレジェンドだ
このビルディングで出会った3人のフレームビルダーに共通して言えるのは、NAHBSには出展しないことだ。「今年はどこだい?サクラメントか。楽しんできてくれ!」という感じで、どこか他人事である。NAHBSは素晴らしい場所である、それは誰もが否定しないが、NAHBSが全てを決定する訳でも無いし、まして受賞できなかったビルダーの腕が劣るわけでもない。NAHBSに出展しない、ということを選んだビルダーも数多く存在することを忘れてはいけない。

The Athletic

ポートランドのサイクリスト的新名所がThe Athleticだ。Raphaノースアメリカのコミュニケーション担当して辣腕を振るった、JDことジェレミー・ダンが立ち上げたソックスのブランドで、とうとう、Raphaノースアメリカ本社のすぐそばでリーテイルストアを開いてしまった。

Raphaノースアメリカ本社のすぐそばにあるTha AthleticのリテイルストアRaphaノースアメリカ本社のすぐそばにあるTha Athleticのリテイルストア 一番左の人物がJDことジェレミー・ダン一番左の人物がJDことジェレミー・ダン


JDはサイクリストの足元を今までになくカラフルに解き放った立役者であり、SNS的にはInstagramで#outsideisfreeというハッシュタグを流行らせた人物でもある。つまり、自転車という枠組みを超えたポートランドのインフルエンサーだ。忙しく来客に対応する姿を見ていると、それは仕事中毒そのもので、ポートランドの人は何事も自分の家族との時間を大事にして仕事もマイペースでこなす、というのは幻想であると気づく。そう、ポートランドには数多くのブランドが既にひしめき、さらに全米からチャンスを求めて多くの人が集まるゴールドラッシュ状態で、そこには熾烈な戦いがあるのだ。

自転車以外にもカメラ、スニーカー、などJDが愛して止まないものは数多くあり、ともすれば自転車バカになりがちな自転車業界人としては、自分の興味範囲をもっとオープンしておくべきだ、と反省させられる。同じ敷地内で、アートギャラリーのためのスペースを借りたばかりで、今後も彼の動きからは目が離せない。

ユージーン編
STOEMPER


STOEMPERの塗装ブースSTOEMPERの塗装ブース 定盤に置かれたテーパードヘッドチューブとエンド小物定盤に置かれたテーパードヘッドチューブとエンド小物 ポートランドからサクラメントを目指して2時間も南にドライブするとユージーンという街に辿り着く。オレゴン大学があるため、学生の街という一面を持つが、実はあまり知られていないのはポートランドにも勝るとも劣らない自転車の街と言う側面だ。Co-Motion、バイクフライデーという老舗に加え、NAHBSに毎回話題作を持ち込むENGLISH Cycles、ホイールブランドのロルフプリマはユージンに本社を構え、そして今回訪問したSTOEMPERはユージーン郊外に所在する。

STOEMPERはトッド・ガードナーが自宅の敷地内に建てた2棟のガレージでそれぞれフレーム製作と塗装を手掛けており、主にスティールとアルミを得意とする。以前はチタニウムも手掛けていたが、チタンはスーパークリーンな環境を要求するため、ツールなども含め工房内を一度徹底的に掃除して備える必要があるそうで、現在はオーダーを受けていないそうだ。

サポートライダーのベン・ベルデンがシクロクロス東京のために来日したのは記憶に新しいが、MTBブランドのBRONTOも手掛けており、こちらは数年前まで国内代理店が存在した。

たった1人でフレームを製作するブランドが自社でフレームの塗装まで手掛けるのは大変珍しく、しかもその品質とクリエイティビティは塗装を専門する会社と同等以上のレベルに達している。塗装は全てのフレームビルダーにとっての頭痛の種であり、常に安定した品質と価格でペイントを提供してくれるペインターを見つける至難の業なのだ。常に溶剤を扱う仕事である性格上、アメリカでは長く続けたがらない人が多いと聞く。最終的に自社でペイントするというのは苦肉の策なのかもしれない。

しかし、インハウス、自社で塗装でする恩恵は顧客が大いに享受する部分で、その1本1本全てが顧客のオーダーによって異なるショーレベルでフィニッシュされており、トッドのこだわりを感じさせる。ひとしきり、工房内を案内してくれると、ランチでも行こう、というトッドの提案でユージーンの街中まで車で移動、タコス屋に連れて行ってくれた。繰り返しになるが、とにかくアメリカのフレームビルダーは付き合いが良い。おそらく、それも仕事の一部なのかも知れないが、わざわざ日本からやってきた潜在的なカスタマーには彼らなりのおもてなしをしてくれる。フレームビルダーの仕事というのはトーチを持って火を入れるだけでは無く、Instagramにクールな写真を上げたり、ブログを書くことも含め、多岐に渡る。

トッドに別れを告げ、さらに南下、一路サクラメントに向かう。州境を越え、カリフォルニア州に入るともう一息だ。



森本禎介森本禎介 photo:Kei.Tsuji森本禎介(もりもとていすけ)プロフィール

中学生でMTBに目覚め、大学卒業後にブラブラしていると自転車メーカーに拾われる。自分で作った物を売りたいと思い立ち、独立してMTBの映像制作を始めるが、アメリカとのコネクションの中で並行して始めてた問屋業も開始、こちらがメインとなり、結局は人の作った物を売ることになる。最近はワーク・ライフ・バランスをどこまでライフではなくバイクに振れるのか試す日々。

Report:Teisuke.Morimoto
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