開発に深く携わった新型VENGEのPRのため、スペシャライズド本社から来日した空力エンジニア、クリス・ユー氏へのインタビューを紹介。VENGEデビューの裏側や、供給したプロ選手とのやりとりなど、他に聞けない話題は必見。



厚木で開催されたプレゼンテーションで舞台に上がるクリス・ユー氏厚木で開催されたプレゼンテーションで舞台に上がるクリス・ユー氏 photo:So.Isobe
デビューして以来、大きな話題を巻き起こしているスペシャライズドの新型VENGE。その開発に大きく関わったスペシャライズド本社の空力エンジニア、クリス・ユー氏が来日した。

スタンフォード大学で空気力学の博士課程を取得し、NACAでも短期実施研修を行っていたというクリス氏は、スペシャライズドの風洞実験施設「WIN-TUNNEL」設計に貢献。同社が掲げる#aeroiseverythingというキーワードを強力に押し進める中心人物だ。

そしてスペシャライズドに務める大多数の社員と同じく、彼自身も熱狂的なロードバイクフリーク。アメリカのアマチュアロードレースでカテゴリー2を走る実力の持ち主で、筆者が参加させて頂いたカリフォルニアでのVENGE発表会ではその健脚ぶりを目の当たりにした(=大変苦しめられた)のであった。

「普段はバイクやエキップメントの開発に関して空力の面からアドバイスをしています。また契約プロ選手と、空力実験を通してポジショニングも含めたアドバイスも。これが一番楽しい部分ですね」と語るクリス氏。今回のインタビューを通し、彼自身のこと、新型VENGE、WIN-TUNNELの裏話などを聞いてみた。



日本には自身が駆るプロトタイプのVENGEを持ち込んだ日本には自身が駆るプロトタイプのVENGEを持ち込んだ photo:So.Isobe新型VENGEについての開発秘話を語る新型VENGEについての開発秘話を語る photo:So.Isobeー 今日はよろしくお願いします。スタンフォード大学を卒業してすぐ、スペシャライズドに入社したきっかけを教えてください。

もともと自転車に対して情熱を持っていたので、スペシャライズドで働きたいと思ったこと、スペシャライズドが自転車業界の中で先進の技術を持っていたこと。エンジニアである僕にとってスペシャライズドで働けていることはとても幸せだと思っています。

ー スペシャライズドがあなたのようなエンジニアから憧れを持たれる存在だった、ということでしょうか?

そう。特に僕のような自転車野郎(笑)にとっては特にです。特にエアロに関しては業界で唯一風洞を持っていることが特に大きいですね。他にもカーボンやフレーム構造に関しても先進の技術や知識を持っていると感じていますし、それら技術は車種を問わず、コミューターバイクであっても大いに活用されています。私が携わる空力に関しては、ロードバイクは全て、MTBやコミューターバイクであってもその一部に風洞実験を行っています。エキップメントでもレース用ヘルメットやアパレルには全てWIN-TUNNELを使った実験を行います。

ー SNSであなたがツール・ド・スイスに帯同していたのを見ました。

そうです(笑)。あの時はペーター・サガンに新型のVENGEを紹介するためにスイスへ向かいました。そのままツール・ド・フランスの第4ステージまで帯同し、一度カリフォルニアへと戻り、そして日本へ。ちょっと忙しかったですが、自分にとっては楽しいビジネストリップですね(笑)

ー スイスでは早速サガンがスプリントを制し、VENGEのデビューウィンを飾りました。彼のインプレッションはどのようなものでしたか?

実はサガンはあまりフィードバックをしてこない選手です。OKであれば何も言わずに使うし、気に入らなければ使いません。彼にとってバイクは機材そのものだからです。でもティンコフ・サクソのチームメカニックと話したときに、サガンがレース後にVENGEを褒めちぎってきたという話を聞きました。普段何も発さない彼がそこまで言ったことは、つまりとても衝撃的だったのでしょう。

ツール・ド・スイスでニューVENGEのデビューウィンを飾ったペーター・サガン(スロバキア、ティンコフ・サクソ)ツール・ド・スイスでニューVENGEのデビューウィンを飾ったペーター・サガン(スロバキア、ティンコフ・サクソ) photo:CorVos
ー マーク・カヴェンディッシュも既に新型を実戦投入し、ツールで勝ちました。彼の反応はどうでしたか?

カヴに関してはスイスより以前からVENGEを渡していました。彼の自宅までバイクを持っていったのですが、ガレージから出発してわずか15mで戻り「このバイクはとんでもない」と言ってきたのです。その後の練習ライドに付き添ったのですが、剛性について特に気に入ったようで、ペースが非常に速くとても苦しめられました(笑)。とにかく2人に気に入ってもらうことができて嬉しく感じています。

ー ツール・ド・フランスでは先代VENGEを使うシーンが見られますが

機材を選ぶことは、プロフェッショナルである彼らにとって非常にセンシティブな問題です。走りが違えば乗り方も違う。確かに新型は速いけれど、それまで慣れていたフィーリングとは異なります。新型VENGEのサブバイクが届いたのもツール開幕2日前でしたから、それも当然でしょう。

カヴは山岳や丘基調のステージで旧型を選択しています。彼がキツく感じる場面では、もう4年以上も乗り馴れている旧型の方が良い。でも第7ステージで新型を選択しました。非常にフラットでスプリントになる可能性が高く、勝つ自信があったからでしょう。そして彼はグライペルを抑えて勝利しました。また、その時はサガンも新型をチョイスしています。

ー VENGEですが、リアブレーキケーブルだけわずかに露出していますね。「抵抗が増えてしまうのでは?」という意見もありました。

これはもちろん理由あっての選択です。プロトタイプでは内装式も作りましたが、どうしてもブレーキの引きや整備性が悪くなってしまうのです。それに空力面では露出したブレーキワイヤーが左シューズの後ろ側に隠れるため、あまり大きな影響が無かったことも理由に挙げられます。

ー スペシャライズドのThe Win TunnelというYouTube再生リストには風洞実験を使った面白い動画がたくさんアップされていますね。実験のアイディアはどこから浮かぶのですか?

日常Win Tunnelではシリアスな実験ばかり行っているので、あのムービー収録はある意味息抜きだったりします(笑)。以前から一般ユーザーからSNSやメールでエアロに関する質問が多く、それに応えない手は無い、と。すね毛をそったらどのくらいエアロなのか?どんなエアロフォームが一番有効なのか?誰しもが疑問に思うことを確かめたかったんです。すね毛の有無ではものすごい差が出たのですが、それが一番おかしかったですね。他にもエティックス・クイックステップがマーク・カヴェンディッシュのために行った、Win Tunnelでトレインを組んだ実験は興味深いものでした。間隔や並び順などを細かくテストしてアドバイスできました。

そういえばWin Tunnelの完成直後、身体の小さな女性プロトライアスリートが実験に来たことがありました。普通の実験を終えた後に「自分の足で最大風力を体感してみたい」というリクエストに応えたのですが、最大風力(130km/h)にしたところ、危うく飛ばされかけてしまったんです。笑い話で済んだのですが、それ以降、その使い方で出力最大にすることはなくなりました…(笑)。

ー 確か私は80km/hの風速を体感させてもらいましたが、それでも吹き飛ばされそうでした(笑)

でしょう?私も130km/hを体感しました(笑 ※その様子はこちら(6分47秒から))。それとWin Tunnelの工事中、ファンを設置してすぐ開発陣一同でワクワクしながらスイッチを入れたんです。勢い余っていきなり最大出力にしたのですが、同じ建屋内のウォーターボトル倉庫とを隔てるドアが風圧で勝手に開いてしまい、ボトルが何千本も倒れてしまったんです!ボトルの工場長が飛んできて「今すぐ止めてくれー!!」と。その後みんなで片付けをしましたよ(笑)。その後、Win Tunnelとボトル倉庫の間には分厚い壁が完成しました。

ー 笑。本社を訪問した時、スタッフが皆自転車を仕事としてだけでなく、趣味としても楽しんでいることが印象的でした。バイクラックにも特別なペイントを施した私物バイクが山のようにあったし、なにより一緒に走れば皆鬼のように速い。

スペシャライズド東京で行われたトークショー。多くの来場者が会場を埋めたスペシャライズド東京で行われたトークショー。多くの来場者が会場を埋めた photo:So.Isobe
それでは最後の質問ですが、ホビーライダーにとって、最も簡単にエアロダイナミクスを向上させる方法を教えて下さい。

OK、ベストはジャージ。ジャージやヘルメットなどのエアロダイナミクスを増すことが一番簡単です。バイクよりも安価だし、そして改善幅もとても大きい。バタバタはためいているジャージは、思うよりもずっと大きな抵抗を生んでいます。それと背中に背負っているバッグを止めて、長過ぎるワイヤーを可能な限り詰めてあげる。そうすることで今よりもずっと速く、ずっと楽に、ずっと遠くまで走ることができますよ。是非試してみて下さい。

text:So.Isobe

Amazon.co.jp 
の画像 流れのふしぎ―遊んでわかる流体力学のABC (ブルーバックス)
投稿者: 石綿 良三, 根本 光正
出版社: 講談社 (2004)
装丁: 新書, 216 ページ
の画像 トコトンやさしい流体力学の本 (B&Tブックス―今日からモノ知りシリーズ)
投稿者: 久保田 浪之介
出版社: 日刊工業新聞社 (2007)
装丁: 単行本, 159 ページ
の画像 流れの科学―自然現象からのアプローチ (東海科学選書)
投稿者: 木村 竜治
出版社: 東海大学出版会 (1985)
装丁: 単行本, 231 ページ